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「天使の世界」

 新しく生まれ変わったその街は、一言で言えば堅苦しかった。


「そこ! ゴミを捨てない!」

「信号が点滅しているのに渡らない!」

「横断歩道を進みなさい! 通る前はちゃんと右左確認する!」


 悪魔に代わって至る所に現れた天使達が、何かにつけて人間達を注意し始めたのだ。少しでもマナーや規則に反する行いをしようものなら、どこからともなく笛の音と共に天使が飛んできて真剣な面持ちで説教を始める。天使達は大真面目であり、またその内容も至って正論であったので、人間達は言い逃れも出来ずに大人しくそれを聞くしかなかった。


「青信号でも点滅したら手前で止まる! しっかり覚えておくように!」

「はい。すいません」


 祐二もその一人だった。彼は「いつものように」歩行者用信号が点滅していながら横断歩道を渡ろうとし、それが天使の目に留まって説教を受ける羽目になっていたのだった。ただの気晴らしの散歩のはずが、とんだ災難である。ルールを破ったこちらに非があるので何も言えなかったが。


「あなたもあなたで一緒についていかない! 相手が間違っていたらしっかり注意する! それが本当の思いやりというものでしょう! 違いますか!?」

「あっ、はい」


 そして祐二と共に街を出歩いていたパラケルススも、とばっちりでその説教を受けていた。祐二とパラケルススは揃って道の端で正座し、大人しく天使からのありがたい言葉を拝聴していた。

 その説教は五分ほどで終了した。そしてやっと終わったと言わんばかりに二人が腰を上げ、背筋を伸ばして体をほぐしている所に、それまで彼らに説教をしていた天使があることに気がついて声をかけた。


「ところであなた、いつまでこちらにいるつもりなのですか?」

「へっ?」


 その天使はパラケルススの方をじっと見つめていた。いきなり話しかけられたパラケルススは最初何を言われているのかわからず目をぱちくりさせていたが、天使は構わずに話を続けた。


「中間発表で片方の勢力が勝利したら、もう片方の勢力はこちらの世界から身を引くという約束だったはずです。なのにあなたはなぜここにいるのですか?」

「……あ」


 そこで天使の言葉の意味を察し、パラケルススが体を石のように固くさせる。祐二がそれに気づいてパラケルススに目を向ける。


「それってつまり、天使が勝ったから悪魔は消えろってことなのか?」

「そういうことです。その契約に基づいて、我々はこうして現実の世界に進出しているのです」


 祐二の疑問に天使が答える。それから天使は改めてパラケルススに目をやり、「なぜここにいるのですか?」と目を細めて問いつめる。その目には強い追求の光が込められており、適当にはぐらかそうものなら八つ裂きにされてしまいそうなほどの凄みを放っていた。


「あー、うー、そのー……」


 何も考えていなかったパラケルススが視線を泳がせる。しかし少し間をおいてから、パラケルススは何かを閃いたように顔を輝かせて言った。


「現人神様に頼んだッス!」

「は?」

「現人神様にお願いしたんス。あたしを召使いとして雇って欲しいってお願いして、それで今ここにいるッス」

「なぜそのようなことを?」

「実はあたし、こっちの世界に来てからちょっとポカやらかしまして。それで行き倒れになってた所をこちらにいる現人神様に助けていただいたんス。それであたしはその恩返しがしたいから、こうして現人神様の召使いとして一緒に行動しているというわけッス」


 よくそこまで設定生やせるな。祐二は思わず口から出しかけたが、すんでの所でそれを飲み込んだ。下手にボロを出して事態を悪化させたくなかったからだ。

 結果として自分がパラケルススを助けたのは事実だ。その後「借りを返したい」という理由から孤児院の手伝いをしているのも事実だった。しかし召使いにした覚えは無かったし、恩返しのくだりなど嘘八百である。そもそも直接的に彼女を助けたのは時子であって自分ではない。口から出任せもいいところだった。

 それでも祐二は、この悪魔をとても気に入っていた。憎めない奴だったのだ。正直言って、ここにきて突然のお別れという展開になるのは非常に嫌だった。


「ね? そうッスよね?」

「……ああ、そうだ。俺がこいつの頼みを聞いて、召使いにしてやったんだ」


 だから祐二はパラケルススの嘘に乗ることにした。天使を相手に嘘をつくのは我ながら命知らずな行為だとは思ったが、それでも彼はパラケルススを助けようと思ったのだ。


「ふうむ……」


 一方でそれを聞いた天使は頭ごなしに否定するでもなく、視線を動かしてじっと祐二の方を見つめた。そして暫く彼を見据えた後、天使はおもむろに右手を伸ばして祐二の胸元に手のひらを押し当てた。


「なにを」


 言いかけた次の瞬間、胸元に置かれた天使の手が祐二の体の中にするりと入り込んだ。突然のことに祐二は何も言えず驚きに目を見開き、パラケルススは「はあ!?」と叫びながらその場に硬直した。


「動かないで」


 その二人に向けて天使が言葉を発する。機先を制され動けずにいた二人を後目に、天使がその人間の体の中に埋めていた手をゆっくりと引き抜く。

 その手には心臓が握られていた。祐二はハッとして自分の胸元に視線を送ったが、そこに穴の開いた痕跡はなく、無傷なままの体が目に映っていた。顔を上げて天使に目をやると、その天使の握っている心臓はまるでそれ自体が生きているかのように脈動を続けていた。


「なるほど」


 その脈動する心臓をひとしきり見つめた後、天使はその心臓を持った手を再度祐二の胸元に押し当てる。その手は再びするりと祐二の胸を貫通して体の中に入り込んでいき、暫くしてから天使はまたゆっくりとその手を引き抜いた。手に心臓は握られておらず、祐二が胸元に自分の手を当ててみると、そこから確かに心臓の鼓動を感じることが出来た。


「確かにあなたは現人神のようですね。いえ、むしろ本物の現人神に出会えたのは僥倖と言うべきでしょうか」


 ほっと一息つく祐二に天使が声をかける。祐二が顔を上げると、その天使は彼に向けて白い封筒を差し出していた。


「我々は、あなたを探していたのです。現人神よ、どうかあなたの力を貸していただきたいのです」

「どういう意味?」

「それは私からは申せません。電脳の世界に赴き、そこでこの中に書かれている場所に向かってください。そうすれば、より詳しい話を聞けると思います」


 そこまで言って、天使は唐突に背中の翼を広げ、そしてそれをはためかせながら空へと舞い上がる。それを見た祐二が咄嗟に叫ぶ。


「いきなりそんなこと言われても!」

「そちらの悪魔は任せましたよ、現人神!」


 しかし天使はそれだけ告げ、翼を動かしてさっさと塔の方へ飛び去っていった。辺りは急に静かになり、後には祐二とパラケルスス、そして祐二の手元にある封筒だけが残されていた。


「それで、どうするんスかご主人様?」


 突然のことの連続で呆けていた祐二に、パラケルススがその横顔を覗き込みながら問いかける。祐二は封筒に視線を降ろし「行ってみるしかないだろ」と答えた後でパラケルススに顔を向け、その金色の瞳を見つめながら言った。


「ご主人様ってなんだよ」

「いや、召使いらしくしてみようかなと思ったんスけど、駄目ッスか?」


 パラケルススが期待に満ちた視線を寄越す。祐二はまともに追求したりはせず、投げ遣りに言葉を返した。


「もうそれでもいいよ」

「やった! じゃあコンゴトモヨロシク、ッス! ご主人様!」


 パラケルススが嬉しさを爆発させ、それを全身で表現しようと祐二の体に抱きつく。祐二は苦笑いを浮かべながら、それでも自分に抱きつく悪魔を邪険に振り払ったりはせずに家路についた。





 孤児院に帰った後、祐二はさっそくゲームを起動した。ログインし、自分のマイホームの中で目を覚ますと、その真っ白な空間の中で自分のアイテムボックスの蓋を開け中をまさぐっているパラケルススの姿があった。


「お前何してるんだ?」

「ちょっと中に何が入ってるか確認してるんスよ。面白いもの無いかなーって」


 悪びれもせずにパラケルススが答える。祐二はため息を一つついたあと、パラケルススの横に並んでボックスの中身を漁り、中から装備品を引っ張り出していった。


「ところで、お前どうやってこっちに来てるんだ?」

「企業秘密ッス」


 鎧を装着する合間に祐二はパラケルススに問いかけたが、パラケルススはさらりと返す。祐二はそれ以上追求するのも無駄と考え、大人しく装備を身につけていった。パラケルススはその様子を興味深げに見物し、そして祐二が最後に盾と剣を装備し終えたところで彼と一緒に立ち上がった。


「で、どこに行くッスか?」

「その前に美沙に連絡いれとこう。せっかくだしな」

「道連れは一人でも多い方がいい?」

「ロクでもないこと言うんじゃない」


 パラケルススの言葉に突っ込みつつ、祐二がディスプレイを使って美沙の元にメールを送信する。文面は「熱砂の街の酒場のいつもの場所で待つ。一緒に冒険しよう」と言った簡単な物だった。


「珍しいわね。祐二の方から誘ってくるなんてさ」


 美沙はすぐに来た。そしてパラケルススも含めた三人で酒場のいつもの席に座り、そこで祐二はさっそく美沙につい先ほど遭遇した天使とのやりとりを話して聞かせた。


「天使から?」

「ああ。そんなこと言われたんだ」

「その封筒に書かれてある通りに行けと?」

「そこで詳しい話が聞けるってさ」

「どんな内容なの?」

「こんな感じ」


 祐二がディスプレイを操作して封筒の中身を撮影した画像を美沙に見せる。それを見た美沙は眉をひそめた。


「ダンジョンの片隅。特にこれと言って不思議なところでも無いわね」

「でもここに行けって言われたんだよ」

「行くの?」

「それしかないだろ展開的に」


 渋る美沙に祐二が返す。美沙も暫く黙り込んだ後、観念したように祐二に言った。


「わかった。行くわ」

「なんでそんなに嫌そうなんだよ」

「なんか罠っぽいじゃない。上手く言えないけどさ。下手に首突っ込んで面倒なことになったりしたらどうするのよ」

「天使がなんで俺達をハメなきゃいけないんだよ」

「わかった。わかったわ。もう深く気にしないから。私も行くわよ」


 美沙が半ば投げ遣りに返す。祐二は苦笑いでそれを受け止め、それから二人は揃って席を立った。

 そこで美沙が気づく。


「パラケルススは?」


 言われて祐二も気がつく。それまで同じ席に座っていたパラケルススの姿が消えていた。祐二は一瞬冷や汗をかいたが、そのすぐ後にテーブルの上に一枚の紙切れが残されているのに気づいた。


「急用を思い出したので抜けます。二人で行ってきてください。パラケルスス」


 紙切れにはそう書かれていた。二人は同時にため息をつき、そして二人で指定された場所に向かうことにした。





「こうして直接顔を合わせるのは初めてですね」


 目的地につくなり、二人は息をのんだ。そこにいたのは普段見慣れている天使よりも一回り大きな体躯を備えた、白いワンピースの上から新緑の鎧を身につけた女性の天使だった。


「私はガブリエル。あなた方をここに招いたのはこの私です。現人神達よ、あなた方に頼みたいことがあるのです」


 ガブリエルと名乗ったその天使は全身から光を放ちつつ、優しく微笑みながら二人をじっと見つめた。天使に見つめられた祐二と美沙はまさに蛇に睨まれた蛙の如く、そこから動くことが出来なくなっていた。

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