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「ワンサイドゲーム」

 雪像が包丁を三度振り上げる。その矛先は祐二に向けられていた。


「いいぞ、こい!」


 スキルを使い自身の防御力を底上げしながら祐二がそれを迎え撃つ。その脳天めがけて、雪像が手にした包丁を振り下ろす。

 祐二が盾を頭上に構える。肉厚の刃と盾の表面が激突する。

 次の瞬間、祐二の体が枯れ葉のように吹き飛ばされていった。


「祐二!」


 肉切り包丁が地面を叩く轟音を聞きながら、美沙が真後ろに飛んでいく祐二の姿を見て叫ぶ。パラケルススは口を開けたまま呆然と立ち尽くしていた。


「ああ、くそっ!」


 一方、完全に力負けした祐二は何度か地面をバウンドした後、片膝立ちの姿勢のまま地面を後ろに滑っていく。そしてなんとか立ち止まって顔を上げた祐二は、自分のすぐ眼前に雪像がたちはだかっていることに気がついた。


「まっぷたつだあ」

「祐二!」


 雪像が重々しく言い放ち、腕を持ち上げる。美沙が咄嗟にボウガンを構え、引き金を引く。

 炎を纏った矢が風を引き裂き、一直線に雪像の腕に刺さる。不意の攻撃を受け、雪像が動きを止めながら後ろに下がる。


「うおお、このやろおう」


 雪像が痛々しく呻きながら、その顔を美沙の方に向ける。それと同時にパラケルススが魔法陣を構築した方の手を前に突き出し、そこから火の玉を撃ち出した。

 火の玉が雪像の肘に直撃する。着弾点から爆発が起こり、肘から先が地面に落ちる。切断面からは水蒸気が吹き上がり、雪像は言葉にならない悲痛の叫びをあげながら大きく後ずさる。


「くそ、くそ、このやろう!」

「こいつ、思ったより強くないかもッス」


 魔法陣を構築し直して次の魔法を準備しながら、パラケルススが意外そうに言い放つ。炎の矢を装填し直しながら美沙がそれに頷いて答えた。


「確かに見かけ倒しかもしれないわね。攻撃力は高そうだけど」

「単にガード不能の攻撃だったかもしれないッスよ」

「ガード不能? あ、そうか。そっちの方は考えてなかった。確かにそれもあるかも」


 パラケルススから話を聞いた美沙はそれを説明しようと祐二に声をかけた。必死に雪像の臑を斬っていた祐二はそれを聞いて、焦りながら美沙に答えた。


「ガードできないってマジか?」

「推測かもしれないけど」

「また面倒な仕様を!」


 そう言い放ちながら祐二が横薙ぎに斬り払う。その瞬間、彼の斬っていた足の臑から下の部分が切り離され、片足を失った雪像がバランスを崩して仰向けに倒れる。


「祐二!」

「わかってる!」


 美沙の声に答えながら、祐二がすぐさま雪像の体の上に乗り上げる。彼はそのまま臑から腹を伝って顔まで進み、そして顔にある三つの穴の内の下側にある一つに向けて剣を突き刺した。


「ぎいいいいいい」


 直後、雪像が金切り声を放つ。ガラス板を爪で引っかいたような、非常に甲高く不愉快な音だった。祐二は思わず耳を塞ぎたくなったが、それでも振り落とされまいと必死に耐えた。

 その間も雪像は手足をばたつかせ、体を大きく左右に揺らし、苦痛に苦しみ悶えながらも祐二を体から引き剥がそうとする。対して祐二は剣を穴の中に突き刺し続け、それにしがみついて死に物狂いで対抗した。


「ぎ、ぎ、ぎ」

「うるせえ!」


 雪像が叫び、祐二が負けじと叫び返す。雪像が体を揺らせば、それに応じて祐二も全身に力を込めてそれに対抗する。

 その応酬も長くは続かなかった。やがて雪像は動きを止め、金切り声も止み本当の像のようにその場に倒れ伏した。相手が完全に動きを止めたことを知った祐二は剣を引き抜き、慎重にそこから地面に飛び降りた。そしてそんな彼の元に美沙とパラケルススが走り寄っていく。


「祐二!」

「やったッスね!」


 二人が嬉しそうに笑みを浮かべながら声をかける。祐二も達成感に満ちた表情を浮かべたが、三人はすぐに平静を取り戻した。


「なんか呆気なかったわね」


 最初に美沙が口を開いた。パラケルススも「結局図体だけみたいだったッスね」と同意し、祐二も軽く首を回しながら言った。


「凄かったのは攻撃力だけだったみたいだな」

「いや、攻撃もそんなでも無いんじゃないかしら?」

「そうか?」

「自分のHP見てみなさいよ」


 美沙に言われて祐二が自分のHPを確認する。彼の視界の隅に表示された自身のHPゲージは僅かしか減っていなかった。


「あ、ほんとだ」

「完全に見かけ倒しだったわけね」

「緊張して損したッス」


 パラケルススの言葉に続くように、後の二人も完全に肩から力を抜く。三人とも既に闘いは終わったと思いこんでいた。


「ん?」


 だから一番最初にそれを見た祐二は、周りから見てもそれとわかるくらいに動揺した。目を大きく見開いて口をひきつらせ、額から嫌な汗を流していた。


「なに? どうしたのよ?」


 異変に気づいた美沙が問いかける。祐二は前方を指さしながら、ただ「あれ」とだけ答えた。


「あれ?」

「あれってなんスか?」


 美沙とパラケルススが同時にそちらに目を向ける。そして二人も祐二と同じ反応を見せた。


「さっきの」

「どんだけいんだよ」


 そこにいたのは、先ほど祐二達が倒したのと同じ姿をした雪像であった。彼らを驚かせたのは、それが近くに八体も現れていたことだった。


「さすがにあの数はまずいな。正直やってられんぞ」

「単純に数が多すぎるッス。攻撃は大したことなくても、集団でボコられたらどうしようもないッス」

「待って。まだこっちに気づいたとは限らないわ。このまま逃げればまだ」


 美沙がそこまで言った瞬間、雪像の一体がこちらに気づいた。そしてそれに続くようにして、残りの七体も一斉に祐二達の方を向いた。

 三人は一瞬死を覚悟した。


「あ、まずい」

「まだだ! まだここからなら逃げきれる!」


 諦めの声を出したパラケルススに、己を鼓舞するかのように祐二が声を返す。次に祐二は美沙の方を向き、彼女にも声をかけた。


「おい! 早く逃げ」


 そこで祐二が言葉を詰まらせた。彼の眼前で美沙が氷漬けにされていたからだ。それも今度は下半身だけなく、全身氷のオブジェと化していた。

 一瞬の出来事であった。


「……なんで?」

「ご主人様、あれ!」


 唖然とする祐二の鎧を小突きながら、パラケルススが背後を指さす。それに気づいて祐二が振り向くと、そこには人間と同じ大きさを持った三つの雪の結晶が浮いていた。

 つい先ほど、美沙を凍らせたのと同じモンスターだった。


「おい、挟み撃ちかよ」

「あ、これやばくないッスか?」


 祐二が苦虫を噛み潰した表情を浮かべ、パラケルススが悟りを開いたような顔で言った。そんな三人に向けて七体の雪像と三個の結晶が一斉に迫る。

 美沙を置いて行くわけにもいかない。祐二とパラケルススは意を決し、美沙を挟むようにして背を向けあいながらモンスターを迎え撃った。


「パラケルスス」

「うん?」


 その体勢になってから、不意に祐二が声をかける。肩越しに振り返ったパラケルススに祐二が言った。


「奇跡を起こすぞ」

「……うッス!」


 祐二の言葉にパラケルススが強く頷く。そして祐二は盾と剣を、パラケルススは剣と魔法陣を構え、迫り来る敵の大群に立ち向かった。





「ダメだやっぱ」

「死人に口なし」


 数分後、祐二と美沙、そしてパラケルススの三人は揃って氷河の街の片隅にまとめて打ち捨てられていた。全員HPがゼロになり、揃ってリスポーン地点であるここに戻されたのであった。


「もう少し稼いだ方がいいかもしれないッスね」

「そうだな」

「ところで、そっちの人は大丈夫そうッスか?」

「まだ気絶してるみたいだ。当分は目覚めないだろうな」


 横で倒れていた美沙に目を向けながら、祐二が困ったように目を細める。それから二人は美沙を担ぎ、祐二のマイホームまで戻ることに決めた。


「暫くはレベリングだな」

「あとは装備も確保しないとッスね」

「新しいイベントも始まるらしいし、そろそろ準備しないとな」

「そういえばここ、レベルとか防御力とかよりも属性耐性に気をつけて装備整えていった方がいいらしいッスよ」

「そうなのか?」


 本気で問いかけてきた祐二を見て、パラケルススが「取扱説明書くらい見た方がいいッスよ」と苦言を呈する。


「俺の場合は習うより慣れろなんだよ」

「そんなのでよくここまでやれたッスね」


 またしても呆れたように言ってくるパラケルススを無視して、祐二が自身のマイホームに続く扉を出現させる。そしてパラケルススに向かって「ほら、行くぞ」と促しながら、その扉を開けて中に入っていった。


「藤原浅葱です。イラストが完成したので、もしよろしければ現実世界で一度お会いしませんか?」


 祐二が自身のメールフォルダの中にそのような文面のメールが送られてきたことに気づいたのは、三人がマイホームに戻ってすぐのことだった。

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