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イレイザー・ワールド  作者: 永田昇
第一篇 ワンダー・ザ・メモリー
7/11

2-3 未知なる剣技

 場所は、格技室。僕とリュウが初めて出会った場所だ。まあ、この世界ではないんだけど。


 結局、売られた喧嘩を買う形で、僕とリュウの剣道による試合が行われることとなった。

 美咲は、あれから男子部の主将にも話をつけて、さらには後輩たちを使って即興のビラまで作り、宣伝に奔走(ほんそう)したようだ。その甲斐あってか、ちらほらとギャラリーらしき人も集まってきている。


 しかし、あんまり盛り上がるカードだとは思わないんだけどな……。今日やってきたばかりの転校生と僕だなんて。美咲ならまだしも。

 だが、そういったことは僕の対戦相手となる男の子には関係ないようで、竹刀を持って感触を確かめたりしている。


「そういや、剣道やったこと、本当はあるの?」


 一応、リュウに尋ねる。片手で竹刀を持ちながら、何回か素振りをしていたリュウは、振り向くことなく答えた。


「うーん、なんかそれっぽいのはやったことあるような気がするんだけど……。あと、なんかで見たことがあるくらいかな。ま、基本はあっちでやってるのとおんなじだろ」


 いや、全然違うんだけど……。僕は、二ヒヒと笑うリュウに対し、はあ、とため息をつくことしかできなかった。


「じゃあさ、防具の付け方は分かる?」


「へ? 防具?」


「まさか、防具も知らないとかないよね……」


「……あ、あー、あのお面とかのやつか! なーんだ、そんなの重いし、いらねえよ」


「いや、いらないとかじゃなくて……」


 これはもう、試合になるのかどうかすら怪しくなってきた。


「どうかした? トラブってるの?」


 いくつかの広報活動を終えて戻ってきた美咲が、なにやらゴタゴタしているように見える、僕とリュウの間に入ってきた。


「いや、トラブルってほどじゃないんだけど……、ほら、リュウって剣道やるの久

しぶりだから、防具の付け方とか、ルールとか忘れてるみたいで」


「えー、そんなにやってないの? 本当に大丈夫? 結構、宣伝して回ったんだからね。うちのエースと大物新人の対決! ってね」


 いや、いつから僕はエースになった。そして、いつから目の前のこいつは大物新人になってるんだ。ただの転校生だぞ。


「大物かー、これは嬉しいねー」


「何でそんなに嬉しそうなんだよ。っていうか、防具は手伝ってもらうとして、ルールとかどうすんだよ。そこまで教えてるヒマなんてないよ」


 そこで、美咲はふーむ、と考えてから何かひらめいたように人差し指を上げる。


「じゃ、いっそのことルールも簡略化しようか。単純明快に、一本先取の形で」


 普通、剣道の試合は三本勝負――いわゆる二本先取の形で行われるが、それを美咲は一本の勝負にしようと言っている。ちなみに、これは通常の形で決着がつかなかった時の、延長戦で採用されるルールでもある。


「まあ、そっちの方が見栄え的にもいいのかな。リュウ、それで大丈夫?」


「え? ああ、俺は何だっていいけど。とりあえず、一本取ればいいんだろ」


 これ、本当に分かっているんだろうか。そもそも剣道のルールなんて分かっていないリュウなのだから、何が一本かすらも分かっていないのではないか。


「じゃあ、それでよろしく。試合は今から二十分後で!」


 美咲が去って行ったのを確認して、僕はリュウを手招きする。


「ねえ、本当に剣道のルール、分かってるの?」


「いや、全然。何ていうか、脳天に一撃食らわせれば勝ちなんだろ?」


「いや、まあ確かにそうだけどさ……」


 実際には、一本となる有効打点は面の他にも、胴、小手、突きがある。突きは中学生の試合では認められていないのだが。

 さらに、一本となるためには、タイミング・姿勢・掛け声・残心といった要素が必要となる。そのことをいちいちリュウに説明しても無駄かと思うので、審判役の男子部主将に後で話しておこうと思う。ある程度は大目に見てやってくれ、と。


 それでもこの勝負を持ちかけてきたのは、勝算があったからなのだろう。いや、リュウの場合勝算というよりも勝てるという根拠のない自信、と言うべきか。

 剣道という武術を舐めている、とも言えるが、リュウの場合はそうとは考えられない。そもそも、実際に戦場に出ているような人間が剣での戦いを舐めてかかる、ということ自体考えにくかった。


 僕は、準備をしながらもリュウのことを気にかける。どういう戦法でくるつもりか。いや、そもそも何も考えていないのか。それなら自分はどのような方策を用いるべきか。

 考えれば考えるほど、ドツボにはまるような気がして、僕は考えるのをやめた。

 今は、目の前の相手に集中だ。




「えーっと、皆さんお集まりいただきありがとうございます! 剣道部女子主将の濱野です!」


 定刻となり、集まっていたギャラリーの前で美咲が話している。ルールの説明だとかをしているが、何ていうか話すのうまいよな、あいつ。

 思っていた以上にギャラリーも集まった。本当に暇人だらけだな……。


「えー、それでは向かって右側、剣道部のエースとも言える実力の持ち主、越谷晃くんです!」


 ヒューヒュー、とかいう声や、指笛やらが聞こえてくる。完全に武道の試合っぽさが失われていて、正直、集中力を失ってしまう。


「そして向かって左側、転校初日の期待の星、大方隆くんでーす!」


 リュウは、立ち上がって歓声に応えようと手なんかを振っている。だが、身に付けた防具が重いのか、ふらふらしていた。


 こりゃ、やる前から勝負は決まってるかもな。

 リュウの剣技を間近で見ていたからこそ、この勝負に対して僕は幾分いくぶんかの警戒を持っていたのだが、過剰な心配だっただろうか。リュウが剣道というものを知らなさすぎていたのか。


 二人は向かい合って、立礼をする。細かい礼儀作法は抜きにしよう、というのが取り決めだったが、さすがにこれは抜かせない。

 そして、前に進み出て、剣を構える。僕は、しっかりと竹刀を中段に構えた。


 思わず、あっ、と言いそうになる。上段に構えられたリュウの竹刀からは、何かオーラのようなものを感じる。

 剣が構えられると、一挙にギャラリーも静かになる。僕にとっては、いつもの試合に戻っただけだ。これが、僕にとってのいつも、なのだ。


 なのに、なのにどうして。どうして、あんな剣道の初心者の構えに何かを感じて

いるんだ。何も作戦なんてないはずなのに。


 そして、僕はハッ、とする。

 違った。僕は思い違いをしていた。リュウは、剣道を確かに知らない。だが、あいつは戦うということを知り過ぎている。


 審判役の主将が「始め!」と叫んだ。その瞬間、僕は迷いを断ち切るという意味でも、一気に勝負を決めに行った。一本勝負だ。短期決戦になるのは目に見えている。


「せやあああああああっ!」


 僕は、上段に構えてがら空きになったリュウの胴めがけて、突っ込む。突然突っ込んできた僕に対して、リュウに動揺の色は見られない。もちろん面を付けているので表情は読めないが。


 リュウの狙いは僕の面を打つこと、それだけだと確信していた。先ほどの物言いから、リュウの頭に細かいテクニックや作戦を使うことは全くないと考えていた。なら、単純に面を狙ってくるはず。


 それなら、あえてそれを引き出そう。僕が下から潜り込んできたので、完全に僕の面はガラ空きだ。リュウは上段に構えた竹刀を僕の面に向かって振り下ろす。


 そして、それが僕の狙いだ。あらかじめ予測していた面なら、簡単に躱すことができる。僕は、リュウの面を弾き飛ばし、そしてそのガラ空きの胴に一発お見舞いする――、


「!!」


 僕は自身の竹刀が、弾かれたのと、空を切ったのを同時に感じる。

 完璧な抜き胴だったはずだ。それを、咄嗟とっさに身をひるがえして回避し、さらに面を打ったので立て直すことで精一杯のはずのリュウの剣が、高速で僕の剣を叩いて弾いたのだ。


 速すぎる。この剣の初動速度はもはや、人間業じゃない。だがそれが、リュウの戦闘者ファイターたる所以ゆえんなのかもしれない。


 僕は、一旦間合いをとる。リュウの上段の構えは相変わらず変わらないが、先ほどよりも動きが軽快になっている気がする。やっと、エンジンに火がいた、というところか。


 ここで僕は、むしろ自分が焦っていることに気付く。だが、体はほとんど反射的に動いてしまった。リュウのガラ空きになっている胴や小手を狙って次々と打突を放つ。だが、僕を試すかのように、リュウはそれをかわし、弾いていく。

 自分の打突が無意味な一撃となる度に、焦燥しょうそうつのる。どうして、どうしてこうなる。苛立いらだち、竹刀を握る手の圧も強くなっていった。


 そんな時だった。また間合いを取った僕は、リュウの目を面越しに見た。


 ――笑っている。


 その目から読み取れるものは、僕にもよく分からない。「なんだよ、楽しいじゃねえか」なのか、「おいおい、そんなもんかよ」なのか。だが、笑っていた。リュウにはまだ余裕がある。


 対して僕はどうだ? 何に囚われている? 剣道部員だという体裁か? 美咲との約束か? 

 僕には余裕なんてなかった。この勝負を、リュウとの戦いを楽しむ余裕が。


 それを自覚した途端、焦燥は消え去っていた。僕は、この場面で笑えるほど強くはない。だけど、リュウの笑みを見たことで、かえって集中できた気がする。


 さあ、どう動く。あいつを、どうやって出し抜こう。

 じりじりと間合いを詰めていく。上段の構えから、リュウの狙いは面だと分かっている。ならば、狙うのは胴か小手か。だが、先ほど抜き胴は完全に防がれてしまっている。


 いや――、

 僕は、発想を変えることにした。何も、剣道の勝ち方に決まりなんてない。


「はああああっ!」


 僕は気合の一声と共に、一歩を踏み出す。そしてリュウの右小手を狙って斜めに竹刀を振り下ろす。


 それに気づいたリュウは、僕の打突を見事に弾く。だが、その瞬間、僕はリュウの面を狙って打突を放った。


「めええええええん!」


 小手をフェイントに使った、小手面。技としてはまだまだ不完全なものではあったが、散々小手と胴を見せた後だと効果的だった。

 上段から面を狙ってくる相手に、面を打つのは難しい。だが、それを逆手に使わせてもらった。


 僕の面が決まる。これは、間違いなく一本だろう。

 だがしかし、僕は同時に嫌な感触も覚えていた。

 審判を見る。思った通り、旗が上がった。


「………えっ」


 だが、それはリュウの勝利を示すものだった。

 確かに僕は面を打った。そしてそれはリュウを直撃したはずだ。


 それでも、僕は同時に胴に嫌な感覚を覚えていた。そして、何が起こったのかを確信する。

 リュウは、僕の小手面に対して、抜き胴を放ったのだ。そして、それを僕の面が決まる直前スレスレで決めたのだと。


 そんなはずがない。リュウは抜き胴なんて知らないはずだ。剣道なんてやったことないって言ってたのに。抜き胴すら見たことがない――、


 そこまで考えてハッ、とする。

 いや、ある。あるじゃないか。先ほど、僕が放った抜き胴。あれをものの数秒で真似して返してきたというのか。


 あり得ない。こんなの勝てっこないじゃん。

 だけど、心地よかった。僕の身体を伝う汗は、とても心地よく、負けたことを忘れさせてくれるまでもあった。

 こりゃ、完敗だな、色んな意味でも。僕は、そう思うことしかできなかったのだった。

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