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イレイザー・ワールド  作者: 永田昇
第一篇 ワンダー・ザ・メモリー
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2-2 波乱の前兆

「でもさ、忘れるって言ったじゃん! あの世界でのことは」


 一時間目の休み時間になり、僕はリュウをいわゆる『連れション』というやつに誘う。ただし、向かったのは人気のない非常階段だった。


「まあ、そうだな。普通はそうなるはずだったんだけどなー」


「普通は?」


「そ。ほら、この前俺言っただろ? 俺は『理由ワケアリ』だって。何となくそんな気がしてたんだけど、やっぱりお前も俺と一緒だったみたいだ」


「じゃあさ、この前教えてくれなかったことも教えてくれるよね」


 僕は、少し不機嫌そうに尋ねる。ここまで深い関係を持っていて、何も教えてくれないというのでは、納得がいかない。


「……っていうかお前にはまたあの世界で戦ってもらわないといけないんだけどな」


「へ?」


 何を言っているのか。どうにも理解できなかった。


「だからー、お前は俺みたいな戦闘員として、《幻影ファントム》たちとの戦いに加わってもらう、って言ってるんだよ」


「…………はあ!? や、やだよ、そんなの! だって、僕、君みたいに光を集めることはできないんだよ! あんなところで、あんな影たちと追いかけごっこするなんて、ゴメンだって!」


 僕は、一週間前のリュウの言葉を思い出していた。《幻影ファントム》たちは、異物である僕たちを消去しようとしていたはずだ。つまり、下手すれば僕もあそこで死んでしまうことだってありえるのだろう。そんな世界にわざわざ飛び込んでいくなんてできるわけない。


「でもよ、どうしようもないんだって。お前はそういう運命なんだからよ。あと、ちゃんと準備さえして行けば、《幻影ファントム》なんて怖いことはないんだぜ」


 いや、準備って……。


「ともかく、詳しいことを話さないといけないから――」


 そこで、勢いよく非常階段のドアが開かれる。その音にビクッ、となった僕たちは、そのドアを開けた人物を恐々(こわごわ)と見る。


「なんだ、やっぱここにいたんだ、コウ」


 その人物というのは、美咲だった。僕は、少しだけ胸を撫で下ろす。


「美咲か……、びっくりした」


「いや、そんなに聞かれて困るような会話してたの? というかさ、大方くん? だっけ、コウのこと知ってるの?」


 美咲は、リュウを少し疑わしげに見つめる。まあ、さっきの感じからしても、一方的にリュウが僕に近づいていると思っても、仕方がない。


「あー、知ってるぜ。コウとはな――」


 ここで僕は、少しドキマギする。リュウが、どのように僕との仲を説明するのか。


「――前住んでたところで、仲良かったんだ」


 それを聞いて、ホッとする。僕も、転校してきた身なので、この言い訳は通用するからだ。


「へぇ、そうなんだ。よかったじゃん、コウ」


「……え、あ、う、うん」


「でもさ、それだったらもう少し嬉しそうにしててもよかったのに。さっき、なんか一方的に知ってるみたいな感じがあったから、コウが付きまとわれてると思ったんだから」


 出た、美咲の心配症。ありがたいっちゃありがたいんだけど、程々(ほどほど)にしておいてほしいと思っている。


「いやいや、なんかコウってば俺のこと本気でちょっと忘れてたみたいだからよ。ちょっとこの時間で思い出させてやろうと思ってな」


「ふーん、そうなんだ。あ、自己紹介まだだったね。私、濱野美咲です。これでも剣道部の主将なんだよ。で、こいつの家の近くに住んでます」


 こいつ、というのは完全に僕のことだ。僕は置いておけぼりで話が展開されていく。


「そっかー、コウの家の……。ふむ」


 そう言うと、ニヤリと僕の方を横目で見る。


「ふーん、隅に置けないやつだなー、コウは」


「「そんなんじゃないって!」」


 僕と美咲の声が重なる。それを見て、リュウは愉快そうにクックッ、と笑った。


「いいか、リュウ。僕と美咲は、家が近所ってだけでそれ以上でもそれ以下でもない!」


「なんかそんなに断言されると、ちょっとしゃくに障るけど……、でも間違ってはないね」


 リュウは、僕と美咲を見比べて、少しつまらなさそうに「ふーん」と呟いた。


「それより、もう授業始まるから戻ろうよ!」


 僕は、そう言って二人を急かす。「そだねー」とか言って、美咲も急いで教室に戻ろうとした。それを追いかけようとした僕の背中に声がかかる。


「そうだ、コウ。さっき言おうとしたんだけど、お前を連れて行かないといけないところがある」


「それって、さっきの話と関係してるの?」


 僕が、あの世界で戦うとかなんとか、という話だ。


「もち」


「嫌だ」


 断固、拒否。そんなところに行ってしまえば、流れだとかなんとかで、絶対にまたあの世界に行く羽目になる。それだけは、避けなければならない。


「はあ、強情だなー。でも、あの世界については知りたいんだろ?」


「知りたい」


 それは間違いなかった。単純にあんな世界があったこと自体、自分の中で整理できていない状況なのに、その一方でリュウのように戦っている人間もいるのだ。知的興味が湧かないはずがない。


「うっわー、すげえワガママなこと言ってるよ……」


「そうかな?」


 うん、まあ言われてみればそんな気もする。でも、仕方ないじゃん。

 遠くをよく見ると、美咲が大きく手を振っているのが分かった。あのジェスチャー的には、「早く来い」ということなのだろう。


「ま、絶対連れて行くから覚悟しとけ。っていうか、そうじゃないと俺はお前に何も教えない」


 それだけ言って、リュウは教室へと早足で戻って行くのだった。




 今日の一日は、完全にいつもの日常とは異なっていた。

 もちろん、原因は僕の右隣を歩いているこの少年である。今から部活だというのに、ピッタリくっついてくるのだ。


「ねえ、言ったでしょ。僕、部活だから。リュウは帰った方が……」


「いや、俺も言ったはずだ。俺は、お前を連れて行く義務があると。だから、ぜってえ離れない」


 まるで、小学生だ。僕が困ったようにはあ、とため息をつくと、掃除当番で遅れていた美咲が追いついてくる。


「なーに、ため息なんかついちゃってんの……、ってあれ? 大方くん? どうしたの? …………あ! なるほど、剣道部志望とか!?」


 さすが美咲。発想がおめでたすぎる。さすがのリュウも、これには度胆どぎもを抜かれたようだった。


「へ? け、剣道? いや、俺は剣道はちょっとやったことないし……、たぶん」


 たぶんって、そのくらい覚えておけよ。

 だが、同時に僕は、このストーカーを追っ払うための手段を見つけたと、内心ほくそ笑む。


「えー、でもここまで来たんだから、ちょっとは見ていけば?」


「え、いや、その……」


 リュウが戸惑いながら、僕に目線で合図を送ってくる。「どうにかしてくれよ」的なニュアンスが見て取れた。


 仕方ない、なんとかしてやろう。


「美咲、美咲」


 僕は、美咲をちょんちょんとつつく。


「何、コウ? 今いいとこなのに」


「リュウだけどさ、実は剣道やったことあるらしいよ」


 それを聞いた瞬間、リュウの顔が引きつる。


「なっ!?」


 そして、対照的に美咲の顔はぱぁーっ、とほころぶ。


「本当!? じゃあさ、今日一日だけでも見て行ってよ! それでその後入部するかどうか決めてくれたらいいから! ね!?」


 よし、作戦通り。僕は心の中でガッツポーズをした。

 部活を使って、うまくリュウを取り込むことで、僕にちょっかいをかける時間を短くする。まあ、本当に部活に入るのなら僕と一緒にいる時間は必然的に長くなるけど、部活終わりの時間ならさすがに連れて行かれることもないだろう。


 勝った。僕の勝ちだ。ありがとう、美咲。


「待て待て待て、ちょっと待て!」


 必死にリュウが抵抗する。まったく、往生際の悪い奴め。


「えぇー、昔やってたんでしょ? だったら、ちょっとくらい」


「そう、それもかなりの実力。リュウのやつ、意外にシャイだから見せたがらないだけなんだ」


 ここで追い打ちをかけておく。リュウは、僕のことを恨みのたっぷりこもった目で見つめてきた。


 ――だが、それは瞬間的にいつもの得意げな笑みに変わる。


「…………ははははは! ったく、隠してたのによ! コウ、お前マジで嫌なやつだぜ」


 あれ? なんか乗ってきたぞ、この人。 これ、どういうこと?


「じゃあ大方くん、やっぱり剣道やってたの!?」


「あー、まあそうだな。ってか、リュウでいいよ、なんかむずがゆいし。……でだ、見学だっけ? まあ、見学くらいなら行ってやっても構わねえよ」


 どういうことだ。さっきと態度が変わり過ぎている。この数秒の間に何があったというのか。


「おぉー! 急にやる気になったね! えーっと、リュウ、くん? 楽しみにしてるよ!」


 そう言って、女子更衣室へと向かおうとした美咲に向かって、リュウが声を掛けた。


「ちょい待ち」


「え?」


 何か企んでるぞ、この顔……。僕はなんだか嫌な予感がし始めていた。


「行ってやってもいいけど、条件がある」


「じょ、条件?」


 振り向いた美咲は、首をかしげる。


「そ。まあ、ざっくりと言うとだな、こいつと試合させてくれ」


 こいつ、というのはやっぱり僕のことなんですよね。さっきから、美咲もリュウも名前ですら呼んでくれないなんてひどくない?


「って、試合!?」


 僕は、素っ頓狂とんきょうな声を上げる。いや、練習の時間もあるし、いきなり試合だなんてそんな真似できるはずが……、


「試合か、ふーむ……」


 美咲は何か考えている。え、何、やる気なの?


「あと、もう一個だけ」


 リュウが人差し指を上げる。


「何?」


「こいつが俺に勝ったら、俺は剣道部に入るよ。だが、俺が勝ったら――」


 そこでリュウは、僕の方に向き直って言う。


「――俺の言うこと、一つ聞け」


 そう来たか。とにかく、どんな手を使ってでも僕のことを連行するつもりでいるらしい。


「だけどさ、色々と練習との兼ね合いもあるし、やっぱ無理が――」


「いや、やろう」


 美咲はポン、と手を合わせて言う。え、やるの? そんな簡単に決めていいの?


「おっし、そうこなくっちゃ!」


 すっかりやる気のリュウを傍目に、僕は美咲の耳元にささやきかけた。


「大丈夫なの?」


「大丈夫だって! 今から後輩使って宣伝しまくるからさ、オリエンテーション的

な感じでやろうよ! これで部員集まるかもしれないんだし。それに、コウが勝てば自動で部員一人ゲットなんでしょ? いいじゃん」


 あー、そういう使い方しますか。まあ、確かに面白い企画ではあると思うけど。


「だからさ、コウ。勝ってね」


 その言葉は、期待されているのだと実感できる反面、ものすごいプレッシャーというものも感じてしまう。


 リュウはおそらく手強い。そんなことはこの前の剣技を見ていれば分かることだ。

 だが、ここは僕のフィールドだ。この場所で、負けるわけにはいかない。


 だったら、やるっきゃない。それに、あんな剣技を見せてきた相手と戦えるなんて、むしろ光栄と言ってもいいかもしれないし。

 僕は、美咲の言葉に対し、親指を上げて答える。


「ああ、任せて」


 だから、リュウ。君の思惑を打ち砕いてやるよ。

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