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「歪むリアル」

 イベントシナリオ「ハルマゲドン」では、途中である分岐点が存在した。それは「天使と悪魔のどちらにつくか」という至極単純なもので、プレイヤーはその二者択一の中から一つを選択し、それに沿ったストーリーを体験していくことになっている。当然ついた側に応じて展開も変わっていき、クリアの目的や出現するボスエネミー、そして最終的に得られる装備類も変わってくる。ちなみにそれぞれの側について得られる装備は全て同じ能力値であり、違うのは見た目だけであった。

 これらは事前に運営からアナウンスされていたことである。ついでに言うと、この分岐は一度クリアしてからもう一度このイベントを最初から行えば、選び直すことが出来た。要するにやろうと思えば、両方の陣営の装備を手に入れることが出来た訳である。

 そしてその情報は、当然ながら祐二と美沙も把握していた。


「それで、祐二はどっちにつくの?」


 熱砂の街の酒場、埃っぽく狭苦しい室内に置かれたテーブルの一つを囲みながら、美沙が祐二に問いかけた。祐二は少し考えた後、美沙の方を見ながら答えた。


「悪魔かな」

「へえ、そうなんだ。理由は?」

「こっちの方が武器の見た目が格好いいから」


 そう言いながら祐二がメニューディスプレイを開き、何度か画面を指でスライドさせてからそのディスプレイを美沙に向けた。美沙の視線の先には「ハルマゲドン」をクリアした際に手に入る武器の一覧があった。これは運営の公式サイトで誰でも閲覧できるものである。

 画面の左側には天使についた際に貰える装備が、右側には悪魔についた際に貰える装備が表示されていた。天使側の装備はどれも汚れ一つ無い純白に覆われており、見つめてると目が痛くなってくるほどの輝きを放っていた。またところどころに青い宝石が装飾としてはめ込まれており、その透き通るような青もまた装備の清廉さを引き立てていた。

 一方の悪魔側の装備は反対にそのどれもがドス黒く塗装されており、それは闇の中に置けば溶け込んでしまいそうなほど暗く不吉な気配を漂わせていた。こちらにも至る所に宝石がはめこまれていたが、向こうと違いこちらは血のように真っ赤な宝石であった。それは装備自体が全身黒で塗り固められていたこともあって、一際強い禍々しさを放っていた。


「こういうのがいいんだ?」


 その悪魔側の武器の方に注目しながら、不思議そうに美沙が言った。全身銀色の装備で固めていた祐二は「黒が好きなんだよ」と返し、それを聞いた美沙は顔を上げて彼の武装に意識を向けた。


「まともに使える装備がこれしかないんだよ。色塗る機能も無いしさ。仕方ないだろ」

「いや、別に悪いとは言ってないわよ。ただこういうのが好きなんだなーって思っただけ」


 ふてくされる祐二を見た美沙が苦笑いを浮かべながら言った。そして手元にある自分が頼んだ酒「メガヨクナール」の入ったグラスを取って一口飲み、テーブルに置きながら呟いた。


「私はまだなんだよねー。どっちにつくか正直決めかねててさ」

「どっちでもいいんじゃないか?」

「いや、こういう選択って結構重要だと思うのよ。今はまだわかんないけど、後々大事なイベントで成功するためのフラグに関わってたりとかさ」

「なんの話だよ」

「ゲームとかだとよくある話なのよ。序盤の何気ない選択が終盤になって重要な意味を持つっていうのは。恋愛アドベンチャーとかだと特に。だからどんな選択肢でも、決して気は抜けないの」


 美沙が熱のこもった視線を向けながら力説する。目の前にいる自分と同い年の少女がかなりのゲームマニアであることは、祐二は既に彼女自身から聞いていた。祐二はそれほどゲームをする方では無かったが、かといってそれ自体に嫌悪を抱いている訳でもなかった。単純にやる機会が無かっただけである。

 孤児院にはパソコンしか置かれていなかったからだ。


「じゃあ俺と一緒に行くか?」


 そんなことを思い出しつつ、祐二が美沙に提案する。美沙は再び「メガヨクナール」に口をつけ、「これ変な名前よね」と一人で呟いてから祐二に言った。


「それもいいかも。そうするわ」

「いいのか? その、フラグとか大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。そこまで神経質になっても面白くないでしょ」


 ゲームは楽しまないと。それが美沙の持論だった。祐二は素直に頷き、そしてディスプレイを閉じながら言った。


「よし。じゃあ二人で悪魔につこう」





 このイベント「ハルマゲドン」では、最終的にどちらの側にどれだけの数のプレイヤーがついたかを集計して発表することになっていた。そしてその「最終発表」の前に、二回ほど「中間発表」を行うことにもなっていた。

 最初の中間発表は、祐二と美沙が悪魔側につくことを選択したその翌日に行われる予定であった。どちらに軍配が上がろうとゲーム的にはこれといって変化は無いのだが、それでも勝てば嬉しい気分になることに変わりはない。なのでプレイヤーの中には友人を自分と同じ側に引き入れ、積極的に自分のついた勢力の「支配権」を大きくしようとする者もいた。


「我々悪魔に付き従うことを選んだ賢明な諸君! 我々は君達を歓迎する!」


 そうして悪魔の側についた面々は、まず最初にイベントシーンを体験することから始まる。それは言ってしまえば演説である。プレイヤーは東京ダンジョンの一角に作られた円形の広場に集められ、そこで広場の中央に置かれた高台の上に陣取る悪魔から「ありがたいお話」を聞かされるのである。


「我々はなんとしても、この最終戦争に勝たねばならん! そのためにも、えー……我々は一致団結し、力の限り……えーと……精一杯! 奮闘し!」


 その悪魔は話す内容が書かれたメモを見ながら演説を続けていた。悪魔はそのカンニングペーパーを隠そうともしなかった。蝙蝠の翼を備え、片手に槍を携え、頭から雄々しい二本一対の角を生やした漆黒の悪魔がメモ帳をガン見しながら辿々しい口調で演説をする光景というのは、もはや間抜け以外の何者でもなかった。

 実際、それを見て失笑を浮かべているプレイヤーも何人もいた。祐二と美沙もその中に含まれていた。広場の外周には他の悪魔達が警備役として立っていたが、その彼らまでもが広場の真ん中にいる同胞を見て呆れ顔を浮かべたり、腹を抱えて笑い転げたりしていた。

 そんな緊迫感もへったくても無い状況であったので、演説役の悪魔の堪忍袋の緒が切れるのにそう時間はかからなかった。


「ええい、やめだやめ! クソッ、なんで俺がこんなことしなきゃいけないんだ! 二度と演説なんかしないからな! 絶対しないからな!」


 メモ帳を投げ捨て、台の上で地団駄を踏みながら悪魔が声を荒げる。広場の外周から「お前が外れクジを引いたのがいけないんだろうが」と野次が飛んできたが、それに対して演説役の悪魔は「うるせえ!」と言葉を吐き捨てた。それから悪魔は咳払いを一つした後、周囲に集まるプレイヤー達を見下ろしながら言った。


「とにかく! 俺達は天使共に勝たねばならん。最終戦争を勝ち残るのだ。そしてそのためには、まず拠点を築く必要がある。要塞と言ってもいいな。とにかくどんな攻撃にもびくともしない立派な拠点だ。だからまずお前達には、その拠点を作るための資材を集めてきてもらう」

「それがクエストクリアの条件なのか?」

「そうだ。そういうことになるな。それから、お前達が拠点を最後まで作る必要はない。規定数の資材を集めてくれればそれでいい。プレイヤー全員で何個集めないと拠点は完成しないとか言うのは無いからな」

「どうやって集めりゃいいんだ?」

「まずはダンジョンを探索して、天使を見つけろ。そして天使を見つけたら、迷わずぶっ飛ばせ。倒した天使は資材を落とす。それを回収するんだ」


 方々から飛んでくる質問に悪魔が律儀に答えていく。そして悪魔は質問に答える最中にプレイヤー達に「ディスプレイを開いてみろ。完成予想図を見せる」と言った。

 プレイヤー達がそれに従ってメニューを開くと、その開けて最初に表示される画面に巨大な建物の姿が映されていた。それは所々に刺々しい装飾の施された、真っ黒な一個のドームだった。


「それが完成予想図だ。格好いいだろう?」


 悪魔がしたり顔で言い放つ。それに同意したプレイヤーは少数だった。その後も質問は続き、悪魔はそれら全てに答えていった。


「強い天使を倒せば資材もいっぱい貰えるのかしら?」

「その通りだ。ヤバい奴ほど旨味も多い。もし一人で勝てないなら、パーティーを組んでいくべきだろうな。ちなみに得られる資材の量は全員一律だ。分配方式ではないからな」

「天使側についたプレイヤーと戦うことになるんですか?」

「それはない。ここでは基本的にプレイヤー同士が戦うことはない」

「拠点の完成度は中間発表には影響しないの?」

「しない。中間発表で公表されるのは、あくまでもどっちの方に多く人数がついたかだ。拠点の完成度は左右されない。だからお前達は自分のペースで資材を集めればいい」

「随分良心的なのね」


 その悪魔とプレイヤーのやり取りを聞いていた美沙が隣にいた祐二に小声で話しかける。ゲームに疎い祐二はこれが良心的なのかいまいち判断出来なかったが、美沙がそう言っているんだから恐らくそうなんだろうと思うことにした。美沙が続けて祐二に問いかける。


「それで、祐二はこの後どうする? 一緒に資材探しする?」

「いや、俺は今日はここで抜けるよ。家の仕事手伝うことになってるからさ」

「そうなの。じゃあ私も抜けようかしら」

「いいのか?」

「急ぐ理由も無さそうだしね」


 言い終えてから美沙が軽くウインクする。それを見た祐二が苦笑した後、二人はなおも質問を続ける群衆の中で静かにメニューディスプレイを開き、表示させたオプション画面の隅にある「ログアウト」の部分を指でタッチした。

 直後、二人の姿が青白く発光し、音もなくそこから姿を消した。それに気づく者は誰もいなかった。





 その日の午前0時、日付が変わると同時に祐二の携帯電話にメールが届いた。送り主は運営組織からであり、タイトルは「ハルマゲドン・第一次中間結果発表」となっていた。

 メールの中身は僅差で悪魔側が勝ったことを告げていた。その後は今後実装予定のシステムやダンジョン、レア装備の詳細と言った宣伝が連なり、そして最後までスクロールすると、その最下段に短い文章が載せられていた。


「明日、世界が変わります。最初はびっくりするかとも思いますが、どうか落ち着いてください。彼らは見た目ほど悪くはありませんよ」


 ちんぷんかんぷんだった。結局祐二はそれに対して深く考えることはせず、孤児院を管理している女性と一緒に家事の手伝いをした後で早々に私室に戻り、眠りについた。眠る前に窓の外の光景を見たが、そこにはいつも通りの街の姿があった。

 街灯やビルの照明もつき、通りには人の往来もあったが、そこに活気は無く、痛々しいほどに静まりかえっていた。崩れかけた建物も至る所にあり、耳に聞こえるのは風の吹く音と、酔って騒ぎ立てる男の声だけだった。

 無理もない。いきなりテレビで国の首相から「もうこれ以上月行きのシャトルは出しません。あなた方は地球に置いていきます」と言われたら、誰だってショックを受ける。しかも連日ニュースで地球の資源が枯渇しかけていることが報じられていた矢先のそれである。

 地球は見捨てられたのだ。


「……寝よ」


 そこまで考えて馬鹿らしくなり、祐二は窓のカーテンを閉めて大人しくベッドの上で横になった。

 異変は朝日と共に訪れた。


「祐二君、祐二君起きて! 祐二君!」


 自分の肩を揺する感覚と名前を呼ぶ声で祐二が目を覚ますと、自分の眠るベッドの脇に一人の女性の姿があるのを認めた。


「榊さん?」


 榊時子。二十七歳。おっとりとした雰囲気を身に纏い、茶髪を三つ編みにして後ろに垂らした、ここの孤児院を切り盛りする妙齢の女性である。

 祐二とはここで住むようになってから十年来の付き合いであり、時子はそんな最も付き合いの深い祐二を強く信頼していた。同時に祐二もまた自分と九つも歳の離れた目の前の女性を本当の姉、もしくは母のような存在に感じていた。


「榊さんどうしたの?」


 祐二が身を起こして時子の名前を呼ぶ。時子はその普段は穏やかな顔を物憂げに曇らせ、祐二の手に自分の手を重ねながら言った。


「祐二君起きて。外が大変なの」

「外? 火事でも起きたの?」

「そういうんじゃないの。とにかく起きて。大変なことになってるの」


 そう言うなり時子が立ち上がり、カーテンを開けて窓を開く。いきなり射し込んできた日差しに驚いて半目になりながら、祐二がベッドから起きて時子の横に立ち、窓の外に目をやる。

 そして絶句する。


「あ?」


 そこに広がっていたのは、昨夜見たのとほぼ同じ光景だった。建物が立ち並び、通りを人が行き交う、異様に静かな街の姿。一つ違っていたのは、視界の奥に巨大な「何か」が突如として出現していたことだった。

 それは視界の端から端まで届くほどに巨大であり、その黒々とそびえ立つ半円形の物体は地平線に沈む黒い星のようにも見えた。当然ながらあんな物は昨日見た時は存在していなかった。そして何より祐二を驚かせたのは、その「建物」に見覚えがあったことだった。昨日祐二はそれの完成予想図を目の当たりにしていた。

 そこにあった建物は、昨日オンラインの中で悪魔が見せたドームと全く同じ形をしていたのだ。


「なんで?」


 祐二が呆然と呟く。時子も窓の外に見えるその巨大なドームを注視し、不安げに眉をひそめている。下階から祐二と同じくここに住んでいる子供の声がしてきたのはまさにその時であった。


「ねーねー! お客さんきたよー!」


 その声変わり前の幼い声を聞いて、祐二と時子は同時に我を取り戻した。そして二人して部屋を出て階段を使って一階に降り、玄関に向かった。


「どちら様でしょうか?」

「いやすいません。わたくし最近こちらに越してきたばかりの者でして、ご近所周りをしているんです。もしよろしければ、お近づきの品をお渡ししようかと……」

「なるほど、そうですか」


 扉の前に立って応対していた時子が表情を緩める。そして時子の後ろに少し離れて立っていた祐二に向かって「大丈夫よ」と声をかけた後、ドアの方に向き直って取っ手を捻った。


「どうも、デーモンです」


 ドアの向こうには怪物が立っていた。漆黒の体、背中から生やした蝙蝠の翼、頭から伸ばした一対の角。

 悪魔。


「これ、どうぞ」


 悪魔が親しげな言葉を放つと同時に、手に持っていた包みを半開きになったドアの向こうへ差し出してくる。時子は驚きながらもそれを受け取り、「どうもご丁寧に」と唇を震わせながら返した。時子もまた日本に悪魔や天使がいることを知ってはいたが、直接目の当たりにするのはこれが初めてだった。


「今後ともよろしくお願いします」


 包みを渡し終えた悪魔は一礼し、踵を返すと同時に翼をはためかせて空へ飛び去っていった。その後ろ姿を見送った後、時子はドアをゆっくりと閉めてから祐二の方に向き直り、不思議そうな口調で話しかけた。


「あれ、本物なのかしら?」

「……なんじゃないかな」


 祐二は空返事しか返せなかった。窓の外から見えた光景に気が回っていて、それ以外のことをまともに考えることが出来なかった。

 なんで「あれ」が「ここ」にあるんだ? それに対する答えは、この直後彼の携帯電話に送られてきたメールの中に記されていた。

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