【アペリティフ】
給仕の青年は一礼の後、衝立の向こう側に姿を消した。やはり、あちらが厨房なんだろう。そうなると、どうしても手持ち無沙汰になる。連れがいれば、あれそれと雑談で料理が来るまで、すぐなんだがな。暇なもんで、目は部屋の調度品の方へ向く。部屋全体は華美とはいえないが、センス良く飾られている。その中でも目を惹いたのは、油絵である。
レストランでは飾らなそうな、随分と暗い色調だ。小岩の様な島に小舟が着くのを遠方から移しているのだろう。空は新月の様に塗りつぶすように青黒い。あるいは、雷雨をもたらし今にも降り出しそうな、分厚い雲に覆われた空だ。水面は海ではないのだろうか。波一つない水面は空よりも尚黒々としている。
不気味だ。ここのオーナーの趣味だろうか。
不意に、扉の開く音がした。私の入って来た方ではないから、あの衝立の方だ。絵画から不自然にならない程度に逸らした。給仕はカクテルグラスを銀盆の上に載せている。食前酒からか。
「シェフオリジナル・カクテルのクリムでございます」
コースターに置かれたカクテルーークリムはよく見かける透き通った色彩だが、柑橘類特有の香りがする。恐らくはフランス式に少々度数の高めなものなのだろう。
一口飲めが、自分が随分と喉を乾いていた事に気付いた。スッキリとした味わいにほんのりと独特の風味を残して消えた。何杯でも飲めそうだ。
「ジンをベースにマルヴェイヤンスを混ぜ込んでライムで香り漬けしたカクテルです。辛口ですが、爽やかな風味が食前酒として、お客様の食欲を増進してくださることでしょう」
「マル……?」
「産地より特別に入荷したものです」
きっとあの後味に残った風味なのだろう。地酒なのだろうか。カクテルでこんなにも美味しいのだ、料理が待ち通し。腹が空腹を訴えるように鳴った。
「すぐ御持ち致しますね」
それだけ告げると青年はまた衝立の向こうへと消える。
あぁ、腹が減ッタ。
160626