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「共同作業」

 魚人間を見て気を失った美沙が意識を取り戻すのに二分ほどかかった。そしてようやく美沙が本調子に戻り、祐二がなぜ自分がこうなったのかを説明していたその時、祐二は不意に周りからの視線に気がついた。


「さすがに目立つかな?」

「当たり前でしょ」

「明らかに浮いているからな」


 そう言ってロバートが周りに目をやると、そこには様々な格好をした人々がいた。水着のように露出の激しい装備を身につけている者もいれば、反対に金属で出来た鎧を着込み重装備を施した者もいた。同じ装備でも色が違ったり、細かい部分で異なる装飾を施していたりしていた。

 これらは最近のアップデートで追加された要素であり、プレイヤーは自分の装備の外見を好きなようにカスタマイズすることが出来るようになったのだ。これによってプレイヤーはより一層己の個性を発揮することが出来るようになった。

 しかし魚の格好をしたプレイヤーは一人もいなかった。


「目立つな」

「うん。滅茶苦茶目立ってる」

「マジか」


 ロバートと美沙が続けざまに放ち、祐二が今更気づいたかのように声を上げる。それから垂直に立つ魚とその連れ二名は逃げるように広場を離れ、東京ダンジョンへ向かうことにした。


「酒場で集合とかは無しか?」

「無しに決まってるでしょ!」


 道中で出てきた祐二の提案は一蹴された。





「うおー! すげー! ご主人様こっちでもその格好なんスか?」

「え、それなんですか? 新しい防具ですか?」


 ダンジョンの中に入った三人は、そこでさらに二人の顔見知りと遭遇した。一人は孤児院に住み着いた悪魔パラケルスス、もう一人は以前の事件がきっかけで知り合った藤原浅葱であった。パラケルススは燕尾服を身につけて腰に剣を差し、浅葱は白い法衣を纏って背中に杖を背負っていた。

 そして角と翼を生やした悪魔は魚と化した祐二を見て玩具を前にした子供のように目を輝かせ、フリーのイラストレーターは好奇心と疑念の混じった視線を三人に向けた。

 ロバートのことはあまり意識されていなかった。


「なんでここにいるんだ?」

「偶然ッスよ。暇だったから浅葱さん呼んで、二人で色々稼いでたんス」

「装備とかお金とか経験値とか、色々です。祐二君達は今日はどんなご用で?」


 祐二からの問いかけにパラケルススが答え、そして浅葱が逆に問い返す。美沙は好機とばかりにそれに答えた。


「実はまたちょっと面倒なことになってね」

「またッスか」

「今度はどうしたんですか?」

「それは俺の方から話すよ。あと入り口前は目立つから端っこに行こう」


 祐二の言葉を受け、五人はまとまってダンジョンの隅の方へ移動した。その途中で祐二は今現在起こっていることを説明し、そしてロバートの紹介と彼がなぜここにいるのかを話して聞かせた。


「月に魚人間ねえ」

「変な話ッスね」


 自分のことを棚に上げながらパラケルススが感慨深げに呟く。それから二人は祐二と美沙に対して「何かあったら手伝うよ」と己の意思を示した。現人神二人もそれを聞いて頷き、それを横で見ていたロバートは「若いっていいな」と昔を懐かしむように呟いた。

 その後ダンジョンの隅にまで移動した五人は、そこで改めて自己紹介と自らのジョブの紹介をした。


「へえ、スカウト取ったんスか」


 話題の中心は自然とロバートになっていった。この時の彼は白いシャツと紺のベスト、薄茶色のコートの上から灰色のケープを身に纏い、足首まで届くズボンはダブつきがなくスラリとフィットしていた。腰にはベルト型のポーチを身につけ、反対側の腰にナイフを二本提げていた。


「前にでるより、後ろでサポートに回った方が性に合ってると思ってね」

「ところで、スカウトってどんなジョブなんですか? いまいちよくわからないんですけど」


 浅葱が躊躇いがちに質問をする。祐二はそんな浅葱に対して「ああ、藤原さんも知らないのか」と安心したように呟き、パラケルススも「自分のジョブしか把握してないって人は多そうッスよね。あたしもなんスけど」と言った。ロバートは困ったように指で頬をかき、続けて美沙が彼女の方を向いてそれに答えた。


「スカウトっていうのはですね、まああれですよ。サポート特化ってやつですかね。罠を外したり、敵の妨害をしたり、アイテムのドロップ率を上げたり、色々と裏方的な仕事が出来るんです」

「便利そうですね」

「でも単体ではそんな強くないから、滅多に見ることは無いんですけどね。アイテムのドロップ率上げても敵倒せないんじゃ意味ないですし」

「そんな辛いのか?」

「ネットじゃスカウトソロで攻略するのはマゾのすることって評判よ。出来ないことは無いらしいけど、心が折れても事故責任って感じね」


 割り込むように質問してきた祐二に美沙が返す。その美沙の解答を聞いた祐二は「そんな辛いのか」と顔を歪ませ、それを自分で選択したロバートも「そうなのか」と驚きを露わにした。


「それはつまり、味方と一緒に行動することが前提なのか?」

「そうですよ。だからこうして一緒に来たんですよ」

「そもそもスカウトじゃなくても、ソロでレベル上げは正直言って苦行ですからね」


 ここにはレベル上げのために来ていたのだ。祐二からそう言われて、ロバートはそのことを再認識した。

 海の迷宮に出てくる敵の平均レベルは十前後。祐二達ならまだしも、まともに冒険をしていないレベル一のプレイヤーが一人で突っ込めば確実に死が待っている。そうならないために、彼らはまずこの一番初めのダンジョンで経験値と装備を稼ぐことにしたのだった。

 そして更にレベル上げの効率を高めるため、三人でパーティを組んでここに来ていた。同じパーティ内の誰かが敵を倒すと、その敵の経験値はほかのパーティメンバー全員に等しく行き渡る形になっていたのだ。これを利用しない手は無かった。


「じゃああたし達も参加していいッスかね」

「大丈夫なのか? パーティ人数に制限とかは無いのか?」

「確かこれ、最大で五人までならパーティを組めるはずだったと思いますけど」


 そしてパラケルススの提案にロバートが反応し、さらにそれに浅葱が答える。ロバートは迷惑じゃないかと渋ったが、他の四人は揃ってそれを否定した。


「こういうのは助け合いが肝心なんですよ」

「人が多いに越したことはありませんて」


 まず美沙と魚が口を開き、続けて浅葱とパラケルススが言葉を発した。


「こっちも暇でしたし、一緒にやりましょうよ」

「仲間が多いと充実感も違いますからね。こっちは全然オッケーッスよ」


 四対一。結局ロバートは素直に折れることにした。それに味方が増えるのは正直言って喜ばしいことであったし、そもそも自分は贅沢を言える身分でも無かった。どれだけ喚こうが自分はレベル一。この中では一番の新参なのだ。


「じゃあ、よろしくお願いしようか」

「ういッス。がんばるッス」

「よろしくお願いしますね」


 ロバートの言葉に悪魔が満面の笑みを浮かべ、浅葱が軽く頭を下げる。その後五人はその場でパーティを組み直し、改めてダンジョンでの稼ぎ作業を開始した。





「……」


 そして作業を初めて五分ほど経過した頃、その戦闘を終えた浅葱は杖を背負い直して背筋を伸ばしつつ、自分と同じように戦闘態勢を解いて盾と剣を器用に仕舞う魚をじっと見つめていた。


「どうかしましたか?」


 その視線に気づいた魚が浅葱の方を向く。そしてその白い腹を見せてきた魚をじっと見つめながら、浅葱が考え込むように険しい表情を浮かべて言った。


「いや、ちょっと引っかかることがありまして」

「引っかかるって、なんですか?」

「確かそれ、インスマウス・チャレンジっていうイベントでそうなったんですよね」

「はい。まだ実装されてないですし、俺がこうなったのを知った運営が慌てて更新延期しましたけど」


 運営、もとい有坂恭とガイアを中心にした神々の集団は、今現在もこの「不具合」について調査を進めていた。しかし黒幕は一向に尻尾を掴ませず、調査は難航していた。


「それで、引っかかったことって?」

「いえね、前に聞いたことあるような気がするんですよ。インスマウスって単語。なんだったかな」


 祐二からの問いかけを受けて浅葱が答える。しかし彼女はそれから暫く唸った後、残念そうに表情を曇らせて「ダメだ」と言った。


「思い出せないです。ごめんなさい」

「大丈夫ですよ。これから調べればいいんですから」

「その格好で?」


 美沙から指摘され、魚が自分の手を持ち上げてそれを見つめる。もっとも顔は真上を向いたまま動かせなかったので、本当に見えているかどうかわからなかったが。


「下手にうろつくともっと目立つと思うんだけど」

「変装くらいはした方がいいんじゃないか?」

「もしくは、その格好を公式にしちゃうとか」


 美沙の後にロバートが続き、最後にパラケルススが茶化したように言い放つ。その直後、そんな悪魔の言葉を聞いた浅葱が大声で叫んだ。


「それだ!」

「えっ?」


 突然のことに周りの面々が一様に驚き、即座に浅葱に目を向ける。しかし浅葱は祐二の方を向き、嬉々とした調子で彼に言った。


「それ使わせてもらいます! 次のコンテストのデザインそれで行きます!」

「え? コンテスト? え?」

「ああ、あれね。第一回装備デザインコンテストだっけ」


 何のことかわからず混乱する祐二の横で美沙が何かを思い出したように言い放つ。そして浅葱は周囲から向けられる奇異の視線をものともせず、顔をウキウキと輝かせながら「ディテールはどうしようかなあ、シンプルな方がいいかなあ」と一人で呟き続けていた。

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