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「新しい雑用」

 翌日。祐二とパラケルスス、そして美沙と時子の四人は、氷河の街を離れて「火焔の街」に赴いていた。ここは「大地の迷宮」に続く街であり、大地の下に作られた広大な地下都市であった。


「浅葱さんはどうしたの?」

「昨日一応電話したんだけどさ、絵の仕事が入って忙しいから来れないって言ってたんだ。だから多分来ないと思う」

「神絡みの仕事ッスかね?」

「たぶんそうなんじゃないかしら」


 火焔の街にある中央広場に集合しながら、祐二達はそこで今日参加するメンバーを確認した。祐二の言う通り、ここに浅葱の姿は無かった。


「じゃあ今日はこの四人で?」

「そういうことになるな」


 美沙の言葉に祐二が同意する。その横でパラケルススは背後に目をやり、眉をひそめながら愚痴をこぼした。


「それにしても暑いッスね。どこ見ても炎と溶岩だらけッス」

「地底を意識してデザインしたんじゃないかしら? ほら、マントルとかマグマとか、地下にそういうのがあるじゃない?」


 時子が燕尾服姿の悪魔に反応を返し、同時に周囲を見渡しながら続けて言った。


「でもまあ、こんな所に作る必要は無いんじゃないかって思ったりはするけど」


 彼らのいた「火焔の街」は円形に構成されており、中心部にある広場を囲むように各種施設が作られていた。そして何より特徴的だったのは、その街が火口から溶岩を垂れ流す双子山のど真ん中に建てられていたことであった。

 そのおかげで街の両脇には絶えず溶岩が流れ、そのうちの枝分かれしたものが街の中にまで流れ込んでいる有様であった。当然近づけば熱いし、迂闊に触れればダメージを受ける。そのダメージ量も馬鹿には出来ず、レベル1の初心者プレイヤーがその足先を溶岩に浸しただけでHPが四割吹き飛ぶほどであった。

 街の中にある建物は全て赤煉瓦で作られていたが、そのほぼ全てが街の中に入り込んだ溶岩によって赤く照らされていた。その光景もまた視覚の面から体感的な熱さを倍増させ、見ているだけで汗が噴き出してくるほどであった。


「ううん、本当に酷い」

「ところで祐二は平気なの? そんなゴツい装備してるけど」


 時子に続いて顔をしかめる祐二に美沙が声をかける。銀色の全身鎧を身につけた祐二は見るからに熱そうであったが、祐二は「そんなことはないぞ」と平然と答えた。


「脱ぎたくなるほど熱いとは感じないな。いつもと同じ感じだ」

「防具は関係ないのかしら」

「多分そうなんだろうな」


 彼らの所に一人の人間が近づいてきたのは、美沙と祐二がそう言葉を交わした直後だった。


「失礼、現人神の方ですね?」


 それは赤いローブを身に纏い、フードを被った長身の男だった。その男は顔こそ見えなかったが、フードを上げるようなことはせずに二人に渋い声で話しかけた。


「少し内密にお話ししたいことがあるのです。神と人に関することです。お二方にしか話せないことなのですが、よろしいでしょうか?」


 祐二と美沙は互いに顔を見合わせた。それから祐二はパラケルススと時子のいる方に目を向けた。それに対してパラケルススは「こっちは別に構わないッスよ」と返した。


「時子さんもそれでいいッスよね?」

「え? ええ。何か大切な用事が出来たのよね?」


 時子が祐二の方を見ながら質問する。祐二は「まあ大切かな」と言葉を濁すように返した。実際何が何なのか、彼にもわからなかった。


「はい。とても大切なことです」


 その祐二の言葉にあわせるようにして、フードを被った男が言った。時子は少し困った顔を浮かべながら、それでも「危険なことはしないでね」と声をかけ、二人が別行動を取ることを許した。


「では、こちらへ」


 そして許可をいただいたフードの男は祐二達の方に向き直り、低い声でそう言った。祐二と美沙はそれに続き、時子はその後ろ姿を心配そうに見守った。


「大丈夫ッスよ。二人は無事に戻って来るッス」


 その様子を見たパラケルススが明るい声で話しかける。時子は頷き、しかし顔には憂いを残したまま言った。


「祐二君、本当に大丈夫かしら・・」


 ちょっと考え過ぎじゃないかな? その時子を見て、パラケルススはほんの少し眉をひそめた。





「よく来てくれた。歓迎するぞ」


 フードを被った男に連れられて町外れにぽつんと置かれた扉をくぐった先にあったのは、赤煉瓦で作られた玉座の間だった。室内は広く、窓は一つもなかった。その代わりに両側の壁には鎧を身に纏い剣を携えた人間が、均等に距離を置きながら立っていた。

 出入り口から奥にある玉座まではまっすぐに絨毯が敷かれ、その両側に勢いよく燃え盛る炎を戴いた台が等間隔で並べられていた。炎は薪や、それに準じた可燃物も無しに独りでに燃え上がり、部屋の中を赤く照らしていた。


「ほれ、もっと近う寄れ。そなたらは現人神、我に遠慮する必要は無いぞ」


 そして炎に挟まれた道の向こう、一段高い場所に据えられた黒檀の玉座に腰掛けていたそれが、片手を上げて手招きをしてきた。祐二達はそれに従って絨毯の上を進み、そして近づくにつれて、その玉座に座る者の明確な形を認識していった。


「大してもてなす物も用意できんが、まあ勘弁してくれ。冥界の物を現世の住人に差し出すわけにはいかんのだ」


 そこにいたのは身に纏った白いローブを着崩して上半身の左側を露出させた老人だった。顔には年季の入った皺が刻まれ、幾分か後退した頭髪は白く、ボサボサに伸びた顎髭もまた真っ白であった。ローブと足に履いたサンダルも所々ほつれており、汚れているわけではなかったが清潔とも言えなかった。体つきはがっしりとしており、露出した左腕や上半身の部分には見事に鍛えられた筋肉が備わっていた。

 そこまでならば現実の世界にいてもおかしくないような、鍛えてはいるがややだらしない老人といってもいい風体をしていた。しかしその金色に光る鷹のように鋭い瞳と、今座っている玉座と同じくらいに黒く染まった体躯が、彼が人外の存在であることを如実に物語っていた。


「我はハデス。冥界を治める神である。よしなに頼むぞ」


 黒肌の老人が重々しく言い放つ。そのハデスからの言葉を受け、祐二達は彼の目の前で思わず背筋を伸ばした。目の前の老人から放たれる無形の圧力が、彼らの遺伝子の奥底に眠る畏怖の記憶を叩き起こしたのだ。


「かしこまらずともよい。楽にするのだ」


 それを見たハデスが笑いながら言った。誰のせいでこうなったと思ってるんだ。祐二は一瞬そう思ったが、神を前にしてそんなことを言ってのける度胸は無かった。


「それで、今日はどういった用件で?」


 そんな祐二に代わって美沙が問いかける。ハデスは「うむ、実はな」と椅子に座ったまま前のめりになって話を切り出し、そしてその体勢のまま言葉を続けた。


「そなた達は、海の迷宮にはもう行ったのか?」


 祐二と美沙は揃って首を縦に振った。それを見たハデスが続けて問う。


「ならば、雪の結晶のようなモンスターにも出会ったはずだ。違うか?」


 二度ほど出会っている。二人が続けて頷く。それを見たハデスは「それなら話は早い」と満足したように言い放ち、再び背もたれに身を預けながら言った。


「今日そなた達を呼んだのはそれが理由なのだ」

「それ? 雪の結晶のこと?」

「そうだ」

「あれがどうかしたのか?」


 祐二からの問いかけに、ハデスが頷きながら「どうかしたのだ」と返す。困惑の色を浮かべる人間二人を見ながらハデスが言った。


「本来、あのモンスターは特別な方法でのみ倒すことが出来るのだ。正攻法では絶対に勝てない相手として設定されている。対策も無しに立ち向かった者は、皆例外なく一瞬で氷漬けにされてしまうのだ」

「ああ、そういう」

「やっぱりそうだったんだ」

「その顔を見るに、そなた達も奴らに煮え湯を飲まされたようだな」


 一転してげんなりとした表情を浮かべる祐二達を見て、ハデスが愉快そうに笑い声を上げた。そして笑っている最中のハデスに対し、気を取り直した美沙が尋ねた。


「ちなみに、どうすれば倒せるようになるの?」

「それは簡単だ。ここにある迷宮で【不滅の火種】というアイテムを入手すれば良いのだ。といっても、それは装備する必要のある物ではないし、使う度に消費される類の物でもない。ただ持っているだけで効果があるタイプのアイテムだ」

「確かに公式サイトにはそう書いてあったな。それを持っていれば結晶の力を抑制出来るとかなんとか」


 祐二が思い出したように言った。一方でそれを聞いたハデスが不愉快そうに顔をしかめた。


「どうしたの?」


 遠慮がちに美沙が尋ねる。ハデスは「ああ」と短く返事をした後、重々しい口調で言った。


「それが出来なくなったのだ」

「え?」

「不滅の火種を持った状態でも、あの例の結晶を倒すことが出来なくなったのだ」


 人間二人は同時に目を剥いた。そして祐二が先に口を開いた。


「駄目じゃんそれ!」

「そうだ。大問題だ。全く由々しき事態だ」

「原因はわかってるの?」

「まだ調査中だ。我の方でも配下を使って情報を集めている。おそらくはどこかの神が何かをしでかした結果なのだろうが……」


 そこまで言って、不意にハデスが祐二達に目を向けた。


「そこで頼みがある」


 その瞬間、人間二人は次に来る展開を察した。そしてその通りに事態が進んだ。


「そなた達にも調査を頼みたい。現人神として、ぜひとも力を貸して欲しいのだ」


 ハデスが玉座から立ち上がる。そしてちっぽけな人間二人を悠然と見下ろし、念を押すように再度言い放つ。


「頼む」


 冥王の眼が祐二と美沙の心臓を握りしめる。

 無力な二人は頷くしかなかった。

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