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「二人目」

 爆音が轟く。

 銃声があちらこちらで鳴り響き、硝煙の刺激臭が絶えず鼻を衝く。銃声に混じって怒声や罵声が至るところから上がり、その声も断続的に発生する爆音に遮られて聞こえなくなる。


「RPG!」


 どこかで叫び声があがる。直後、爆発音が起こり黒煙が上がる。煙を噴き出しながら動きを止めた戦車の残骸の中から天使が這い出し、口からも煙を吐きながらうつ伏せの体勢で気絶する。

 その天使と戦車の横を二人の人間が走り去る。前を行く全身鎧姿の男は手にしている突撃銃の弾倉を慣れた手つきで交換し、その後ろからついてきていた露出の高い軽装鎧の女はそれまで持っていた弾切れ状態のロケット砲を投げ捨て、両手に光の塊を現出してそれをそれぞれ同じ形の拳銃に変えた。


「まずい! 防衛線が抜かれる!」

「これ以上行かせるな!」


 その様子を上空から見ていた天使達が慌てふためき、指示を出しながら四方へ飛び去っていく。一方地上では前へと進んでいく人間二人を止めようと天使達が立ち塞がり、突撃銃を一斉に構える。


「撃て!」


 天使の一人が叫ぶ。突き出されたいくつもの銃口から閃光が迸り、前から来る人間めがけて大量の銃弾が放たれる。

 風を切り裂きながら弾丸の嵐が人間に襲いかかる。しかしそれが一定の距離まで近づいた瞬間、弾丸が全て見えない壁に弾かれ明後日の方向へ跳んでいった。


「なんで!?」


 それを見た天使達が一様に驚く。その間にも人間二人は前進を続け、そして前を塞ぐ天使達のすぐ眼前まで来た男は手にした銃器の前部を両手で持ち、ストックの部分で天使の横っ面を殴り倒した。


「オラァ!」

「げふっ!」


 天使の一人が張り倒される。その後も男は手にした「鈍器」を振り回し、周りの天使を次々殴り倒していく。後ろから来た女も途中からその流れに混ざり、銃身を握った二丁拳銃のグリップで群がる天使達の側頭部を次々と殴り始めた。


「く、くそ! 怯むな! 応戦しろ!」


 天使の一人が叫ぶ。しかし彼らは誰一人として攻撃することが出来なかった。彼らは「銃器を近接武器として扱う」ということを知らず、また敵が自分達と肉薄していたために誤射を恐れ、発砲することすら出来なかったのだ。周囲から続々と天使達が集まってきていたが、彼らもまた味方に攻撃が通ることを恐れ、銃を構えても引き金を引くことが出来なかった。


「そこどけェ!」

「邪魔するならぶつわよ!」


 一方で人間側は攻撃の手を緩めなかった。一回鈍器を振り回す度に天使が倒れ、キルスコアを増やした人間はまた新たな標的に狙いを定めて鈍器を振り回す。天使達は壁役になるしか出来ず、その「乱打戦」はしばらく続いた。

 そして近くにいた天使達をあらかた全滅させた後、二人の男女はその倒れていた天使の一人をそれぞれ持ち上げ、片方の腕を首に回して自分の目の前で羽交い締めにした。羽交い締めにされた天使達はなおも気を失っており、その身をいいようにされてなおぐったりとしていた。


「動くな! ちょっとでも動いたら撃つぞ!」


 天使のこめかみに銃口を押し当てながら男が叫ぶ。女もまた同じ動作を行い、自分達の周りに集まってきた天使達を牽制した。純真な天使達はその卑劣な行いを前に身動きが取れず、銃口を向けたまま動くことが出来なかった。


「この卑怯者め!」

「正々堂々勝負しろ!」

「数で襲いかかってきたくせに虫が良すぎるのよ!」


 遠巻きに罵倒する天使に女が叫び返す。人間二人はそのまま周りからの恨みと怒りのこもった視線を受けながら、人質を引きずるようにして後退していく。そのまま二人は一番近くにある建物へと向かい、後ろ向きのままドアを蹴飛ばして開き、人質にした天使を盾のように見せつけながら後退し建物の中へと入っていった。





 二人が入った建物は車庫だった。中には外にあったのと同じ形をした戦車が横並びに停められており、他には複雑な形状をした機械や段ボール箱、バケツとモップが規則正しく整理整頓された状態で点在していた。戦車の入出場の際に開閉されるシャッターは見るからに頑強で、堅く閉ざされたそれは人力では到底開けることの出来ない代物だった。


「くそ、しつこいな!」


 その中に入り、人質にしていた天使達を解放しながら祐二が悪態をつく。自分は現人神なのに、なんでこんな歓迎のされ方をしなけれないけないのか。平然と攻撃をしてきた天使達に憤りを感じていた。

 そう考えながらも、彼はすぐに次の行動に移っていた。手にしていた銃を光の塊へと変え、それを握り潰して消滅させた後、近くにあった木箱を今し方使用したドアの前まで押してバリケードを作り始める。女も近くに置かれていたモップを持ってきてドアの前に斜めに立てかけ、ついでにバケツを木箱の横に置いた。

 二人はその後も様々な荷物や道具をドアの前に積み上げていき、天使が押し入ってこないように対策を立てていった。バリケード構築は骨の折れる作業だったが、さして時間はかからなかった。


「このまま天使とドンパチやってたら埒が明かないな」

「本当にね。経験値もお金も全然入手できないし」


 現人神の持つ切り札「情報改変データリライト」の最大のデメリットは「これを使って倒した敵からは経験値と資金を一切入手することが出来ない」というものであった。要は「強くなりたかったらインチキはするな」ということだ。


「やるだけ時間の無駄だな」

「黒幕の居場所を突き止めて、そこに突撃した方がよさそうね」


 そうしてバリケードを作り終えてから祐二の放った言葉に、同じく現人神である美沙が同意する。そしてその美沙の言葉を聞いた祐二は、彼女の方を見ながらそれについて尋ねた。


「何かアイデアが?」

「ええ。あるわよ」


 美沙がすぐに答える。その後彼女は、それまで人質として使っていた天使の方に視線を向ける。祐二もそれに合わせて視線を天使に向け、同時に美沙の意図を察する。


「なるほど、名案だ」

「祐二はそっちの方よろしくね」


 美沙がそう言いながら自分が人質としていた方の天使に近づいていく。祐二もまた自分が引きずっていた方に近づき、仰向けの体勢で気を失っていた天使の傍に腰を降ろしてその頬を軽く叩いた。


「おい、起きろ」

「う、ううん……」


 叩かれた天使が一瞬顔をしかめ、その後ゆっくりと目を覚ます。そして最初に視界に入ってきた祐二の顔を見るなり、その表情を一瞬で恐怖と怒りで歪めながら後ろに後ずさっていく。


「く、来るな悪魔め! 私に近寄るな!」


 そしてその天使は罵倒を浴びせながら、手に持っていた銃を祐二に向ける。ここで連れてきた天使を武装解除していなかったことに気づいた祐二は、内心で「やっちまった」と冷や汗をかきながら己の迂闊さに毒づいた。しかしその感情は表に出さずに努めて平静を装い、落ち着き払った態度を見せながら天使に言った。


「待て。俺はもう戦うつもりはない」

「あんなことをしておいて、今更信じられると思うのか?」

「そもそもズルしてるのはそっちだろ。天使のくせにルール破って、お前らこそ後ろめたいとは思わないのか」


 天使の言葉に祐二が言い返す。質問を質問で返す形になったが、その天使はそれに対して即座に反論することは無かった。それどころか、天使は祐二から顔を逸らし、眉間に皺を寄せて苦々しい表情すら浮かべていた。

 それを見た祐二はあることを推測した。そして当たれば儲けとばかりに、眼前の天使に対して言葉をぶつけた。


「お前、本当はこれがいけないことだってわかってるんじゃないのか」

「い、いきなり何を」

「でも上からの命令で仕方なくやってるんじゃないのか」

「それは……」


 天使が言葉を濁す。確定だ。自分の推測に自信を得た祐二は一気に攻勢に転じた。


「俺達はその間違いを正すためにここに来たんだ。お前がこの間違いを生み出している黒幕の居場所を教えてくれれば、すぐにそれを元に戻すことが出来る。俺達だって変に騒ぎは起こしたくないんだ」

「……」

「だから頼む。教えてくれ」


 祐二が真剣な目つきで天使を見つめる。天使もまた顔を祐二に向け、その視線を受け止める。

 車庫の外から爆発音が聞こえてきた。その音が轟く度にドアの前のバリケードが震動し、シャッターが僅かに内向きに歪んでいく。入り口を物理的に破壊するつもりだ。そう考えた祐二は視線を再び天使に向けた。


「頼む」


 それから天使と祐二は、互いに無言で見つめ合った。美沙と彼女に文字通り「叩き起こされた」もう一人の天使も、その光景をじっと見つめていた。

 先に折れたのは天使だった。


「あの方のいる入り口まで案内しよう」


 彼は銃を降ろし、ゆっくりと立ち上がった。そして銃を腰のホルスターに戻してから祐二に背を向け、まっすぐ歩き始めた。

 その無防備な背中に祐二が続く。美沙ともう一人の天使も無言でその後を追いかける。美沙に連れられた天使は一番前を行く天使に向けて渋い視線を寄越していたが、結局何も言わずにその列についていった。

 車庫の中心まで来たところで、前を行く天使が足を止める。その天使は許しを請うように片膝をついて頭を垂れ、足下に軽く手をかざす。するとその箇所に魔法陣が出現し、天使がその魔法陣の中心を人差し指で押し込む。

 直後、彼の前にある地面が左右に割れ、その奥から地下へと続く階段が出現した。それを見た祐二と美沙が反射的に声を上げる。


「すげえ」

「こんな仕掛けがあったので」


 そんな後ろで驚く人間二人を肩越しに見つめながら、先頭に立つ天使が二人に声をかける。


「ここを降りていけばあの方に会えるだろう。我々に新たな力を与えてくださった方は、この下にある部屋の中におられる」

「なるほど。地下にいるのか」

「でもなんだか都合良すぎじゃない? 避難した先が目的地に繋がってるなんて」

「あの方のおられる部屋には、ここにある全ての建物から出入りすることが出来るのだ。おかしな話ではない」

「どっちにしろ、まずは降りてみよう」


 天使の話を受けて祐二が提案する。最初渋っていた美沙もそれを受け入れる。前にいた天使が脇にどき、人間二人がその横を通って階段へ足を踏み入れる。


「待て」


 しかし祐二が片足を突っ込んだところで、その天使が二人を呼び止める。祐二と美沙が気づいてそちらに振り返ると、彼らに向けて天使が神妙な面持ちで言った。


「あの方を頼むぞ」


 二人が真剣な顔つきのまま頷く。そして天使もつられて首を縦に振った直後、今度は美沙が「そうだ、思い出した」と言った後、天使に向かって声をかけた。


「ちょっといいかしら。聞きたいことがあるの」

「なんだ?」

「あの方って誰?」


 二人の天使が軽く驚いた表情を浮かべる。美沙についてきた方の天使が「何も知らないでここに来たのか」と呆れる。そして祐二に叩き起こされた方の天使が人間二人を見ながらそれに答えた。


「ラファエル様だ」

「え?」

「ラファエル様だ。四大天使のお一人。我ら下っ端の天使にとっては雲のように高いお方だ」

「四大天使って?」


 神話に疎い祐二が疑問を口にする。それに美沙が答える。


「あのガブリエルと同じ位の人ってことよ」

「そうなのか。なんで知ってるんだ」

「前にやった別のゲームでそういう感じの設定見たことあるのよ」

「こ、こら! 様付けで呼ばんか!」


 祐二が感心する一方、美沙の言葉を聞いた天使があからさまに動揺する。それからその天使は一つ咳払いをした後、「とにかく、失礼の無いようにな!」と念を押す。祐二と美沙は突然の大声に驚きながらも頷いて答え、それから前を向いて階段を降り始めていった。


「……本当に大丈夫だろうか」


 その後ろ姿を見送りながら、天使の一人が不安げに声を漏らす。もう一人の天使がその横に立ちながら、気まずそうな表情を浮かべつつそれに答えた。


「彼らに託すしかあるまい。今の現人神は彼らなんだ」

「不安だ……」


 説得に折れた天使二人は今更それを後悔していた。この時には外から轟いていた爆音も消えていたのだが、それに中の天使が気づくのはもう少し経ってからだった。

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