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「たらいまわし」

 ワダツミは自分が地味神の集いの一員であることを明かした後、続けて現人神二人に説明した。


「そもそも、あのゲームに参画している神の七割以上が、その集いのメンバーだったりするのですよ」

「マジで?」


 それを聞いた祐二と美沙は揃って目をむいた。しかしワダツミがそれに頷き、何か言おうと口を開いた直後、祐二の背後から別の声がした。


「その者の言葉は事実だ」


 祐二が後ろを振り向くと、そこには見知った顔が立っていた。


「アテナ」

「こうして顔を合わせるのは久しぶりだな。現人神よ」


 アテナ。ギリシャの軍神。そして安藤祐二の守護。

 彼にとっては無二の相棒と言ってもいい存在である。その女神の姿を見ながら祐二が尋ねる。


「今まで何してたんだ」

「我がオリンポスの世界で少し面倒事が起きてな。それの対処で忙しかったのだ。寂しい思いをさせてしまったのならすまない」

「いや、大丈夫だ。それより何かあったのか?」

「後で話す。今はワダツミの話に集中しよう」


 アテナに諭され、祐二が再びワダツミの方を向く。何が起きているのか浅葱にはちんぷんかんぷんだったが、祐二と美沙の反応を見る限り好ましいことが起きている訳ではないことは読みとれた。

 そう浅葱が推測する一方で、ワダツミは新たに出現した女神と現人神を視界に納めながら説明を再開した。


「さて、確か神の七割が件の集いに参加していると言うところまで話をしましたね」

「ああ。それとお前もそのメンバーの一人だってことも聞いた」

「私は違うぞ。私はその集まりには参加していないからな。それなりに知名度を持っているからそこに顔を見せる義理はないのだ」

「お前はちょっと黙ってろ」


 しかし途中で口を挟んできたアテナに祐二が口を尖らせる。それを受けてアテナは「ちょっと補足しただけなのに」と口を尖らせるが、祐二は無視してワダツミに言った。


「すまん。続けてくれ」

「は、はい。そんな訳でして、ティアマトはある意味、私の同胞にあたるのです。艱難辛苦を共有する友と言うべきでしょうか」

「仲間を売る気はない?」

「いいえ。むしろ仲間であるからこそ、私は彼女の凶行を止めなければならないのです。確かに知名度も信仰も大切ですが、だからといって現実世界に直接干渉し、世界の理をねじ曲げるようなことをしてはいけないのです」


 そう断言したワダツミの目には確固たる決意の光が灯っていた。この女神は信頼できる。その光を見た二人の現人神は直感した。


「それはつまり、ティアマトの捜索に協力してくれるということなのだな?」


 そこで再びアテナが口を挟む。しかし今回のそれは茶々を入れるような類のものでは無かった。


「今すぐティアマトに会えるのか?」

「さすがに探すのは時間がかかるでしょうが、それでも見つけだすことは出来ます。必ず探し出します」

「そうか。それなら話が早い。頼むぞ」


 アテナが力強く話しかける。ワダツミも静かに頷き、そして自分の守護の放つ雰囲気の変化に気づいた祐二がワダツミの方を見ながらアテナに問いかけた。


「何かあったのか?」

「先ほど、オリンポスの世界で問題があったと話しただろう?」

「ああ」

「エリスという神を知っているか」

「誰だそれ」


 祐二が率直な回答を返す。美沙もまた「知らない神よ」と答え、それを聞いたアテナも「やはりな」とその展開を予想していたような言葉を吐く。


「エリスとは不和と争いの女神だ。そしてご多分に漏れず、彼女もまた地味神の集いのメンバーの一人である」

「その女神がどうかしたのか」

「そいつが他の神話世界の神々にちょっかいをかけているらしいことが判明したのだ」

「あれ? それ確かルール違反なんじゃ」


 美沙が声を上げる。アテナは「確かにその通りだ」と首肯した。


「神は他の神話世界に直接干渉してはいけない。それが出来るのは現人神だけだ」

「そう。それよ。ガイアもそんなこと言ってた気がするわ」


 アテナの言葉に美沙が思い出したように答える。祐二も同意するように頷き、ワダツミも静かに同意する。浅葱は完全に蚊帳の外だったが、彼女は彼女で先ほどから独り言のように放たれる現人神の言葉を逐一メモしていた。単純に何かネタになるものが無いかどうか探していたのだ。

 その中で、アテナが言葉を続けた。


「そしてこれは私の推測なのだが、ティアマトが暴走したのはエリスが原因なのではないかと思っている」

「どういうことだ」

「さっき言っただろう。エリスは不和と争いを司る女神だと。奴がティアマトに接触して、その大地母神を狂わせたという可能性は否定出来まい」


 アテナの言葉を聞いて、現人神とワダツミは揃って「ああ、そういうことか」と納得したような表情を浮かべた。しかしこの時の祐二と美沙の顔には落胆の色も籠もっていた。

 この期に及んでまた新しい関係者が出てきたのか。ここまでたらい回しにされておいてまたそれか。正直うんざりしていた。しかし表面上はおくびにも出さず、それを隠しながら祐二が言った。


「会わなきゃいけない神がまた増えた感じか」

「そういうことになるな」

「では、ティアマトは私の方で探しておきましょう。その間にあなた方は一度、そのエリスという女神に会ってみてはいかがですか?」


 そこでワダツミが提案する。特に異論は無かった。ティアマトの捜索に時間がかかると言っていたのは何より彼女だ。ならその時間を無駄に過ごす意味もない。


「じゃあティアマトが見つかるまでの間、私達はエリスって女神に会えばいいのかしら?」

「そういうことになるな」

「なんか本命に会う前にかなり遠回りしてる感じするんだけどな」


 美沙の結論めいた言葉にアテナが同意し、祐二が口を尖らせる。ワダツミはそれに対して苦笑しながら「もう暫しお待ちください」と返し、そのまま相手の反応も待たずに霧のように消えてしまった。


「あ、ちょっと!」

「……いきなり消えた」

「内心では焦っているのかもしれんな。早くティアマトを見つけねばと躍起になっているのかもしれん」


 突然のことに驚き、呆れる現人神にアテナがフォローを入れる。祐二と美沙は今一つ釈然としない様子であったが、アテナはそれ以上は何も言わなかった。


「では、私も消えるとしよう。オリンポスで待っているぞ」


 そしてそれを見届けたアテナもまた、現人神をおいてさっさとその場から消滅した。そして二人の女神がいなくなったことで、残された人間達はこの場の空気が軽くなったような感覚を覚えた。


「いなくなったんですか?」


 その感覚を肌で感じ取った浅葱が恐る恐る尋ねる。それを聞いた美沙が浅葱に目を向け、肩の力を抜きながら静かに答えた。


「ええ。もういなくなりました」

「やっぱりそうだったんですか。それで、どんな話をしたんですか?」

「……言っちゃっていいのかなこれ。まあいいや。言っちゃえ」


 少し逡巡した後、ヤケクソ気味に祐二が言葉を漏らす。その後彼は言葉通り、それまで自分達が話していた全てを浅葱に説明した。


「また変な神が出てきましたね」


 そして祐二の説明を聞き終えた浅葱はまず最初にそう呟いた。全くその通りだった。


「それで、これからどうするんですか? お二人はそのままオリンポスに?」

「そうですね。すぐに向かうことになると思います」

「こういうのは早い方がいいですしね。早すぎるとかなんとか言われて追い返されたらまあ、その時はその時ですけど」


 浅葱の問いかけに二人が答える。そして逆に「これからどうするのか」と問われた浅葱は、苦笑しながら「ここに残ります」と答えた。


「さすがに部外者が変に首突っ込むのもあれですしね」

「まあ、それもそうかも」

「じゃあ今日はここでお開きですかね」


 祐二の言葉の通り、三人はここで解散することになった。祐二と美沙はいったんそれぞれの家に戻り、浅葱を残してゲーム内でもう一度合流することにした。


「シェムハザからの報告が来たらどうする?」

「パラケルスス辺りに取り次いでおくように頼んでおくよ」


 そのような会話をしながら、現人神二人は家路に戻っていった。そして帰宅後、彼らは真っ先にログインしてゲームの中に入り、熱砂の街の広場で彼らは合流した。


「早かったな。よく来てくれた」


 そして二人が顔を合わせたと同時に、アテナもまた二人の前に姿を見せた。当然ながら、広場にたむろしている他のプレイヤーにその女神の姿は見えていなかった。


「それで、どうやってオリンポスに行くんだ?」

「それなんだがな。今し方エリスの有罪が確定して、別の場所に送られることになった」

「どこなの?」

「アムシャ・スプンタ」


 一瞬、二人は目の前の女神が何を言ったのか理解できなかった。呪文か何かを唱えたのだろうかと本気で思い、二人して首を傾げた。


「ゾロアスターの世界に住まう、善なる神々の集まりだ。今からエリスに会おうと思うのなら、そこに向かう必要がある」

「なんでそこに移されたんだ?」

「オリンポスの連中では公平に裁くことが出来ないからだ。身内の恥を外に晒すことは躊躇われるということだ」


 アテナがさらりと返す。それを聞いた美沙は顔をしかめた。


「随分はっきり言うのね」

「実際事実だからな」


 何か問題でもあるのか? アテナはそう言いたげな表情を浮かべていた。美沙は食い下がろうとしたが、すぐに諦めた。


「わかったわ。行きましょう」

「そうだな。では私についてきてくれ。人目に付かないところで移動するとしよう」


 アテナに言われるまま、三人が広場から離れていく。新たな神と世界を前にして、現人神二人はその胸中に期待と不安を等しく抱いていた。

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