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「神と共にある」

 神と人の「蜜月」は、それこそ千年以上も続いた。人々は神を崇める中で神話を作り、伝説を生み出し、より一層己の神に信仰を捧げた。やがて人口が増え、国が出来てくるにつれて、人々は互いに戦争を始めた。しかし人の信仰を受けより高次元の存在へと昇華した神はそれを見て悲しんだりはせず、文字通り「高みの見物」を決め込んだ。

 神は人々の設定したスタンスを忠実に守った。神は人に直接干渉したりはしない。人々の祈りに反応し、その祈りの強さに応じて恩恵をもたらすだけである。神々は動物の意志や地球の天候を操作できるほどの力を有していたが、地球の力は時として神々のコントロールできる範疇を逸脱して人類に牙を剥いた。しかしどれだけ人間が災禍に巻き込まれようとも、神々は人間が無意識のうちに作ったルールをよく守ったのである。

 国家と結託した一神教が、他の小さな多神教を蹂躙することもあった。しかしそれさえも神々は黙認した。蹂躙された人々が崇めていた神も同様だった。人の営みに干渉してはならない。彼らはそれを忠実に守っていた。


「神を神たらしめている要因の一つに、姿が見えないというものがある。姿が見えないことで神秘性が増し、神の地位をより高い場所へ引き上げているんだ」


 ガイアの説明に恭が補足を加える。祐二と美沙おとなしくそれを聞いていた。そしてその言葉の後、ガイアが途端に雰囲気を暗くした。


「ですが、その蜜月もやがて終わりを迎えることになりました」

「何が起きたんだ?」

「産業革命さ」


 ガイアに代わって恭が答える。ガイアは小さく頷き、再び口を開いた。


「知識を蓄え、より洗練された人々が、本格的に科学を使い始めたのです。錬金術のようなオカルトの入り交じったものではない、筋道の通った理論体系です。そしてその理論に、神々の入り込む余地はありませんでした」


 人間はその理論を使い、それまで「神の奇跡」とされていた数々の事象を次々と暴いていった。災害や疫病はその正体を白日の下に晒され、やがて人々は神の力に頼らずにそれらを乗り越え始めた。時には制御不能な災厄に巻き込まれ、どうしようもなくなって神に祈る時もあるにはあったが、信仰を捧げる頻度は劇的に減った。


「その後はもう右肩下がりでした。人々は科学の発達と引き替えに神への信仰を無くしていきました。彼らは精神的な進化ではなく、論理に則った物質的な進化を選択したのです」

「もしかしたら、この世界にも本当に魔法が存在したのかもしれない。もし人間が神と共にある道を選び、互いの距離をより縮められるようになれば、漫画のように魔法を使えるようになっていたのかもしれない」


 だが現実は違った。恭はそう言って、そのまま言葉を続けた。


「人間達は神から離れていった。不確実な物に頼らず、自分達だけで生きていくことを決めたんだ」

「それを知った神々の反応は様々でした。仕方ないと受け入れる者、理不尽だと憤る者、ただただ悲嘆に暮れる者。多くの者が多くの反応をしました。しかし彼らは心の中で、皆等しく一つの確信を抱いていました」

「科学を知った人間は信仰を忘れた。そして信仰を無くした神はその存在を保つことが出来なくなる。自らの消滅。神々はそのことに気づいたんだ」

「当然神々は焦りました。ですが神は人に直接干渉することは出来ない。神はより一段と危機感を高めていきました。もちろん今日明日で消滅することはありませんでしたが、それでも定められた滅亡を前にして、恐怖を抱かない者はおりません」


 それでどうしたんだ。声を出せず視線で促す祐二にガイアが答えた。


「もはや手段は選んでいられない。滅亡を避けるため、神々は互いに手を結びました。それまで神々はそれぞれの世界に閉じこもり、神の方から別の神話の世界に干渉することはありませんでしたが、そんな悠長なことは言ってられなくなったのです」

「1900年頃のことだ。その時人間達は昔と変わらず戦争をしていたが、もはや神に祈る者は殆どいなかった。神は焦りを覚えながら、どうすべきか話し合った。しかしその時には解決策は出されなかった。その後も神々は何度も顔を会わせたが、具体的な解決案は出なかった」

「それで、どうしたんだ?」

「その時はどうすることも出来ませんでした。神々は不安と寂しさを抱きながら日々を過ごしました。しかし二十世紀の終わり頃、彼らにある転機が訪れました」


 祐二の問いかけにガイアが返す。祐二と美沙が意識ごと視線を彼女に向け、ガイアがそれに反応して言葉を続けた。


「脳に直接情報を流して現実と同じ体験が出来る、仮想現実と呼ばれる技術です」

「バーチャルリアリティというやつだな。神はそれに目を付けた。これなら人間に干渉することが出来ると思ったんだ」

「どういう意味なんですか?」


 美沙が顔をしかめる。恭が「屁理屈に聞こえるかもしれないが」と前置きした上でそれに答えた。


「現実の世界では顔を会わせてはいけない。しかし仮想現実の世界で顔を会わせてはいけないとは言っていない。そして仮想現実の世界で行われることは、現実の世界で行われることと大差はない」

「ああ、そういう」

「ルールの穴を突いたって感じか」

「そんな感じだ」


 美沙が呆れ半分に返し、祐二が納得したように呟く。恭もまたその美沙の言葉に同意するように答え、そのまま言葉を続けた。


「とにかく、それを知った神々はすぐに行動に移った。雌伏の時は終わりだ。彼らはその下準備として、自分達の体の構造を変化させた。情報体としてコンピューターの中に潜り込んだんだ」

「ちょっと待って、意味が分からない」


 恭の言葉を遮るように美沙が声を発する。対して恭はそれを受けて、なんでもないことのように「神ならこれくらい出来るんだよ」と返した。


「人の常識を外れた存在として神を創造したのは、他ならぬ人間だ。そして神はその設定された力を行使した。人の理解の範疇を越えた力だ。結果としてそれは成功した」

「神々はそうして、電子の世界に居を移しました。一方で人間はコンピューター技術を発達させていき、それによって神の行動範囲も広がっていきました。そしてそれから後、神々はそこに潜ってから練ってきた計画を実行に移しました」

「仮想現実の技術とオンラインゲームを組み合わせた新世代のゲーム、VRMMOと呼ばれている形態のゲームを彼らは利用することにしたんだ」

「じゃあそれが?」


 今君達がやっているゲームだ。祐二にそう答えてから恭が続けた。


「信仰のシステムを考えたのも神だ。まったくよく出来たシステムだよ。人間が生きていく上では、嫌でも神に信仰を捧げなければならない。電子の世界と現実の世界を同期させたのも神の仕業だ。ゲームと現実をリンクさせ、やがては二つの世界を完全に融合させようとしている。そうすれば、人間はもっと神に頼らざるを得なくなるからな」

「あのアップデートってそういう……」


 それを聞いた祐二がそれまでの出来事を思い出す。建物の大半を天使と悪魔に占領され、ゲームの硬貨しか使えなくなり、現実の世界で守護が降ろせるようになる。しかも次のアップデートでは現実の世界でも武器と防具が売りに出されるようになる。恭の言うとおり、二つの世界の同一化は着々と進行していた。

 これからこの世はどうなるんだろうか。背筋に寒いものを感じながら祐二が言った。


「なんかえげつないですね」

「手段を選んでられなくなったんだよ。それに、神は元々人間に対してはとてもえげつない存在でもあるんだ。気まぐれに災厄を起こして多くの人間を殺したりするからね

「そう設定したのは人間です。神々はその人間の願い通りに動いただけなのです」


 恭の言葉にガイアが反応する。自己弁護に聞こえなくもなかったが、美沙は何も言わなかった。そんな彼女に代わって祐二が恭に向けて問いかけた。


「それで、あなたがゲームを作ることに?」

「僕はプログラムを書いただけだよ。正直言って、これを作ってる時はまさかこんなことになるとは思わなかったけどね。でもその時の僕は、あくまでこれは仕事と割り切って、普通にプログラムを書いてたんだ」

「ところであの天使と悪魔は? あれも仮想現実なんですか?」

「いや、あれは現実の存在だよ。肉体を再構成して電子の世界から現実世界に戻ってきたんだ。ゲームの販促担当という奴だね」


 祐二の後に続いて質問してきた美沙に恭が答える。それを聞いた美沙は眉をひそめて彼に言った。


「神は直接人間に干渉しちゃいけないんじゃ?」

「これも屁理屈に聞こえるかもしれないけど、天使と悪魔は神じゃないからね。彼らは神という存在じゃなくて、その神、または神に近い存在に仕える者達だから、ルールには抵触しないんだよ」

「天使と悪魔もまた、そのことを理解していました。そして彼らはその立場を利用し、以前から人間に干渉していたのです。そのことは他の神も同意済みのことであり、その経緯があったために今回のゲームの宣伝も彼らに任せようということになったのです」

「屁理屈だなあ」


 祐二が呆れた声を出す。恭は「この世は屁理屈で回ってるのさ」と素っ気なく返し、そして現人神二人に向けて言った。


「神々の目的は黄金時代の復古。かつてと同じように、人間と共にありたいと願っているんだ」

「人は神を敬い、神は人に施しを与える。星の命が許す限り、神と人は同じ星で生き続ける。それが彼らの目的なのです」

「……なんか、いまいち実感が沸かないんですけど」

「今すぐはっきりと理解してくれとは言いません。あなた方にはこれからも現人神として、あのゲームの中で問題を解決していってほしいのです」


 呆然とする祐二にガイアが語りかける。その隣に立つ恭が「これが一通りの真実だよ」と告げ、そのまま二人に問いかけた。


「まあそんなわけで、これからもよろしく頼むよ」


 何をどうよろしくすればいいのかわからなかったが、断らない方が身のためであることは何となく理解できた。

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