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「神界」

 水中から姿を現した青銅の裸婦像、もとい大地母神ティアマトは首を動かしたり腕を回したりすることなく、出現した時の姿のままで眼下の現人神に話しかけた。像の内側から放たれたその声は体内で反響し、重々しい音となって周囲に鳴り響いた。


「お前達が来ることはわかっていた。よくぞ来た。歓迎するぞ」


 それは除夜の鐘の音のような残響音だった。そしてその声に焦りや苛立ちといったものは見えてこなかった。そこにあるのは傲岸不遜ともとれる余裕の色だった。


「お前達は既に知っているかもしれないが、一応名乗っておこう。私はティアマト。バビロニアの大地母神である」


 そしてその尊大な口調のまま、ティアマトが己の名を名乗った。祐二達は自分達も名乗った方がいいだろうかと思ったが、彼らが動く前にティアマトが続けて言った。


「さて、来てもらったばかりで悪いが、お前達にはお引き取り願おう。どうせ私の主張を受け入れるつもりは無いのだろう? そこの裏切り者共々、直ちにこの星から立ち去るのだ」

「裏切り者ですと?」


 大地母神の言葉を受け、ローマの農耕神が眉を吊り上げる。そして顔を上げて青銅像を睨みつけ、怒りに満ちた声を張り上げた。


「馬鹿なことを。裏切っているのはあなたの方ではありませんか。神の盟約に背き、ガイアに刃向かい、地上を水没させた。あなたはゲッシュ、神の掟を尽く破ったのだ。これは紛れもない事実なのですぞ」

「ならばなぜお前はその裏切り者を匿った? 今になって鞍替えしたところで、お前が私を庇った事実に変わりはない。お前も同罪なのだぞ」

「私は何も知らなかったのだ。確かに信仰が一部の神に集中し、それに不満を持っている神が存在していることは私も知っていた。私だってそうだったからだ。しかし、だからと言って、己の地位を高めるためにここまですることは無い。明らかにやりすぎだ。あなたの凶行を知っていれば、私もあなたを庇ったりはしなかった」


 同じ神の集いの同胞として、すべきことをしただけなのだ。サトゥルヌスは声を大にして訴えた。それはここにいる軍神と現人神に向けて弁護しているようにも聞こえた。

 現人神達はそれに対してすぐさま判決を下したりはしなかった。自分達にその権限は無いとさえ思っていた。それまずは目の前の問題を解決する方が先だ。

 そう思った祐二はティアマトの方を向いて言った。


「サトゥルヌスの言う通りだ。お前はやりすぎたんだよ」

「やりすぎたとな?」

「言葉通りよ。自分の意見が通らなかったからって日本を水没させるとか、ちょっと頭おかしいんじゃないの?」


 祐二に続いて美沙も言い放つ。ティアマトはすぐには言い返さず、沈黙を守っていた。その青銅像に向けてアテナが問いかける。


「時にお前、エリスという神を知っているか?」

「もちろん知っている。私に啓示を与えてくれた女神のことだな」

「本気で言っているのか」

「もちろんだ。奴が私に何かをしようとしていたのはわかっていたし、それが相手の理性を奪って本能を剥き出しにさせる類の物であることも理解していた。私はそれを受け入れたのだ」


 アテナが目を剥く。この軍神がここまで驚愕した表情を見るのは初めてだった。呆然とする祐二の横でアテナが声を放つ。


「貴様、自分からエリスの術中にはまっていったのか」

「そうなるな。奴には感謝している。おかげで踏ん切りがついたのだからな」

「どこまで墜ちれば気が済むのだ貴様は。余所の世界の女神に膝を屈するなど、それでも大地母神か」

「何かを得るためには、何かを犠牲にしなければならない。私は己の復権のためならば、どんな物でも犠牲にしてみせよう」


 軍神を前にしてティアマトが断言する。ハッキリと反論されたアテナは開いた口が塞がらないという有様であった。呆れて物も言えなくなっていたのだ。


「阿呆か」

「なんとでも言え。もはやお前達がどれだけ言葉を重ねようとも、私は止まるつもりはない。ガイアを蹴落とし、私が頂点に立つのだ!」


 本気でそう思っているのか、それともエリスの邪気に中てられて正気を失っているだけなのか。祐二達は判断に苦しんだ。しかし自分達が今何をすべきなのかはわかっていた。

 今すぐそれを実行すべきであることも。


「言いたいことはわかった。だったら俺達は、なおさらお前を止めないといけなくなる」

「ちょっと強引かもしれないけど、覚悟してよね」


 祐二と美沙が手の中に光球を生み出す。その光球は瞬時に形を変え、一丁の拳銃へと変わっていく。アテナもまた盾と槍を構え、二人の隣に立つ。


「お前もやるのか?」

「相手は世界の礎となった大地母だ。いくら現人神といえど、お前達だけでは辛かろう。私も加勢させてもらう」


 サトゥルヌスは一気に臨戦態勢を整えた三人を見て目を丸くしたが、それに対してティアマトが返したのは嘲りの笑い声だった。


「この私と戦うつもりか。なんと愚かな」


 どこまでも傲慢な奴め。額に青筋を浮かべんばかりの険しい表情を見せながら祐二が言った。


「現人神に神が敵うと思っているのか」

「思うとも。ここにいるのは私だけでは無いからな」

「なに?」


 三人が眉をひそめる。直後、ティアマトの体内から鐘の音が鳴り響いた。それはそれまでのような重低音ではなく、教会で鳴らされるような甲高く神々しい音色のものであった。

 少なくとも自分達にとって吉事の前触れではないだろう。そう直感した三人は無意識のうちに背中合わせになり、全方位を警戒する。

 そんな眼前の三人を前にして、ティアマトが声を張り上げて叫ぶ。


「同士達よ! 今こそ立ち上がる時ぞ! 闖入者を討て!」


 直後、彼らを遠巻きに取り囲むように大量の人影が水の中から姿を現した。それも十や二十ではない。数百にも及ぶ大軍勢であった。


「神!」


 そしてその軍勢を見たアテナが驚愕の顔で呻く。それに気づいた美沙が肩越しにアテナを見ながら問いかける。


「どういうこと?」

「気をつけろ。ここにいるのは全員神だ」

「なんだって?」

「私達は数百もの神々に囲まれているということだ!」


 アテナが叫ぶ。祐二と美沙はそれを聞いてその顔を一気に青ざめさせていく。そして自分の今手にしている拳銃に目を向ける。

 こんな豆鉄砲で何が出来る?


「潰せ!」


 ティアマトが叫ぶ。神々が一斉に駆け出す。

 三人は死を覚悟した。

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