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「大和の国」

 ハデスの元から街に帰ってきた二人は、まずどこから調べようかと考えた。神話の世界、つまりこれまでに人間が生み出してきた神話はそれこそ無数にある。無限ではないが、適当に調べていたのでは埒が開かない。

 二人は始める前から詰みに近い状況に置かれているんじゃないかと思い始めた。


「ならば、日本の神話の世界から始めてみたらどうだ? お前達の国の神話なら親しみやすいし、一番取っ付きやすかろう」


 そんな二人を見かねたのか、アテナが助け船を出してきた。頭の中でその女神の声を聞いた祐二は、さっそくそれを美沙にも伝えた。それを聞いた美沙は「日本か」と短く呟いた後、顔を上げて祐二に言った。


「いいんじゃないかしら。他にアイデアも無いんだし、行ってみましょうよ」


 美沙は乗り気だった。祐二もこれといって代案を持っていなかったので、美沙と共にアテナの提案をのむことにした。


「そうだな。じゃあまずはそこに行ってみようか」

「うむ、よいよい。神の言葉を素直に聞くのはとても大事なことだ。そなたは良き現人神になれるぞ」


 頭の中でいかにも上機嫌なアテナの声が響いてくる。祐二はそれを聞き流しつつ、ふと思いついたことを美沙に尋ねた。


「ところで、お前の方の守護は何か話しかけてきたりはしないのか?」

「私の? セクメトのこと?」


 祐二が頷く。美沙は軽く首を横に振りながら答えた。


「そうなのか。何か原因でもあるのか?」

「寝てるのよ」

「え?」


 祐二が怪訝な表情を浮かべる。その顔を見ながら美沙が言った。


「戦うとき以外はいつも寝てるのよ。意識をそっちに向けると寝息が聞こえてくるのよ」

「今もそうなのか?」

「ええ」

「ええ……?」


 祐二があり得ない物を見るかのような目で美沙を見つめる。疑念に満ちた視線を受けた美沙は「本当なのよ」と返し、そして彼の頭の中でアテナが言った。


「そういう神はよくいるぞ。特に軍神や戦神などに多いタイプだ。戦い以外に興味はないといったところか」

「そ、そんなもんなのか?」

「そうだ。まあ中には、ちゃんと戦い以外にも狂を持っている者もいるがな」

「お前みたいに?」

「うむ。私はアレスのような野蛮な奴とは違うからな。私は文化や芸術も愛している。一番好きなのは戦いだがな」


 そこは譲れない。祐二の頭の中で、腕を組みながらうんうんと頷くアテナの姿が思い描かれた。しかしアレスがどういう神なのかまったくわからなかったので、祐二はそれに対してなんと反応すればいいのかわからなかった。


「さ、はやくその日本の神話に行きましょう。こんなところでもたついてても意味ないわよ」


 そんな祐二に救いの手を差し伸べるかのように、美沙が彼に話しかけてきた。祐二もそれに答えてすぐに意識をそちらに切り替え、そしてすぐに次の問題に直面した。


「どうやってそっちの世界に行けばいいんだ?」





 数分後、祐二と美沙は闇の中を歩いていた。


「本当にここであってるのか?」

「とりあえず進んでみましょう」


 床の感覚はあるが、そこは自分達以外の存在を視認することの出来ない完全な闇の世界だった。自分たちの向いている方角も、入り口からどこまで歩いたかもわからず、二人はひたすら前を向いて進み続けていた。


「アテナ、本当にこっちでいいのか?」

「そうだ。このまま進み続けるといい。迷う前に動け」


 目の前に唐突に扉を出現させ、自分達をこの闇の中に誘った女神に対して、祐二が頭の中で話しかける。対してアテナは自信満々にそう答え、そしてなおも二人に進み続けるよう指示を出した。


「さあ、わかったらキリキリ歩け。今のそなた達に出来るのは歩くことだけなのだ」

「はいはい、わかったよ」


 ここがどこかはわからなかったが、自分たちだけでここから出ることが出来ないということは理解していた。なので祐二達は、大人しくアテナの言葉に従うことにした。そんな祐二達に対してアテナが説明を始めた。


「ここはいわば狭間だ。この世に数多存在する神の世界を区切り、それぞれを独立させている無明の空間だ。神ならば自由に行き来できるが、神の加護を持たぬ人間がここを通ることは不可能と言っていいだろう」

「じゃあアテナには道が見えるのか?」

「そうだ。どう進めばどこに到達するのか、手に取るようにわかる。そしてそれは、人間の目で捉えることは不可能なのだ」

「だから真っ暗なのか」


 アテナから説明を受けた祐二が納得するように言った。そしてそれを聞いて「どうしたの?」と話しかけてきた美沙に、祐二は先程自分が聞いたことを彼女に伝えた。


「つまりアテナに従うしかないってことね」


 説明を受けた美沙は軽く肩を落としながらそう呟いた。その後祐二は美沙に「セクメトはどうしてるんだ?」と問いかけたが、彼女はため息を吐きながら首を横に振った。


「まだ寝てるわ」

「アドバイスもしてこないのか」

「一応こっちに来たばかりの時に話しかけてきたわ。細かいことはアテナに聞け。戦になったら起こしてくれ、ってさ」

「無責任すぎないかそれ」


 頭の中でアテナの盛大なため息が聞こえてくるのを感じながら、祐二が美沙にぼやいた。美沙も美沙で渋い表情を浮かべながら「戦いの時は頼りになるのにね」と残念そうに呟いた。


「む、そろそろか」


 その時、祐二の脳内でアテナの声が聞こえてきた。それに祐二が気づくと同時に、アテナが続けざまに祐二に言った。


「もうそろそろで到着だ。日本神話、神道の世界だ」


 それを聞いた祐二が反射的に背筋を伸ばして表情を引き締める。そして美沙にもそのことを伝え、美沙も同様に気を引き締めなおした。


「あまり気張るな。だらけすぎるのもあれだが、神経を張りつめ続けてもいいことはないぞ」


 その様子を見たアテナが祐二に話しかける。それに反応するよりも前に、祐二は目の前に一筋の光を発見し、そちらに意識を傾けた。


「あそこだ。そのまま進め」


 それは闇を引き裂く巨大な裂け目だった。自身の背丈よりも二回りも大きく、その裂け目の奥から強烈な光が射し込み、奥に何があるのかは視認出来なかった。


「恐れることはない。そのまままっすぐ進むのだ」


 ここまで来て、今更退くわけにもいかない。祐二と美沙は意を決して進み、その光の中へ飛び込んでいった。





 光が薄れ、視界が徐々に開けていく。

 それと共に雑音が鼓膜を叩き、次第にそれが明確な形を持った音へと変わっていく。


「おお」


 そして完全に視界がクリアになり、五感がその世界の情報をしっかり脳に伝達出来るようになった瞬間、祐二と美沙はその眼前に広がる世界を見て息をのんだ。


「これは」

「綺麗……!」


 そこにあったのは奥へと続く石畳の道だった。道の両端には桜の木が立ち並び、そよ風に乗せてその花びらがひらひらと宙を舞っていた。その桜並木の外には広大な草原が広がり、その背の低い草むらの中で鹿や兎がうつらうつらとくつろいでいた。

 空は澄み渡り、太陽が燦々と輝いていた。風が頬を優しく撫で、小鳥のさえずりが耳をくすぐった。


「静かな場所だ」

「いいところじゃない」


 そこは何もかもが優しさに満ちていた。ただここにいるだけで、ささくれた心までもが解れていくようだった。


「この道の奥に門がある。そこをくぐれば本当に神道の世界だ」


 アテナの言葉のままに、二人が石畳の上を進んでいく。柔らかな日差しと風を受けながら硬い道を歩き、ついに木材で作られた大きな門の前に到達した。


「失礼、どちら様でしょうか?」


 そこに着くなり、門の脇に立っていた守衛が話しかけてきた。槍を手に持ち、動きを損なわない程度に鉄板を張り付けた軽装鎧を身につけた男だった。そしてその男は祐二達を怪訝な顔つきで見つめていた。

 人間がなんでこんな所にいるんだとか思ってるんだろう。そう考えた祐二はそちらの方を向いて「俺達は現人神だけど」と返し、そのまま言葉を続けた。


「ちょっと調べ物があってここまで来たんだ。通してくれないか?」

「なんと、現人神でしたか。これは失礼しました」


 相手の素性をすぐに理解した守衛はすぐさま背筋を伸ばし、彼らに背を向けて門の脇にある鎖を引っ張った。直後、硬く閉ざされていた門が重く派手な音を立ててゆっくりと開いていった。


「どうぞ中へ。お進みください」


 そしてその場で回れ右をし、守衛が背筋を伸ばしたまま良く通る声で言った。現人神の二人は軽く頭を下げ、そして完全に開ききった門を潜って中へ進んでいった。

 中に入ってまず目に付いたのは、神社の本殿をそのまま巨大化したような建物だった。木材や瓦で構築されたそれは決して絢爛豪華では無かったが、それでも見ているだけで心に喝が入れられるような荘厳な雰囲気を放っていた。

 そしてその「本殿」を中心にして、様々な施設が距離を置いて建てられていた。どれも似たような造りをしていたが、それら全てを見て回る余裕は今は無かった。


「さあ、中に入るぞ」


 アテナに言われ、そのまま「本殿」に向かって直進する。そして数段程度の階段を上って閉じきられた襖の前に立ち、祐二がそれに手をかけた。


「熱っ!」


 そしてすぐにその手を引っ込める。祐二は手を激しく振りながら痛みに顔を歪め、美沙が不思議そうにその様子を見つめた。


「ちょっと、どうしたのよ?」

「いや、熱いんだよ」

「何が?」

「これが」


 祐二がそう言って襖を指さす。美沙がそれを見て、「本当に?」と半信半疑に言いながら自分もそれに指を当てる。


「きゃっ!」


 そしてすぐにそれを引っ込める。もう片方の手で指を押さえ、顔に驚愕の表情を浮かべながら、すぐに祐二に視線を向ける。


「なんで?」

「俺が知りたいよ」

「言っておくが私も知らんぞ。ここを開ければ中に入れるはずだ」


 祐二の頭の中でアテナが言い放つ。美沙の脳内にはまだセクメトの寝息が聞こえていた。


「それは私から説明しましょう」


 その時、左の方から声が聞こえてきた。祐二達がそちらに顔を向けると、そこには黒い衣を羽織った一人の女性が立っていた。柔らかな雰囲気を持った妙齢の女性であり、瞳は黒く、髪も黒かった。


「現人神のお二人ですね? ようこそおいでくださいました。歓迎いたしますわ」

「ど、どうも」

「あの、あなたは?」


 いきなり出てきて歓迎の意を伝える女性を前にして祐二が反射的に返事をし、美沙が警戒しながら問いかける。対して黒ずくめの女性は優しく微笑みながら、視線を美沙に向けて言った。


「私はアマテラス。太陽を司る女神です」

「え」

「アマテラスって、あの?」


 美沙が問い返すよりも前に、その女神は彼らに背を向け、そして肩越しに彼らに言った。


「積もる話もありましょうが、ここで立ったままというのもあれです。どうぞこちらへ。客間まで案内させていただきますわ」


 そう言って、アマテラスがゆっくりと進み始める。祐二と美沙は互いに顔を見合わせたが、他に選択肢は無かった。


「ついて行くしかないだろうな」


 アテナの言う通りだった。そして彼らは結局、アマテラスと名乗る黒衣の女神についていくことにした。

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