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005 共有スペースの落とし穴と派生進化


 12のミニゲームを攻略したところで背後から湧き上がった大歓声。

 あまりの声量にボクの高揚感は一気に消し飛んでしまった。

 恐る恐る背後を振り向けば興奮したプレイヤー達が今にもこちらに突撃しそうになっている。

 それを推し留めているのは頼れる双子コンビのナツとアキだ。


「こわっ! ナツ! アキ! 逃げるよ!」


 まだ最後の工程である『アーツ』の使用が残っていたがこれ以上ここにいるのは怖かったので今回の生産品は諦めることにした。

 双子コンビが頷くのを見てすぐさまUIから思考操作で引き出したログアウトを実行する。

 戦闘中でもない生産スペースの中なのでログアウトは瞬時に実行され、視界が暗転しボクの部屋の天井が視界に入ってくる。


 それにしても怖かった。一体何が起きたのかと考えてみるが、どう考えてもボクのミニゲーム風景がパフォーマンスの一種になってしまったとしか思えない。

 まさかの共有スペースの落とし穴にびっくりだ。これからは節約などと言わずに個別スペースを借りて生産しよう。


「兄様、入ってもよろしいですか?」

「いいよー」


 軽いノックの音と共にドア越しにかけられるアキの心配そうな声に軽い調子で応える。

 怖かったとはいえ、ボクは彼女達の兄なのだ。年長者の意地でこの程度のことで無様なところは見せられない。

 まぁ理由もわかったんだし、別に引きずったりもしないけどね。


「2人共ごめんね。ちょっと考えが甘かったかも」

「そんな……兄上が謝られることではないです!」

「そうですわ! あの非常識なプレイヤー達が全部悪いのです! 兄様は決して悪くありません!」


 部屋に入ってきた当初は心配で心配で堪らないといった表情だった2人もすぐに大歓声を上げて興奮していたプレイヤー達に憤りを見せ始める。

 まぁ正直あれはちょっと興奮しすぎだとも思った。

 たぶん要所で聞こえた「幼女! 幼女!」という掛け声も理由の一端だろうね。あぁいうのの暴走は恐ろしいものがある。


「うんまぁ、これからは個別スペースを借りて生産しようね」

「「はい、兄上(兄様)」」

「それとまだ大丈夫だとは思うけど、【観察】系の『スキル』を進化させたらプレイヤーネームも見れるようになってくるって話だし、コールやメールはフレンドオンリーに設定しておいた方がいいかもね」

「わかりましたわ。兄様と私達は常に行動を共にするんですもの、これは兄様だけの問題ではありませんわ。私達もフレンドオンリーの設定にしておきます」


 VRMMORPGに限らず、ネットゲームというのは現実の世界よりもはっちゃけやすい面がある。

 迷惑行為を意図して行う輩も珍しくないのが現状であり、そういった者への対策は先手をうっておいた方がいい。

 今回ボク達が巻き込まれるであろう事態はボクの生産能力に目をつけられて様々なアイテムの生産要求やパフォーマンスとしての生産活動の公開、パーティや今はまだ設立できないだろうがクランへの勧誘などだろうか。

 『初級ヒーリングポーション』の作成は最後の段階で中断してしまったので失敗になってしまっただろうが、あれをそのまま続けていれば恐らくかなり性能の良い『初級ヒーリングポーション』が出来ていたのは想像に難くない。


 実際にβテストで行われたミニゲームのステージ数増加及びスコアの高得点化での実験ではステージ数を上げれば上げるほど、スコアを高得点にすればするほど性能のいい物が出来上がっていたと書かれていた。


 今回の12ステージクリアでどの程度のものができるのかはまだわからないが、誰もが欲しがる程度の性能のものは出来ていたと思った方が良い。

 というか12ステージでもまだまだ余裕だった。次はもっとステージ数を増やしてみたい。


 ボクの作ったアイテムはナツとアキが使う物だ。

 他の人に回すのはその後になる。なのでまずは余裕が出来るまではそういった依頼を受けるつもりはまったくない。

 だからこそ先手を打って直通の連絡手段を断っておくことにしたのだ。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 プレイ開始から2時間とちょっと、現実世界では約20分程度の話ではあったが公式掲示板にはさっそくボクのことが話題として上がっていた。

 さすがにプレイヤー名を見ることが出来た者はいなかったようだが、その見た目で特に北門フィールドで活動していたプレイヤー達には1発で認識された模様だ。

 他のスレッドにも飛び火していたりして、特に生産系のスレではボクが作っていた『初級ヒーリングポーション』がどのくらいの性能を持つはずだったのかが予想されていたりした。

 やはりではあったが、一部のスレではボクと連絡を取りたいというプレイヤー達が書き込みをしていて一部の過激な発言には運営が削除に乗り出したりもしていた。

 運営の素早い反応にそれ以上の過激な発言はなくなったようだが、実際にどういった行動を取ってくるのかは予想が難しい。

 しかし多少過激ではあったが、速攻で運営が削除した結果からも第4世代遊戯用没入型仮想現実機器初のタイトルという非常に面子がかかった状態の運営は厳しくそのあたりを取り締まるのではないかという予想が出ていた。

 事実上の専用機であり、最入手が困難な『クロノス』はアカウントを1台につき1つしか保有できない。

 そんな状態でのアカウント凍結など堪ったものではない。

 そういった状況を目ざとく察したプレイヤー達はさっそく現状の予測と運営が厳しく取り締まるであろう項目を羅列した注意喚起スレッドを立て始め、たくさんのスレに誘導URLを貼り付けたりもしていた。


「これなら大丈夫そうですわね……」

「アキ、それは早計だ」

「……そうですわね。私達の大事な兄様が楽しくプレイできなければ意味がありませんものね」

「あぁ……些細なことでも兄上に害となるのであれば排除するのが俺達の義務だ」

「えぇ……もちろんですわ」


 他人が聞いたらとても恥ずかしいことを平然と当人のボクの前で言っちゃうあたりこの双子コンビも相当だと思うけれど、そんな双子コンビを頼もしく思っちゃうボクも大概なんだろう。

 でもいいんだ。これがボク達なんだから。


 念のために1時間ほど時間を置き、休憩も兼ねてアキが手作りしておいたプリンなどを食べてから再ログインすることにした。

 アキは空手少女ではあるが、趣味がお菓子作りであり将来の夢はパティシエだったりする。

 そんなアキの作るプリンはスーパーに売っている3個100円くらいのプリンとは比べ物にならない出来だ。

 将来は有名パティシエとして名を馳せるだろうことは疑いようがない。さすがボクの妹。


 ゲーム内時間で6時間が経過しているとはいえ、ログインすれば街中などのセーフティエリアでは大体同じような場所に再ログインすることになる。

 もちろん宿屋や生産施設の個別スペースなど、制限時間が存在する場所でログアウトすると再ログインは決まったポイントになるが今回は共有スペースでのログアウトだ。恐らくログアウトしたあの場所のすぐ近くに再ログインすることになる。

 なのでまずはボクではなく、アキとナツがログインし状況を確かめてからログインすることになった。

 掲示板の状況から待ち伏せ行為をしている可能性は低いと判断しているが念のためだ。

 ちなみにゲーム内と現実では時間の流れが違うので、『クロノス』に予め用意されているタイムアクセレーションによって酔いが発生する人向けの慣らし空間で待機することになっている。

 ここならコールも受け取れるし、時間の流れもゲーム内と同様だ。


「兄上、問題なさそうです」

「個別スペースのレンタルも完了していますわ。ログイン直後にすぐに移動可能です」

「了解、ログインするね」


 心配は杞憂だったようで待ち伏せはいなかったようだ。

 だがまぁそれでも念のために双子コンビは個別スペースのレンタルをしていてくれたみたいだ。

 ボクとしてもすぐに変装用の装備を作ろうと思っていたしちょうどいい。


 暗転と同時に軽い浮遊感。

 一瞬でそこはログアウトする前にみた共有スペースの一角だった。

 ログインと共にすぐにアキから個別スペースへの移動の許可を求めるウィンドウが開き、すぐにYESを選択する。

 共有スペースに居た数名がボクのことに気づいたようだったけれど、すぐに移動したので大丈夫だろう。


「さてじゃあ改めて生産やろうか」

「はい、兄上。ですが1つお願いがあります」

「変装用の装備でしょ?」

「さすが兄様! 私達の考えなどお見通しですわ!」

「まぁボクも考えてたしね」

「兄上も俺達と同じ事を……今日は素晴らしい日になりそうです」

「えぇ……兄様と同じ事を……ふふ……」


 虚空を見つめてちょっと怪しくなり始めた双子コンビを放置してさっそく生産に取り掛かる。

 あの状態になった双子コンビは戻ってくるまでちょっと時間がかかる。長年の経験により導き出された結論は放置である。


 一先ずミニゲーム12ステージでどの程度の性能だったのかを確かめるために同じミニゲーム構成で『初級ヒーリングポーション』を作ってみた。

 前回は全ミニゲームフルスコアだったので今回も当然それに準ずるようにしてみた。

 ミスしなかったのかって? ボクを誰だと思ってるんだい? 音ゲーに関してはミスなんて有り得ないよ。


 結果としてその性能のほどなんだけど……。


 ====


 初級ヒーリングポーション/12


 総合品質:C+


 追加効果:

 使用回数増加/C 回復量増加/C- 土属性耐性増加/C+ 斬撃耐性増加/D+ 鈍器耐性増加/C+

 持続時間増加/D- ポーションディレイ低下/B+


 ====


 まず使用回数が倍以上になっている。

 さらに追加効果の量がおかしい。

 βテスト時に実験で行われた『初級ヒーリングポーション』の限界性能チャレンジでは最大で4つまでしか追加効果は付与されていなかった。

 これが正式サービス開始からの変更によるものか、それともミニゲーム12個をフルスコアでこなした影響なのかは定かではない。

 ……まぁ十中八九後者だとは思うけど。


 店売りの『初級ヒーリングポーション』には当然ながら追加効果は付与されていない。

 さらに使用回数も5だし、総合品質も確かGだったはずだ。


 総合品質や追加効果のランクはHから始まり、G、F、D、C、B、A、S、SS、SSSと上がっていく。

 さらに各それぞれにプラスとマイナスの3段階があるので合計30段階評価となる。


 専門の医師の監視下で『クロノス』の1日の使用制限が12時間という環境で行われた1週間のβテストの最後には総合品質Cまでしか作れなかったらしい。


 それが序盤も序盤の現在でC+。

 ちょっと遠い目をしてしまいたくなるが、別にボク達だけで使えばいい話である。

 スコアの調整だってボクにとっては楽勝だ。何回かギリギリのスコアでステージ数を減らせば他人に見せても問題ないものが出来るだろう。

 そうと決まれば何の問題もない。


 まだ戻ってきていない双子コンビは置いておいて次はどこまでステージ数を伸ばせるのか試してみたくなったが、一先ずは現状必要な物を作ってしまうことにした。

 恐らく、先ほど作った『初級ヒーリングポーション』は現状では過剰回復力を持っている代物だろう。

 なのでこれ以上の回復力の向上は意味がない。

 追加効果に関しては希望通りのものが出るかは運次第という面があるのでこれも却下。

 なので消耗品である以上は本数を確保しておくのが1番だ。

 まぁ枠を圧迫しない程度だけど。


 『独自レシピ』に登録して数本『初級ヒーリングポーション』を作成した段階で自分の『スキル』を見てみるとやはり伸びがおかしいことになっていた。


 ====


 【観察/Lv6 ↑1UP】【鍛冶/Lv1】【裁縫/Lv1】【錬金/Lv10<MAX> ↑10UP】【採取/Lv4】


 ====


 たった数本最低ランクの『レシピ』をこなしただけで『無印スキル』とはいえLvがMAXになるなど普通はありえない。

 やはり総合品質:C+は伊達ではないということだろう。なんというパワーレベリングか。


 それはさておき【錬金】がLvMAXになったおかげで『SP』が増えていた。

 これで新しい『スキル』の取得が可能になったり、派生進化させたりできる。

 基本的に『無印スキル』をLvMAXにすると『SP』が貰えて、新しい『スキル』を取得したり進化させる際に消費するようになる。

 もちろん『SP』取得の方法はそれだけではなく、特定のクエストを達成してももらえたりする。

 とはいっても初期『SP』がまだ残っていたりもするのでそこまでシビアな選択を求められたりはしないのだけれど。


 何はともあれ、今はこの『SP』をどう使うかだ。

 とはいっても選択肢は多くない。


 1つ目は新しい『スキル』を取得する。

 2つ目はLvMAXになったことにより派生進化できるようになった【錬金】を進化させる。

 3つ目はそのまま残しておく。


 まぁ当然ながらボクの選択は2つ目だ。

 ちなみに【錬金】の派生先は2つ。

 【初級錬金術】と【合成錬金】だ。

 事前情報通りなのでボクとしてはこのまま消耗品を作り出せる【初級錬金術】を取得したい。

 ちなみに【合成錬金】は2つの素材アイテムを合成して新たな素材アイテムを作り出すという『無印スキル』になる。

 こちらも魅力的だが、すぐには効果を発揮しづらいのでやはり【初級錬金術】となるのだろう。

 それに『SP』がある限り理論上『スキル』は全て取得可能なのだ。焦る必要はない。


 まだ『SP』は残っているけれど、進化を進めていくとかかる『SP』の量もどんどん増えていくから先を見越すなら多少は残しておいた方がいい。

 まぁすぐに他の『無印スキル』もLvMAXになるだろうからあまり気にするほどのことでもないのだけれどね。

 だけど枠も余ってないし、無理して新しい『スキル』を取得する必要もない。


 派生進化させた【初級錬金術】のおかげで使用できる『レシピ』の数が増えたのだけれど、店で売っている『レシピ』で必要そうなものは【錬金】でも使用できたものだ。

 メリットは『独自レシピ』の登録限界数の増加と生産時の成功率と品質、追加効果の付与確率の上昇などだろうか。

 まぁ要するに【錬金】の完全な上位互換ということだ。


 双子コンビにそれぞれ持たせるための『初級ヒーリングポーション』を作成し終わったところでやっと双子コンビが妄想の世界から戻ってきてくれた。


「おかえり、とりあえずはい、これ」

「お見苦しいところをお見せしてしまって申し訳ありません……」

「申し訳ありません、兄上。っとこれはさすがは兄上。使用回数が12とは大変素晴らしいです」

「うんうん、追加効果もかなりの数ついてるけど、どんどん使っちゃっていいから」

「そうなのですね。私には【観察】も【初級物品鑑定術】もありませんから名称しか見えませんが兄様が作った物なら疑う余地など存在しませんわ」

「あ、そうか。2人には追加効果とか総合品質とかは見えないのか。早く『鑑定証』が使えるようにならないとねぇ」


 採取できるアイテムのような特殊な事例を除いて生産したアイテムやドロップ品、店売りのアイテムなどは全て名称のみなら誰でも見ることができるが詳細な効果は該当する『スキル』を鍛えていなければ見れない。

 だが『鑑定証』は【観察】の派生進化先にある【初級物品鑑定術】のアーツで、アイテムに詳細な効果が書かれたAR表示を付与し、さらには誰でも見れるようにするものだ。

 まずこれがないとアイテムの取引をする際に問題が発生する。通常ではアイテム名しか見えないので詐欺し放題だからだ。

 NPCでも『鑑定証』を付与してくれる鑑定屋があるが、利用料金が意外と高いのがネックだ。

 さらに付与できる『鑑定証』は総合品質がC未満の物に限られるのでそれ以上はプレイヤーが『鑑定証』を付与しなければいけない。

 まぁあくまでもβテスト時の情報なので、βテストで発見できなかったNPCならC以上のアイテムにも『鑑定証』を付与できるかもしれないが。


 双子コンビに渡した『初級ヒーリングポーション』の追加効果なんかを説明し、新たに作る予定の物に必要な『グラフィックシード』などを買いに行ってもらう。

 最初はナツに行ってもらおうかと思ったけれど、1人よりは2人の方が何かあったときに対処しやすいだろうと2人でいってもらうことにした。

 その間にボクは現状作れる物を作ってしまうつもりだ。


 双子コンビを送り出したらさっそく生産の続きを開始すべく、ミニゲームのステージ数をガンガン増やしていった。



らびしーまめちしき


・時間加速酔い

タイムアクセレーションシステムが体質的に合わない人が極々稀に存在し、そういった人たちのために専用のシステムが用意されている。

ゆっくりと時間を加速させていくことにより、酔いの発生を抑えることが出来る。


・独自レシピ

基本レシピにアレンジを加えたレシピ。

必要素材や工程手順を登録しておくことが出来る。

最大登録数はスキル依存。


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