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「空の上」

 ハデスから話を聞いた後、二人はまず時子とパラケルススに事情を説明した。話を聞いた時子とパラケルススは残念そうにしながらも「それじゃ仕方ないッスね」と二人を行かせることを承諾した。


「こっちはこっちで勝手にやってるッス」

「無理はしないでね?」


 パラケルススと時子はそう言って、二人で迷宮に向かうことにした。それから祐二達は広場に残り、これからどうするかを話し合った。


「で、まずどこに行く?」

「問題は海の迷宮の方で起きてるんだよな?」


 美沙からの問いかけに祐二が返す。そして頷く美沙を見ながら祐二が言った。


「じゃあまずはそこに行ってみるか」

「海の方に?」

「こういうことしそうな人に心当たりもあるしな」


 祐二のその台詞を聞いて、美沙もすぐに頭の中でその「心当たりの人」を浮かび上がらせた。


「ああ、あの人」


 美沙が感慨深そうに呟く。それを聞いた祐二が頭をかきながら言った。


「なんかしそうな感じはするよな」

「確かにね。前科もあるし」


 そうして二人で言葉を交わしながら、二人はまっすぐ「氷河の街」へ向かった。





「それで、わしの所に来たというのか?」


 それから数分後、現人神の二人は氷河の街の中に隠されている「神の間」に来ていた。現人神を含む一部の人間にしか使えない秘密の入り口を使ってそこに来た二人は、そこで玉座に座る一人の男と対面していた。


「まったく、神を疑うのも大概にせよ。わしがいったい何をしたと言うのだ?」


 その男--かつてスクール水着を身につけた幼女の姿をしていた海の神は、現人神二人から彼らがここに来た理由を聞いて顔をしかめた。


「その結晶のことなど知らん。わしは何もしておらん。本当だ」

「ええ……?」


 しかしそのポセイドンの言葉を聞いた二人は一様に不審の眼差しを向けた。つい最近独断で自分の欲求を満たそうとしたこの神の言うことを素直に信じられるほど、彼らは純真では無かった。


「でもあなた、一回やらかしてるじゃん」

「それはまあそうだが。まさかそんな理由でわしを疑っているのか?」

「まあ、まず真っ先に怪しいとは思ったけど」


 ハデスに比べれば細身であったが、それでも程良く筋肉のついた体の上から革製の鎧を身につけた海神が祐二の言葉を聞いて眉をひそめる。それからポセイドンは「本当に何もしておらん」と声を荒げたが、今度はその隣に立っていた従者からも「まあ仕方ありませんね」と苦言を呈された。


「ポセイドン様、一度失った信用はそう簡単には取り戻せないのですよ」

「ううむ……それはわからないでもないが、ここまで疑いの目を向けられるとはな」

「前科持ちはそれだけで不利なのよ」


 愚痴をこぼすポセイドンに美沙が窘めるように返す。それを聞いたポセイドンは「とにかく、わしはやってない」と断言し、そして横にいた従者がそのポセイドンに話しかけた。


「ならば、ご自分で身の潔白を証明されてみてはいかがでしょうか?」

「潔白を証明とな?」

「はい。ポセイドン様も従者を使って、この件を調べるのです。このまま何もしないよりも、そちらの方がずっと相手からの印象を良くすることが出来ますよ」

「ううむ」


 従者からの言葉を聞いたポセイドンが、がっしりとした顎に硬い指を当てて考え込む。その従者とポセイドンのやりとりは祐二達の耳にもしっかりと聞こえており、せめて聞こえないように小声で話せばいいのに、と祐二は待つ間にそう思った。


「よかろう。ではわしの方でも調査を進めるとしよう」


 そんな祐二達に向けて、顔を上げたポセイドンがそう言い放った。それを聞いた祐二達は「じゃあそっちはお願いする」となおも半信半疑気味に返し、それに対してポセイドンは「まだ疑っておるのか」と残念そうに言った。


「まあ良い。疑われてるのならばそれを晴らすまでよ」


 しかしポセイドンはすぐに気分を切り替え、軽い口調でそう言った。それからポセイドンは人間二人に目を向け、玉座の手を乗せる部分に肘を置いて頬杖をつきながら彼らに問いかけた。



「ところで、お主達は次にどこへ向かう予定なのかな?」

「どこへ?」

「まだそこまで決めてないけど」


 それを聞いたポセイドンは「そうか、そうか」と頷き、続けて二人に向けて提案をした。


「ならば、次は天上の街に向かってみるのはどうだ? あそこにはまだ行ってないのであろう?」


 祐二がわずかに顔をしかめる。どうしてそれを知ってるんだ?


「それくらいはお主達の行動履歴を読めばすぐにわかる。お主達の行動は全てサーバーの中に記録されているからな」


 そして祐二からの問いかけに対し、ポセイドンは笑いながらそう答えた。自分の行動を全て見透かされているような気がして祐二と美沙は揃って顔をしかめたが、ポセイドンは「安心するがいい。お主達のプライバシーを侵害するつもりはない」と返した。


「わしはそこまで愚かではない。他の神も同じだ。どうかわしを信じて欲しいな」

「本当に信じられるのかな?」

「確かに神も嘘を吐きますが、ポセイドン様はそのような方ではありません。ただ少し間違いを犯すだけなのです。どうか信じてくれませんか?」


 しかしなおも半信半疑な態度を見せる美沙に向けて、今度は従者がそう声をかけた。それはただの言葉の入れ替えじゃないのかと美沙は思ったが、彼女がそれを口に出す前にポセイドンが咳払いをして二人に話しかけた。


「で、どうだ? まずはそちらに行ってみては? そこにいるゼウスに話を聞いてみても損はあるまい?」

「それは……」


 特に次の候補地を決めてないのも事実だった。それに一度不正を犯した相手を延々と疑い続けるのも、それはそれで格好悪い。疑う気持ちも必要だが、相手を信じる寛容さも大切だ。


「わかった。じゃあ次はそこに行ってみよう」


 そう考えた祐二が気持ちを切り替えてポセイドンに言った。ポセイドンは満足そうに頷き、そして二人に向けて言った。


「うむ、それが良かろう。こちらはこちらで調査を始める。お主達も達者でな」





 ポセイドンと別れた二人は、そのまま「天上の街」に向かうことにした。街はその名の通り空の上にあったが、メニューディスプレイの中にある転送機能を使えば誰でも簡単にそこに向かうことが出来た。


「おお……?」


 転送用の扉を潜って一瞬でそこに到着した祐二達は、そこに広がる光景を見て息をのんだ。そしてその次の瞬間、現実を目の当たりにして意気消沈した。「空の上にある街」と聞いて期待した反面、失望も大きかった。


「なんか、普通だね」


 そこにあったのはなんの変哲もない街だった。歩道は煉瓦で固められ、建物もまた煉瓦や鉄を使って建てられていた。空の上にあることを強調する設備やアイテムは一つも見あたらない。そのどれもが機能性や居住性を重視した、いたって「普通の街」だったのだ。少なくとも、上に建物を置いた複数の雲を橋でつなげたようなファンシーな物はそこには無かった。

 そんな街の姿を想像していた祐二達は大きな肩すかしを食らった。


「なんかそれっぽくないな」

「私、もっとメルヘンなやつ期待してたんだけどね」


 確かに頭上には雲一つ無い青空が広がり、四角く切り取られた街の下にはわずかに濁った雲が一面に広がっていた。しかし「雲より上の高さの場所で街が浮いている」ということを認識するにはわざわざ端まで行って足下を見下ろさなければならず、街の中に入ってしまうとその気分を味わうことは不可能となっていた。

 何とも味気ない場所だった。


「ま、まあ、こんなものでしょ」


 しかし落ち込んでばかりもいられない。二人は気を取り直して、ここにいるとされるゼウスの元に向かった。





「頼む、私が悪かった。ここをあけてくれ」


 ゼウスの住んでいるとされる宮殿には、「天上の街」にある宿屋の一室から向かうことが出来た。例によってそこは一部の選ばれた人間にしか開けることが出来なかった。


「もうこんなことはしない。誓うよ。だから中に入らせてくれ」


 そしてそのクローゼットの中を潜って宮殿の正門前に到着した祐二達は、そこで門にへばりつきながら泣き言をのたまう男に遭遇した。その男は腰巻きだけを身につけた細身の体つきをしており、今まで会ったハデスとポセイドンに比べると一番華奢な印象を与えた。


「む?」


 その細身の男は不意に祐二達の姿に気づき、肩越しに彼らの姿を見つけた。そして彼らを見るなり「ああ、現人神か」と思い出したように言った。


「すまんが、今は少し立て込んでいる。用件なら後にしてくれないか?」

「え、なんで俺たちのことを?」

「わかるかって? それはもちろん、私がゼウスだからだ」


 閉め切られた門に張り付きながらゼウスが言った。軽く驚く人間二人に向けて、ゼウスは真面目な表情を浮かべながら言った。


「さ、すまんが今は帰ってくれ。私は忙しいのだ」


 そしてそう言った直後、再び顔を門に向けて「開けてくれ! 頼むからここを開けてくれ!」と懇願するように叫び始めた。その様子を見た祐二達は困惑しながら顔を見合わせた。


「どうする?」

「どうするって……」


 美沙に問われた祐二が首を動かしてゼウスを見る。ゼウスはもはやこちらのことなど眼中にないかのように門にへばりついていた。


「あれはもう無理でしょ」

「出直す?」

「だな。ハデスのところに戻ってみるか」


 祐二の言葉に美沙が頷く。そしてなおも「開けてくれ」と叫ぶゼウスを背に、二人は一旦ハデスの所に戻ってみることにした。


「私が悪かった! もう浮気はしないから! 召使いにちょっかいは出さないから! 許してくれヘラ! ここを開けてくれ!」


 どこまでも失望させてくれる街だった。

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