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「生きている星」

 家の中には最初に恭が入った。どこもかしこも炎に包まれた家の中へ、玄関で普通に靴を脱いで恭が上がり込む。そして火の手が回り普通に燃え盛っていた壁に寄りかかり、熱がる素振りも見せずにドアの前に立つ祐二達に向かって言った。


「ほら、大丈夫だよ。入って入って」


 祐二と美沙は無言で見合った。それからまず最初に祐二の方から前に進み、おっかなびっくりといった具合で家の中に入った。


「あ」


 思ったほど熱くない。左足だけを家の中に突っ込ませたまま祐二が驚く。熱気は感じるが、皮膚が爛れたり、肌から煙が立ったりはしない。それを見た祐二は次に右足を持ち上げ、ゆっくりと全身を玄関の中に進入させた。

 直後、右肩の近くで炎が噴き上がる。炎は胸、そして顔にも吹きかかり、その火の不意打ちを顔に受けた祐二は咄嗟に手で顔を覆った。


「?」


 そして気づく。これも全然熱くない。相変わらず蒸し暑さは感じるが、火傷をした感覚もない。本当に平気なのか?

 そう思いながら、祐二が慎重な動作で靴を脱ぎ、燃え上がる家の中に上がり込む。そして恭の真横まで進み、そこで立ち止まる。


「ほら、君も早く入って」


 そして祐二が自分のところまで来たのを確認してから、恭が美沙に問いかける。美沙は少し躊躇った後、意を決したかのように早足で家の中に入り込んだ。一瞬、強烈な熱波を感じて美沙は顔をしかめたが、彼女もまた周りの火が自分に害を与えないことに気づいた。


「よし、じゃあついてきて。リビングで話をしよう」





 それから彼らは恭を先頭にして短い廊下を進み、リビングに来た。そこはテーブルとパソコン、そして本棚だけが置かれた簡素な空間であった。当然全て燃えていた。


「こんなものしか出せないけど、とりあえずくつろいで」


 一度別の部屋に引っ込んだ恭が、すぐにそう言いながらお盆を持って戻ってきた。そして彼らの座っていたテーブルの上にお盆を置き、自分も座ってから人数分の湯飲みをお盆からテーブルに移した。

 湯飲みも燃えていた。油で満たされたドラム缶の中に火を点けたかのように、飲み口の部分から勢いよく火柱があがっていた。


「これ飲めるんですか?」

「大丈夫だよ。中は普通のお茶だから」


 美沙からの質問にそう答えながら恭が湯飲みを手に取り、これみよがしに飲んでみせる。飲み口に火が点いたまま、中にある液体が喉に流れ込んでいく。


「ほらね」


 そうして中身を半分ほど飲んでから恭が二人に言ってのける。それを見た二人もそれに続くように湯飲みを手に取り、恐る恐る口をつける。


「あ」

「本当だ」


 中身は普通に冷たいお茶だった。火が唇に触れたが、熱いとは思わなかった。なんとも奇妙な気分だった。


「さて、そろそろ本題に入ろうか」


 祐二と美沙が湯飲みを置いたところで恭が切り出す。現人神二人が同時に頷き、始めに美沙が言った。


「じゃあ最初に一つ。なんで私達を呼んだんですか?」

「そうだね。まずはそこから話そうか」


 美沙の言葉に頷きながら恭が答えた。


「まあ、大して重要な理由があるわけでもないんだけどね。ゲームを作った人間、そして神様と関わりを持っている人間として、同じ境遇である現人神にちょっと遭ってみたくなった、ってところかな」

「ああ、なるほど」

「お互い、厄介事に巻き込まれたようなものだしね。仲間の姿を見てみたくなったんだ」


 恭が苦笑しながら答える。祐二達は特に不快感は抱かなかった。相手が神と関わったがために災難な目に遭っていることは、この家の有様を見ればわかることだった。


「それから、一つ真実を教えておこうとも思ってね」

「真実?」


 そんなことを考えていた祐二の耳に恭の言葉が流れ込んでくる。鸚鵡返しに問いかける祐二の方を見ながら恭が言った。


「神についての真実。この状況になるまでの一連の流れと言うべきかな」

「つまり、どういう意味ですか?」

「ああつまりだね、なんで神がこんなことをするのかという説明をしようということだよ。彼らは別に、暇だったからとか、面白そうだったからだとかいう理由でこんなことをした訳じゃないんだ」

「ちょっと待ってください」


 そこまで聞いたところで、美沙が割り込むようにして恭に声をかける。恭は話を中断して美沙の方を向き、その目を見ながら美沙が言った。


「その話はどこで聞いたんですか? 誰から聞いたんですか?」

「神から直接ね」

「それが全部本当だという証拠は?」


 美沙が追求するように目を細める。恭は一瞬驚いた顔をした後、「まあ疑うのも当然か」と思い直すように呟いた。


「いきなり神から聞いたって言われても、普通は信じないよなあ」

「ごめんなさい。でもどうしても抵抗があるんです。確かに神がいるってことは認めなきゃいけないかもしれませんけど、やっぱり慣れないものは慣れなくって」

「気にしなくていいよ。実際僕も最初はそんな感じだったしね」

「じゃあ、今はそうじゃないってことですか?」


 祐二の言葉に恭が表情を引き締める。そして目を閉じ、眉間に皺を寄せながら「まあ、そんな感じかな」と曖昧な返事をよこした。


「?」

「どうかしたんですか?」


 不思議に思った美沙が尋ねる。恭は何も言わず、その場でゆっくりと立ち上がった。


「実際に見てもらった方がいいかな」


 恭が独り言のように呟く。そして何事かと顔を見合わせる祐二と美沙の前で向きを変え、隅に置かれていたパソコンの元に向かった。

 パソコンには電源がついていなかった。そのパソコンの前に立ち、おもむろにキーボードを操作する。何度かキーを弾く小気味良い音が室内に響き、そして最後に一回り大きな音がした直後、そのパソコンの横にあった壁が音を立ててスライドした。


「えっ」

「なにそれ」


 突然のことに美沙が目を丸くし、祐二が唖然とした声をあげる。恭はそこで二人に向き直り、冷静な表情で二人に言った。


「ついてきてくれ。全部見せるから」





「神っていうのは、最初から存在していた訳じゃないんだ。人類が生まれる前から、もしくは宇宙が生まれる前からいた訳じゃないんだ」


 スライドした壁の奥には狭くまっすぐな通路が続いていた。その通路を恭に続いて進むと、目の前にエレベーターのドアが見えた。恭がボタンを押すとドアはすぐに開き、三人はそのままエレベーターの中に入った。


「神という概念を生み出したのは人間だ。神が人間を作ったんじゃない。人間が神を作ったと言ってもいい。神が人類を誕生させたという話があるが、あれはその神を信じる人間達が生み出した話だ。言ってしまえば、それはただの創作にすぎない。人間の生み出したおとぎ話だ」


 エレベーターの中にボタンの類は無く、三人を収容したそれは勝手にドアが閉まり、そのまま独りでに動き出した。動いた瞬間に体にかかった重力から、祐二達はこれが下に向かって降りていることに気がついた。


「ガイア仮説っていうのがある。まあ簡単に言えば、地球は生きているってことだ。地球も一個の生命として扱うということだ。そして神が生まれた経緯にはそれも絡んでくる。星の力と人の意志、互いの生命の力が結びあって一つの奇跡が生まれたんだ」

「ごめんなさい、さっきから何言ってるのか全然わかんないです」


 申し訳なさそうに美沙が言葉を挟む。恭は「そうだろうな」と苦笑し、それに応えるようにエレベーターが動きを止める。


「まあ言葉で伝えられてもわからないだろうな。だからここまで来てもらったんだ」

「ここどこなんです?」


 エレベーターのドアが開く。ドアの向こうから熱気が押し寄せてくる。初めて恭の家の中に入った時に感じたのと同じ感覚のものだった。

 ドアの奥は赤く染まっていた。赤い霧が充満し、遠くの景色は何も見えなかった。


「地下約6370キロ。地球のほぼ中心部分だ」


 そう返しながら恭が霧の中に向かって歩を進める。二人は色々な意味で驚いたが、ここで置いてけぼりにされる訳にもいかなかったので慌てて恭の後を追った。

 エレベーターの外は金属質の通路が続いていた。エレベーターに乗るときに通った通路と同じ道幅と高さを持ち、歩く度に足下から硬質の甲高い音が響いた。霧は鬱陶しいだけ吸い込んでも体に異常が出ることは無かった。視界が遮られるのと酷く暑苦しいことをのぞけば、霧は無害な存在であった。


「ここだ。この先にお目当てのものがある」


 そして通路の短さも前に通ったものと同じだった。彼らの前には分厚い鉄製の扉があり、恭がその取っ手を掴んで押し開けた。

 さあ、入って、恭に言われるままに二人が中に入る。そして目の前の光景を見て絶句した。


「……」


 目の前には心臓があった。

 球形に外に膨らんだ空間の中で、一軒家と同じくらいの大きさを持った巨大な心臓が、方々に血管を延ばしながら脈動していた。心臓は動く度に重々しい鼓動で室内を揺らし、祐二と美沙の鼓膜を揺さぶった。

 それは明らかに生きていた。


「なんだこれ、え、なんだこれ」

「……」


 祐二が血の気の引いた顔で呆然と呟き、美沙に至っては魂が抜け落ちたような表情でその場に立ち尽くしていた。

 明らかにこの世のものではない。本当にこれはなんなんだ。


「生きてるんだ、この星は」


 彼らの後ろから恭が近づいていく。彼は物静かな表情で彼らの隣に立ち、心臓を見つめながら言った。


「この星は生きてるんだよ」


 祐二と美沙は揃って目眩を覚えた。

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