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イレイザー・ワールド  作者: 永田昇
第一篇 ワンダー・ザ・メモリー
9/11

2-5 今を生きるというコト

 ――知りたくはないか? キミの両親が亡くなったあの火事の真相を。

 教授の言葉が僕の中でグルグルと渦巻いていた。僕はあの時のことを忘れようとした。でも、心のどこかで絶対にあの時のことは忘れることができない、と半ば諦めてしまっていたのだ。


 それなのに、完全に忘れてしまっていることがある? 僕が記憶の闇に封じ込めてしまって思い出せないことがある?


「コウ……?」


 隣で、リュウが心配そうに顔を覗かせる。いつの間にか、伏し目がちになってしまっていることに気が付いた。


「教授、いきなりそんな言い方をするのはよくないですよ。越谷くんだって整理がつかないでしょうに」


 渡辺さんがいさめる。教授はまったく悪びれもせずに、「あー、そうだねー」などと言っていた。


「……僕は、あの時のことは絶対に忘れない、いや、忘れることができないんだ。だから、あなたの言っていることは間違っている」


「そうかい? キミがそう思っているだけで、実際は違うかもしれない。ほら、キミも見たのだろう? 《消去世界イレイザー・ワールド》に住まう《ロード》の姿を」


 僕は、あの世界で見た《ロード》を思い出す。あれは確か――、


「失われた記憶が集積した影……」


「その通り。あの世界には、現実世界に生きる人の失われた記憶が投影されているんだ。だから、キミの記憶が失われ――僕たちはその失われた記憶のことを《閉殻記憶クローズド・メモリー》と呼んでいるんだけどね、それになって《消去世界イレイザー・ワールド》を形成していることだってあり得るんだよ」


 そんなことがあり得るのか? 僕もあの世界で見た《ロード》のような影を持っていて、どこかで僕を食らおうと潜んでいる?


「でも、僕は四年以上もちゃんと生きてきた! その間、何もなかったんだ! あの影は、今すぐにでも現実世界の《ロード》を探し出して、食らおうっていう感じだったのに!」


 僕は、必死に叫ぶ。嘘だと言ってほしかった。

 矛盾しているのは分かっている。僕は、あの時のことを忘れようとしたのだ。なのに、それでも忘れている事実がある、と突き付けられるのは嫌だった。


「キミの《閉殻記憶クローズド・メモリー》はどうやら非活性のようだ。それが、キミがあの世界に惹かれ、そしてあの世界での記憶を失わなかった理由だ」


「それはどういう……?」


「キミが見た《ロード》は、現実世界の当人と積極的に《同期シンクロ》しようとしていた。そうすることで、力を手に入れられるからだ。ああいうのは、活性な《閉殻記憶クローズド・メモリー》の《ロード》だと言えるな。だが、非活性な《閉殻記憶クローズド・メモリー》の《ロード》は違う。現実世界に生きる自分の現身には基本的に不干渉だ。むしろ、融和を図っている。だから、現身であるキミはあの世界にむしろ親和性を見せたということだ」


 教授の言っていることを、簡潔に理解しようとするとこうなる。僕の失った記憶、すなわち《閉殻記憶クローズド・メモリー》はどこかで《消去世界イレイザー・ワールド》を作っていて、そこにいる僕の影、つまり《ロード》は僕に基本的に干渉せずにいる、ということなのだろう。


 だから、僕はあの世界のことをあんなにもすんなりと受け止めることができたのか。僕があの世界に導かれるのはもはや運命だったというのか。


 不意に僕の中で声が聞こえる。

 

 ――もうあのことは忘れなさい。


 そうだ、そう言われたのだ。何度も、何度も。

 

 ――辛かったね。もうあのことはいいんだ、もう忘れなさい。


 そう言われたから、僕は忘れようとした。まだ小学生だった僕は、大人の言うことを素直に聞き入れた。そうするしか、救われないと思ったからだ。


 ワスレナサイ。今の僕にとっては、呪いの言葉だ。呪詛じゅそのように頭の中で響き渡る。


「越谷くん、キミが受け入れられないのは無理もない。だが、これは事実なんだ。キミが目を逸らして無かったことにすることももちろんできる。だけどねぇ、越谷くん」


 教授の声のトーンが一段階落ちる。


「過去とは向き合わないといけないんだよ」


 まさに、僕の心の中を見通しているような言葉だった。

 僕は、忘れればいいと思っていた。忘れることができれば、平穏に過ごすことができると。だけど、それは違うと教授は言う。


「あなたは……、どうしてそこまで……」


 どうして僕のことをそこまで知っている。不気味なまでに。


「キミに単純に興味があっただけだよ。科学者としての血が騒いだまでだ。調べれば、そのくらいのことはすぐに分かる」


「一応、警察庁が背景バックにあるからね」


 渡辺さんが付け足した。僕の家の火事の記録くらいなら、警察で調べればすぐに分かることだろう。


「じゃあ、僕のことを引っ張るために……?」


「そうだ、そのために俺が派遣された」


 隣に座っていたリュウが口を開く。


「でも、転校までして……、親御さんとかは大丈夫なの?」


「……ま、俺は前の学校にほとんど通ってなかったからな。渡辺がいい機会だって、転校まで勧めてきたんだ。単にお前を引っ張るだけなら転校なんてする必要なかったしな。あと、親はいないから気にすんな」


「あ、ご、ごめん……」


 そういえば、リュウのことは何も知らなかった。僕に《閉殻記憶クローズド・メモリー》があるというなら、彼にもまた、《閉殻記憶クローズド・メモリー》があるはずなのだ。それが何なのか、何となくだが、聞いてはいけない気がした。


「いつも思うのだが、呼び捨てはやめてくれ、リュウ。だが、結果的に転校はいいきっかけになっただろう?」


 リュウは、フンと鼻を鳴らして窓の外を見る。


「ま、久々に学校の空気を吸うってのも悪くはねえかな」


「おおっと、素直じゃないリュウの癖が発動しているな。まったく、本当は嬉しいくせに」


 教授が茶々を入れる。リュウは、「そんなんじゃねーよ!」と思いきり否定して

いた。


「まあ、それはいい。話を戻そう、越谷くん。キミは過去を置き去りにするのか、過去と向き合うのか。前者ならば、キミを連れて行く意味はない。この場で降りてもらおう」


「僕は……」


 僕は、過去のことを本当はどう思っているのか。本当に忘れたかったことなのだろうか。だが、忘れろ、と呪文のように言われ続け、住む場所まで変えて忘れようとした記憶を今さら掘り返して意味はあるのだろうか。


 ――過去とは向き合わないといけないんだよ。


 教授の言葉を思い出す。過去は過去だ。今には関係ない。だから、今を生きるために過去のことにとらわれる必要はない。


 だが、過去は囚われるべきではなくとも、忌避きひし続けるべきものでもない。過去は今に影響を与え続け、そして未来へと繋ぐ。僕たちは皆、過去というものに影響され続けているのだ。


 今までは逃げてきた。僕の暗い過去から。でも、そこに欠陥が、僕が闇に葬ってしまった事実があるというのなら――、


「……僕は、向き合います。自分の過去と。無くなってしまった記憶と」


 それが、僕の答えだった。




 車は、随分長く走った気がする。ここはどこなのか、さっぱり見当もつかない。ただ、千葉の方面に向かって走っているということだけは分かった。

 僕たちが車に乗ったのが、埼玉大宮駅。時計を見ると、そこから大体一時間近く車に乗っている計算になる。


 千葉の方に向かうと分かっていたのなら、地元の春日部駅から行った方が遥かに近かった。電車なら、かなりのロスになっていたはずだ。

 僕は、基本的にこの車がどこに行くか、任せてしまおうと思っていた。だが、ここまでくるとどこに行くのか気になるというものだ。


 隣ではリュウが爆睡していたが、おそらく寝たふりだろう。たぶん、教授と話したくないからだと思う。


「渡辺さん、今さらかもしれないですけど、この車ってどこに向かってるんですか? 教授の研究室ってことは分かるんですけど……」


「もうすぐ着くよ」


 渡辺さんはそうとだけ言った。車は高速道路の出口に入る。その時見た地名を、思わず呟いた。


「柏……?」


 柏と言えば、柏レイソルくらいしか思いつかないが、ここで高速を出るということは、目的地にほど近いのだろう。


 やがて、車は一般道に入った。だが、目的地はすぐそこだったようだ。

 車はある施設へと入っていく。非常に大きい施設で何の施設なのかと訝しんでいると、教授が説明した。


「科学警察研究所。通称科警研。科学の分野から警察捜査の手助けを行っている研究所だ。僕はここの研究員なんだよ」


 じゃあどうして教授と呼ばれているのか気になった。教授って大学の先生のことだと思ってたんだけど。まあ、今はそこまで関係ないか。


「教授の研究分野は?」


「まあ、僕の研究室に来れば分かる。さあ、着いたぞ」


 車が駐車場に停まると、教授が外に出て僕たちを促した。寝たふりをしていたリュウがわざとらしく伸びをしたりして、車から出ていった。

 僕も外に出る。予想以上に大きい建物の外観から、さすがに科学捜査の第一線級であると感じられる。


 それにしても、ここまで大きい話になっていたとは……。リュウの言動の端々からこのような何かしらの組織の存在は予想できたが、正直ここまで政府や警察が関わっているとは思わなかったのだ。


 僕は、教授たちが何事もないように研究所の中に入っていくのについていく。研究所の中は、どうやら色々な棟に分かれており、その中の一つに実験の棟があるようだ。


 教授は、奥の方へと進んでいく。明らかに関係者用と思われる扉をパスワードを解除してから開けると、その先二重にも三重にもセキュリティがかかっている扉を開けていった。

 そして、最奥部にあるエレベーターに乗車するように促す。


「僕の研究室は地下にあるんだ」


 エレベーターが到着する。僕たちを乗せた後、教授がまたもや何かしらのパスワードを打ち込んで、エレベーターを動かした。


「……厳重なんですね」


「そりゃあ、機密機関だからね。僕の研究室は特別に用意されたもので、公にはなっていないんだから」


 下へ、下へ。どれだけ下っただろうか、と感じ始めた時にエレベーターは止まる。

 そして、ドアが開いた。


「――うわっ」


 僕は思わず声を上げる。科警研の奥へと進んでいくにつれて、人気ひとけがなくなり閑散とした雰囲気になっていたのに、ここは人の出入りが多くある。研究者だけで数十人いるのではないか。


 そして、僕が驚いたのはその広さだった。いくつもの部屋があり、そこから慌ただしく研究者たちが出入りする。まさか地下にこんな大規模な研究室があるとは思わないだろう。


 これが、教授の研究室。これが――、


「ようこそ、僕の研究室、分化世界特別研究室、――通称、EWLエウルへ」

 いくつか地名が出てきました。それに従って、前話も改稿致します。

 科警研はもちろん実在する施設です。ただし地下の研究室というのは完全にフィクションですが……。中も入ったことがないので構造などまったくわかりませんが、その点は見逃してください。


 コウたちが住んでいるのは、春日部市です。最寄駅が春日部駅。そこから大宮駅まで電車で行ったのちに、車で千葉の方面まで行っています。ちなみに、作中のコウのセリフの通り、春日部駅から直接行く方がよっぽど近いです。まあ、コウはどこに行くか知らなかったので仕方ないです。

 補足は以上です! おかしいところなどのご指摘待っています!

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