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「雪辱を晴らす」

 時子の「肩慣らし」を終えた祐二達は、そのまま迷宮の奥へと進むことにした。経験値と装備を集めるのと、いつぞやの借りを返すためである


「そう言えば、まだイベント来てないみたいッスね」

「確かにそうね。その割には結構人がいるみたいだけど」

「こっちで金稼がないと現実の世界で買い物出来なくなったからな。離れるに離れられないんだろ」

「出稼ぎってやつかしら?」


 その道中、雑魚を適当にあしらう中で祐二達五人は雑談に興じていた。思い出したように放たれたパラケルススの言葉を皮切りに、美沙と祐二と時子が会話をそれぞれ言葉を発した。

 彼らの言う通り、迷宮のあちこちで他のプレイヤーが敵と戦っていた。壁が透明だったのでその向こうで戦う姿が丸見えだったのだ。そしてその後浅葱も会話に混ざってきたが、五人全員で話し始めるとそれまで以上のペースで敵に襲われるようになった。


「うるさくしてると襲撃頻度も上がるんですかね?」

「やっぱり? そうなるのかな?」

「なんかますますリアルになってきてるッスね」


 襲いかかってきたアイスゴブリンを火の玉で迎撃しながら浅葱が言い、ボウガンから放たれる矢でゴブリンの額を撃ち抜きつつ美沙が答える。そして手にした剣でゴブリンを切り倒したパラケルススがそう続けた後、彼女は自分が今し方倒したゴブリンが金色に光る粒子となって消滅し、その四散した粒子が再び集結して宝箱へと姿を変える様を目撃した。


「お、アイテムドロップッス」


 パラケルススのその言葉に反応し、他の四人が一斉にそちらを振り向く。その周りの視線を背中に受けながら、パラケルススが宝箱に近づいて腰を降ろし、それに手をかけて箱を開ける。


「これかな?」


 パラケルススがその中にしまわれていた光の塊を手にとって持ち上げる。小さな太陽のようにまばゆく輝くその球状の光はパラケルススの手の上で形を変え、やがて一振りの剣へと変化した。


「おお!」


 光のベールの奥から現れたそれは日本刀だった。鍔は金色に染まり、刀身を納めた黒塗りの鞘は頭上に見える水面からの光を受けて鈍い輝きを放っていた。

 パラケルススがそれを手に取り、ゆっくりと刀を引き抜く。緩やかに反りを持たせた刃は鞘とは対照的に白銀に輝き、その汚れのない姿を見たパラケルススはあっという間にそれに魅了された。


「これもらっていいッスか?」


 首を回して肩越しに四人を見ながらパラケルススが問いかける。それに対して祐二が「見つけたのはお前だからな」と返し、美沙もそれに同意した。


「あなたが装備していいわよ」

「魔法使いは直接攻撃しませんからね」

「私も斧あるし、パラケルススさんが持ってていいわよ」


 それにあわせて浅葱と時子も頷く。四人からの同意を受けたパラケルススは日本刀を片手で持ち、それまで使っていた剣をもう片方の手に持つ。そしてパラケルススが「こっちはしまっておくッス」と剣の方を見て念じると、剣は一瞬にして光の粒子となって空中に四散し、その粒子は指向性を持ってパラケルススの体の中に吸い込まれていった。


「今のは?」

「使わなくなったアイテムをしまったんだよ」

「アイテムインベントリに保管したってことですよ。さすがに収納用のバッグを背負って迷宮歩くのは格好悪いですからね」


 初心者の時子に祐二と浅葱が答える。続けて美沙が「所持アイテムと装備アイテムは別物なんですよ」と言った。


「ああやってインベントリに所持できるアイテムに重量制限は無いんです。だからいくつでも持ち運べるんですよ」

「自分が何を持っているかについては、メニューディスプレイを開いてインベントリ画面に移ればそこに書いてあるんだよ」


 美沙と祐二の言う通りに、時子が手を開いてメニューディスプレイを表示させる。そしてその画面を指で払ってスライドさせ、やがて上部に「インベントリ」と表示された画面を前に持って行く。


「ここにしまってあるアイテムが表示されるの?」

「そうそう。それと自分が今装備してるアイテムは左にある別の枠の中に表示されるから」


 祐二の声に従って時子が視線を左に向けると、確かにそこには小さな枠があった。枠の中には自分が装備しているアイテムの名前が並んでおり、そして枠の下には「/」で区別された二つの数字が表示されていた。


「この数字は?」

「左が所持重量。右が最大重量だよ」

「右の数字の範囲内でしか物を装備できないってことですね」


 時子からの質問に祐二が答え、美沙がそれに続く。それを聞いた時子が「おお、なるほど」と感心して答えるのと、周囲を見回していた浅葱が声を出したのは同時だった。


「来た! 来ました!」


 全員が浅葱の方へ目を向ける。そして視線を上げると、そこにはかつて祐二達が相対した雪像が立っていた。顔の部分には三つの穴が開き、片手には鋭利な肉切り包丁を握っていた。


「あれが?」

「ああ、あいつだ」

「リベンジってやつッス」


 呆然と見上げる時子に祐二が頷き、パラケルススが不適な笑みを浮かべる。対してその雪像は顔を傾けて彼らの存在を視認し、下に開けられた穴からかつて聞いた低くくぐもった声を出した。


「えものだあ」

「うわあ」


 その重々しい声を聞いた浅葱が思わず顔をしかめる。そしてすぐに祐二達の方に視線を降ろし、率直な感想を述べた。


「おっかないですね」

「祐二君、これどうするの?」


 浅葱に続いて時子が問いかける。パラケルススが便乗して祐二に尋ねた。


「ご主人様、作戦とかは無いんスか?」

「えっ、作戦?」


 思わず祐二が聞き返す。その呆気に取られた祐二の顔を見て、パラケルススと浅葱は同時に嫌な予感を覚えた。


「どうしよう、何も考えてねえや」


 二人の予感が的中するのと、雪像が包丁を振り下ろしてきたのはほぼ同時だった。





「うわっ!」

「ひいい!」


 頭上から迫ってくるそれに気づいた五人が方々に飛び退く。研ぎ澄まされた刃が地面に叩きつけられ、直撃を逃れた五人に突風と衝撃が襲いかかる。


「こ、怖っ! 怖っ!」

「みんな大丈夫か!」


 尻餅をついて本気で怯む時子の隣で、祐二が刃の向こう側に声をかける。自分と反対側に跳んだ三人はその祐二の声を聞きつけ、すぐに「こっちも平気!」と返事をした。


「気をつけて! すぐに攻撃が来る!」

「こっち睨んでるッス!」


 刃を隔てた先から美沙とパラケルススの声が聞こえてくる。どちらも逼迫した調子であり、そして祐二はそれを聞きながら隣で腰砕けになっていた時子に手を差し出した。


「ほら、立って!」

「え、ええ」


 慌てて頷きながら時子が祐二の手を取る。そして時子が立ち上がった瞬間、巨大な雪像はその目のような二つの穴を祐二達の方に向けた。


「まずい、そっち!」


 美沙が叫ぶ。祐二が顔を上げる。眼前で雪像が包丁を握った腕を持ち上げ、こちらに向けて狙いをつけていた。


「避けて!」

「急げ急げ!」


 美沙とパラケルススが声を放つ。祐二が時子の手を握ったまま真横に跳ぶ。

 そのすぐ脇に刃物が振り下ろされる。白く染まった刃の壁が自分のすぐ横に落ちてきたのを肌で感じて背筋が凍り付き、そのすぐ後に襲い来る轟音と衝撃を受けて全身が総毛立つ。


「あ、あぶ、あぶ……」


 その場にへたり込むのをなんとか耐えながら祐二が呟く。するとその祐二の手を自分から振り払い、時子が振り下ろされた腕めがけて一目散に駆け出した。


「ちょっと!?」


 それに気づいた祐二が我を取り戻して叫ぶ。しかし時子は背後からかかる祐二の声を無視し、走りながら両手で持ち直した両刃の大斧を上段に構え、上半身を弓なりに反らしながら雪像の腕へと迫った。


「時子さん!」

「やああああっ!」


 やがて腕の眼前までたどり着いた時子が斧を振り下ろす。体が飛び上がるほどの渾身の一撃が雪像の手首に突き刺さる。

 会心の一撃。斧の刃が大木の如き雪の体を一直線に切り進んでいく。そして溶けたバターを切るかのように、そのまま包丁を握る手を軽々と切断した。


「う、うわっ」


 それは雪像にとっても予想外の反撃だった。


「うわあああああっ」


 武器を持った手を切り落とされた雪像が低く痛ましい悲鳴をあげ、相手から距離を取るように後ろへ下がる。しかし余程混乱していたのか、二三歩下がったところで勢い余って尻餅をつく。大きな音と共に衝撃が地面を揺らし、五人の足下を襲う。


「揺れる! 揺れる!」

「チャンス!」


 パラケルススが動揺しながら両手を広げてバランスを取ろうとする一方、目聡く何が起きたのかを知った美沙はすぐさま追撃の準備を整えた。片膝立ちの姿勢になってからボウガンに炎の矢を装填し、狙いを定めて引き金を引く。一発撃った後にすぐ再装填を行い、続けざまに三発の矢を放つ。

 三本の矢が風を引き裂き、雪像の右臑に命中する。炎が雪の体躯を溶かし、雪像が再び痛々しい雄叫びをあげる。


「いい気味ね」

「このまま続きます!」


 その光景を見ながら美沙が四発目を装填する。そんな美沙の横に立った浅葱がそう言い放ち、杖を眼前に掲げる。


「雷よ!」


 浅葱が叫ぶ。次の瞬間、浅葱の掲げた杖の先端から青白い電撃が迸る。電撃の束が複雑に折れ曲がり、矢の刺さっていた部位に直撃する。

 激しいスパークが発生して五人の目を灼く。閃光は一瞬で収まり、再びクリアになった視界の先には雷の直撃した臑から先が引きちぎられていく光景が見えた。


「何したの?」

「足に刺さっていた鉄の矢に反応して、雷があいつの体内に侵入したんです。体を内側から破壊したんですよ」


 その光景を見ながら問いかけてきた美沙に、浅葱が杖を構えたまま答えた。そんな使い方もあるのか、と感心したように呟く美沙の眼前で、件の雪像が無事な方の腕を高々と掲げた。


「何を?」


 構える美沙と浅葱の眼の前で、雪像が天高く持ち上げた手を開く。次の瞬間、掌の上に魔法陣が展開される。


「魔法を使う気だ」

「気をつけろ!」


 相手の意図を悟った美沙に続くように、壁のように地面に突き刺さった包丁の反対側から祐二の声が響く。それに美沙が反応しようとした瞬間、美沙と浅葱の眼前にパラケルススが躍り出た。


「ここはあたしにお任せッス」


 何をする気だ、と美沙が問いかける前にパラケルススが言い放つ。そして入手したばかりの日本刀を両手で持ち、その白銀に輝く刀身を頭上に掲げた。

 雪像の展開した魔法陣が激しく回転し、その上に氷の柱が三本出現する。それを見たパラケルススが不敵に笑う。


「吸い取ってやるッス」


 直後、柱が一斉に飛び出していく。しかし柱は三本とも撃ち出されると同時にパラケルススに向かって飛んでいった。そしてパラケルススに近づくにつれて三本の氷柱が揃って発光し、青白く輝く光の粒子となってパラケルススの掲げた刀身へと吸い込まれていった。


「何したのよ」

「魔法を吸収したんス。最近のアップデートで追加されたスキルらしいッスよ」


 一度使ったら一定時間使えないんスけど。パラケルススの言葉を聞いた時子が納得したように言った。


「そんなの追加されたんだ」

「そうらしいッスよ。能力半端すぎてさすがに可哀想だと思われたんじゃないッスかね?」

「無駄ァ!」


 そこで不意に祐二の声が聞こえてきた。咄嗟に美沙とパラケルススが声のする方に顔を向けると、そこには時子の前に立って雪像のパンチを盾で凌ぐ祐二の姿があった。


「ガードできればこれくらい!」


 盾を両手で持ち、正面から受け止めた拳を無理矢理押し返す。拳を押し返された雪像が再び腕を持ち上げる。


「祐二君、大丈夫?」

「平気平気、これくらいはね」


 後ろからかけられた声に祐二が返す。その直後、雪像が持ち上げた拳を再び祐二に振り下ろす。祐二は再度盾を構え、それを正面から受け止める。

 衝撃が全身を揺さぶる。一瞬骨が軋む嫌な音が聞こえたが、祐二は歯を食いしばってそれに耐える。


「時子さん!」


 祐二が叫ぶ。言葉の意味を察した時子が前に躍り出る。


「はああっ!」


 時子が気合いを入れながら斧を両手で持って振り上げる。そして盾に衝突していた腕めがけて斧を振り下ろし、一撃でそれを切断した。


「う、うおおおお」


 雪像が悲鳴を上げる。咄嗟に祐二が下がり、その後ろに時子がつく。美沙達もそれを知ってそれぞれ武器を構える。


「まだ来る?」

「いえ」


 パラケルススからの問いに美沙が首を横に振る。ハンターのスキルを使って相手のパラメータを確認しながら美沙が言った。


「もう終わりよ」


 彼女の言葉通り、雪像は既に動きを止めていた。そしてその雪像は全身を発光させて金色の粒子へと変え、そのまま宙へと舞い散っていった。


「勝ったんですかね?」

「多分そうだと思います」


 浅葱に対してボウガンをしまいながら美沙が答える。そしてパラケルススが同じように日本刀を鞘に収め、肩の力を抜いて一息つき、包丁の向かい側にいるであろう祐二達に声をかけた。


「おーい、もう終わったッスよー」


 返事は無かった。パラケルススが首を傾げる。


「あれ? 聞こえてなかったのかな?」

「もう一回呼んでみたら?」


 美沙に言われるままに再度声をかける。包丁の向こうから反応は返ってこなかった。


「おかしいッスね」

「何かあったんでしょうか?」


 パラケルススが眉をひそめ、浅葱が疑問を口にする。そして美沙が再度ボウガンを構えながら「調べてみましょう」と声をかけ、三人は地面に突き刺さった包丁を迂回してその向こう側に進んだ。


「げ」


 そこまで来て美沙は露骨に嫌な顔をした。同時にそこに来たパラケルススが「あ、ヤベ」と漏らし、最後にそこを見た浅葱が驚きの声をあげた。


「凍ってる!」


 そこには立ち尽くしたまま氷漬けにされた祐二と時子、そして彼らの周りに漂う雪の結晶の形をしたモンスターが五匹いた。

 かつて美沙を氷漬けにしたモンスターと同じ奴だった。


「しまった。こいつら忘れてたわ」

「まだ魔封剣クーリング中ッス」

「あ、向こうもう魔法詠唱準備完了してます」


 美沙が思い出したように言い放ち、パラケルススが申し訳なさそうに答える。そして浅葱が相手の状況を説明するのと、結晶達が一斉に魔法を発動するのはほぼ同時だった。

 三人が凍りつくのは一瞬だった。





「今日の総括は?」

「油断大敵」


 十秒後、仲良く氷河の街に戻された五人の中で美沙と祐二がそう言葉を交わした。まったくその通りだった。


「ちょっと情報集めた方がいいんじゃないでしょうか? さすがにあの敵は強すぎる気がするんですけど」


 浅葱すかさずが提案する。これも至極もっともであった。


「何か倒す条件でもあるのかしら?」

「イベントボス的な?」

「だといいんスけどね」

「少し調べてみるか」


 祐二の言葉に全員が同意する。そしてギルドとしての活動はここでお開きとなり、浅葱と美沙を残して祐二と時子とパラケルススの三人はログアウトすることにした。

 現実世界も疎かには出来なかったからだ。





 海の迷宮を突破するには地下の迷宮であるアイテムを拾ってくることが重要である。祐二がそのことを知ったのは、ゲームから帰ってきたその日の夜のことであった。

 公式サイトの序盤解説のページにしっかりと書かれてあった。


「情報収集は大切だな」


 後ろにいたアテナがどこか自信たっぷりに言い放つ。祐二は非常に複雑な気分になった。

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