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「人と共にあり」

 科学技術が発達する以前、人間の回りには未知の物で溢れ返っていた。それらは無知な人間に恩恵をもたらすものもあったが、それと同時に災いをもたらすものも多くあった。

 疫病、災害、飢饉。理屈を知らない太古の人類にとっては、それらは理不尽で対処不可能な代物であった。それを完全に防ぐ、もしくは被害を大きく減らせるだけの物理的な対策を立てられない当時の人類はただ怯えて日々を送るしかなく、その未知の脅威に対する恐怖は相当なものであった。

 そして自らの力ではそれらに対処できないことを悟った人類は、やがて他者の力に頼ることにした。

 この世に実在しない精神的な存在。神の力である。





「この世には、自分達ではどうしようも出来ない凄まじい力を持った存在がいる。そう考えた太古の人類は、やがて神と呼ばれる物を想像し、創造しました。自分達に降りかかる災いは気候や地殻変動などによる自然現象ではなく、全てその神の仕業であると思い始めたのです」


 地球の中心部。中央に巨大な心臓が置かれた球形の空間。そこにいた祐二と美沙は、横に立つ恭と共に顔を上げて件の心臓の上に目をやっていた。


「これは神の怒りだ。神が呪いをかけているのだ。そう考えた人類は、次にその神の怒りを鎮めようと思いつきました。そして彼らは祈った。祈りを捧げ、神に自分達の意志を伝えようとしました」


 祐二達の目線の先、生きているかのように規則的に鼓動する心臓の上部には、一人の女がいた。その女は心臓から「生えてきた」ように上半身だけを外に露出させ、赤く長い髪で自身の体を隠していた。目鼻立ちは整っており、唇は薄く鼻は高かった。睫毛は長く、眉は細く、横に薄く伸びた目には慈愛の光がこもっていた。

 ガイア。地球の女神。祐二達の目の前に突如として出現したその女は自身のことをそう名乗った。


「人間達は必死に祈りました。祭壇を建て、歌を作り、踊りを踊った。生贄まで捧げた。科学を知らぬ彼らは自分達に出来るあらゆる手段を使って、神との対話を試みたのです」


 そして名を名乗った後、ガイアは柔らかい口調で説明を始めた。神の起源。ここに来る前に恭が祐二達に話すと言っていた「真実」をである。


「ですが結論から言って、その祈りは神には届きませんでした。なぜなら神は存在しないからです」

「え?」


 そこで祐二が思わず疑問の声を上げる。そしてその声に気づいてこちらに目を向けたガイアに対して、祐二が一瞬怯みながらも意を決して尋ねた。


「じゃああなたは? 神じゃないのか?」

「いいえ、私は神です」

「ちょっと待って、意味が分からない。昔の人間が神に祈った時には、神はいなかったんだよな?」

「はい」

「でもあなたは神なんだよな?」

「はい」


 祐二が顔にますます困惑の色を深めていく。美沙も同じ表情だった。それを見たガイアは愉快そうにクスクス笑った後、再び祐二達を見て言った。


「簡単ですよ。人間が生まれる前から神はいなかった。神は人間が作ったのです」

「……つまり、祈っていた段階で神はいなかったってこと?」

「そういうことです。人間たちは、居もしない者達に向かって必死に祈りを捧げていたのです。当然そんなもので災害が無くなるわけもない。災いは依然として人間達を襲いました」


 そこまで言ってガイアが目を細める。そして一呼吸おいた後、再び話し始めた。


「しかし人間達は、その状況を前にしても諦めなかった。神に自分達の声が届かないのは、自分達の祈りが弱いからだ。彼らは神などいないと諦めることなく、より強く神に念じるようになったのです」

「現に災いが自分達の身に襲いかかっていたからね。神を否定することは出来なかったんだ」


 恭がガイアの説明に補足を加える。それから恭はそのまま続けて言った。


「そうして人間の祈りは段々とエスカレートしていった。彼らは一心不乱に祈り続けた。その思念は日を増すごとに強まっていった。自分の脳の機能を歪ませるほどに強力な思念の力を発動させて、ありもしない神の声を聞いたとのたまう者まで現れ始めた。彼らは本気で神の存在を信じ、神と対話したいがためにその強烈な精神波をひっきりなしに飛ばしていた」


 それが契機となった。恭はそう言って小難しい顔をした。


「前にも話したように、ガイア仮説というものがある。地球を一個の生命体として見なす説だ。そしてその通り、地球は一つの有機体、生物として存在していた。そして地球は見ての通り巨大な物体だ。巨大な分、内に秘めている生命エネルギーも莫大だった」

「それで?」

「その予想もつかないほど巨大なエネルギーを湛えた地球が、ある時人間の声を聞いたんだ。声と言っても直接口から飛び出したものじゃない。心の声、精神波の類だ。そしてそれは、人間が神に祈りを捧げていた時に発していたものだったんだ」


 人間の祈りの力は凄まじかった。地殻を貫き、マントル層を貫通し、何千キロも離れた地球のコアに到達するほど、その思念は強力だった。


「人間の声は神には届かなかった。しかし地球には届いた。そして人間の精神の声を聞いた地球は大きく揺さぶられ、エネルギーを抽出し、求められるままにそれを生み出した」

「何を?」

「神だ」


 一瞬、祐二と美沙は頬に冷たい風が吹きつけるのを感じた。震えが足下から頭の天辺まで駆け抜け、心臓の鼓動が早くなるのを覚えた。

 意識したことではない。体が勝手にそう動いたのだ。


「その時何が起こったのかは誰にもわからない。人間にも、神ですらもわかっていない。わかっていることは、人の意志に地球が呼応して、その内に秘めていた力を解放したということだ。もっとも、その力がなんなのかについてもいわかっていない」

「わからないことだらけじゃないですか」

「こういうことは変に考え込むのは得策ではない。これはこういうものなのだ、と受け入れることが重要なんだ」


 眉をひそめる祐二に恭が答える。心臓の上から出現していたガイアもそれを肯定するように頷き、そして恭に代わって言葉を発した。


「もしかしたら、人の声を聞いた地球が、そこからさらに上の領域に存在する宇宙に対して思念を飛ばしたのかもしれません。それによって大いなる宇宙に満ちる力、人の常識を外れた何らかの力が作用したのかも。今となってはどれが本当のことなのかはわかりませんが、とにかくそのようなことが起きて、神と呼ばれる存在が本当に誕生したのだと認識してくださって結構です」

「まあ、うん、わかったよ。変に考えない方がいいってことはよくわかった」

「ありがとうございます」


 祐二の言葉を聞いたガイアが微笑む。次に美沙が問いかける。


「それで、生まれた神はその後どうしたの?」

「人の願いに答え始めたんだ。神は人の願うとおりに、その祈りの声を聞いて災いを抑え始めた。火の神なら火事を、海の神なら時化や津波を、空の神なら嵐や竜巻といった具合にね。人が強く祈れば祈るほど、神もまたそれに対して強く応えた。時にはどれだけ祈っても災いが抑えられることは無かったが、それでも人は祈り続けた」

「もちろん、そのことを人は知りませんでした。ですが神に祈ること以外の対策を知らない人達は、その後もただひたすら、愚鈍なほど純粋に祈りを捧げ続けました。その純粋な祈りの力は、神に力を与えていきました」


 恭とガイアが説明する。祐二と美沙は言われたとおり「そういうことなのか」と頭ごなしにそれを受け入れていた。理屈づけて思考することを放棄していたが、おかげで頭がパンクすることは防げていた。

 そんな現人神の前でガイアが目を閉じ、昔を懐かしむようにしみじみと言った。


「あの頃は素晴らしい時代でした。人は神に信仰を捧げ、それに応えれば応えるほど、人はさらに強い信仰を捧げてくれる。人の信仰の力で生まれた私達は、強い信仰を受けるほどにその力を増していくのです。逆に言えば私達は、信仰の力なくしては存在することが出来ないのです。あの時代の人と神は、互いを支え合って生きていたと言っても過言ではないでしょう」

「まさに神にとっては黄金時代と言ってもいいだろうな。なにせ人間はことあるごとに神に祈ったんだ。戦争が起これば戦争の神に祈りを捧げ、政を行う際には政を司る神に安寧を祈る。実りの年には豊作の神に感謝を捧げ、不作の時には許しを乞うた。両者は運命共同体だったんだ」

「他にすがる物が無いなら、そうなるのも必然か」

「そうですね。本当に素晴らしい時代でした」


 ガイアが恍惚とした調子で言った。それからガイアは両手で体を抱き、「あの頃の人々にはとてもお世話になりました」と妙に熱っぽい声でつぶやいた。

 その声を聞きながら、恭が腰に手を当てて言った。


「そう、本当に素晴らしい時代だった。何千年と続いてきた栄光の時代だ。そして神々は、再びその時代に戻りたがっているんだ」

「どういう意味です?」

「そのままの意味だよ。神々がこのゲームを作ったのは、それを叶えるためなんだ」


 祐二からの問いかけに恭が返す。


「神は再び、人と共にありたいと願っている。神と人の二人三脚による黄金時代の復権。それこそが神の願いなんだ」

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