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「二十世紀神話」

 クトゥルー神話に出てくる神は、他の神話に出てくる神と比べて明らかに異なっている点があった。他の神話の神はそれと干渉した人間に恵みと災いを等しく与えるが、クトゥルー神話の神は人間に対して災いでしかもたらさなかったのだ。


「そうなんですか?」

「そうです。そもそもクトゥルー神話の神は他の神話の神とスタンスが違うのです。彼らは地球から遠く離れた外宇宙、もしくは別の次元に存在する異形の生命体であり、その本質は邪悪そのものです。言ってしまえば彼らは人間の敵、いえ、生命の敵と言ってもいいでしょう」


 まあ、中には比較的害の少ない神もおりますが。祐二からの問いかけにガイアはそう答えた。その言葉の端々には怒りが籠もっていた。


「なんかイラついてる?」

「どうしたんだいったい」

「さっき言っていたことと関係してるんじゃないのか。自分の敵のことを愉快に話す人はいないだろ」


 美沙と祐二の疑問にロバートが答える。その間にもガイアは話を続けていた。


「そしてこのダゴンは、その邪心群<旧支配者>の一人であり、パレスチナのダゴンと同じく海を支配域としているのです。彼は深きものどもと呼ばれる自らの眷属の信仰を受けながら、今も海の底で眠り続けているということになっています」

「そいつもやっぱり危険なのか?」

「とても危険な存在ですね。というよりも危険でない神の方がごく少数ですが。ですが幸運なことに、ダゴンや他の神はあまり自分の方から人間に干渉することは殆どありません。ですのでこちらから関わらない限り、被害を受けることは無いでしょう」

「邪悪な存在なのに? 侵略とか支配とかしないのか?」


 祐二の質問に対し、ガイアは黙って首を横に振った。その後ガイアは祐二をまっすぐ見ながら彼に言った。


「そもそも人間のことは眼中にないのです。人間が道端を歩く蟻にいちいち注意を向けないように、宇宙の神々もまた人間のことにいちいち注意を向けないのです。クトゥルー神話の中において、人間はとてもちっぽけな存在として描写されています。大宇宙の恐怖の前には、人間の精神など石ころも同然なのです」

「ああ、わざわざ構ってやる気もないってことか」

「なんか嫌な気持ちね。無視されるのもシャクだけど、関わったら死ぬんでしょ?」


 ロバートが気づいたように呟き、美沙がしかめ面を浮かべる。ガイアもそれに反応して「死ぬだけで済めばまだ良い方です」と答え、そのままガイアが言った。


「中には姿を目にしただけで人を発狂させてしまう神もいるのです。そして人間を死に至らしめるだけでなく、精神だけを崩壊させたり、脳味噌を取り出して実験素材に使う者も存在するのです。ここまで聞いてわかるとおり、彼らは人間を、自分と同じ価値のある生命だとはみなしていません。ただの玩具か、家畜としか見ていないのです。これを脅威と言わずしてなんとするのでしょう」


 ガイアの言葉には強い熱が入っていた。表情も真剣そのもので、今までにこやかな顔しか見ていなかった三人は「あの人がここまで激高するのか」と衝撃を受けた。

 そしてその説明を聞いた祐二は旧支配者がそれだけ危ない存在なのだということを認識し、しかしその一方で一つの疑念も抱いた。


「なんでそんな危険な奴にイベント任せたんだ?」


 その言葉に、美沙とロバートもハッとする。そして同時に三者からの視線を受けたガイアは、しかし動揺することなくそれに答えた。


「問題ありません。全て予定の内です。決してクトゥルーの神が勝手に行動を起こしたというわけではありません」

「じゃあなおさら気になるぞ。どうしてそんなことしたんだ?」

「人と神の結束をより強めるためです」


 なに言ってるんだこいつ。不審げに眉をひそめた人間達に対してガイアが続けた。


「確かに邪神の力は強大です。人間だけでは到底太刀打ち出来ないでしょう。そして地球の神の力だけでも、結果は同じことになるでしょう。ですが人間が神の力を借りれば話は別です。人の意思と神の力。この両方を併せれば、かのにっくき邪神を打ち破ることが出来るのです」

「ああ、それがあのイベントの主旨か」


 何かに気づいたようにロバートが声を出す。どういうことだと言わんばかりに視線を向けてくる祐二と美沙に、ロバートはガイアの背後に佇むダゴンを見ながら答えた。


「つまりこういうことだ。邪神を倒すためには人間と神が強く手を結ばなきゃいけない。そしてそのためには、人間がより多くの信仰を神に捧げなければならない。つまり今まで以上に人間は神に対して信仰を捧げることになる。そして神は信仰を受ければ受けるほど得をする。それに神と人には共通の敵もいるからな。外宇宙からの侵略者っていうわかりやすい敵だ」

「なるほど」

「強大な敵を前にして、人間と神々がより密接に結びつくってことですね」


 祐二と美沙は納得したように頷き、そしてロバートと同様にダゴンの方に目を向ける。四つん這いでこちらを睨みつけてくる人型の闇はぴくりとも動かなかった。

 そんな彫像と化した闇を見ながら、祐二が物事理解したように清々しい声で言った。


「つまり、このダゴンがラスボスってことになるのか」

「そういうことです。今回のイベントで使われるダンジョンは、これまでと比較して屈強な敵の蔓延る高難易度な物として設計されております。その狂気に満ちた世界を探索することで神と人はより強い絆で結ばれ、その絆の力は邪神を討ち滅ぼすことによって証明される」

「そして、討伐報酬も手に入れることが出来る?」


 祐二がお伺いを立てるように問いかける。ガイアは満足そうに微笑んだ。


「その通りです。これによって人間達は強敵に勝った達成感、強い装備を手に入れた充足感を手に入れ、同時にここまで共に戦ってきた神に対してより強い信頼感を覚えるでしょう。そして神もまた人間達からより一層の信仰を獲得し、これまで以上に人間と密接に関わることが出来るようになる。まさにWin-Winの関係なのです」


 祐二の質問にガイアが答える。その顔はまさに喜びに満ちていた。邪神を背にしながら、未来に待ち受ける希望の光景を夢見て胸を躍らせていたのだった。


「捕らぬ狸の皮算用」

「変なこと言うな。フラグになるだろ」


 この時そう呟いた美沙をロバートがたしなめていたが、ガイアの耳には入ってこなかった。敵視していた邪神を「合法的に」打ち倒せるからか、それともプレイヤーから与えられる大量の信仰を予想しているからかわからなかったが、とにかく今の祐二の目にはガイアはとても輝いて見えた。

 否、本当にガイアは光っていた。体の奥底から金色の光を放ち、後光のように周囲に放っていたのだ。眩しくて長時間直視することが困難なほどに強烈な光だった。


「うわ、まぶしっ!」


 ダゴンはその光を受けても動こうとしなかったが、人間三人は咄嗟に顔を背けた。まるで目の前でいきなり直射日光を浴びせられたような感覚だった。


「そ、それより、それそっちは大丈夫なのか?」


 そうして放たれた光を腕で顔を覆って防ぎながら、祐二が声を放つ。その視線はダゴンの方を向いていた。そして人間からの視線に気づいたダゴンがそれに答える。


「どういうことだ?」

「それってつまり、お前踏み台にされるってことだろ? それ納得できるのか?」

「構わん。元より我らは人間の信仰など求めてはいない。我らは信仰ではなく、人間からの恐怖によって存在を保っているのだ」

「どういうこと?」

「人間と神相手に暴れられればそれで十分ってことだろ」


 祐二と同様に腕で顔を守っていた美沙とロバートが言葉を交わす。その直後、それまで放っていた光を納めながらガイアが言った。


「その通りです。彼は協力して挑んできた人間と神を返り討ちにし、その心に抱く恐怖を感じられればそれでいいのです。もちろんダンジョン内で抱く恐怖もまた、彼の糧になることでしょう」

「どっちにとってもおいしい話だってことか」


 よく出来てるな。ロバートが感心したように言い放つ。それから彼は少し考え込んだ後、「ああ、だからか」と何かを理解したように声を上げた。


「どうしたんです?」

「君がそんな格好になった理由がわかったんだよ」


 そういいながら、ロバートが祐二に目を向ける。この時祐二は「そんな格好」と指摘され、ここに来て初めて自分が魚の格好をしていることを再認識した。


「おそらく、拗ねたんだろうな」


 そんな祐二を見ながらロバートが言ってのける。どういうことですかと尋ねた美沙に対し、ロバートが続けて言った。


「今までの話を聞いている限り、このイベントはダゴンを中心にして回っている。それもクトゥルー神話の方のダゴンだ。同じ名前を持った別の神だけが一方的に優遇され、自分は何の待遇も受けていない。これは面白くないだろうな」

「ああ、なんとなくわかるかも。それにクトゥルーのダゴンの方が後出しなんでしょ? 後輩ばっかが持ち上げられたらそれはイラッと来るわ」

「で、それと魚となんの関係が?」


 納得する美沙の隣で魚が話しかける。ロバートは考え込むように斜め上方を見つめながらそれに答えた。


「カナンのダゴンは頭に来た。そして、こうなったらそのイベントを滅茶苦茶に妨害してやると思った。テストプレイヤーである君をその姿に変えて、イベントの発生を遅らせようとしたんだ。あわよくば中止に持ち込もうと思っていたのかもしれん」

「そういうことだったのか」

「あくまで仮説だけどね」

「でもそれ、ちょっとショボくないかしら。神のやることにしてはこすいっていうか」


 祐二が理解したように声を上げ、その一方で美沙が険しい表情を作る。それに対して、ロバートは腕を組んでガイアの方を見ながら言った。


「それはほら、さっきガイアが言っていただろう。邪神は神だけでは太刀打ちできない存在だと。だからカナンのダゴンは搦め手で攻めることにしたんだ」

「余計こすいイメージがついたんですがそれは」

「まあ理屈には適ってるわよね」


 魚が呆れた声を出し、美沙が肩を落として答える。その直後にガイアが言った。


「ですが、我々は延期するつもりも中止するつもりもありません。最後までやりきるつもりでいます」

「脅しに屈するつもりはないと?」

「そうです。そして問題を先送りにしたままイベントを進めるつもりもありません。まずはカナンのダゴンを捕まえましょう。話はそれからです」


 ガイアの言葉には力が込められていた。強い意志の現れであり、祐二達もそれに共鳴した。

 そして気づいたときには、ダゴンは既にいなくなっていた。祐二はそれに気づきはしたが、それについて深く考えようとはしなかった。深入りして被害を受けるのは勘弁したかったからだ。

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