「戦闘中」
空き城から外に出た後、ダゴンはすぐに見つかった。
「ははははは! どうしたどうした! 貴様達の力はその程度か!」
海のダンジョンに続く氷河の街のど真ん中に陣取り、そこにいたプレイヤーと大喧嘩を繰り広げていたのだった。それは服を身につけずに筋肉の鎧で覆われた体を露出させ、体色を緑に染め、背筋に沿って魚のヒレを生やし、二の腕からも同様にヒレを生やしていた。顔は壮年男性のそれであり、幾多の修羅場を潜り抜けてきたように厳めしく迫力のある顔つきをしていた。
そしてそのダゴンは巨大だった。街の中心部を土台ごと破壊し、露出した水の中に腰から下を沈め、右手に持った剣を振り回してプレイヤーの悉くを撃破していた。その顔は実に達成感に満ちていた。
「なんだあれ」
ダンジョンからここに戻ってきた祐二は呆然と呟いた。美沙とロバート、そして彼らと共に街中にやってきたガイアも同様に驚きに目を見開いていた。
「あれは、ダゴン? どうしてここに?」
「え、あれがダゴン?」
「いきなり当たりか」
そしてガイアの呟きに美沙とロバートが反応する。美沙は戸惑い、ロバートは本命を目の前にしてニヤリと笑っていた。
「なんでここにいるのかわからないのか?」
「全くわかりません。直接話してみないことにはなんとも」
「でもあの状況で話が通じると思う?」
祐二の言葉にガイアが答え、美沙が割り込んで質問を放つ。四人はそれに応えるようにダゴンの方に目を向け、そしてその周りに集まっている者達にも意識を向けた。
「ヌゥン!」
気合いの雄叫びと共に振り上げた剣を薙払う。銀色の剣が弧を描き、ダゴンの近くで必死に攻撃をしていたプレイヤー達をまとめて攻撃する。
人間の背丈ほどの大きさを持った刃がその人間達の真横から襲いかかる。ダゴンと比べて豆粒程度の大きさしか持たないプレイヤー達は枯れ葉のようにまとめて吹き飛ばされ、HPの六割ほどが一瞬で消し飛ぶ。
「ふん! その程度か!」
何とか立ち上がる人間達を見下ろしながらダゴンが吐き捨てる。それから彼は上半身を捻って別の方向へ向き直り、そこで同じようにこちらに攻撃を仕掛けてくるプレイヤー達に向き合う。そこにいた者達は剣が届かない所までダゴンと距離を離し、そこから魔法を使って攻撃していた。
「この野郎!」
「くたばれ!」
魔法使いは必死に火の玉や雷を放ち、ダゴンを集中攻撃していた。その内ダゴンの背後からもプレイヤーが接近し、体の至る所で爆発や剣戟と皮膚の衝突による火花があがっていた。
「今だ! 攻めろ!」
「むうう!」
四方八方から攻撃を受け、ダゴンが苛立たしげに顔を歪める。それから彼らは両手を振り回し、肉薄していた近接ジョブ持ちをまとめて吹き飛ばす。しかし彼らはすぐに立ち上がり、近くにいた赤の他人から薬草を投げつけられたり回復魔法を唱えられたりして即座にHPを回復し、このいきなり現れた巨人に再び突撃していった。その様はまさに戦神の加護を受けたバーサーカーであった。
「おのれ! おのれ!」
ダゴンは近づいてくるプレイヤーの対処で手一杯だった。そもそも腰から下を水中に埋めた彼はまともに動くことすら出来ず、周囲の地盤を叩き割ろうにも「何か不思議な力」によって剣や拳が弾き返され、一向に破壊出来る気配が無かった。
そしてその間にも、遠くからの魔法攻撃は続いていた。それどころか「街中に巨大なボスが出た」という噂を聞きつけたプレイヤーが続々とこの街に集まり始め、一斉にダゴンへ攻撃を始めていった。
「おのれ、猪口才な!」
ダゴンが忌々しげに吐き捨てながら、なおも両腕を振り回す。しかしプレイヤーも馬鹿ではなかった。祐二のように重武装を施した防御特化のプレイヤーが他のプレイヤーの前に立ち、盾を構えて自分達に向かって飛んできた肉厚の刃を正面から受け止める。
自分よりも巨大な銀の壁を盾で受け止める。ガードのエフェクトが発生し、そのダメージが軽減された上で全て盾役に集中する。一網打尽を狙っていたダゴンは歯噛みした。
「防御するか!」
「マジかよ!?」
一方でそれを受け止めた盾役のプレイヤーはあまりの衝撃に唖然とした。数値的なダメージ量は減っても、体に受ける衝撃は全く緩和されなかった。まるで大波を体で受け止めたようだった。しかしすぐに顔を引き締め、歯を食いしばって足腰に力を込めてそれを耐える。
結果として、盾役のHP三割と引き替えに味方の被害をゼロに抑えたのだった。仕事をやり終えたその盾役は不敵な笑みを浮かべた。
「へへ、ざまあ」
「おい下がれ! 回復しろ!」
「次の攻撃まで間がある、今のうちだ!」
「次も頼むぞ!」
その盾役を励ますように声をかけながら、他のプレイヤーが次々と彼を追い抜かしてダゴンに接近する。盾役は自力で回復を済ませた後、他の綿々と共にダゴンへの攻撃を開始した。
「来るぞ!」
その内、プレイヤーの一人が何かを察知し、不意に声を上げる。それを合図に他のプレイヤー達は一斉にダゴンから距離を離し、それと同時に盾役のプレイヤーが前に飛び出した。
「次も頼むぞ!」
「回復したか!」
「外野は黙ってろ!」
そんなやりとりをしながら盾役が防御上昇スキルを唱え盾を構える。そして最初に声を上げたプレイヤーの予想通り、ダゴンは両腕を持ち上げて近寄ったプレイヤー達を根こそぎ吹き飛ばそうと振り回す。
「ぬうう、なぜだ!」
しかしそれらは全て盾役の前に防がれ、ほぼ無傷で凌がれる。ダゴンは恨み節を吐きながら、それでもなお戦闘を続けていった。
「完全にパターン読まれてるわね」
それを遠くから眺めていた美沙が不意に呟く。真っ先に反応した祐二に対して美沙が応えた。
「ダゴンが攻撃する時は必ず腕のヒレが開くのよ。それを読まれて、次に何が飛んでくるのか予測されてるってわけ」
「マジでか」
「それにあそこからだと魔法攻撃も防げない。そもそも防げるならとっくに何か行動してるわけだし」
「要するに?」
「詰みね」
つまらなそうに美沙が断言する。祐二はその場にしゃがみこみ、ロバートも片足に重心を乗せてくつろいだ体勢をとる。
「俺達の出番は無しか」
「これが終わるまで待ってた方が楽かもしれないですね」
「まあ楽出来るってのはいいことだな」
そんなすっかり弛緩しきった彼らに対し、不意にガイアが声をかける。
「ですが、あのダゴンも今は敵の一つとして数えられています。このまま見過ごしていいのですか?」
「どういう意味だ?」
「いえ、戦闘に参加すれば経験値と装備がもらえるかもしれないと思ったのですが」
そう言い切る前に三人は行動を開始していた。そしてそれまでのだらけっぷりが嘘のようにダゴンに突撃していく三人を見送りながら、ガイアはにこやかに笑って言った。
「良き哉、良き哉」
ガイアは欲望のままに動く人間の姿を見るのが大好きだった。人間の本質を垣間見ることの出来る数少ない機会だからだ。