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「神話世界」

「おお、これこれ。これッスよ」


 祐二達がポセイドンの元に向かっていた頃、パラケルススと時子は二人で大地の迷宮の中にいた。そこは荒れ果てた山道といった場所であり、活火山の近くに作られたからか地面は焦げて黒々としていた。自分の背丈ほどもある岩石がそこかしこに転がっており、その後ろにモンスターが隠れていることもあった。坂道も多く、場合によっては上り坂と下り坂を交互に進むこともあって非常に足腰に悪い作りをしていた。

 二人はそこで装備と経験値を稼ぎつつ、雪の結晶を倒すために必要な「不滅の火種」を探していた。


「なんか普通に落ちてたッスね」


 そしてそれは、迷宮の中に流れている溶岩流の近くで容易に見つけることが簡単だった。


「こういうのって、大抵は強いボスが守ってたりするものなんスけど、なんか肩透かしッス」

「そういうものなの?」

「そういうものなんスよ」


 小首を傾げる時子にパラケルススが答える。祐二同様にゲーム音痴な時子は、そうしたいわゆる「お約束」についても充分理解していなかったのだった。


「障害を乗り越えないと宝物にはたどり着けないってことなのかしら」

「そういうことッスね。ところで新しい装備はどんな感じッスか?」

「え、これ?」


 いきなりパラケルススにそう言われた時子が、驚きながら自分の身につけていた服の裾を掴む。そして「着心地とかどうッスかね?」と続けて問いかけてくる悪魔に対して、微笑みながら素直な感想を述べた。


「いい感じよ。なんていうかこう、前に着けてたものより安心するわね」

「安心ッスか」

「ええ。なんだか守られてるっていうか、ちゃんと防具を身につけてるって感じがするの。ちょっと動きにくいかなって思うこともあるけど、やっぱり、防御力? っていうやつも上げないと駄目みたいだしね」

「ふうん、そうなんスか」


 この時の時子は、ビキニ水着のような防具の上から薄手のチョッキと半透明の腰巻きを身につけていた。確かにそれまでの時子の装備に比べればしっかりと防御力が上がっていたが、それでもその上昇量は微々たる物だった。

 要するに防具を更新した後もなお「紙同然」だったのである。


「まあ、防御はナイトに任せればいいし、これくらいでちょうどいいんじゃないッスかね」


 攻撃特化型だから仕方ない。パラケルススはそう時子に言った。時子も特に悩む素振りは見せず、「こういう設定なんだよね」と割り切るように言った。


「それに、攻撃を受ける前に相手を倒せばいいのよ。やられる前にやれ、よ。そうすれば被害も減るし、余計な手間もかけずに済むでしょ?」

「それはそうなんスけど、時子さんってそんなキャラでしたっけ?」


 物騒なことをウキウキと言ってのける時子を見て、パラケルススが頬をひくつかせる。確かにゲームをやると性格が変わる人間は存在するが、話に聞くのと実際にそれを目の当たりにするのとでは受けるインパクトが段違いであった。相手が慣れ親しんだ身内の人間であればなおさらだった。


「あ、パラちゃん見て。あそこにモンスターがいるわよ」


 そんなことを考えていたパラケルススの横で、不意に時子がある方向を指さしながら言った。そしてパラケルススがそれに反応する頃には、時子は既に行動を開始していた。


「行くわよ! それっ!」


 大斧を振り回しながら時子が特攻する。その目は玩具を前にした子供のようにキラキラと輝いていた。

 こんなにアグレッシブだったっけ? その様子を見て、パラケルススはそう疑問に思った。しかしいつまでも考えにふけっている訳にもいかない。時子一人を先行させてどうにかなるほど、ここの雑魚は弱くないのだ。


「ああもう、ちょっと待って! 一人じゃキツいッスよ!」


 そう言って日本刀を抜きつつ、パラケルススもまた雑魚の群に突っ込んでいく。前方では既に時子と手足の生えた岩石「ロックモーター」の集団が戦闘を始めており、そして時子の体力があっという間に六割を切っていた。


「突出しないで! 危険すぎるッス!」


 左手をかざして時子に回復魔法を使い、右手に持った日本刀でロックモーターの一体を切り払う。幸運にもクリティカルヒットが発生し、斜めに切り裂かれたそのロックモーターが光の粒子と化して消滅していく。


「まったくもう、少しは自分の身も考えるッス。死んだら元も子もないッスよ」

「ごめんなさい。敵を見たら体がムズムズしちゃって」


 そしてこちらを取り囲んだ敵の群と背中合わせで相対しながら、パラケルススと時子が言葉を交わす。燕尾服に身を包んだ悪魔は真剣な表情をしていたが、一方で時子の方は楽しさに顔を輝かせていた。


「そんなことより攻撃あるのみよ。さあ行くわよパラちゃん!」

「えっ、ちょっと」

「突撃ー!」


 そして時子はそう叫びながら、再び前方にいるロックモーターの中に駆け出していった。咄嗟に振り向いたパラケルススの言葉も聞かず、大斧を振り回して岩石型のモンスターを正面から叩き潰していった。


「それそれそれ! どうしたの? それでおしまい!?」


 ダメージをものともせず、笑顔を浮かべながらモンスターを蹂躙していく。その姿は完全に戦闘狂のそれであった。パラケルススは一瞬背筋が寒くなるのを感じた。


「……すごいなあ」


 残った周りの敵も、味方のサポートをすることも忘れ、パラケルススはしばしその光景を見つめていた。





 そして時子とパラケルススが三回目の戦闘を終えた頃、祐二と美沙は再びハデスと対面していた。


「そうかそうか、あ奴はそういうことになっていたのか」


 そして祐二は「氷河の街」でポセイドンと会った時のことを報告し、ついでに「天上の街」で見てきたことも伝えた。ハデスはポセイドンの件に関しては淡泊な反応を返したが、「天上の街」でのゼウスの話に関しては強い食いつきを見せた。


「ははははっ! ゼウスめ、まだ他の女にちょっかいをかけていたのか! 懲りない奴だ!」


 おまけに玉座の上に座りながら、腹を抱えて笑い出す始末だった。いったいそれの何がそんなにおかしいというのか。祐二と美沙は理解しきれず頭の上に「?」マークを浮かべた。


「なんだお主達、ゼウスのことを知らんのか?」


 そしてそれを見たハデスは、笑いを収めながら不思議そうにそう尋ねた。祐二達が素直に頷くと、ハデスは「これくらいは常識だと思っていたのだがな」と言ってから二人に説明を始めた。


「ならば教えよう。あのゼウスという神はな、非常に好色な神として有名なのだ。妻がいるにも関わらず、他の女にちょっかいをかけるのが常なのだ。赤の他人の女を孕ませてしまったこともある。もちろんそれで妻の怒りを買うことになるのだが、奴は絶対に反省はしない。妻に雷を落とされてもなお、見目麗しい女を見れば口説かずにはいられないのだ」


 それを聞いた祐二達は一様に顔をしかめた。だらしないにもほどがある。ハデスは続けて「雷神が雷を落とされるか、中々面白いな」とこぼしたが、それに反応する余裕は無かった。


「まあとにかく、ハデスとはそのような奴だ。確かに威厳もあるが、性という側面から評価するなら完全に駄目な奴だな。そこのお主も、あ奴には容易に近づかん方が身のためだぞ」


 そんな美沙に向けてハデスが念を押す。その目は至って真剣だった。それを見た美沙も真面目な面もちで頷き、対するハデスも茶化すことなく「よろしい」と返した。


「それで、あの後何か進展は?」


 今度は祐二の方から問いかける。ハデスは彼の方を向いて首を横に振った。


「まだ何もわかっておらん。今は我のいる神話の世界に重点を置いて探しているが、手応えは無しだ」

「神話の世界?」

「お主達人間がギリシャ神話と呼んでいる世界のことだ。今はその世界の中に限って調査を進めている」

「今はって、それじゃあ他にも世界があるってことなの?」

「そうだ。エジプト神話の世界、日本の神話の世界、インドの神話の世界、他にも色々ある。それらは全て独立し、このゲームの中に同時に存在している。そして基本的に、その世界に属している神話の存在が易々と他の神話の世界に顔を突っ込むことは許されないのだ」


 ハデスの説明を聞いた祐二と美沙は「そういうことになっているのか」と感心したように言った。そしてその直後、祐二が「あっ」と何かを悟ったように声を発し、続けざまにハデスに言った。


「でも現人神ならどこにでも行ける?」


 それを聞いたハデスはニヤリと笑った。


「察しがいいな。その通りだ」


 そしてハデスは座ったまま姿勢を正し、目を細めて人間二人を見ながら言った。


「現人神に境界はない。神と人を繋げ、神と神を繋ぐ者。それが現人神だからだ」

「そこまで大げさなものなの?」

「ただの設定、方便よ。実際はお主達は問題を解決するために動く何でも屋。そのために他のプレイヤーや神よりも出来ることが増えている。それだけだ。そこまで気を張る必要はない」


 そこまで言ってから、ハデスが一呼吸置いて二人に問いかけた。


「そこでお主達に頼みがある」


 二人の現人神はこの後何を言われるのかを察した。そしてまたしても、その推測は的中した。


「話した通り、我は他の世界においそれと立ち入ることが出来ない。そこで我に代わって、お主達に他の世界に赴いてもらいたいのだ」

「それは」


 まあ拒否権は無いだろうな。祐二が口を開く前にハデスが言ってのけた。


「なお拒否権はない。すまぬが、これは急を要する問題だ。直ちに動いてもらいたい」

「まあ、そうだよね」


 必須アイテムを使っても敵が倒せないというのは確かに非常事態だ。普通ならばゲームそのものが一時休止などということになってしまうかもしれない。二人は特に文句を言わず、素直にそれに従うことにした。


「それで、何か手がかりは?」

「無い」

「は?」

「そこも含めてお主達で調べてくれ。頼んだぞ」


 しかしこれは予想外だった。


「先程も言ったであろう。何もわからんのだ。よろしく頼むぞ」


 いったいこの世界にどれだけの神話があるというのか。

 祐二と美沙は開いた口が塞がらなかった。

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