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「来客」

 イベント「ハルマゲドン」の最終結果発表は、祐二達がミカエルを打ち倒した二日後に行われた。最後までイベントをやり遂げ、広場の悪魔から装備を受け取り喜びに浸っていた祐二達はそれについて深刻に考えるようなことはしなかった。

 そしてそれは他のプレイヤーも同じだった。中にはこの結果が現実に反映されることに薄々と感づき、これから世界はどうなるのだろうかと思い悩む者もいた。しかしその「ギミック」に気づいてなおそれを気にする者は全体から見れば少数であり、大半のプレイヤーは軽い気持ちでゲームを進めていた。


「そう言えばさ、あの告知見たかよ」


 そして結果発表前日、大多数のプレイヤーの興味はそれとは全く別の物に向けられていた。熱砂の街の酒場に集まっていたプレイヤー達は一斉にメニューディスプレイを開き、そこの受信メール一覧と表示されたディスプレイの中にある「運営からの告知」という題名のメールに目を通していた。

 第一回大型アップデート。追加コンテンツ実装。そのメールの最上段にはそう大文字で書かれていた。


「へえ、新しくイベントが来るのか」

「ダンジョンと街も追加されるってな」

「装備も増えるのか。バランス調整ちゃんとしてるのか?」

「レベルキャップ解放早くしてくれよ」


 酒場のあちこちでメールの内容についての雑談や議論が起きていた。そんなざわめきに耳を傾けながら、祐二と美沙も彼らと同じ内容について言葉を交わしていた。


「色々来てるみたいね」

「実装日は結果発表をやった二日後か。なんか駆け足だな」

「ネトゲはスタートダッシュが肝心って言うからね。初めのうちにどれだけユーザーを確保できるかが勝負の分かれ目なのよ」

「そういうもんなのか」

「まあ私としてはこれでも遅すぎるって気もするけどね」


 美沙の言葉を聞きながら、祐二がメールの文面をスクロールしてアップデート内容に目を通していく。そして彼はメールを目で追いながら、その中で自分が気になった部分を声に出して読み上げた。


「追加されるダンジョンは……三つ三つ? 一気に出してきたな」

「海の迷宮、空の迷宮、地下の迷宮、ね。なんか安直な名前ね」


 美沙がそれに答える。祐二はメールに視線を向けながら言葉を続けた。


「追加される拠点は桜の街って言うのか。フレンド登録したプレイヤーをマイホームに招待することも可能に・・」

「中々良さそうじゃない。ここ見てるとマイホームを飾るためのアイテムとかも売られるみたいだし」

「後は……信仰値を上げることでその守護特有のイベントが発生?」

「キャラクターイベントってことかしら? なんかギャルゲーみたいね」

「ギャルゲーって?」

「恋愛シミュレーションって言えばいいのかしら。選択肢を選んで好感度を上げて、相手と恋愛を楽しむゲームよ」


 知らなかったの? 美沙が顔を上げ、驚いた様子で祐二を見つめる。祐二は「やったことないんだから仕方ないだろ」と反論した。その後、再度メールに目をやりながら美沙に尋ねた。


「つまり、あれなのか? これは守護と恋愛するってことなのか?」

「まだわかんないわ。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「実際にやってみるまでわからない?」

「そういうことね」


 祐二の言葉に美沙が頷く。二人はその後も運営からのメールに目を通し続け、それに関しての話題ばかりを話し続けた。


「信仰値上げると何が起きるって言うんだ?」

「悪いことは起きないんじゃないかしら。私的にはむしろ迷宮の方が気になるわね」

「新しいのが三つか。やっぱり水の中に潜ったりするのか」

「空とか飛んだりもするかもね。もしかしてそれ専用のアイテムとか必要になるのかしら?」

「また素材集めて来いとか言ってくるんじゃないのかこれ」

「それはそれで面倒くさそうね」


 結果発表については一度も話題に上がらなかった。





 彼らがそれを認識した――「ああ、そんなものもあったな」と思い出したのは、結果発表当日になってそれが「熱砂の街」の中央広場に掲示された時だった。


「おい、マジかよ」

「うわあ」

「こんなのってアリ?」


 もっとも、最終結果では天使と悪魔が同数票を獲得していたのだから、注目されるのも当然であった。


「すげえな」

「偶然ってあるのね」


 その左右に同じ数字が並ぶ結果発表用大型モニターの姿を見た祐二と美沙が、揃って驚きの声を漏らす。彼らの周囲でも同じく驚嘆の声が上がっており、中には「ヤラセじゃねえの?」と不正を疑う声も上がっていた。


「実際どうなんだろうな」

「そう言われても仕方ないわよ。ていうか私もそれ疑ってるし」

「お前もなのか……ところで、これ現実はどうなるんだ?」

「勝った方が現実反映されるって話よね、確か」


 そこまで会話を重ねてから、祐二と美沙が揃ってモニターに目を向ける。何度見てもモニターの左右には同じ数字が並んでいた。


「両方適用されるのかな」

「そうなるのかな?」


 祐二が呟き、美沙が小さく首を傾げる。彼らの周りにいたプレイヤー達も議論を交わし続けており、広場で起きていた喧噪は止むことが無かった。





「祐二君! 祐二君!」


 そして結果発表の翌朝、祐二は時子に叩き起こされた。それに反応して祐二は眠たそうに目をこすりながら体を起こし、そしてそれを見た時子は彼から離れて窓に向かい、カーテンを開きながら祐二に言った。


「祐二君! ちょっと来て! 外が大変なことになってるの!」


 前にも見たことのある展開だぞこれ。どこかデジャブを感じながら祐二はベッドから立ち上がり、軽く背伸びをしてから時子の横に立った。

 外見て外。そう焦り気味にまくし立てる時子の隣で、祐二が窓の外に目をやる。次の瞬間、祐二の体にまとわりついていた眠気が一気に吹き飛んだ。


「え」


 そこには不思議な光景が広がっていた。窓の外に広がる世界が、ハッキリと白と黒に二分されていたのだ。


「何これ?」


 左側は真っ白に染まっていた。いつもの町並みの中で白い尖塔がいくつも建ち、その塔や元々あった建物の間を何人もの天使が優雅に飛び回っていた。元からあった建物や道路、そして道ばたに停まっていた車までもが白く塗り潰され、自然の色を残す物は一つも存在していなかった。

 さらに空を舞う天使が翼から落とす羽がひらひらと宙を舞い、それによって空さえも白く塗り込まれたように見えた。

 その純白の世界は汚れを知らず、清らかで幻想的な光景を見せていた。


「目が痛くなるな」

「反対側も見て」


 時子に言われて、今度は右側に意識を向ける。そちらは全てが黒く染まっていた。

 元々あった建物はその大半が消滅し、代わりに真っ黒なドームがその上に出現していた。ドームはでたらめな配置でいくつも作られ、その周りを悪魔が何体も飛び交っていた。破壊を免れた建物もその全てが黒く塗り潰され、さらにはドームの上部からは黒いガスのような物が吐き出されていた。

 それによって空までもが黒く染まり、朝だというのにも関わらずそこは薄闇に包まれていた。


「どうなってるの? いったい何が?」


 白と黒の世界はきっちりと線引きがなされ、ある境界線を境にして二つの世界が併存していた。そしてその二つの世界を分断する境界線は、祐二の見ている窓から垂直に引かれていた。


「祐二君、何がどうなってるのかわかる?」

「俺に言われてもわかんないよ。こんなのさっぱりだ」


 時子に尋ねられた祐二が狼狽する。本当に何も知らなかったのだ。

 階下から子供の声が聞こえてきたのはその時だった。


「お客さんが来てるよー!」


 それを聞いた時子は反射的に体を動かしていた。「はーい!」と良く通る声を返した後、祐二の部屋を出て階段へ向かっていく。祐二もつられるようにして階下に降りていき、二人は揃って玄関口に立った。


「どちら様でしょうか?」


 扉を開けながら時子が問いかける。そして半開きになった扉の向こうに立つ人影を見た瞬間、時子は「えっ?」と素で驚いた声を上げた。時子達に来客を伝えたまま玄関に残っていた子供はその現実離れした容姿をしたそれを見て驚きの声を発した。

 祐二は絶句した。


「失礼。安藤祐二が住んでいる家はここであっているかな?」


 そこには盾と槍を持ち、金の刺繍の施されたマントをなびかせ、兜と鎧で完全武装した女がいた。女の目は金色に輝き、こちらをじっと見据えていた。

 その顔は祐二には見覚えがあった。それどころか、その女性は彼が常日頃からお世話になっていた存在であった。


「私はアテナ。熱心に信仰を捧げてくれた者に、一言お礼を申しに来た」


 アテナと名乗ったその女性は、三者三様のリアクションを見せる面々に向かってそう言った後に軽く頭を下げた。時子はすぐに正気を取り戻し、子供は興奮し続け、祐二は開いた口が塞がらなかった。

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