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「天使側」

 祐二の嫌な予感は的中した。現在地上に降りている天使達を束ねる存在であるサンダルフォンもまた、件の「地味神の集い」のメンバーの一人であったのだ。


「ていうかそもそもお前神じゃないだろ」

「神でなくとも入ることは出来るのだ。それこそ天使や悪魔、精霊や妖精に至るまでな」

「妖怪とかも?」

「その通りだ。つまりこの我もそこに入ることが出来ると言うわけだ」


 開き直ったように胸を張ってサンダルフォンが言い返す。問いかけた美沙と彼女の横にいた祐二とパラケルススは、三人揃って呆れた表情を浮かべた。


「自爆しておいて随分態度でかいッスね」

「半分ヤケクソになってるんじゃないかしら」


 その黒い甲冑を身に纏った大柄な天使の姿を見て、パラケルススと美沙が顔を合わせて小声で話し合う。しかしそのやりとりはサンダルフォンにもしっかり聞こえており、それを聞いた天使は気まずそうな顔をした。

 一方で祐二はそれを耳にして、つい数分前のことを思い出していた。別に策を弄したわけではない。自分達の地位とウリエルの紹介状を使ってサンダルフォンと面会し、そこで自己紹介のついでにさりげなく話を振ったら、向こうから墓穴を掘ってくれたのだ。


「ところでサンダルフォン。ポセイドンの所でやってた会議には行かなかったのか?」

「うん? 例の地味者の集まりのことか? 今はこの通り忙しくてな。顔を見せる余裕が無いのだ」

「……ティアマトも今一緒に仕事してるのか?」

「いや、かの者はここにはいないぞ。大方ポセイドンの所にいるのではないか?」


 口は災いの元とはよく言ったものである。その後で祐二達がここに来た目的を聞いた時のサンダルフォンの顔はとても見物だった。阿呆のように目と口をだらしなく開け、すぐにその顔に絶望の気配を満たしていった。失礼だとは思ったが、それでもその間抜け面を前にして、祐二と美沙は笑いを完全に噛み殺すことが出来なかった。パラケルススに至っては腹を抱えて爆笑しながら地面を転げ回っていた。

 その悪魔の笑い声は、大理石で作られたその部屋の中に盛大に響きわたった。その声の反響具合は、まさに汚れ一つ無い純白の世界を汚すかのようであった。


「とにかく、ここにティアマトはいない。そしてお前達の要求に応える義理もない。お引き取り願おう」


 そして現在、悪魔と人間の前で失態を演じてしまったその黒い天使は、それでも胸を張ってなんとか体裁を保ちながら三人にそう言った。そんな天使に対して祐二が問いかける。


「同じ集まりの仲間を売ることは出来ないってことか?」

「そうなるな。天使は決して、仲間を売るような真似はしないのだ。悪魔と違ってな」


 あからさまにパラケルススを睨みつけながらサンダルフォンが返す。その目は敵意に満ちていたが、パラケルススはどこ吹く風と言わんばかりにニヤリと笑った。


「これでも元天使なんスけどねー。もうちょっと手心加えてくれてもいいんじゃないッスかー?」

「黙れアザゼル。この堕天使め」

「やーん、こわーい。ご主人様助けてー」


 パラケルススが猫撫で声で叫び、天使の殺気から逃れるように祐二の背中に隠れる。おかげでそれを追いかけるように動いたサンダルフォンの視線が祐二に突き刺さり、祐二は心臓を鷲掴みにされたかのような感覚を覚えた。

 背筋が凍りつく。脳裏で走馬燈が走っていく。生きた心地がしなかった。


「とにかく、あなたは私達に協力する気はない。そういうことなのね?」


 そのやり取りを見ていた美沙が、そこで割り込むように話しかける。声をかけられたサンダルフォンは美沙の方に向き直り、殺気を消して一度咳払いをしてから彼女に答えた。


「そうだ。例え現人神の頼みであろうとも、それに応えることは出来ない」


 サンダルフォンの意志が固いことは、その言葉からありありと見て取れた。美沙は祐二の方を向き、その視線に気づいた祐二もまた彼女の方を向いた。パラケルススは祐二の背中に隠れたまま、興味深そうにその二人を交互に見やった。

 二人の視線が交錯する。言葉を交わさずとも、相手の言いたいことを理解する。それから二人は同時に頷き、そしてサンダルフォンに向き直った。


「サンダルフォン。お前の言いたいことはわかった。その考えもよくわかった」


 二人の意志を代弁するように祐二が話しかける。意識をそちらに傾けたサンダルフォンの眼前で、祐二がおもむろに右手を持ち上げる。


「でもこっちも仕事なんだよ。それも結構大事な仕事なんだ。出来ることなら穏便に済ませたかった」


 胸元の位置まで持ち上げた右手の中で、一個の光球が掌の中から浮き上がっていく。完全に出現した光球は手の中で形を変え、一瞬にして一丁の拳銃へと姿を変える。


「だけどそっちがその気ならしょうがない」


 次の瞬間、祐二がその拳銃をサンダルフォンへ突きつける。銃口をまっすぐその額に向けながら、祐二が冷たい口調で問いかける。


「神の赦しはもらっている。従ってもらうぞ」


 サンダルフォンは微動だにしなかった。美沙は無表情で天使を見つめている。パラケルススは背中に隠れながら口笛を吹く。


「やるう」


 主の肩越しに天使を見ながら、悪魔がニヤリと笑う。次の瞬間、天使は無言で右手を持ち上げた。

 祐二が人差し指に力を込める。しかし彼が撃つよりも早く、サンダルフォンは頭より上の位置に持ち上げた右手の指を鳴らした。

 刹那、周囲にある大理石の壁が一斉に真下に沈んでいく。それと同時に外に控えていた天使達が、沈んだ壁を越えて四方から続々と部屋の中へなだれこんでいく。

 彼らは鎧を着込み、盾と槍で完全武装していた。


「サンダルフォン様!」


 そして彼の号令によって室内に飛び込んだ天使の一人が声をかけ、その直後に息を呑む。本物の「大天使の紹介状」を持ってやってきた「現人神」が、自分達の上官であるサンダルフォンに武器を突きつけていたのだ。


「これはいったい何事でありますか!」


 すぐに理解できるはずも無かった。サンダルフォンはまっすぐ祐二を見つめながら叫んだ。


「こ奴らは敵だ! 今すぐつまみ出せ!」

「動かないで!」


 しかしその直後、天使に負けじと美沙も声を張り上げる。それと同時に彼女は両手を前に突き出し、それぞれの手に既に光球から精製しておいていたサブマシンガンを持ち、その銃口を天使達に向けた。

 天使達の動きが一斉に止まる。しかし構えは解かず、三人の闖入者を睨みながらじりじりと距離を詰めていった。一方で現人神と悪魔も引き下がるつもりはなく、無意識のうちに背中合わせになって敵の襲撃に備えた。


「本当に撃つつもりか」

「そっちがそのつもりなら」

「数で負けていることに気づいていないのか?」

「じゃあ試してみるか?」


 一触即発。ここまで来て、互いに一歩も引けなくなっていた。

 それが起きたのはその直後だった。


「敵襲ー!」


 部屋の外から叫び声と、爆発音が同時に起きた。そして声のした方へその場の全員が目を向けると、そこから大量の黒い影が一直線にこちらへ向かってくるのが見えた。


「悪魔だ!」


 押し入ってきた天使の一人が叫ぶ。天使が反応するよりも早く、悪魔の一団が天使達に襲いかかる。


「行け! 潰せ!」

「奴らをぶっ潰せ!」


 低空を駆け抜ける黒い影の大群が、それを見上げる白の軍団を塗りつぶす。高速で頭上から襲いかかり、相手に反撃の隙も与えずに蹂躙する。

 完全なる奇襲攻撃。その第一波は成功し、それまで祐二達を取り囲んでいた天使達の一角が完全に崩壊した。


「悪魔の奇襲だ!」

「構えろ!」


 一翼を崩して地上に降り立った悪魔の軍勢と残りの天使の集団が激突する。天使達がその存在を明確に認知したのと、同じ場所から第二波が飛んできたのはほぼ同時だった。

 白と黒がぶつかりあう。静謐に包まれた大理石の空間は、一瞬にして怒号と剣戟の響く地獄絵図と化した。


「臆するな! 奴らに我々の意地を見せつけるのだ!」


 そしてサンダルフォンもその空間を包む熱気に取り込まれていた。剣を抜き、襲い来る悪魔を一太刀で次々斬り倒しながら、配下の天使を鼓舞していく。天使もそれに応えるかのように志気を上げ、続々とやってくる悪魔を迎え撃った。

 現人神と悪魔は完全に蚊帳の外だった。


「チャンスッス。今の内に逃げるッス」


 その中で、パラケルススが祐二達に向けて提案した。祐二と美沙はすぐさまそれに頷いたが、その直後に祐二がパラケルススを引き留めた。


「でも交渉はどうするんだ? ここで逃げたらもう会えないと思うぞ」

「どっちみにあれから情報は引き出せそうにないッス。天使が駄目なら悪魔にするッス」

「悪魔に同じ事頼むの?」


 美沙の問いかけにパラケルススが首肯する。それを見た美沙が続けて悪魔に尋ねる。


「それ、大丈夫なのかしら」

「大丈夫ッスよ。あっちにあたしの知り合いがいるし、その人に頼んでみるッス」

「じゃあなんで最初にその提案しなかったんだ?」


 祐二からの質問を受けて、パラケルススは渋い顔をした。祐二と美沙は再び嫌な予感を覚えた。


「ちょっとめんどくさいと言うか、個人的に会いたくない相手なんスよ」


 これはまた面倒なことになりそうだ。確証は無かったが、現人神二人はそう直感した。

 他に選択肢がないとはいえ、嫌な時の予感は当たるものなのだ。

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