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「キャンプファイヤー」

 まっすぐ延びた階段の先には人一人通れるだけの狭さの通路があり、さらにそこを直進すると目の前に鉄製の扉が見えた。覗き窓は無く、見るからに重そうな作りをしていたが鍵はかかっておらず、祐二一人でも簡単に開けることが出来た。


「いい加減にしろ! お前がこんなことをするからここまで大事になったんだぞ!」

「何を言う! 元はと言えばお前があんな提案をしたのがきっかけだろうが! お前も同罪だ!」


 扉の向こうには天井の高い部屋があった。中央にはテーブルが置かれ、壁には地図や設計図のような物を記した大判の紙が至る所に貼られていた。テーブルの上には正六角形にカットされた水晶の柱が立っており、その水晶は淡い紫色に染まっていた。

 窓は無かったが天井にある照明によって室内は十分な明るさを保っていた。隅に設置されていた換気扇によって空気も循環されており、息苦しいと感じることは無かった。

 そしてそのテーブルの向こうで、二人の天使が向かい合って口論を繰り広げていた。一人は炎のように赤い甲冑を身に纏い、もう一人は透き通った水色の甲冑を身につけていた。


「まさか本当に実行するとは思わなかったんだ! お前だってこれが罰当たりな行いだということはわかっていたはずだ!」

「そんなことは百も承知だ! だが、これも手早く信仰を集めるため! 私は敢えて汚名を被ることを決めたのだ!」

「それはただの欺瞞だ! いい加減目を覚ませ!」


 そしてその二人の天使は、室内に侵入者が現れたことに気づいていなかった。こちらのことなどお構いなしに口論を続ける天使を見て祐二と美沙は互いに顔を見合わせ、どちらからともなく口を開いた。


「どうする?」

「どうするって」


 再び天使に目を向ける。天使二人による議論は更に白熱しており、こちらのことなど眼中に無いようであった。

 このままでは埒が明かない。そう考えた祐二が手にしていた突撃銃を光らせて拳銃に変え、それを天井に向けて高々と掲げる。

 引き金を引く。閉じられた空間の中で銃声が反響する。


「な、なんだ!」


 その音に気づいた天使が口論を止めてこちらに振り向く。そこで彼らは初めて祐二たちの存在に気がつき、そして同時に、自分達に銃口が向けられていたことにも気がついた。


「お前達、いったい何者……!」

「動かないで」


 二丁拳銃の銃口をそれぞれ天使の額に向けながら美沙が脅す。天使二人は身構えるが、それと同時に祐二もまた手にした銃を天使の一人に突きつけながら言った。


「動くなよ。勝ってるのは俺達の方なんだ」

「勝っているだと? そんな物で我々を止められると思っているのか?」

「現人神にそういう口利いていいのかしら?」


 水色の甲冑を身に纏った天使の反論に、美沙が悠然と切り返す。息を飲む天使達の前で美沙は拳銃の一つを光の塊に変え、そのままそれを今度は散弾銃へと変えていく。


「これが証拠」


 新たに生み出したそれ――バレルを短く切り詰めた中折れ式二連装ショットガンを水色の天使に突きつけながら、美沙が勝ち誇ったように笑みを浮かべる。対する天使はその一部始終を見て、それとわかるほどに顔色を青ざめさせていった。

 親に自分の悪事がばれた時の子供のようだ。孤児院で見た光景の一つを思い出しながら祐二がそう思った。


「情報改変能力って言うんだっけ? 公式チート能力ってやつね。これが使えるのは確か現人神だけって聞いてるんだけどね、こっちは」


 そんな祐二の思案をよそに、美沙は気まずさを見せる天使達を前にして彼らに更に追い打ちを仕掛けた。天使達はますます表情を渋らせ、そしてここに来て彼らは今自分達の置かれていた立場を理解した。


「誰に命じられた?」

「ガブリエルっていう天使だ。お前達の同僚だろ?」


 祐二の返答を聞いて、それを問いかけた水色の甲冑を着た天使が息を飲む。そして祐二がハッタリとして「他の神様も黙っちゃいないぞ」と言うと、その水色の天使はさらにその顔に深い苦悶の色を見せた。

 この時祐二の頭の中で「そうだぞ。どいつもこいつもお冠だ」と女性の声が響いていた。だが祐二はその声、自分が守護として降ろしている女神「アテナ」の声には反応せず、そのまま黙って銃を向けた。


「……何が目的だ?」


 今度は赤い甲冑の天使が渋い口調で問いかける。美沙がショットガンを宙に放り投げながら静かに言い返す。


「こういうの広めてるのあなた達なんでしょ?」


 放り投げられたショットガンが空中で白く輝きその場で消滅する。そして一丁だけになった拳銃を両手で持ち、祐二が狙いをつけてない方に改めて銃口を向けながら美沙が言った。


「それを止めに来たの。武器の違法生産っていうのかしら。それを今すぐ止めてほしいの」

「それから今ある武器も全部捨ててもらうぞ。今すぐにだ」


 美沙に続けて祐二が言った。天使二人は最初こそ困惑したが、やがて赤い甲冑の天使が口を開いた。


「わかった。従おう」

「おい! 勝手に何を!」

「現人神に睨まれた時点でこの計画は失敗したも

同然なのだ。奴らの背後には神がいるんだぞ」


 こうなることは最初からわかっていたんだ。赤い天使が最後に独り言のように毒づく。それを聞いた祐二が片眉を吊り上げながらその天使に言った。


「お前はこれに荷担してないのか?」

「直接手を貸していた訳ではない。私はあくまで提案しただけだ。信仰を手早く上げる方法をな」

「信仰って、戦って勝った時に降ろしてた守護に溜まるポイントのこと?」


 美沙の言葉に赤い天使が頷く。祐二が釈然としない顔で言った。


「つまり?」

「より強い力を行使すれば、人々はそれに畏れを抱き我らに頭を垂れるであろう。そう提案したのだ」

「それが銃ってわけか?」

「そうだ」

「それ本気で言ってるのか?」


 祐二が唖然とした表情で返す。美沙も同様に「信じられない」と言わんばかりに目と口を半開きにしていた。赤い天使は即座に反応して「私も今はまずい考えだったと思っている」と弁解した上で続けて言った。


「だが最初それを考えた時は、我ながら会心の考えだと思っていたんだ。あの時はまだ昔の常識に囚われていたからな。しかし今の世界を知って、それが間違いだとすぐに知った。人の価値観は変わるものだと悟ったのだ」

「そうなの?」

「そうだ。それに私よりも先に表の世界に進出していた者達は、揃って私の提案に渋ったものだった。ミカエルもガブリエルも、それは今の世界では通用しないと一様に言ってきた。私は表に出る前にその忠告を聞いたのだが、その時点で素直にそれに従うべきだったのだ」


 赤い天使が後悔に満ちた表情を見せる。そして「それから?」という美沙からの催促に、赤い天使が水色の天使を見ながら言った。


「だがその時の私はそれに不満だった。私の提案の何がいけないのか、実際の世界を肌で感じていなかった私は自分の考えが否定されたことが不満で仕方なかったのだ。そんな私に同意してくれたのが、ここにいるラファエルだ」

「えっ、あっ、そっちがラファエル?」

「じゃあお前誰?」


 ラファエルと呼ばれた水色の天使に目を向けながら美沙が驚いた声を出し、同時に赤い天使に目を向けながら祐二が問いかける。赤い天使はその目を見ながら静かに言った。


「私はウリエル。四大天使の一人だ」

「へえ、ウリエルっていうのか」


 祐二にとっては初めて聞く名前だった。そのまま祐二が尋ねる。


「それでウリエル、お前はその、同意してくれたラファエルと一緒にその考えを実行することにしたのか?」

「そうだ。最初は私も乗り気だった。だが実際に行動に移すにあたって、私は先だって世界の様子を探りに行った。そこで私は自分の過ちに気がついた。この時代の人間はもはや、我々の威光を畏れたりはしない。そもそも我々のことを知らない者すらいたのだ」

「まあ日本人は天使とは縁が薄いからね」

「まったく迂闊だった。そもそもそのことには、我々が電子の世界に逃げた時点で気がつくべきだったのだ。だがラファエルは頑なだった」

「あなたの言葉には耳を貸さないで、そのまま計画を強行した?」


 聞き慣れない言葉をいったん脇に置いて、美沙がウリエルに尋ねる。ウリエルは頷き、そしてラファエルの方を見ながら言った。


「ラファエルは頑固だった。私の言葉には耳を貸さずに計画を実行し、情報を違法に書き換えて武器を作った。そしてこの有様だ」

「私が間違っていたというのか?」

「インチキする時点で大馬鹿だよ」


 不満げに訴えるラファエルに祐二が吐き捨てる。美沙も同様に眉間に皺を寄せ、苛立たしげな声で言った。


「私、ズルしてゲームに勝つ人って大嫌いなのよね。グリッチとかラグアーマーとかさ、最低だと思うの」

「……」

「だから今すぐやめて。あなた達がやってるのは、真面目にやってるゲーマーに対しての冒涜なのよ」


 二人の天使は何も言い返せなかった。もとより情報改変能力を使用した現人神に今の二人が太刀打ち出来るはずもなかった。

 彼らがその気になれば、手にした武器の攻撃力をいくらでも上げられることが出来るのだ。それこそ二人を一撃で倒せるほどに。


「……わかった。そうしよう」


 ウリエルが喉から押し出すように言葉を放つ。ラファエルはもう何も言わず、ただ黙ってうなだれていた。





「さあ燃やせ! どんどん燃やすッス!」


 祐二と美沙がそんな陽気な声を聞いたのは、彼らが天使二人を引き連れて地上に戻ったまさにその時だった。車庫のシャッターは全開になっており、その外から声が聞こえてきていた。


「何がどうなってるんだ?」


 ここに来るときに人質にした天使二人の姿も消えていた。不審に思った二人は大天使二人を引き連れて車庫の外に出る。

 外に出た四人が最初に見たのは、地面の上で盛大に燃える真っ赤な炎だった。それは横並びになった四人を丸ごと飲み込んでしまえるほどに大きく、その勢いは衰えることが無かった。


「あ、ご主人様!」


 その炎の横から聞き慣れた声が飛んできた。祐二がその方に目を向けると、正面から一人の悪魔が低空を滑空しながら近づいてきた。


「パラケルスス、どうしてここに?」

「ちょっと野暮用で来たッスよ」


 祐二からの問いかけに、その燕尾服を着たボーイッシュな女悪魔が笑って答える。それからパラケルススは燃えさかる炎の方に目をやり、「これをしに来たッス」と言った。


「何燃やしてんだ?」

「武器ッス」

「武器?」

「天使がチートでばらまいた武器を集めて燃やしてるッス」


 見れば炎の底には、溶けた鉄や金属の塊のような物がいくつも堆積していた。そしてそれを祐二達が見ているその瞬間にも、炎の周囲に他の天使やプレイヤー達が集まり、手に持っていた銃器を次々と炎の中に投げ入れていた。銃器を投げ捨てた者はすぐに後ろで控えていた別の者と替わり、その者は前の者と同様に手にした銃器を炎の中に投げ込んだ。


「どうやったんだ?」

「上と交渉したッス。違法武器を入手して、それを一回も使わないまま特定のポイントで捨てれば、その数に応じて経験値と信仰値を入手出来るっていうイベントを起こして欲しいって頼んで、実際その通りにしてもらったッス」

「その特定のポイントっていうのが、ここ?」

「その通りッス」

「どうやって交渉したんだ。そもそも誰と交渉したんだ?」

「秘密ッス」


 パラケルススがケロリとした顔で返す。はぐらかされて少しムッとする祐二に代わって、今度は美沙が彼女に尋ねる。


「なんでこんなことしたの?」

「ゲームでインチキするのは許せないッスからね」


 またしてもパラケルススはさらりと答える。それを聞いた美沙は口を開こうとしたが、それより早くパラケルススが炎の方を向き、そして「もっと燃えるがいいや」と声高に言い放った。

 気を逸した美沙が軽く肩を落とす。祐二も他の天使も何を追求すればいいかわからず言葉を濁し、他のプレイヤー達は何も言わずにせっせと作業に没頭する。

 そんな彼らの目の前で、その炎は違法な存在を燃料にして赤々と燃え盛っていた。

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