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「ゴッド家庭訪問」

「失礼ですが、あなたはどのような方なのでしょうか?」

「私は神だ」


 時子に連れられて台所と隣接したリビングに腰を下ろしたアテナは、そこで時子からの問いかけにそう答えた。その口振りに迷いはなく、兜と鎧を着込んだまま振る舞われたコーヒーを飲む姿にも後ろめたさは無く、威風堂々たる佇まいを備えていた。

 ちなみに子供達は一階隅にある談話室に集められ、パラケルススと年長組に面倒を任せていた。今ここには祐二と時子、そしてアテナしか残っていなかった。


「な、なるほど……」


 一方でそれを聞いた時子はややひきつった笑みを浮かべていた。無理もない。祐二は胃がキリキリ痛むのを感じながらアテナ――ゲームの世界にいるはずの存在を見つめていた。


「なるほど、神ですか。それではあなた、アテナさん……アテナ様の方がいいのかしら?」

「さん付けで構わぬ。そなたは安藤祐二の親類なのであろう? 変に畏まる必要はない」

「そ、そうですか。ではアテナさん」


 そこで一度小さく咳払いをして、かすれた声を治しながら時子が続けて言った。


「あなたは一体何者なのですか? 祐二君とどんな関係があるのですか?」

「祐二? ああ、その隣にいる童か。なんだ、そなた何も話していないのか」


 アテナが視線を祐二に移す。つられて時子も視線を横にいる祐二に向ける。祐二は額から嫌な汗を流した。


「祐二君、こちらの方とはどんな関係なの?」


 時子が強い語調で問いかける。祐二は言葉に詰まった。どうやって説明すればいいのかわからなかったのだ。ゲームの存在が現実に出現したなどと、どう言えばいいのだ?


「えーっと、その」

「その者は現人神なのだ」


 と、そう祐二が迷っていた所で、アテナが助け船を出した。一瞬祐二は希望を覚えたが、それは実は初見の相手に対する配慮も何も無い発言だとすぐに気づいた。フォローを期待した祐二にとって、それはさらにまずい状況に自分達を貶めていく泥船でもあったのだった。

 案の定、時子は目尻を僅かに痙攣させていた。彼女が苛立っている時に見せる仕草だ。きっと自分が何も知らされていないことについて怒っているに違いない。隣に座っていた祐二は生きた心地がしなかった。


「アテナさん、現人神とは?」

「なんと、現人神のことも教えられておらんのか……まあよい。なら全て教えてしんぜよう。現人神とはずばり、神に選ばれし存在なのだ」


 だがそんな祐二の心配などお構いなしに、時子はいつも通りの声色でアテナに尋ねた。アテナも相手の心境などお構いなしに祐二の秘密をベラベラと喋っていった。


「選ばれし存在といっても、別に布教や信仰をするのではない。現人神というのもただの肩書きにすぎん。現人神とは、言うなれば何でも屋だ」

「何でも屋?」

「ゲーム中の問題処理や違反行為を行った者への処罰が主な活動内容だな。行き過ぎた行いをする者に対処し、ゲームの治安を維持するのが目的だ」

「警察のような役職なのでしょうか?」

「有り体に言えばそうなるな。もっとも現人神が直接犯人を捕まえることは無いがな。無力化するまでが現人神の仕事だ。裁くのは神の仕事だ」


 神、と言う言葉を聞いたところで、時子がまたしても目尻を痙攣させる。しかし声色はそのままでアテナに問いかけた。


「神とは? ゲームを作った方々のことでしょうか?」

「確かにそうとも言える。しかし神は神だ。そなたの目の前にいるこの私のような存在だ。人間ではない」

「……というと?」

「我々がゲームを作った。我々は居場所を求め、それを作ったのだ。そしてそのゲームを利用し、我々はこちらの世界に復活を果たすことが出来たのだ」

「は?」


 時子が鳩が豆鉄砲食らったような表情を浮かべる。祐二にしたところで何がなんだかさっぱりだった。

 そうして呆然としていた人間二人を前にして、今度はアテナが一度咳払いしてから言った。


「すまない。少し話が脱線してしまったな。とにかく私は神で、そこの現人神である安藤祐二に使われている身なのだ。これには守護というシステムが絡んでいるのだ」

「守護?」


 我を取り戻した時子が問いかける。それに対してアテナが「守護」のことに関して説明を始める。そしてその説明を聞いた時子は納得したように頷いた。


「つまり、守護を降ろすことでプレイヤーを強化することが出来るのですね」

「そういうことだ。そして守護を降ろした状態で戦い続けるとその降ろしていた守護に信仰値が溜まる。信仰値が溜まれば守護から得られる力も大きくなる」

「よく出来ているんですね」


 時子が感心したように呟く。その様子を見ながらアテナが続けた。


「そして信仰値を一定量溜めると、現実の世界でも守護を降ろせるようになる」

「は?」


 祐二が先に驚きの声を発する。時子は訳が分からず目を点にする。アテナが構わず続ける。


「最新アップデートによる追加効果だ。現実の世界で生き抜くための手段だな」

「ちょ、ちょっと、どういう意味だ」

「言葉通りだ。外が今どのような状況になっているか、知らぬはずがあるまい」


 アテナに言われ、祐二と時子が早朝に窓の外から見た光景を思い出した。その二人を見ながらアテナが言った。


「あの天使と悪魔は、どちらもあのゲームの中から現れた存在なのだ。そしてあ奴らは自分の下につかなかった人間に対しては非常に暴力的になる。そうなった時、それらから身を守るには人間の武器では力不足なのだ。あ奴らに対抗するための力、それが守護なのだ」

「え、え?」


 時子が目に見えて狼狽する。見かねた祐二が小声で時子に話しかける。


「俺の今やってるゲーム、結果が現実世界に反映されるみたいなんだよ」

「えっ、なんなのそれは?」

「俺も詳しい仕組みはよくわかんないけど、そういうことになってるんだよ」

「その通りだ。今こちらの世界に現れているのは、皆ゲームに出てきた者達なのだ」


 祐二の言葉にあわせてアテナが言った。二人の言葉を聞いた時子は怪訝な表情を浮かべた。祐二は「そんな顔されても困るよ」と返し、アテナも「これが真実なのだ」と何故か得意げに言った。


「とにかく、これから先は外出するのにも守護を降ろす必要があるだろうな。ゲームと同じように、現実世界でもエンカウントが発生するかもしれないからな」

「エンカウントって、天使と悪魔に襲われるってことか?」

「そういうことだ。あ奴らは異分子には容赦しないからな。見つけ次第すぐに襲われることは無いだろうが、絶対安全とも言えないな」

「だから守護を降ろす必要があるのか」


 アテナの言葉に祐二が返す。アテナは無言で首を縦に振り、そしてそれを見た祐二がさらに言った。


「じゃあゲームやってない人は? 守護降ろしてない人はどうするんだ?」

「襲われないのを祈るしかないな。もしくは今からゲームをプレイして、守護を降ろして信仰値を溜めるかだな」

「その信仰値は、現実世界では溜められないんですか?」

「無理だ。神は基本的にあちらの世界にいる。充分な信仰を得られた者のみが、その分身をこちらに顕現することが出来るのだ」


 アテナが断言する。詳しい意味はわからなかったが、そのハッキリと言い切られた言葉の中には強い説得力があった。現にそれを聞いた祐二と時子は、無意識の内に「ああ、そうなのか」とまるで仕える神から神託を受けたかのように納得してしまった。


「もしどうしても守護を降ろしたいと言うのであれば、こういうのがあるぞ」


 そんな熱心な神官のような心境にあった二人の目の前に、アテナがどこからともなく取り出した箱を置いた。胸元を覆い隠すほどの大きさを持ったそれは、表面に「ベスト版仕様」と大きく書かれていた。


「サンサーラ・サーガ・オンライン、絶賛発売中。そなたも神を降ろして、迷宮の奥に眠る秘宝を探り当てよう。イベントクエストも続々配信予定。さあ、今の内にスタートダッシュだ」


 そして厳めしい口調で宣伝を始めたアテナを見て、祐二と美沙の意識は一気に現実へと引き戻された。そしてアテナは「まずは試してみてくれ。また欲しかったら呼んでくれ」と言いながらテーブルの上に箱を残し、時子の制止の声も聞かずに椅子から立ち上がった。


「あれ、帰るのか? ていうかどこに帰るんだ?」


 普通に玄関に向かおうとしたアテナを見て、祐二が驚きの声を上げる。アテナはリビングから出ようとしたところで立ち止まり、振り返って祐二を見ながら彼に言った。


「なに、すぐに戻ってくる。一度ここから出て、常人には見えない状態に変化してから、もう一度そなたの下に戻ってくるだけだ。守護の役割はちゃんと完遂する」

「見えない状態に? なんでそんな回りくどいことを?」

「簡単だ。そもそも守護は、現人神以外には姿を見せてはいけないことになっているのだ。現人神以外の人間に直接干渉してはいけない、と言うべきかな」


 祐二が驚いた声を上げる。時子は目を見開き、現時点でハッキリ見えているアテナの姿を凝視する。


「え、マジで?」

「今ちゃんと見えてるんですけど」

「そなたは特別だ。そなたは悪人ではなさそうだし、何より祐二の親類なのであろう? ならば姿を見せても問題は無いと思ってな」


 あまり言いふらさないでくれよ。そう時子に向かって言った後、アテナは再び玄関に向かって歩き始めた。少し呆然とした後、時子は慌ててその跡を追ったが、彼女が玄関口に着いたときには既にそこにアテナの姿は無かった。ドアの鍵は閉まったままだった。


「……何がどうなってるの?」


 自分達以外誰もいない玄関で立ち尽くしながら、時子が呆然とした口調で言った。後ろにいた祐二はどう答えを返そうか暫く迷った後、彼女の横に立ちながら努めて平静を保ちつつ口を開いた。


「そういう理屈なんだって納得するしかないよ」


 我ながら全然フォローになってなかった。

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