「巨神激突」
「俺にもやらせろ!」
祐二が叫びながら群衆の中に飛び込み、それと同時に盾を構える。この時ダゴンは既に攻撃態勢に入っており、そして彼の横では他のプレイヤーが既に防御態勢に入っていた。
「意味あんのか?」
「これくらいいいだろ」
いきなり飛び込んできた魚を見た横のプレイヤーが驚きながら声をかける。対して祐二はそう答え、そのまま二人で盾を構える。
ダゴンの振るう刃が二つの盾と激突する。盾役二人を同時に衝撃が襲い、両者の体を強引に後ろへ押し下げる。
「この……っ!」
「野郎!」
金槌で頭を殴られたような衝撃だった。インパクトのあまり視界が一瞬真っ白になる。盾役の二人は恨めしい声を上げ、それでもなんとかそれに耐える。
そしてついに刃が止まる。ダゴンの唸り声が響き渡り、肉厚の剣が持ち上げられていく。それを皮切りにしてそれまで後ろに下がっていたプレイヤー達がこぞってダゴンの元へ駆け出していく。その間盾役の二人は後ろに下がって自前で回復し、ワンテンポ遅れてダゴンの攻撃に向かう。
「いけ! いけ!」
「ぶっ潰せ!」
「手加減するな!」
プレイヤー達の目は血走っていた。脳内に満ちるアドレナリンと戦いに高揚する精神が、彼らの闘争本能をむき出しにしていた。普段決して使わないような言葉を平然と口から吐き出し、その手に野蛮な凶器を持ちそれを振り回しながら巨神に群がっていく。
その勢いはダゴンの顔を渋らせるほどであった。
「む、むう、この……!」
「愉快! 愉快!」
そしてその巨神とそれに群がる人の波を見て、ガイアはとても嬉しそうに声を弾ませた。血に酔い、精気に満ち溢れた人間の姿はとても美しい。野蛮故に純粋。これこそが本質。
考える動物。やはり人間はこうでなくては。
「それでいい! 血を流せ! 牙を剥け! 爪を獲物に突き立てろ!」
感情を爆発させたガイアが両手を振り上げる。しかし誰も彼女に注意を向ける者はいなかった。ダゴンという巨大な獲物を前にして、誰も彼もがそちらにのみ意識を傾けていた。
それでいい。ガイアはますます人を好きになった。目先の益に囚われて視野狭窄になるのもまた人の魅力だ。
「これどうすりゃいいんだよ」
しかしその祭りに参加できないプレイヤーもいた。ロバートがその一人だった。彼のジョブであるスカウトは支援型であるため、他のジョブに比べて戦闘の力が低く設定されていたのだった。遠距離から攻撃しようにもそれの出来る武器を持っていなかった。
そもそもレベルが足りない。装備が足りていない上にこれである。今の彼に出来ることと言えば攻撃範囲外から回復アイテムを放り投げることくらいだった。
「地味なことしてるなー」
「まあこれでも貢献したってことで経験値は入りますし」
「最低限仕事はしたってことで妥協するべきですね」
薬草やエーテルを放り投げながらロバートが呟く。するとそれに答えるように彼と同じ理由で前線に参加できないプレイヤーが、やはり彼と同じようにアイテムを投げながら言ってきた。ロバートは自分以外にも戦えないプレイヤーがいることを知って親近感を覚えながら、その後も後ろで回復アイテムを投げ続けた。
「安いよ! 安いよ!」
「今なら店で買うより安いよ!」
そして彼らの更に後ろでは、地べたに座り込んで自分で仕入れたアイテムを売り出すプレイヤーもいた。俗に言う転売である。割高ではあったが、店に買いに行くよりずっと時間を短縮出来るのは確かであった。おかげでその露店の前にはそれなりの人数が屯していた。
「こいつ、どれだけ削れば気が済むのよ!」
そして美沙は他の遠距離攻撃主体のプレイヤーと同様に距離を離し、彼らと並んで攻撃を続けていた。遠距離攻撃は近接攻撃に比べてダメージ量に劣る。彼らの攻撃は無駄とは言わないまでも、蚊に刺された程度のダメージしか与えられていなかった。
「鬱陶しいったらない!」
「殴れ! 殴ればそのうち死ぬ!」
苛立たしげな美沙の叫びに反応するようにどこかから声が飛んでくる。どれだけ殴ればいいんだよ、と心の中で思いながらも、美沙はその後も黙って攻撃を続けた。
戦闘開始から二十分。ダゴンのHPは四割を切っていた。
それからさらに数十分後。その後も街にやってくるプレイヤーの数は増え続けた。ダゴンは自分が一秒ごとに不利になっていくことを自覚した。
「こいつら、どれだけ増えるつもりだ!」
途中で自分が倒したプレイヤーの数も二桁に上る。しかし相手はそれ以上に数を増やし、休むことなくこちらに攻撃を仕掛けていく。このままでは物量に押し切られてしまう。
「いいぞ! このまま押し込め!」
「おおーッ!」
そして人間の方もそれを理解していた。彼らは敵の体力が残り僅かなことを知り、それでも手を緩めずに攻撃を続けた。元より彼らの中に手加減するという言葉は無かった。
「よし、あと一息!」
「これで終わる!」
遠方で息を切らしながら美沙が叫び、他のプレイヤーがそれに応える。彼らも同じ行動の繰り返しで疲れ始めていた。しかし手を休めるわけにはいかない。美沙達は気を引き締め、そのまま攻撃を続けた。
そしてついにダゴンのHPが一割を切る。ここまで来た。美沙は少し安堵した。そして同時にこのルーチンワークから解放されることに喜びも覚えた。
「このまま押し切る!」
美沙が気合いを入れ直し、ボウガンを構える。彼女の目のまでそれが起きたのはその時だった。
「舐めるな!」
ダゴンが叫び、腕を胸の前で折り曲げて上半身を丸める。ダゴンを包み込むように緑色のオーラが出現し、背を丸めた巨神の周りで淡い輝きを放つ。
ちょうど五秒後、ダゴンを包むオーラが消える。次の瞬間、ダゴンのHPが完全回復した。
「はあ!?」
「なんだそれ!」
「ふざけんな!」
非難囂々だった。一瞬にして外傷を全て癒したダゴンの姿を見て、そこにいたほぼ全てのプレイヤーが一斉に声を上げた。ここまで自分達が積み上げてきたものを一瞬で無かったことにされたのだ。怒りが爆発するのも当然だった。
「マジですか」
「ふざけんなよ」
「ちょっとシャレにならないぞこれ」
そして中には絶望する者もいた。数十分かけてやったことをもう一回やれと言われて素直に頷ける者もいなかった。
「なにこれ、もう一回やれってことか?」
「まあ突発イベントだったし、これくらい難易度高いのも理解は出来るけど」
「こんなのただ理不尽なだけじゃねーか!」
プレイヤーの意見はバラバラだった。しかしここまで来て戦闘を放棄する訳にも行かない。プレイヤー達は武器を握る手に再び力を込め、完全回復した巨神を睨みつけ表情を引き締めた。
それが起きたのはまさにその直後だった。
「見つけたぞォ!」
声が街の中に轟く。次の瞬間、ダゴンの背後から巨大な黒い影が迫ってきた。
「人の見せ場を食うなァ!」
建物を踏みつぶし、突然の襲来に慌てふためく眼下のプレイヤーを歯牙にもかけず、ダゴンの背後を取った人型の闇が腕を振り上げる。
ダゴンがそれに気づいて後ろを振り向く。その顔面に人型の闇が放った拳が突き刺さる。
「死ねェ!」
殴られた巨神の体が大きく揺らぐ。体を大きく折り曲げ、街の上に上半身だけ倒れ込む。そこにいたプレイヤーは倒れ混みの巻き添えを食い、その殆どが一発でそのHPをゼロにする。ある意味ダゴンの攻撃の中で一番強烈なものであった。
遠距離にいた美沙にはその光景をありありと見て取ることが出来た。そして彼女は同時に、パンチ一発でダゴンのHPを四割消し飛ばした巨大な闇の正体を察した。
クトゥルーのダゴン。カナンのダゴンを潰しに来たのだ。