彼女の「綺麗なもの」
「血飛沫って綺麗だよね」
俺の友人の頭はとうとうおかしくなってしまったのだろうか。突然そんなことを言い出した彼女に対して、そんな感想を抱いた。
「ちしぶきって、あの血飛沫?」
混乱していた俺は『血飛沫』以外の答えがあるはずも無いのに、つい否定の言葉を欲してしまった。可愛らしい彼女の口から、そのようなおぞましい単語が出たことが、信じられなかった。加えて、それを『綺麗』だと評したのだ。嘘であって欲しいと願ってしまうのも、仕方の無いことだと思う。しかし、彼女が否定してくれることは無かった。
「その血飛沫以外にどんな『ちしぶき』があるの」
呆然とした俺に、彼女は心底不思議そうに尋ねた。確かに彼女の言う通りだが、そのような返答を聞きたくて質問したのでは無い。やはり彼女は天然だった。そして、「そうだね」としか言えなくなった俺に、血飛沫の良さについて説明し始めた。聞きたくもないが、逃げてもいつかは聞かされる。今聞かされるか、後から聞かされるかの違いしかない。
「血飛沫って血の飛沫ってことでしょ?血は生命の証だから、命が飛び散ってるってことで、つまり、ヒトが急激に死に向かっていく瞬間を彩るものだってことなんだよ!!命の終わりが綺麗じゃない筈が無いじゃない?ねえ、そう思わない?」
思うはずがない。もっともらしく言っているが、内容はあくまでも『血飛沫の綺麗さ』についてだ。もう帰りたい、俺がそう思い始めた頃だった。彼女が突然黙り込んだのだ。心配になって恐る恐る顔をのぞき込んでみると、歪んだ口元がちらっと見えた。俺はおぞましいとを感じ、椅子を倒して立ち上がった。背筋が寒くなり、鳥肌が立っていた。
「どうしたの」
彼女が尋ねた。
俺は怖くなって、教室の扉に駆け寄った。勢いよく開こうとするが、一向に開く気配がない。まさか、鍵をかけられたのだろうか。彼女のほうを振り返ると、歪んだ笑みを顔にはりつけて、ゆっくりとこちらに歩いてきていた。よりいっそう力を込めて扉を開けようとするが、やはり開かない。
「開かないよ……六時を過ぎたもの。……ねえ、君は綺麗だと思わないの?」
「……それは血飛沫のことか?」
その問いに彼女は頷いた。
俺は一呼吸してから答えた。彼女の顔を見ないように俯きながら。
「思うはず無いだろ……血飛沫は綺麗じゃなくて、おぞましいものだ。血飛沫は大怪我をしているってことで、もうすぐ死んでしまうかもしれないんだ。そんなものをどうして綺麗なんて思えるんだ。」
そこから数分、反応が帰ってこなかった。その数分を俺は、何時間にも感じていた。不安になって顔を上げると、数センチ先に彼女の顔があった。驚いてのけぞった俺に、彼女はこう言った。
「血飛沫の綺麗さがわからないの?それなら言い考えがあるの!!君が綺麗だと感じないのは、それが他人の血だからなんだよ。」
何を言っているんだ、彼女は……そんなことはどうでもいい!!今のうちに逃げないと!!
「ヒトは他人の命になんて、興味ないもの。でも、自分の命は別……誰だって死にたくないものね。だから、君自身の血は、血飛沫は、きっと綺麗だと思うんじゃないかな」
……!!殺される!!逃げないと!!
……でも、足がすくんで踏み出せない!!
「私が今、綺麗にしてあげるね」
そうして俺は――――