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「しまうま」

 それから数分後、祐二達はゲームの中にいた。ここで会ったのも何かの縁と、祐二、美沙、浅葱の三人でギルドを作るためである。


「ギルドっていうのは知ってますよね?」

「まあ、それくらいは」


 ギルドとは気の知れた者同士で作るグループのことである。同じギルドのメンバーでパーティを作ると、アイテムのドロップ率や経験値の獲得率にプラス補正がかかるようになる。

 祐二達はそれを作ること自体に異論は無かった。というより、ここで浅葱から提案されるまでその存在を知らなかったのだ。


「でも、ヘッドギア持ってきてないですよ」

「あれが無いとログイン出来ないぞ」


 しかし祐二達はログインに必要なヘッドギアを持ってきていなかった。そして浅葱の家にもヘッドギアは一つしか無かった。

 なので祐二達は一度自分達の家に帰ってから改めてログインしようと考えていた。しかしそう思った直後、彼らの分のヘッドギアを守護である「アテナ」と「セクメト」がどこからともなくヘッドギアを一個ずつ取り出してきたのだった。


「困っているのだろう? これを使うが良い」

「どこから?」

「必要になるかと思って、予備の分を持ってきました」

「予備? どこから?」

「どこでもよかろう。神に不可能はないのだ」


 獅子頭の女神セクメトの言葉を聞いた祐二が片方の眉を吊り上げ、それに対してアテナがきっぱりと答える。それを聞いた祐二と美沙は少し戸惑ったが、悩むのもそこそこにそれを受け取った。この時浅葱の目には何もない空間に向かって話しかけ、それからどこからともなく出現したヘッドセットを受け取る祐二と美沙の姿しか映っていなかった。


「さっきのは?」

「現人神は神の姿が見えるんですよ」

「じゃああそこに神様がいたんですか?」

「そういうことになりますね」


 浅葱からの質問に美沙が答える。浅葱はそれを聞いて「それは面白そうですね」と目を輝かせた。それ以上に過剰な反応は見せなかったのは祐二達にとって幸いだった。

 それから三人はヘッドギアを装着し、ゲームにログインを開始した。その様子を横で見ていたパラケルススは「後からこっちも向かうからそっちで待っていてほしいッス」と言ってきた。


「いいんですか?」

「パラケルススに任せよう」


 浅葱の質問に祐二が答える。美沙と浅葱はそれを了承し、三人揃ってオンラインの中に向かった。


「じゃあまずはフレンド登録しましょう」


 それから「氷河の街」にある中央の浮島に集まった三人は、そこで最初にフレンド登録を済ませた。こうすることでそれぞれのマイホームの中に入ることが可能となるのであった。


「マイホームの中なら話も聞かれないし、せっかくだからそこで話し合いましょう」

「わかりました」

「藤原さんの場所でですか?」

「せっかくだしそうしましょうか」

「あたしもフレンド登録してほしいッス」


 気がつけばパラケルススもその輪の中に入っていた。祐二達はその神出鬼没ぶりに驚きながらも、現実世界と変わらず燕尾服姿の悪魔を見ながらそれを了承した。


「IDコードは? それが無いと登録出来ないぞ」

「じゃあこれ使ってほしいッス」


 祐二からの問いかけにパラケルススが答え、手のひらを開く。その掌の上に光る文字で記された、十二の英数字で構成された文字列が出現した。


「これがコード?」

「そうッス」


 パラケルススが即答する。半信半疑ながらも祐二が入力してみると、メニューディスプレイの中に「フレンド登録が認証されました」という文章が表示された。


「本当に出来たよ」

「どうなってるの?」


 祐二のディスプレイを横から見ながら美沙が言葉を漏らす。それから美沙と浅葱もパラケルススの見せたコードを入力したが、やはり祐二と同様にフレンド登録を認証する文面が表示された。


「ここのシステムどうなってんのよ?」

「不思議ですねえ」


 美沙が眉をひそめ、浅葱がマイペースに感想を述べる。そうこう言いながらも無事にフレンド登録を済ませた四人は、そのまま浅葱のマイホームに向かうことになった。


「じゃあ今から開けますね」


 まず浅葱がメニューディスプレイを開き、ウインドウをスライドさせてトラベル画面を表示させる。そこには現時点で移動できる各拠点の名前が表示されており、浅葱はその中にある「マイホーム」の文字列を指でタッチした。

 直後、四人の目の前に白塗りの扉が出現した。驚いたのはパラケルススだけだった。


「じゃあ入ってください」


 そのドアを開けながら浅葱が言った。開かれたドアの向こうからは光が溢れだし、中の様子を視認することは不可能だった。

 そして浅葱の言葉に応えるように最初に美沙が、次に祐二がドアの奥へ入っていく。最後にパラケルススが若干躊躇った後、意を決して大股で光の中へ歩を進める。


「おお!」


 中に入ったパラケルススが思わず歓声を上げる。しかしその熱気はすぐに消え失せ、どこか失望さえこもった声で言葉を漏らした。


「……なんかしょっぱいッスね」


 中身は祐二のいた場所と同じで全面真っ白であった。面白味も何もない無味乾燥な空間に立ったパラケルススは見るからに表情を曇らせた。しかし三人はそんな悪魔そっちのけでマイホームの真ん中に腰を下ろし、さっそく浅葱の方から話を切り出した。


「じゃあまずギルドを作る前に、まずはギルド守護を決めましょうか」

「ギルド守護って、ああ、あれか」

「ギルド全体の守護ね。確かギルド守護に設定した奴と同じ守護を降ろすと、同一守護ボーナスがもらえるのよね」

「でもあれ雀の涙だろ? あんまり気にしない方がいいだろ」


 美沙の説明に祐二が言葉を挟む。それに美沙と浅葱も同意し、適当に選ぶことに決まった。しかし輪を作った四人に囲まれた床の上に表示されたギルド作成画面を見る祐二の頭の中で、それに反対する声が上がった。


「適当だと? バカなことを言うな。そういうことはちゃんと吟味して決めるのだ」

「うるさいな。経験値補正プラス1%なんかなんの足しにもならねえよ」


 アテナの言葉に祐二が脳内で反論する。その間にも意識の外では会議が続けられていた。


「それで、誰にします? 確かこれって後からでも変更できるんですよね?」

「そうですね。なのでとりあえず、ワダツミってことにしておいていいですか?」

「別にいいですよ。祐二もそれでいいよね?」


 美沙から問いかけられ、我を取り戻した祐二も「それでいいと思う」と答えた。そうしてギルド守護を決めた後、四人は次にギルドの名前を決めることにした。


「で、どうしよう」

「あんまり格好つけた名前は勘弁してほしいわね」

「同じ名前も使えませんからね。あんまり使われてなさそうな名前でやってみましょうか」


 浅葱がそう言いながら、床の上にあるウインドウ下部にある五十音表をタッチして名前を入力してみる。


「ああああ」


 表の上部に浅葱が入力した通りの文字列が出現した。そして入力後、浅葱が決定ボタンを押す。

 直後「その名前は既に使われております」というメッセージが表示された。


「あ、駄目か」

「ていうか本当に使ってるところあるのね」

「面倒くさがりはどこにでもいるんだな」

「ぐぬぬ、だったら」


 美沙と祐二の言葉をよそに、浅葱が再度文字を入力する。


「あああああ」


 その名前は既に使われております。またしてもその表示を見させられて、浅葱は思わず表情を固くした。


「これも駄目なの?」

「さすがに一文字増やしただけじゃ駄目か」

「面倒くさがりって結構多いんだな」


 祐二が呆れたように言う横で、今度は美沙が文字表をタッチしていく。そして「これでどうかな?」と言いながら単語を入力し、決定ボタンを押す。


「しまうま」


 これでよろしいですか? それまでとは違う文字列が表示される。言われるまま美沙が決定ボタンを押す。


「おめでとうございます! ギルドしまうまが承認されました!」


 その文面を見た美沙が目を点にする。祐二と浅葱とパラケルススもそれに気づき、揃ってその文面に目をやる。


「認証されちゃった」


 美沙が呆然と呟く。誕生したギルド名を見ながら祐二が言った。


「しまうま?」

「しまうまって、あの動物のシマウマ?」

「何か理由があるッスか?」


 浅葱が疑問系で言った後で、パラケルススが美沙に問いかける。美沙は首を横に振って「適当に入れてみた」と返した。


「まさか本当に通るなんて」

「カタカナだったらアウトだったかもしれないな」

「でもいいんじゃないですか? しまうまって結構特徴的だと思いますし」


 祐二が持論を語り、浅葱がフォローを入れていく。それに対して美沙は「なんかごめん」と謝ったが、他三人は怒ることなく笑って返した。


「まあいいんじゃないッスか? 横文字の羅列よりずっと慣れやすいし」

「普通でいいと思うぞ。それに変に悩むよりもずっといい」

「そうですよ。このまま行きましょう」


 そんな周りからの言葉を聞いて、美沙もそれ以上悩むのを止めた。その後浅葱は「じゃあ私はこれから絵を描き直しますね」と言い、それを契機にして今日はこの辺りで解散することになった。


「絵を描くのにどれくらいかかりますか?」

「とりあえず一週間くらい期間をもらっていいですか?」

「わかりました。ギルドメンバーで本格的に動くのはそれからですね」


 それから数分後、四人は一斉にログアウトした。そのまま祐二と美沙とパラケルススは浅葱の家を後にし、品川区の中を「泳いで」品川駅に向かった。


「じゃあここで私達も解散ね」

「そうだな」

「また明日ッス」


 そこで三人も解散し、それぞれの家路についた。





 祐二が孤児院に着いた時、時刻は午後五時をすぎていた。中々に充実した一日だった。赤い夕日の光を受けつつ、祐二はどことなく満たされた気分を味わいながら孤児院のドアを開けた。


「祐二君?」


 しかし祐二の「楽しい時間」は、玄関のドアを開けた瞬間終わりを告げた。


「やっと帰ってきたのね?」


 そこには満面の笑みを浮かべつつ、こめかみをひくつかせながら腕を組んで仁王立ちする榊時子の姿があった。


「ちょっとお話があるんだけど、いいかしら?」


 何かまずいことしたっけ? 祐二にそのことを思考する余裕はなかった。彼は静かに激昂した時子に言われるまま一緒にリビングに移動し、そこで「昼間のこと」についてじっくりと搾られたのであった。


「今日の昼頃、品川区にて男女二人が水の中に飛び込むという痛ましい事件が発生しました。警察は無理心中と見て捜査を進めており……」


 その間、リビングに置かれていたテレビではそのようなニュースが流れていた。そこには祐二と美沙が水の中に飛び込む姿がばっちり映っていた。

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