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「近接特化型」

 孤児院に戻った三人と神一人は、そこでまず子供達をパラケルススに任せて二階に上がらせた。帰ってきた祐二達を不安げな目で見つめてくる子供達に対し、お守り役を任せられた悪魔は顔を笑みで輝かせながら彼らの元に近づいた。


「もう大丈夫ッスよ。ほらほら、みんな上で遊ぶッス」


 笑みを浮かべながら半ば強引に子供達を二階に動かしていくパラケルススを見送った後、祐二と時子はリビングに移動し、そこにあるテーブルを囲んで椅子に座った。


「さっそくで悪いんですけど、本題に入らせてもらうね」


 そこで祐二はまず時子に対してそう言った。茶を出す余裕は二人には無かった。そして無言で頷く時子に向けて、祐二はゲームとそのアップデートに関する全てのことを説明した。


「そんなまさか」


 それを聞いた時子は絶句した。両手で口を覆い、目を見開いて祐二を見つめた。

 まあそうなるよな。予想通りの反応を前にして、祐二はむしろ安堵した。


「じゃあつまり、ゲームの出来事が現実でも起きてるってことなの?」


 口から手を離しながら時子が聞いてくる。祐二は「そうだよ」と返し、そして前に言ったこととほぼ同じ内容のことを言った。


「ゲームで守護を降ろして、そこで戦って信仰値を溜めれば、それに応じて能力値も上がっていく。あとそれだけじゃなくて、信仰値を一定数まで溜めれば現実の世界でもその降ろしていた守護が身を守ってくれるようになるんだ」

「天使と悪魔から?」

「そう。さっき時子さんを守ったように」

「守護が守ってくれたってことなのね」


 祐二からそこまで聞いて、時子は一度首を縦に振った。しかしすぐに「ちょっと待って」と返し、祐二に疑問をぶつけた。


「でも私、そのゲームは一度もやってないわ。なのにどうして私に守護がついたの?」

「それは」


 そこまで言って、祐二が視線をわずかに持ち上げる。その目線の先には、椅子に腰掛ける時子の後ろに背後例のようにぴったりと張り付くウリエルの姿があった。


「頼む。私のことは適当にごまかしておいてくれ」


 そのウリエルが祐二の目を見返しながら言ってきた。当然それは祐二とアテナにしか聞こえておらず、時子の耳には入ってきていなかった。


「前にも話したと思うが、私は罪滅ぼしのためにここにいるのだ。そのルールを破るわけにはいかない」


 人間の世界に降り、そこで困っている人間を一人救済せよ。ただし直接姿を見せたり、声をかけて話したりしてはいけない。相手に自分がどういった経緯でこんなことをしているのか、本当のことを認知されてもいけない。それがウリエルに課せられた罰だった。

 要は上手くはぐらかせということである。


「……そこら辺を飛んでた気のいい天使が助けてくれたんじゃないかな」


 そして祐二はそれを実行した。咄嗟の思いつきで口から出任せを放った祐二だったが、それを受けて時子は疑問を持ったように目を細めた。


「そんな理由で?」

「天使の中にも良い人はいるってことだよ」

「後先考えないで動くような天使が?」

「もちろん。そういうのがいたっておかしくないでしょ。もちろん滅多に起きないことなんだけど、時子さんのブレない気持ちが奇跡を呼んだんだよ」

「そう……」


 時子からの追求に祐二が食い下がる。ストレスと罪悪感で胸が押し潰されそうだった。興味深げにこちらを見つめてくるアテナとウリエルの視線もまた、彼の心労を増長させた。

 一方でそれを聞いた時子は、暫くの間祐二に疑いの目を向け続けた。祐二は生きた心地がしなかった。しかしそんな内心滝の汗を流していた祐二の目のまで、彼女は不意に体から力を抜いた。


「わかった。信じるわ」


 そう言った後、彼女はいつもの優しげな表情に戻った。そして心中を読まれまいと無表情で自分を見つめてくる祐二に対し、穏やかな声で言った。


「全部信じる」

「えっ、本当に?」

「ええ」

「どうして?」

「だって祐二君がそう言ってるんだもの」


 そう返しながら、時子が祐二を見つめる。疑念の無い、子供のように純真な輝きがそこにあった。


「祐二君なら信じられる。私はいつもそう思ってるから」

「は、ははは……」


 時子からの全幅の信頼を感じる。

 祐二は針山の上に正座させられているような気分になった。





 パラケルススが一階に降りてきたのは、それからすぐのことだった。


「みんなはどうしたんだ?」

「ご主人様方が無事だとわかって、安心して眠っちゃったッス」


 全員部屋に運び終えたところだとパラケルススから報告を受け、時子は申し訳なさそうな顔を浮かべて言った。


「あの子達に迷惑をかけてしまったみたいね」

「気にすることないッスよ。悪いのは向こうの方ッスから」


 そう返しながらパラケルススがちゃっかり祐二の隣の席に座る。その二人を見ながら、時子がおもむろに口を開いた。


「ねえ、二人はあのゲームやってるのよね?」

「あのゲーム?」

「サンサーラなんとかいう奴ッスか?」


 パラケルススからの問いかけに時子が頷く。それから時子は再び祐二達に目を向けて言った。


「私もそのゲームやってみようかと思うの」


 祐二は唖然とした表情を浮かべ、パラケルススは愉快そうに口笛を吹いた。そして「そういうのなら大歓迎ッスよ」と機嫌良く言ったパラケルススの横で、祐二が信じられないと言いたげな口調で時子に問いかけた。


「本気で言ってるの?」

「ええ。結構真面目に考えてるつもりよ」

「でもなんでいきなり」

「今の私って、その、ゲームをしないで守護ってものを降ろしてる状態なんでしょ? なんだかズルしてるみたいで居心地が悪いのよ」

「だからゲームやって、正式に守護を降ろしたいって訳ッスね」


 パラケルススからの言葉を聞いて時子がうなずく。そしてそれを受けたパラケルススはすぐに祐二の方を向き、目を輝かせて言った。


「いいじゃないッスか。やらせてあげましょうよ。それとせっかくだしうちのギルドに入らせましょう」

「スターターキットならこちらで用意しよう。正確に言えば、もう手元にあるのだがな」


 そして祐二の背後ではアテナがゲームのパッケージを持ちながら彼に話しかけていた。その光景は時子には箱が独りでに宙に浮いていたように見えたが、彼女はそれを見て大きく驚くことはしなかった。


「祐二君、今君の隣に神がいるの?」

「えっ」


 神と悪魔の言葉に意識を傾けていた祐二に時子が話しかける。それを聞いた祐二は咄嗟に返事をし、そして一拍遅れて彼女の言葉を理解した祐二が宙に浮く箱を見ながら時子に言った。


「あ、ああ、そうだよ」

「祐二君以外には見えないのよね?」

「まあそうなるかな。正確にはあと一人いるんだけど」

「守護の姿が見えるの?」

「うん。話も出来るよ」

「じゃあ、その守護は私のことをどう思ってるの?」


 時子に請われて、祐二が後ろにいたアテナに肩越しに視線を送る。それを受けて、アテナは一度頷いてから彼に言った。


「その者に伝えよ。我々はいつでもそなたを歓迎するとな」


 それを聞いた祐二は時子の方に向き直り、アテナから言われた言葉をそのまま彼女に伝えた。その直後、それを見ていたパラケルススは時子に対して「現人神っていうのは神と人の仲介人みたいなモンす」と説明した。


「つまり、私が参加しても大丈夫ってことよね」


 そして二人の言葉を聞いた時子は顔を輝かせた。祐二とパラケルススはその見るからに嬉しそうな顔を見て、そんな彼女の希望を拒絶することがどれだけ困難であるかを悟った。


「本当にいいんですか?」


 アテナからパッケージを受け取りながら、祐二が最終確認の意味も含めて時子に問いかける。時子はすぐに「ええ」と答え、そのまま二人に言った。


「お願い。私にもやらせて。足手まといにはならないから」





「おりゃああああっ!」


 それから三十分後、祐二はログインとキャラクターメイキングを終えた時子と共に、海の迷宮に来ていた。パラケルススと美沙、そして話を聞いてやってきた浅葱も一緒だった。


「だああああっ!」


 そして現在、彼らは海の迷宮第一階層にて時子の「戦闘訓練」につき合っていた。時子が一人で前線に立ち、他の面々は一歩後ろに下がってその様子を見守っていた。祐二達はいつでも飛び出せるように身構えていたが、今のところ助け船が必要になる気配は皆無だった。


「あははっ! 楽しい!」

「……普通に戦えてんじゃん」


 その様子を見た美沙は真っ先にそう言った。もともとこの訓練は、ぽやぽやしていて荒事とは無縁そうだった時子のために祐二が企画したものであったのだが、実際は彼女一人で充分戦えたのだった。


「凄いですねあの人。ノリノリじゃないですか」


 ほぼ下着のようにしか見えない軽装の防具を身につけ、身の丈ほどもある両刃の大斧を振り回して骸骨兵士を薙ぎ払う時子を見て、魔法使いである浅葱が羨望の眼差しを浮かべた。隣に立っていたパラケルススが彼女に続けて言った。


「まあ、自分でウォリアー選んでる時点で戦う気はバリバリだったと思うんスけどね」


 ウォリアー。祐二の選んでいたナイトと同じく近接特化のジョブであるが、その本質はナイトに比べて攻撃に特化したものであった。物理攻撃力に関しては他の追随を許さなかったが、反面防御力は紙切れ程度のものしか無かった。

 しかし当の時子はそんなことなど眼中にないと言わんばかりに敵の集団に特攻し、自身もボコボコにされながらもその敵集団を一網打尽にしていたのだった。演出として噴き出す汗と血飛沫をまき散らしながら雄叫びと共に敵を叩き潰していくその有様は、まさに戦鬼であった。


「広範囲の敵を同時に攻撃出来るってやっぱり強いわよね。私もウォリアーにすれば良かったかしら?」


 ハンターである美沙がのんきに感想を述べていたが、一方で祐二はその様子を見て呆然としていた。自分の近しい人物の過激すぎる一面を目の当たりにして、衝撃のあまり口を開けたままその場に突っ立っていたのだった。


「やったよ祐二君! またレベルアップしちゃった!」


 そんな祐二の元へ、血塗れになった時子が満面の笑みを浮かべながら駆け寄ってきた。その手には柄から刃先に至るまで真っ赤に染まった大斧が握られ、足を前に踏み出す度にそのたわわに実った胸が鞠のように弾んでいた。色んな意味で危険な光景だった。


「ねえねえ、これで私も充分強くなったかな? どうかな?」

「ああ、うん、まあ」


 そして自分の前に近づくなり子供のように喜んでみせる時子を前にして、祐二は満足に言葉を返すことが出来なかった。目の前の光景があまりにも強烈で、なんと声をかけていいのかわからなかったのだ。


「18禁?」

「少なくとも教育には悪そうですよね」

「論外よあんなの」


 そんな祐二の混乱をよそに、外野は好き勝手騒いでいた。せめてもう少し露出の少ない防具を用意しておこうとは考えていたが、今の困り果てている祐二に助け船を出そうとは考えていなかった。


「でも面白いからもう少し見物していたいッス」

「それは同意ね」

「人の不幸は蜜の味ですね」


 三人は本当に良い性格をしていた。

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