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「最終手段」

「同胞を止めてほしいのです」


 ガブリエルの要求はそれであった。なんのことかと問いかける二人に、ガブリエルは言葉を続けた。


「こちらの出来事が現実に反映されることは、既にご存じですね」

「また実感ないけど、実際そうなんだろ?」

「その通りです。そして今回のイベントの最後の結果によって、天使と悪魔、そのどちらかが現実の世界に顕現することになっているのです」

「それって、一生現れ続けるってこと?」

「そういうことです」


 祐二と美沙が顔を見合わせる。ガブリエルが続ける。


「これまで我々は、遠く離れた所から人間達を見つめるだけでした。しかし今回のイベントでより多く人間の同意を勝ち取れば、我々は人間達のすぐ近くで直接姿を現し、共にいることが出来る。これは我々にとっては願ってもない機会、まさに悲願なのです」

「人間の近くにいられるのがそんなに嬉しいのか?」

「もちろんです。我々を生み出したのは人間ですから」

「え?」


 美沙の発した疑問の声を無視してガブリエルが言葉を続ける。


「そしてその恩恵に与りたいがために、我々天使の中から違反者が現れ始めたのです。この剣と魔法を舞台にした世界の中で、近代の武器を振り回す者達のことです」

「近代の武器? 銃のこと?」

「そうです」


 美沙の言葉に応えながら、ガブリエルが片手を持ち上げる。次の瞬間、その手の中に光の塊が出現する。光の塊は瞬く間に一丁の拳銃に形を変え、ガブリエルはその黒く無骨なそれを手に取りながら言葉を発した。


「具体的に言えば、このような物ですね」

「それなら妖精とかが持ってるのは見たことあるぞ。天使が持ってるのは見たこと無いけど」

「全ての原因は天使にあるのです。妖精や他のモンスターが持っている物は、天使が不正に生み出した物を流用しているに過ぎません」


 祐二の言葉にガブリエルが反応する。そして手に持っていた拳銃を再び光の塊に戻し、さらにそれを光る雪のように四散させながらガブリエルが言った。


「天使が情報を改竄して作り出した武器が再びデータとして外部に拡散し、それを受け取ったモンスター達が勝手に使用しているのです」

「つまり、あのバグは全部天使がやったことだって言いたいのか?」

「そうです」


 ガブリエルが断言する。呆然とする二人に向かってガブリエルが言った。


「違反を犯す天使達はこう考えています。強大な力を振るって威光を示せば、より多くの人間が自分達の下に集うだろうと。もちろんそんなことはありません。人間の感性は時代と共に変化しています。もう過去と同じやり方が通用することは無いのです」

「でもそれを頑なに信じてる連中がいるってことか?」

「その通りです。そして彼らは、その考えを曲げない強い意志を持っています。言い方を変えればひどく頑固なのです。私達天使の言葉にはまったく耳を貸しません。自分達が悪いことをしているということにも気づいていません」


 そこまで言ってガブリエルが目を閉じ、肩を落としながら小さくため息をつく。明らかに落胆しているようであった。そして続きを聞こうとじっとこちらを見つめる人間二人に視線を戻し、口を開いて言葉を続けた。


「そこで、あなた方の力を貸していただきたいのです。現人神の言葉なら、彼らも耳を貸すと思うのです」

「俺達が天使の説得?」

「本当にそんなことが?」

「少なくとも私達がやるよりは効果があるかと」


 祐二と美沙は揃って眉をひそめた。ただのプレイヤーでしかない自分達に本当にそんなことが出来るのか?


「もちろん可能です。なぜならあなた方は現人神だからです」


 その疑問に対してガブリエルはそう答えた。すかさず祐二が言った。


「現人神ってただの肩書きじゃないのか? ゲームの中で問題解決する人を格好良く言ってるだけじゃなくて?」

「違います。現人神とはただの肩書きではありません。現人神とはその名の通り、人の姿を模した神。神であり人である存在。神と対等に接することの出来る唯一の人間。あなた方は選ばれた存在なのです」

「神と話せるですって?」

「そうです。あなた方はこのゲームに、そしていずれ現実に姿を見せるであろう神々と正面から話をすることが出来るのです。それは問題を解決するという義務を負ったあなた方に与えられた特権なのです」


 現に私と話しているではないですか。ガブリエルは最後にそう言ってにっこりと微笑んだ。それまで「生身の相手」と接するかのように会話していた二人は、その言葉を聞いて現実に引き戻された。


「……やっぱりリンクしてるんだな」

「ゲームと現実の話ですか?」


 どこか諦めたように祐二が呟く。その呟きに反応してガブリエルが彼に問いかける。頷いた後で祐二がガブリエルに尋ねた。


「あなたもその、本物なのか?」

「もちろんです。その気になれば、現実の世界に降りることも出来ますよ」

「どうやって?」

「今は話せません。それを話す権利は今の私にはありません」

「誰なら教えてくれるの?」

「いずれ時が経てば、誰かが教えてくれるでしょう。少なくともそれは今ではありません、私が教えることでもありません」


 美沙からの質問に対しても、ガブリエルは頑なだった。祐二と美沙はそれについて問いただすのを諦め、代わりにそれまで自分達が話題にしていたことについて尋ねた。


「それで、説得する天使はどこにいるの?」

「あなた方がイベントで最後に向かおうとしている、まさにそこにいます」

「天使の拠点に?」

「そうです。そこに違反した天使達の元締めがおいます。その天使に会って、まず説得してきてほしいのです」

「もし説得が失敗したら?」

「その時は叩き潰してください」

「……いいの?」

「構いません。道を外れた者に情けは不要です。それが同じ天使ならばなおさらです」


 ガブリエルが断言する。表情は相変わらず柔和だったが、その言葉には強い意志が秘められていた。一方でそれを聞いた祐二はまた別の疑問を抱いた。


「でももし戦うことになって、その天使に俺達が勝てるのか?」

「そこは問題ないでしょう。あなた方は既に、神と渡り合うための力を手に入れているはずです。最初にこのゲームにログインをして最初に目を覚ました場所で、そこにいた人影からそれを貰っているはずです」

「ああ、あれか」


 ガブリエルに言われ、二人はそれぞれその時の記憶を思い出した。最初にゲームに接続し、その中で目を覚ました時、彼らは地平線の見えない真っ白な空間の中に立つ一つの人影と対面していた。

 その人影は一対一で対面していた祐二と美沙に対して、彼らが現人神となったこと、そして現人神の役割などを一方的に説明した。そして最後に「それ」を渡すと、その人影は相手の言葉を待たずに消滅し、気がつけば彼らは「それ」だけを持ったまま、それぞれのマイホームの中に立っていたのだった。


「まさか、あれはこうした時のために使う物なのか?」

「その通りです。神の中には言葉でなく力でもって対話する者も少なくありません。人間の言葉に耳を貸さない者もいます。あの力はその時のために用意された物。神と対話するために必要な力なのです」


 手を開き、掌の中でそれを手渡された時に感じた重みを思い出しながら美沙が言った。


「じゃああのデメリットは、普通のダンジョン探索で簡単に使われないために?」

「そういうことですね」

「そうだったんだ」


 ガブリエルから説明を受け、美沙が納得したように頷く。そしてその後で、今度は美沙の方からガブリエルに問いかけた。


「それで、その説得する天使って言うのは誰なの?」

「はい、それは――」


 そこまで言いかけた次の瞬間、ガブリエルは身を翻して祐二達に背を向け、前方の斜め上方に向けて手をかざした。刹那、その手に向かって空の彼方からまっすぐ飛んできた「何か」が、手のすぐ前に張られた見えない障壁と激突した。

 何かと正面衝突したその一瞬、見えない障壁はその全身を晒け出した。それは全体が薄い朱色に染まり、祐二達三人をドーム状に包み込んでいた。そして障壁とぶつかった「何か」は一瞬で力を失い、重力に任せて障壁を透過しガブリエルの足下に落ちていった。


「銃弾だ」


 障壁の中にいた祐二が、落ちてきたそれを見て驚いたように声を出す。その時空を見上げていた美沙は咄嗟にその弾丸の飛んできた方向を指さし、「あれ!」と声を出した。


「本当に持ってる!」


 祐二が顔を上げてその指差す方へ視線を向ける。そこには翼をはためかせながら宙に浮く一人の天使がいた。その天使は背中に筒のような物を背負い、手に先ほどガブリエルが持っていたのと同じ形の拳銃を持ち、その薄く煙を吐き出す銃口をこちらに向けていた。


「うわ、マジで武装してるよ」

「これはいったいどういう了見ですか?」


 それを見て美沙と同じくらい驚く祐二の前で、ガブリエルが眉間に皺を寄せて上空の天使を睨みつける。言葉遣いは変わらず丁寧だったが、全身から放つ光は暴力的なまでに輝きを増していた。


「げ、ガブリエル様!」


 そしてその光り輝く大天使を見て、宙に浮いていた方の天使はあからさまに動揺していた。やってはいけないことをやってしまい、額から脂汗を流しつつ顔面蒼白となっていた。


「あ、あの、違うんです。ガブリエル様、これは違うんです。私は我々をつけ狙う人間だけを止めようとしただけであって、ガブリエル様に危害を加えるつもりは」

「警告もなしに攻撃を行うことが正義だと?」

「ち、違います! これは戦術です! 確実に相手に勝つための戦術なんです!」


 銃を持ったまま、天使が顔と両手を激しく振る。そんな全身で否定する天使を見て落胆したようにため息をついた後、首を回して後ろの二人を肩越しに見ながらガブリエルが言った。


「あの天使はお二人に任せてもいいでしょうか?」

「えっ、いいんですか」

「かまいません。同胞だからといって甘やかすのは良くないことですからね。しっかりとお灸を据えることも肝要なのです」


 それに、とそこで言葉を切り、目を閉じながらガブリエルが続ける。


「ここで例の装備のテストをしてみても良いのではないでしょうか? 練習もせずに本番を行うのはさすがに気が引けると思うのですが」

「いや、ちょっと待って」

「同胞を実験動物みたいに扱ってる感じがするんだけど、いいのか?」

「なんの問題もありません。過ちを犯した者を罰するのに慈悲は無用です」


 ガブリエルが断言する。二人は渋い顔をしたが、微笑みの中に静かな怒りをたたえた表情を浮かべるガブリエルを前にして、彼らは反論することを止めた。そして二人はガブリエルの前に立ち、顔を引き締めて上空の天使に視線を向けた。


「いったい何を?」


 ガブリエルを前に動揺していた天使が、いきなり前に出てきた人間二人に意識を向ける。その怪訝な視線を向けてくる天使に向けて、二人の人間は不意にそれぞれの利き手を突き出した。


「自分が使いたいと思う物をイメージするのです」


 ガブリエルのアドバイス通りに「自分の武器」をイメージする。次の瞬間、突き出された手の中に光の塊が出現した。

 ガブリエルがやったのと同様の方法で出現した光は瞬時に形を変え、やがて黒く染まった無骨な物となってその手の中に収まった。

 それはガブリエルが出して見せた物と同じ形をした拳銃だった。


「それはあの方と同じ! どうして!」

「特権って奴だよ」


 情報改変データリライト。現人神となった二人に授けられた力、最後の切り札である。


「ま、チートって奴よね」

「インチキなのは確かだよな。恨むなよ」


 その力を銃として発現させた二人は、あからさまに動揺している上空の天使に向けてその手にした拳銃の引き金を引いた。

 銃口から鉛玉が飛び出す。鉛玉は天使の張った障壁を易々と貫通し、その体を撃ち抜いた。


「――!?」


 攻撃された瞬間、天使は何が起きたのかわからなかった。そして自分が「撃たれた」ことに気がついた時には全身から力が抜け落ち、朦朧とした意識のまま地面に向かって落下していた。


「すげえなこれ」

「一撃必殺じゃない」

「あなた方がそういう性能を望んだからです」


 力を失い真下に落下していく天使を見つめながら三人が呟く。そしてその間に二人の手にしていた拳銃はまた一瞬で光の塊へと形を変え、それに視線を移しながら祐二が言った。


「でもこれで倒しても金と経験値が入らないんだよな」

「仕方ないわよ。強すぎるんだから」


 掌の上に浮かぶ光の塊を握り潰しながら美沙が答える。同様に「情報改変」の力を体内に戻しながら、祐二が「それもそうだな」と感慨深げに言った。


「公式チート使いとかさすがに寒いからな」

「そういうこと。ところで、あの天使はどうするの?」

「あれは私が回収しておきましょう」


 ガブリエルが答えながら前に進んでいく。そして彼らの前に進み出たところで足は止めずにガブリエルが言った。


「それでは、よろしく頼みましたよ」


 直後、ガブリエルの姿が消えた。後にはその場に舞い散る純白の羽だけが残り、前方に落着していた天使の姿も消えていた。


「あ」


 その羽の舞う光景を見ながら、不意に美沙が声を出す。それを聞いた祐二が「どうした?」と問いかけると、美沙は呆然とした表情のまま言った。


「黒幕が誰なのか聞くの忘れた」

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