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「初顔合わせ」

 人間が地上に勃興し始めた頃、神はその人間を観察するためにある天使の一団を起用した。しかしその者達は観察を続ける内にその人間達に惹かれ、次第に人間と共に生きたいと願うようにすらなっていった。終いにはあろうことか自分達から地上へと堕ちていったのだ。

 その堕ちた天使の一団は「グリゴリ」と呼ばれている。そしてそのグリゴリの統率者をアザゼルと呼び、その者は人間の一人と恋を育み子供を作ったと言われている。





「お前、結構すごい奴だったんだな」


 翌朝、祐二は自分の部屋の中でテーブルを挟んで座っていた悪魔に言った。それまで自分の経歴を話して聞かせていたその悪魔は祐二の言葉に反応し、得意げに平らな胸を反らしながら答えた。そのかつてパラケルススと名乗っていた悪魔は続けてテーブルの上に身を乗り出し、満面の笑みを浮かべながら祐二に言った。


「ね? びっくりしたッスよね?」

「そりゃまあびっくりはしたけど」

「驚いたッスよね?」

「驚いたって言われれば驚いたけど」

「じゃあ驚かせた代わりに許してくれるッスね?」

「なんの話だよ」

「いやその、前まで嘘ついてたことッス」


 ああ、と祐二が理解したように言葉を漏らす。悪魔がどこか申し訳なさそうな表情を浮かべ、上目遣いで祐二を見つめてきた。


「ごめんなさいッス」

「……まあ、いいよ。特に気にしてる訳でもないし」

「本当ッスか?」


 悪魔が顔を輝かせる。悪魔はそのまま祐二に顔を近づけ、その迫力に若干押されながら祐二が言った。


「うん、本当本当。確かに最初聞いた時はちょっとムッとしたけど、今はもう大丈夫だから」

「無理してる訳じゃないッスよね?」

「だから大丈夫だって。気にしなくていいから」


 その祐二の言葉を聞いて、悪魔が全身から力を抜く。そして悪魔は元々座っていた所に再び腰を下ろし、「そっか、良かったあ」と言葉を安堵のため息と共に漏らした。その表情から、祐二は目の前の悪魔が心から安心していることを理解した。


「なんでそんなに俺のこと気にするんだ? 何か理由でもあるのか?」


 その様子を見た祐二が問いかける。対して悪魔は恥ずかしそうに頭をかきながらそれに答えた。


「いや、だから前にも話したじゃないッスか。あたしはこうなる前は天使で、人間が好きになったからこうなったって」

「人間が好きってことか」

「そうッス。だから人間からそっぽ向かれたり、嫌われたりするのが苦手なんス。べ、別にご主人様だから気にしてるって訳じゃないッスからね」

「何顔赤くしてるんだお前」


 いきなり慌てだした悪魔を見て祐二が眉をひそめる。この時祐二も僅かに頬を紅潮させていたが、祐二本人はそれに気がつかなかった。

 気がつかないまま祐二が問いかける。


「変な悪魔だなお前」

「よく言われるッス」

「悪魔って普通は違うんじゃないのか」

「例外もいるってことッスよ」


 悪魔がケタケタ笑いながら答える。その愉快そうな笑顔を見ていた祐二はふとあることに気がつき、なおも笑っている悪魔に問いかけた。


「そう言えば、これからお前のことはなんて言えばいいんだ?」

「どういうことッスか?」

「お前の本当の名前はアザゼルなんだろ? そっちで呼べばいいのか、それともいつも通りパラケルススって呼べばいいのかわかんなくてさ」

「それなら好きな方で呼んでくれればいいッス」

「どっちでもいいのか?」

「いいッスよ」


 軽い調子で悪魔が答える。祐二は少し考えた後、悪魔の方を向いて言った。


「じゃあ、パラケルススでいいか?」

「わかったッス」





 それから数分後、祐二は美沙にメールを送ってゲームの中で合流することにした。そして「熱砂の街」にある酒場の中の、いつも集まっている席で二人は顔を合わせた。


「お久しぶりッス」


 パラケルススもちゃっかりその席に混じっていた。その酒場の中にも彼らの他にも多くのプレイヤーが集まっていたが、この時のパラケルススはいつもの燕尾服の上から黒いフード付きのローブを羽織り、角と翼を隠していた。そのローブ自体も店に行けば普通に売られている物だったので、すれ違う人がそれを見ても特に怪しんだりはしなかった。


「ええ。久しぶりね」


 そして美沙もそれを不審に思わずに、彼女に対して自然と挨拶を返す。それから祐二に視線を移し、どこか嬉しそうな口調で彼に話しかけた。


「それで、今日はどうする?」

「その前にちょっと話しておきたいことがあるんだ」


 そう言って祐二は、昨日自分の体験したことを全て美沙に説明した。祐二と違って、美沙はアザゼルという言葉を聞いて明らかに驚いた表情を浮かべた。


「うそ、本物なの?」

「本物ッスよ。昨日いた天使に聞いてみればいいと思うッス」

「それにしても驚いたな。美沙もこいつの名前知ってるのか。どこで知ったんだ?」

「昔やってたRPGに同じ名前のボスキャラがいたのよ。一回倒してもまたダンジョン入り直せば復活するタイプの奴でさ、経験値とお金稼ぎで随分お世話になったのよ」


 昔を懐かしむように美沙が答える。祐二は「そんなゲームあったのか」と感心するように呟き、パラケルススは何も言わずに引きつった笑みを浮かべていた。


「それよりさ、せっかくこうして集まったんだし、イベント進めない?」

「そういえばそんなのもあったな」


 そこで美沙に言われ、祐二もそのことを思い出す。気がつけばイベント「ハルマゲドン」がもうすぐ終了する頃であり、結局二人は悪魔側のルートを一周するだけしか出来なかった。


「なんだかんだ言ってあっという間だったな」

「現人神の宿命って奴よね。実際にはアイテム集めるのに時間かかってただけかもしれないけど」

「でも一周クリアできるだけでも御の字じゃないッスか。アイテム貰えるんだし」


 パラケルススが人間二人に話しかけたその時、コール音と共に祐二と美沙の目線の上にディスプレイが出現した。それは何かしらの情報の更新があった際に表示される物であり、そこに目を通した二人はおもむろにメニューディスプレイを開いた。


「何かあったッスか?」

「メールが届いたんだよ。さっき出てきた画面にそう書いてあったんだ」

「差出人は?」

「そこまではわからない。実際開けてみないと」


 そう言いながらディスプレイを操作していた祐二の動きが固まる。彼は指をディスプレイに押し当てたまま、その画面に表示されているメールの文面を真顔で凝視した。

 そして美沙もそれと同じことをしていた。固まった二人の表情は驚愕と言うよりも「不可解」の色を表に出していた。実際祐二は「誰だよこいつ」と怪訝な声を出していた。

 二人の様子を見たパラケルススはすぐに異変に気づいた。やや俯き気味の二人の顔を交互に見ながら声をかけた。


「どうしたッスか? 何かまずいことでも起きたッスか?」

「ミカエル」

「え?」

「ミカエルって奴からメールが来たんだよ」


 祐二が眉間に皺を寄せながら答える。美沙も顔を上げて祐二に尋ねるように言った。


「私たち、何かまずいことしたっけ?」





「そなた達に謝りたかったのだ」


 メールに書かれていた地点ーー東京ダンジョンの隅っこに向かった三人を待っていたのは、彼らよりも一回り大きな体躯を備え金色の鎧を身につけた一人の天使だった。その天使は自ら「ミカエル」と名乗り、そして人間二人についてきた悪魔を見て少し眉をひそめた後、気を取り直して彼らにそう言い放った。


「今回の件は、ウリエルとラファエルが出過ぎたことをして大変申し訳ない。謝って済むことではないが、それでも天使を代表して謝罪させてほしい」

「もう過ぎたことだからそんなに畏まらなくても……」

「ここは大人しく受け取っておきましょう」


 謙遜する祐二に美沙が小声で話しかける。祐二は少し渋った後、その顔を和らげて「そういうものなのか」と納得し、ミカエルの謝意を素直に聞き入れた。


「それとこれはお詫びの印だ。受け取って欲しい」


 二人の反応を見届けたミカエルは、次にそう言いながら彼らに向けて右手を差し出した。手の平の上に目映い輝きを放つ光の塊が出現し、その光はミカエルの手を離れ地面にゆっくりと降りていった。

 着地した光がその場で形を変える。その様子を見ていた祐二と美沙は、変形を終えて最後に雲散霧消した光の膜の中から姿を露わにしたそれを見て驚きの声を上げた。


「それって」

「いいのかよ?」


 現れたそれはイベント「ハルマゲドン」を天使側についた状態でクリアすることで入手できる装備一式だった。本来なら手に入らないはずのその装備を見て、二人は喜ぶ前に困惑した。


「本当にいいの?」

「そなたらに迷惑をかけてしまったのだ。このようなことしか出来ないが、せめてこれくらいの償いはさせてほしい」

「いや、貰えるんならこっちも嬉しいんだけどさ」


 ごうつくばりでない祐二と美沙は、いきなり与えられたそれらを前に最初は大いに戸惑った。パラケルススもその大盤振る舞いを前に目を白黒させていた。

 しかしミカエルは頑なだった。渋る二人に対して「いいんだ、貰ってくれ」と己の態度を頑として変えず、その絶対に妥協しない姿は謝る立場にいながら威圧的ですらあった。

 結局現人神の方が折れた。彼らは天使の気迫に押し切られる形で、少し躊躇いながらもその純白の装備を受け取った。


「本当に申し訳なかった。どうか我々を嫌いにならないでほしい」


 装備を直接アイテムボックスに転送し終えた二人にミカエルが言った。前にも聞いた謝辞を受けて祐二は苦笑いを浮かべ、「もう過ぎたことなんだから気にしないようにしよう」と返してから、表情を引き締めてミカエルに問いかけた。


「なら、済まないと思ってるついでに一つ質問したいんだけど。いいか?」

「質問? 答えられる範囲でなら喜んで答えよう」

「良かった。じゃあ一つ聞きたいことがあるんだ。この後最終結果発表があるだろう? どっちの側にどれだけのプレイヤーがついたかどうかの」

「確かにあるな。もうすぐ開票結果が掲示されるだろう」

「それで勝った方の世界が、現実の世界にも繁栄されるのか?」


 祐二からの問いかけに、ミカエルは無言で首を縦に振った。


「もしかして、一生?」


 続けて放たれた祐二の問いに、ミカエルは再び首を縦に振った。


「本当に?」

「天使は嘘はつかん」


 ミカエルが断言する。祐二は渋い表情を浮かべ、美沙は「やっぱりそうだったんだ」と小声で呟いた。そしてそう呟いた後、美沙は顔を上げると同時にミカエルを見つめながら言った。


「それ、票数操作とかしてないよね?」

「私を疑っているのか?」

「前例があるだけにね」

「ならば誓おう。私は決してそのようなことはしない。絶対に、私は小ずるい真似はしない」


 美沙からの追求に、ミカエルは力強く反論した。目には信念が宿り、その言葉には力が込められていた。

 その姿を見たパラケルススが片方の眉を吊り上げながら言葉を発した。


「これはマジな反応ッスね。ご主人様、ああなったミカエルは信用してもいいッスよ。ていうか基本的に天使は嘘つかないッス」

「勝手に堕ちたお前と違ってな、アザゼルよ」

「やだなあ。今のあたしはパラケルススって言うんスよ。心機一転、もう心を入れ替えたッス」

「ならば嘘は?」

「つくッス」


 恥ずかしげもなく言い切ったパラケルススを前にしてミカエルがため息をつく。そしてその直後、祐二の目にはミカエルが握り拳に力を込めるのが見えた。しかしその拳は一度力強く握られた後、すぐに力が抜け落ち解かれていった。

 人間が見ている手前、暴力沙汰を起こすわけにはいかなかったのだろう。そんなミカエルの葛藤とパラケルススの悪びれない姿を見た現人神二人は、心情的にミカエルの味方をした。

 それからミカエルは改めて現人神に向き直り、表情を引き締めて彼らに言った。


「ともかく、我々はこれ以上不正行為を働くことは一切ない。誓って言おう。そして今回の件については非常に迷惑をかけてしまった。本当にすまない」


 それからミカエルは小さく頭を下げた。人間二人は「そこまで謝ってくれなくてもいいのに」と恐縮気味に捉えていたが、パラケルススは信じられない物を見るような目つきでそれを見ていた。


「あの頭でっかちが謝った? これは明日は槍が降ってくるッス」

「……貴様、死にたいようだな」


 ミカエルが再び拳に力を込め始める。後光が強さを増し、頭の中で雷鳴が轟く。祐二と美沙は咄嗟に決断した。


「じゃ、じゃあ、俺達はこれから用事があるから!」

「ほらパラケルスス! ぼーっとしてないで行くわよ!」


 二人の動きは迅速だった。ミカエルが引き留めるよりも前に彼らはパラケルススを抱えてその場から立ち去り、後にはミカエルだけが残された。


「……ううむ」


 取り残されたミカエルは腕を組んで不満そうに声を漏らしたが、同胞が不手際を起こし、そして彼らがそれを解決した手前、強く出ることは出来なかった。





 一方、何とかミカエルの元から逃げ出すことに成功した二人は、そのまま悪魔の待つ広場に向かった。そこで彼らは再びイベントをクリアするための最後の条件を受注し、目的地である天使の拠点に向かった。


「来たぞ! 悪魔の手先だ!」

「逃がすな! 返り討ちにしろ!」


 そこでわらわらとやってきた天使達は、全員が「正しい」武装を施していた。剣、槍、斧、盾、杖。それぞれが剣と魔法のファンタジーにふさわしい武器を手に持ち、「プレイヤー」たる祐二と美沙に襲いかかってきたのだ。


「やるぞ、美沙!」

「ええ!」


 そして二人もそれぞれ「本来の」武器を手に取り、天使達を迎え撃つ。対して天使達は規律の取れた動きで複数の集団に別れ、段階的に攻撃を加えていく構えをとった。

 まず祐二達は天使の第一陣と刃を交えた。それらは二、三攻撃を当てただけで軽く蹴散すことが出来た。レベルと装備をしっかり整えてきた彼らにとってはこれくらい朝飯前だった。


「次が来るぞ!」


 その後も第二陣、第三陣と続き、ラウンドを増やす度に天使達も段々と強さを増していった。そして最終攻勢である第四陣まで来た時に美沙が一度ダウンしたが、これは最後まで粘った祐二が最後の一体を倒した後、大急ぎで蘇生アイテムを使って事なきを得た。


「ちょっと待って。それどこで手に入れたの」


 戦闘不能者のHPを全回復させて復活させるレア度八の蘇生アイテム「ソウルの宝玉」。それをあっさりと使う祐二を見て、美沙が驚きの声を上げる。祐二は「レベリングの時に拾ったんだよ」とさらりと返し、それを聞いた美沙は更に驚いた。


「それ、雑魚が落とす確率一パー切ってるんだけど」

「落とすときは落とすんだよ」


 祐二の返答を聞いて、美沙は「そういうもんか」と一人納得しながら起きあがった。そして第四陣を切り抜けた二人の目の前に、空から光の柱が降りてきた。


「天使に仇なす悪魔の手先め。これ以上はやらせんぞ!」


 ボスが来た。二人はそう直感した。そしてそう推測する二人の目の前で柱が消滅し、中からその声の主が姿を現した。


「この私が直々に天誅を下してくれる。覚悟!」


 その姿を見て祐二と美沙は絶句した。そして鳴り物入りで登場したそのボス天使も同様に気まずい表情を浮かべた。


「あー……」

「うん、まあ、うん、そういう設定なのね」

「……久しぶりだな」


 悪魔ルート最終ボス。大天使長ミカエル。


「……」

「とりあえず、やろう」


 ファンファーレと共にボス戦闘用BGMが流れ始める。三人が肩から力の抜けた体勢で構えをとる。

 最後の戦闘は気まずいまま始まった。

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