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「サンサーラ・サーガ」

 世界は再生された。それははっきり言って、拍子抜けするようなものだった。


「ではお二人とも、目を閉じてください」


 最初にブラフマーがそう告げる。二人は言われるままに両目を閉じ、視界が暗やみに包まれる。もっとも最初から何もない暗黒の世界にいたので、目を閉じても世界の光景が変わることはなかった。

 目を閉じてから暫くの間は無音の状態が続いた。全く静かな世界で、何かが動いたり震えたりしたことを感知することも無かった。

 それから十秒ほど経過した後、ブラフマーから声がかかる。


「はい。いいですよ。では目を開けてください」


 言われるままに目を開ける。そこには彼らの良く知る宇宙が広がっていた。


「え」

「嘘」


 それまでの暗黒の世界とは違い、そこには星々が白い輝きを放っていた。頭上から足下に至るまで満天の星空が広がっており、二人は自分がプラネタリウムを見ているような錯覚を覚えた。


「これ、本当に?」

「本物なのか」

「はい。私が作り直しました。創造神ですから、これくらいは簡単です」


 一瞬の出来事だった。なんの前触れもなく出現した宇宙の姿に二人が呆然としていると、不意にブラフマーが二人に声をかけた。


「前を見てください。ちゃんと全て元通りになっておりますから」


 その言葉に従って二人が視線を前に向ける。そしてそこにあるものを見て、思わず息をのんだ。


「地球だ」


 そして祐二が目を見開いたまま呟く。彼の言う通り、その目の前には青々と輝く地球の姿があった。


「あれも本物なの?」


 祐二に続いて美沙も言葉を漏らす。その言葉は若干震えていた。

 それを聞いたブラフマーは「そうです」と短く答えた後、続けて二人の脳内に言葉を放った。


「ですが、あそこにまだ生命はおりません」

「どういうこと?」


 美沙の問いかけにブラフマーが答える。


「私が元に戻したのは宇宙の形だけ、ということです。もちろん命も元通りに出来ますが、その前に私のお願いを聞いていただきたいと思いまして」

「なるほど、そういうことか」


 新しい世界では自分の信仰を増やせ。祐二は世界の再創世を行う際にブラフマーが要求してきたことを思い出した。なんだか全人類の命を人質にした状態で脅されているような感覚を味わった。


「違いますよ? 私は別に脅している訳ではないですよ? ただちょっと、日陰者に日の光を当ててほしいなって思っているだけですからね?」


 その祐二の心の声を聞いたブラフマーが慌てたように声をかける。本気で慌てているのがその声の震え具合から容易に見て取れた。

 ここまで下手に出てこられるのもそれはそれで調子が狂う。そう思いながら祐二が面倒くさそうに言った。


「わかった。わかった。どうするか考えるよ。お前が目立つようにすればいいんだろ?」

「そういうことです。なんとか上手いこと考えてくださいね」

「でもさ、そんなの私達に頼まないで自分で出来るんじゃないの?」

「さすがにそんなことしたら避難囂々ですよ。ですが現人神の同意を得て、彼らに協力してもらったという事実があれば話は別です。例え不満があったとしても、他の神々は口を噤むしかないでしょう」

「お前結構腹黒いんだな」


 祐二が呆れたように声を出す。ブラフマーはそれに対して何も言わなかったが、その沈黙こそが何よりの回答であった。

 しかしそこで美沙が口を挟んだ。


「でもそれやっても、結局は他の神の不満は溜まったままなのよね」

「まあそうなりますね」

「それがどうしたんだ?」

「それ、下手したらティアマトの二の舞に繋がったりしないかしら」

「あっ」


 ブラフマーと祐二は言葉を詰まらせた。美沙の言いたいことは良くわかったからだ。そんな二人を前にして美沙が続けて言った。


「同じ事の繰り返しにならないかしら」

「確かにそれは言えてるな」

「で、でもでも、私も信仰は欲しいです。欲しいんです!」


 ブラフマーが駄々っ子のようにごねる。お前は子供か。祐二と美沙は軽い頭痛を覚えた。


「お願いします! 宇宙規模の無償奉仕とか割に合いませんよ! ちょっとくらい見返りほしいです!」

「ついに本性を見せてきたか」

「人間の邪気に中てられたのかしら」


 二人の現人神は揃って苦い顔を浮かべた。しかしブラフマーの主張を全否定するするつもりもなかった。彼らはブラフマーの主張も至極もっともであると考えていたからだ。


「でもまあ、確かにお礼はしないといけないわよね」

「それも他の神に不満が溜まらないようにしないとな。これ結構難しいぞ」

「前向きに考えてくださるんですか?」

「まあ世界を元に戻してくれたのは事実だしな」


 ブラフマーからの問いかけに祐二が答える。そしてその祐二の言葉を聞いたブラフマーは声を弾ませ「本当にありがとうございます」と返す。その明らかに嬉しそうな声を聞きながら、祐二と美沙は顔を合わせて話し合った。


「で、どうしようか」

「結構難しい問題よね。どうすれば角が立たないかしら」


 しかし二人だけの会議は思うように進行しなかった。二人は互いに意見を言い合い、時々ブラフマーも言葉を挟んだりした。どれも芳しい結果は生まなかった。

 星の海の中での会議はそれから小一時間ほど続いた。そしてアイデアに詰まった頃、不意に美沙が呟いた。


「ゲームのシステムとか使ってもいいんじゃない?」


 神と現人神は同時に美沙の方に意識を向けた。いきなり二人からの注目を浴びた美沙は戸惑いながら言葉を続けた。


「いや、ちょっとこれは使えるかなって思っただけなんだけどね。昔やってたゲームのこんなシステムがあって」


 それから美沙はその「ゲームシステム」を説明した。それを聞いた祐二は納得したように頷き、ブラフマーがさも嬉しそうな声で答えた。


「それは確かにありですね」

「いや、むしろこうするのはどうだ」


 そして、その美沙の提案が起爆剤となった。それまでのどん詰まりの状態が嘘のように祐二がアイデアを出し、美沙もそれに応えるように新たな提案を加えていく。二人の構築していったそれはブラフマーの元々の提案とは少し異なるものであったが、その創造神は何事も自分が一番でなければ気が済まないほど狭量な性格をしてはいなかった。


「はい。それでいいですよ」

「いいのか? 露出が増えるだけで、それほど目立ったりはしないと思うけど」

「チャンスが増えるだけ前よりマシです。それにまた何か問題が出ればその都度変更すればいいだけですし」


 そもそも現人神直々の調整ならば、誰も不満は言わないだろう。ブラフマーは続けてそう言った。現人神二人は過剰に期待しすぎなんじゃないかと疑問に思ったが、ブラフマーはそれも否定した。


「あなた方は現人神なのです。現人神とはそれくらいの影響力があるのですよ」

「そうなのか?」

「そうです」


 ブラフマーの返事は力に満ちていた。二人はなおも釈然としなかった様子であったが、この問題についてそれ以上言及しようとはしなかった。

 これ以上持ち上げられるのは、正直言って居心地が悪かった。良い意味でも悪い意味でも、この二人は庶民であったのだ。

 世界の王になるつもりは欠片も無かった。下手におだてられても困る。


「まあ方針は決まったんだし、その通りに行こう」

「失敗したら失敗したで、その時はその時よ」

「大丈夫です。なんとかなります。いざという時はシヴァに頼んでもう一度壊してやり直せばいいんです」


 ブラフマーが何か物騒なことを言ってきたが、二人の現人神は努めて無視を決め込んだ。そうして創造神の戯言をやり過ごした後、祐二は改めてブラフマーに問いかけた。


「じゃあ、さっき言ったとおりに頼む」

「わかりました。ではそのように」

「ああ」


 一つ頷きながら祐二が言った。


「やってくれ」


 直後、彼らの目の前で地球が白い輝きに包まれた。

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