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「マラソン」

 イベント「ハルマゲドン」でどちらかの側についた後でプレイヤーが行うことは、言ってしまえば「お使い」であった。天使と悪魔で要求される素材は、名前以外は全く一緒であった。

 例えば悪魔の側についた場合、要求される素材は以下の通りである。まず拠点作成のための「資材」。その次に決戦に備えてより強力な武具を鍛え上げるための素材として使う「天使の装備」。さらにその次に築き上げた拠点に命を吹き込むために生け贄として捧げる「天使の魂」。といった具合である。


「なんか段々えげつなくなってきてるな」

「なんで相手の装備やら魂やら使うんだよ?」

「光を取り込み、我が物とした時、闇はより一層その力を増すのだ」


 どれもダンジョン内に存在する天使を倒して手に入れるものであった。ちなみに悪魔達は天使の素材を使う理由をそう述べていた。

 そうして素材を集める名目で天使を虐殺していると危険人物として他の天使達からマークされ、素材を集め終える度に強力な天使が刺客、つまりはボスとして目の前に現れるという寸法である。


「正義を忘れ、邪の道に堕ちた人間よ。我が光の炎で貴様の魂を浄化してくれよう!」


 ボスとして出現する天使達はプレイヤーより一回り大きな姿をしており、能力値もそれ相応に強化されていた。しかし大技を使う際には律儀にその技名を名乗ってくるので、対策自体は容易であった。

 しかし使う技は同じだが、それぞれのプレイヤーの前に出てくるボス天使は全て異なる個体であった。能力値にもバラつきがあったが、全体の強さはほぼ一緒であった。





「受けよ、我が炎!」


 祐二達の目の前に現れたその三体目のボス天使は、両腕を天高く突き上げながら声高に叫んだ。それを見た美沙が咄嗟に叫ぶ。


「まずい! 楽園業火ヘブンズファイアよ!」

「なんだその頭の悪そうな名前!?」

「こっちに向かって炎の壁が迫ってくるのよ! 回避は出来ないけど防御で凌げるわ!」

「なんでそんなこと知ってるんだよ?」


 盾を構えながら祐二が問いかける。その後ろに隠れながら美沙が言った。


「ネットで調べればすぐよ。祐二はそういうことしないの?」

「家の手伝いが忙しくてネット見てる暇が無いんだよ」

「学校行ってないんでしょ? 時間くらいあると思うんだけど」

「あってもなくても一緒だよ。仕事が忙しくってさ!」


 この時、学校という物はその言葉だけを残してその存在を消していた。バーチャルリアリティを始めとする科学技術の発達によって、わざわざ学校に通わずとも自宅でも十分な学習が可能になったからである。

 おまけに学費も実際に学校に通うよりもずっと格安で、直接脳に情報を叩き込むので学習効率も高い。少子化も重なり、「学校」と呼ばれる学習媒体が急激に衰退していくのは自明の理であった。


「それで、どうすりゃいいんだ?」


 閑話休題。咄嗟に盾を構えた祐二が自分の後ろに隠れた美沙に尋ねる。美沙は祐二越しに溜め動作を継続する天使を見ながらそれに答えた。


「大丈夫。防御役がしっかりガードしてれば凌げるわ。別にガード貫通とかはついてないし」

「そうなのか?」

「ええ。だからしっかり守ってちょうだい」

「任せろ」


 美沙の頼みを受けて祐二が力強く頷く。そして実際、美沙のアドバイスは当たっていた。その天使の放とうとしている固有スキル「楽園業火」はまともに食らえば一発で瀕死状態に陥る強力な物であったが、守りに入れば凌ぐことは可能な代物であった。


「その身を焼かれよ!」


 しっかりと鍛えてあれば。


「ん?」

「あれ?」


 天使が翼をはためかせるような動作で両腕を前に突き出す。直後、天使の真後ろから出現した巨大な炎の波が天使を素通りし、そのまま眼前の人間二人を飲み込んでいく。炎は易々と祐二の防御を無力化し、天使に仇なす邪なる者をその業火で包み込んだ。


「ちょっ、熱い! なんで!? 熱い!」

「減ってる! HP減ってる! やばいやばいやばい!」


 予想外の事態を受けて祐二と美沙が狼狽する。その間にも炎は容赦なく二人を巻き込み、炎を消そうと踊るようにもがく両者のHPを削っていく。


「ちょ、おい、なんだよ! どういうことだよこれ! 美沙! このままじゃ死ぬ! やばいって死ぬ!」

「あっ、レベル……」


 祐二が本気で狼狽える横で美沙が自分達の敗因に気づく。二人のHPが同時にゼロになり、仲良く街に送り返されたのは、そのすぐ後のことだった。





「レベリングしよう」


 熱砂の街に送り返された後、酒場で仲良く意気消沈していた二人は、暫くしてその結論にたどり着いた。彼らはレベルと装備の何もかもが足りていなかったのが敗因であると分析し、そして実際その通りであった。


「まずはレベルを上げる。これが大前提ね。それから装備も変えましょう。物理属性も大事だけど、それ以前に炎属性の耐性も上げなきゃ」

「だな。で、どうする? レベルはともかく、装備はどうやって集める?」

「敵からドロップするのを待つか、店で買うか……」


 このゲームで装備を入手する方法は大きく分けて三つある。店で買うか、敵から手に入れるか、イベントで誰かからもらうかのいずれかである。

 店での売買は一番手軽な方法である。値段も手頃で、資金さえ用意すればすぐに一式を揃えられるが、敵から手に入れる物に比べるとその能力は大きく劣る。よって殆どのプレイヤーからは、これは必要な装備が揃わない間の非常手段であると認識されていた。イベントで集める方法にしても、そのイベントが発生すること自体が稀であった。

 なので敵を倒して装備を手に入れるのが、このゲームでの主流である。しかしこの方法にも欠点はあった。まず倒せばすぐに装備を落とすわけではなく、倒した後一定の確率で装備品をドロップするようになっていた。さらにそのドロップした装備品の能力値は完全にランダムであり、おまけにドロップする装備の種類すらランダムであった。


「ハクスラゲーなんて大抵そんなもんよ」

「ハクスラってなんだよ」

「ハック&スラッシュの略よ。とにかくいい物欲しかったら地道に頑張れってことよ」


 一応、どの敵がどのタイプの装備を落としやすいかは、事前に調べればわかることであった。しかし今現在自分の欲しい装備を落としやすい敵を特定したとしても、そこから更に自分にとって望ましい能力値を持った装備品を入手できるかどうかは完全に運任せであったのだ。下手をすれば数百体倒しても手に入らないこともザラである。


「火に強い防具を落とすのってどいつだっけ?」

「ええっと、確か……こいつね」


 祐二に問われた美沙が手の上の空間に出現したメニューディスプレイを操作し、画面に表示された情報を祐二に見せる。


「ゴブリン。一番戦いやすいのはこいつね。炎に強い防具を落としやすいわ」

「なんか他の防具も落とすっぽいんだけど」


 ゴブリンの装備品ドロップリストの中には、炎だけでなくそれぞれの属性に耐性を持つ防具がずらりと並んでいた。このゲームに登場する属性は炎、水、雷、風の四つであり、基本的に二つ以上の属性に同時に耐性を持つ防具は存在しない。


「そこは根気よく炎に強い奴を捜すしかないわね。あとレベルを上げれば、もっとランクの高いゴブリンからもっと性能のいい防具を集めることが出来るわ。もちろんゴブリン以外の敵からも炎に強い防具を集めることは出来るけど」


 プレイヤーはダンジョンに入る前に、その自分が入るダンジョンのレベルランクを選択することが出来る。ランクが高ければ高いほど出てくる敵も強くなるが、同時に入手できる防具の性能も豪華なものになっていく。またランクが上がれば、そのダンジョンに出てくる敵の種類も増えるようになっていた。


「今の俺たちのレベルで炎耐性の強い防具を集めやすいのがゴブリンだってことだろ?」

「そういうこと。あとはサイクロプスとかからも入手することは可能ね。最低クラスの奴でもレベル十九とかするけど」


 現時点でのレベルは祐二がレベル九、美沙がレベル十一であった。


「駄目だな」

「一発食らっただけで昇天しそうね」


 結局、彼らはゴブリンから装備を「拝借」することにした。そして彼らは自分達が初期装備のままロクにアイテムも揃えずにここまでやってきていたことに気がつき、二人してその無謀さに呆れながらダンジョンに向かった。





「出ねえ!」


 それから随分と時間が経ったが、祐二と美沙は一向にお目当ての防具を引き当てることが出来ずにいた。武器と盾はボロボロ出てきたのだが、肝心の防具が一つも出てこずにいた。


「畜生なんだよこれ! 全然出てこねえぞこれ!」


 装備を稲妻の形をした鉄製の剣と白く丸い盾に持ち替えた祐二が思わず叫ぶ。剣の方はその表面を青白い電流が這い回り、電撃の力を身に纏っていることを如実に示していた。盾の方はそれまで持っていた物より一回り小さく、ところどころ塗装がはげ落ちてその下にある黒色がまだら模様のように剥き出しになっていた。

 そうして武器だけを新調した祐二はさっそく単純作業に飽き始めていた。


「なんかもう疲れてきた。あとどんだけやればいいんだよ」

「もうこうなったら忍耐との勝負ね。粘れるところまで粘ってみましょう」


 祐二の愚痴を聞いた美沙がそれに同意するように言った。彼女の武器も祐二と同様に変わっており、自分の背丈の半分程の大きさを持った単装式大型ボウガンを両手で持ち腰溜めに構えていた。


「それにしても、さすがにそれは大きすぎるんじゃないか?」

「ちょっと手数より一発のダメージで攻めてみようと思ってね」


 その地面に縦に置いたら先端が腹部にまで到達するほどの大型ボウガンを構えている姿を見て、祐二が思わず言葉を漏らす。対して美沙はそう答え、それ専用の大きな矢を自力で装填し、片手で弦を引っ張った。


「力持ちッスね」

「ゲームだから出来る芸当よ」


 ちゃっかりパーティーに入っていたパラケルススが美沙のその動作を見て感心しながら言った。美沙はなんでもないことのように返し、パラケルススは「仮想の世界だから出来るって訳ッスね」と言った後で言葉を続けた。


「でもそのうち、現実でも出来るようになるッスよ」

「現実でこんな物持ってたら銃刀法違反で捕まるって」

「人間の価値観なんか今の内に忘れておいた方が得ッスよ?」

「忘れろって言われて簡単に忘れられるわけないだろ」


 パラケルススの言葉を聞いた祐二が困ったように言った。パラケルススは「相変わらずお堅いッスねー」と言葉を返し、そしてそのやりとりを聞いていた美沙が新たに出てきたゴブリンを一発で仕留めながら二人に言った。


「とにかく、今はマラソン続けるわよ。レベル上げて装備を集める。最後までやりきるわよ」


 そう言ってから再び矢を装填し、四体で一斉に突っ込んできたゴブリンの先頭を行く一体にその矢を撃ち込む。矢がゴブリンに命中した瞬間そこを中心にして円形の爆風が発生し、周りにいたゴブリンを纏めて吹き飛ばした。

 スキル「ボルトストーム」によって一網打尽にされたゴブリン達を見届けながら、パラケルススが祐二に尋ねた。


「マラソンって?」

「目的のブツが出るまで同じ敵を倒し続けるって意味の言葉らしい。ゲームやってる人の間で使われてるらしいぞ」

「へー、スポーツの名前以外にそんな使い方もされてるんスか」


 パラケルススが感心したように声を放つ。ゲーム音痴の祐二もまたそれに同意するかのように「なんでマラソンなんて呼ぶようになったんだろうな」と返し、そんな二人を見た美沙が次の矢を装填しつつ言った。


「話は後! 今は装備集めに集中!」

「お、おう!」

「ういッス!」


 美沙の一喝に驚いた二人が慌てたように武器を構え直す。そしてそれから二時間、彼らは休みなしで「マラソン」を続けた。その甲斐あってか、彼らはそこそこ防御力が高く、火に強い耐性値を持つ防具を入手することに成功したのだった。


「お互い胴と腕か」

「ちょっと所持重量オーバーしちゃうかあ。まあいっか」

「余った装備はどうするッスか?」

「全部売る。お金にしてアイテムを買い込む。これが鉄則ね」

「だな。持っててもかさばるだけだし、それが一番だな」


 それから彼らは各自のマイホームに戻り、一度準備を整えることにした。パラケルススは「二人の準備が出来たら呼んで欲しいッス」と言い残して体を青白く発光させ、そこから音もなく消滅した。プレイヤーがログアウトするのと同じアクションであった。

 そして祐二はマイホームに戻る途中で、「町中でも防具の変更が出来るようにして欲しいんだよなあ」と、このゲームのプレイヤーなら誰もが一度は思った不満を始めて口にした。





「火に耐性のある守護を降ろせば良かったのではないか?」

「あっ」


 そしてマイホームに戻って装備の整理を行っていた祐二は、自分が降ろしていた守護「アテナ」からありがたい言葉を聞くのであった。

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