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「出立」

「つまり、そのゲームのせいでそうなったっていうのか?」


 その後、管理人である時子に挨拶を済ませ祐二の私室に招かれたロバートは、そこで今は魚人間と化した現人神からなぜ彼がそうなったのかを聞いた。そして挨拶を行っている間、時子は時折祐二のことを気にかけるように、彼の方へ視線を向けていた。


「一度死んだら魚になるイベント、と言うわけか」

「そうです。まさか自分もこうなるとは夢にも思わなくて」


 この時ロバートと祐二は机を挟んで座り合っていた。ロバートは目の前の魚がいったいどうやって腰を下ろしているのか気になったが、深く詮索はせずに話を進めた。


「君はその、実装されるイベントのテストのためにそのダンジョンに潜ったんだよな?」

「そうです。本番に控えて問題が無いかどうか調べるように言われまして」


 安藤祐二がそこに入ったのはつい先日のことだった。新イベント「インスマウス・チャレンジ」実装に備えてのテストプレイヤーに選ばれた彼は何も疑わずにそれを承諾、海の迷宮と呼ばれるダンジョンに向かった。

 そこで祐二は二つの計算違いを犯した。一つはそのダンジョンにいる雑魚敵が凄まじく高レベルであったこと。そしてもう一つは、一度でもイベント中で死んだ後でログアウトをすると「こうなる」ことであった。


「そうなる前に説明は受けなかったのか?」

「何も無かったです。こうなることも含めて、全部です」

「運営からも何のフォローも無かった?」

「向こうからは何も無かったです。それでさすがに変に思って、こっちから運営に連絡をとってみたんです。そしたら運営の側もそんなことは何も知らないと」

「なんだって?」


 ロバートが眉をひそめる。責任逃れするつもりなのか。

 そのロバートの心の声を表情から読みとった垂直魚が上を向いたまま言った。


「今回のこれは別に運営の落ち度じゃないんですよ。イベントを担当した神が運営の意向を無視して、勝手にこういう設定にしたんです」

「神? どういう意味だ?」

「ああ、そうか。まずそこから説明しないと」


 何かを思い出したように祐二が呟く。それから彼はこのゲームがどういうシステムになっているのか、出来るだけ詳しくロバートに説明した。


「つまりその、運営とは別にそれぞれ神がいて、その神が好きなようにイベントを作ってるっていうのか」

「そんな感じです。それでその神が作ったイベントが変な物になってないかどうかを確かめるために、運営や現人神がいるって感じです」


 それから祐二は、ついでに運営も神が仕切っていることを説明した。さらに彼はこのゲーム自体神が作ったこと、そしてなぜ神がこんなことをしたのかも説明した。


「そういうことだったのか。リアリティのない話だが、信じるしかないかもな」


 全てを聞いたロバートは半信半疑だったが、それでも頭ごなしにそれを否定したりはしなかった。やけにスマートにそれを受け入れたことを不思議に思った祐二が「認めちゃうんですか?」と尋ねると、ロバートは真顔で祐二を見ながら言った。


「私は自分の目で見たものしか信じない主義なんだ。で、私はここにくるまでに色んなものを見てきた。天使だとか悪魔だとか、その天使と戦う人間とかね」

「はあ」

「そして、今目の前に魚がいる。ここまで来たら信じるしかないだろう。実際にここで何が起きているかをね」

「なるほど」


 ロバートの言葉を聞いた祐二が感心したように答える。説得する手間が省けたのは彼にとってもありがたいことだった。


「それで今までの話をまとめると、つまり月で起きてる魚人間の噂はそのイベントに関係しているってことなのか?」


 その祐二に向けてロバートが言った。祐二はそれに頷き、だからあなたを呼んだんだろうと続けて言った。


「どういう意味だ?」

「実は誰がこのことをやったのかわかってないんです。運営の方でも情報を掴めてなくて、少しでも手掛かりが欲しくてあなたを呼んだんだと思います」

「そういうことか」

「そういうことです。それで何か知ってないですか?」


 魚からの問いかけにロバートが首を横に振る。そして肩を落とす祐二に、今度はロバートの方から話しかけた。


「私はむしろ、そのゲームの方に何か手掛かりがあるんじゃないかと思っているんだ」

「そうですか?」

「そうだ」

「理由は?」

「探偵としての直感だ」


 犯人は必ず現場に戻る。昔からよくある格言だ。ロバートが言ってのける。魚は素直に感心した。


「そういうこともありますか」

「迷信ってわけでも無いぞ。結構的を射た表現だったりするんだ」

「つまり、まずはそのダンジョンに向かおうと?」

「ああ。それでもし良ければ、再度そのダンジョンに向かう際に私も同行したいんだが、いいだろうか」


 ロバートの提案を聞いた魚は「いいですよ」と快諾した。それから魚は体を捻って後ろを向き、何もない空間に向けて両手を差し出した。

 何をするつもりなのかとロバートが視線を向ける。次の瞬間、それまで何も無かった両手の上に一つの箱が出現した。


「え」


 突然のことにロバートが目を点にする。その一方で魚は体を元に戻してロバートと向き直り、その白い腹を彼に見せながら机の上に箱を置いた。


「とりあえず、ゲームをするにはこれが必要です。開けてみてください」


 驚きが醒めやらぬまま、ロバートがゆっくりと箱に手をつける。近づけていくと、やがて指先に固い感触を感じる。それは確かに存在していた。

 気持ちを落ち着かせ、ロバートが箱を開ける。そこには灰色に塗られたヘルメットが収まっていた。


「これは?」

「VR装置です。頭にかぶって使うんです」


 祐二の説明を聞きながらロバートがヘルメットを手に取る。そしてヘルメットを動かして色々な角度からそれを見ながら、ロバートが目の前の魚に言った。


「確かVRMMOだったか。これを使うんだな」

「そうです。それをパソコンと繋げて、ゲームを起動させるんです。さっそくやってみますか?」

「いいのか? そもそもここにパソコンはあるのか?」

「ありますよ。ちゃんと使えます。それでどうします?」


 魚からの催促を受け、ロバートはヘルメットを見たまま黙り込んだ。それから少し経った後、ロバートが視線を祐二の方に向けて言った。


「じゃあさっそく行こう。こういうのは早いほどいいからな」

「わかりました。じゃあちょっと待ってください」


 ロバートの返答を聞いた祐二が、彼にそう返した後で床に置かれていた携帯電話を手に取る。そして慣れた手つきでボタンを押し、どこかに連絡を取る。


「お待たせしました」


 そして二、三電話に向かって声を発した後、それを折り畳みながら祐二が言った。誰と話していたんだとロバートが問いかけると、祐二は「もう一人の現人神にです」と返した。


「もう一人いるのか」

「はい」

「その人はその、魚になってないのか?」

「その人は無事です。メールもらったの俺だけなんです」

「そうか。それで、その人にはなんと言ったんだ?」

「今からゲームするから一緒にしないかって誘ったんです。今ヒマだから来れるみたいですよ」


 なるほど。納得するロバートに祐二が続けて言った。


「味方は多いほどいいって言いますからね」

「一理あるな。それで、このゲームをするにはどうしたらいいんだ?」

「じゃあ実際にやってみますか。ちょっと来てください」


 魚が立ち上がり、ロバートに向けて手招きをする。続けてロバートも腰を上げ、ヘルメット状の装置を持ちながら魚に続いた。





 数分後、熱砂の街で一人と一匹と合流した二人目の現人神「倉敷美沙」が電話で聞いていた探偵の横に立つ魚を見て卒倒するのだが、それはまた別の話である。

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