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イレイザー・ワールド  作者: 永田昇
第一篇 ワンダー・ザ・メモリー
3/11

1-3 光を綾取る少年

「……誰?」


 妙に既視感のある男の子だった。いや、絶対に会った事なんてないはずだ。というより、この世界で会う初めての人間だ。警戒を解いてはいけない。

 それでも、この影の攻撃から自分を救ってくれたのは間違いない。その点に関しては感謝しなければならないのだが……。


「大丈夫か?」


 男の子は、得意気な笑みを浮かべながら言う。


「……う、うん。た、助けてくれてありがとう」


「いやいやそれほどでもー。まあ、お礼とか言ってもどうせ忘れるから無駄なんだけどな」


「え、それってどういう……? そもそも君は誰? この世界に、人間はいるの?」


 そこまで言いつつ僕は考える。この色のないモノクロの世界に突然現れた男の子は、しっかりとした存在を持っている。変な言い方だが、ちゃんと色彩を持ち、ちゃんと喋っている。ここの世界の物や人ならもっと何というか存在が危ういはずなのだ。

 だから、多分……、この子はあっちの世界から来たのだと感じた。僕と同じように。


「うーん、質問が多い。俺だってお前のこと知らねえんだからよ。まあいいや。とりあえず俺のことはリュウと呼べ。お前は?」


「ぼ、僕は……、越谷晃」


「じゃ、コウだな。コウ、俺は向こうの世界からお前を助けるためにやって来た。だから、安心しろ」


「いや、そう言われても……」


 そんなに簡単に安心しろ、と言われて簡単に安心できるような状態でもないんだけど……。


 それでも、さっきの自分の考えを振り返ると、リュウが向こうから来た、ということは信用に値するのだと思う。

 しかもさっきの影を貫いた光の剣。あれがあるなら、影を切り払うことができるのかもしれない。そのことからも、リュウが僕を助けるためにやって来た、ということはある程度信頼できる。


「……いや、やっぱり信じるよ」


「ふーん、やけに冷静なんだな」


 リュウは、僕を観察するようにジロジロと見てくる。年は同じ年くらいだろうか。先ほどの屈託のない笑顔がよく似合う、やんちゃそうな顔つきをしていた。鋭い目つきは自信を表しているかのようで、ツンツンとした髪は男の子らしさを強調していた。


「だってこの世界に来たこと自体、もうおかしいとしか言いようがないんだから。君がこの世界にいることくらい受け入れないとやってられないよ」


「そうかそうか。いやー、お前は話が早くて助かるよ。ここまであっさりとこの世界のことを受け入れられる奴がいるなんて思いもしてなかったしな」


 まあ、確かに自分でもこんなに素直に受け入れているのはおかしいと思うのだけれど、それでもまずは受け入れるしか他ないのだった。


「ところでさ、リュウはこの世界についてどれだけ知ってるのさ?」


「うーん……、そんなには知らないんだけどよ……。まあ、この世界は……、存在するはずのない世界ってわけだ」


「そんなことくらい分かるよ。こんな薄暗くて気持ち悪い世界、その辺にあったらやってられないし」


 僕の言葉に、リュウは少しバツが悪そうに目を逸らしながら答える。


「うん、まあそうだな。でもそうじゃなくて、何て言えばいいのかなー。本来ならあってはいけないんだが、色々あって、あるべきところから抜け落ちてできてしまった世界っていう感じだな。……今ので分かるか?」


「いや、さっぱり」


 よく分からなかったが、とりあえず本来ならできるはずはなかった世界だ、ということは分かった。


「えーと、じゃあもっと詳しく言うとだな……、ここは誰かの記憶が封じられている世界だ」


「き、記憶?」


「そう。だから、この舞台は誰かの記憶の断片ってわけだ。誰かの記憶が抜け落ちて、その結果この世界が形成されている、らしい」


 記憶の断片? それじゃ、このモノクロの世界は誰かの記憶の中っていうわけなのか? 信じられないけど……、


「まあ、信じるしかないよね……」


「うん、まあとりあえず信じてくれ。で、お前がこの世界に巻き込まれた原因は今の所よく分からない。ま、それはたぶんお前に原因があると思うんだけどな」


「え、それって……?」


「お前、何か変な光見なかったか?」


 それは、あの光のことだろうか。現実世界で見た、あの謎の光。


「た、たぶん……」


 それを聞くと、リュウがはあ、と軽くため息をつく。若干呆れた表情を浮かべていた。


「そんなもんに近づくからこの世界に飛ばされるんだよ。まあ、興味湧くのも分かるけどさー」


「ごめん……」


「まあいいさ。ともかくここから出ねえとな。よし、行くぜ」


 そう言うが早く、リュウは歩き始めていた。


「い、行くってどこに!?」


「あー、お前は分からないか。えーとな、今からこの世界を統括する《幻影ファントム》をぶっ潰しに行くんだ。そいつを倒さないことには、現実世界に戻ることはできないぜ」


「待って! まだ聞きたいことがたくさんあるのに!」


 今の話でも分からないことがあるというのに、勝手に話を進められても困る。

 その言葉に対して、リュウは足を止めて、顔だけこちらに向けて口を開いた。


「アホか。こんな所にずっといたら、さっきみたいなのがまたウヨウヨし出すんだぞ。そうなったら、俺でもお前の命の保証はできねえぞ」


 リュウの言葉に、僕は思わず息を呑む。


「それに、さっきも言ったけどお前はこの世界を出たとき、この世界のことを覚えていることはない、らしい。今まで俺が言ったことも、俺の存在すらも、お前の記憶からは抜け落ちるはずなんだ。だから、細かいことは気にしなくていいってわけだよ」


「それだよ、それ。この世界を抜け出したら忘れるっていうのがよく分からないんだって! じゃあ、君はどうなるの?」


 リュウは、やっと体ごとこちらを向き、頭をポリポリと掻きながら話す。


「うーん、俺は色々と理由ワケアリだからな。まあ、こっちのことも覚えてるんだよ。……だから、細かいことは気にすんなって」


「だって、色々喋ったのはリュウの方じゃないか。僕だって先が気になるよ」


 そう言うと、リュウは「うぐ」と言い、目を宙に泳がせる。


「ねえ、リュウ。僕だって訳が分からないんだよ。でも、何となく知りたいんだ、ここのこと。全部教えてくれなくてもいいからさ、教えてよ。せめて、今よりは詳しく」


 そう言って、ゆっくりとリュウの方に近づいていく。リュウは道場の出口付近に立っていた。リュウの目は少し困ったようにも、迷っているようにも見える。


 しかし、その目は瞬間的に鋭く光った。

 リュウの体は、気付いたらそこにはなかった。僕が「あれ?」と思ったときには、リュウは風を切り裂くかのようなスピードで、僕の横をすり抜けていた。


 僕は恐る恐る後ろを振り返る。まさに、先ほどと同じような影――リュウによれば《幻影ファントム》が、低い唸り声を上げて消えていく最中であった。


 リュウの手には、先ほどと同じく光の剣が握られていた。いや、僕が光の剣だと思っていたものは、実際には光の束のようなものだった。それは、リュウの右手の周りをバチバチという音を立てながらまとっており、剣のような形を作り出している。


「……だから言っただろ。こういうことになるんだ」


 僕は、やっと状況を理解した。また、リュウに助けられたのだ。


「…………ご、ごめん」


 そして僕は悟った。この世界の危険性を。このままボヤボヤしていると、また新たな《幻影ファントム》に狙われかねない。


「分かっただろ。俺がどうにかしてやるから、お前はどっかから見てろ。《幻影ファントム》に見つからないようにな」


「う、うん」


 ここは大人しく従わざるを得ない。僕があんなにも苦戦しながら、仕留めきれなかった《幻影ファントム》を、一撃で沈めるだけの力をリュウは持っているのだから。


「あー、だけどな」


 道場を出ようとしたリュウが、こちらを向かずに言った。


「……まあ、その、さっきの戦い見てたけど、けっこうセンスあると思うぜ、お前」


「……へ?」


 思わずキョトン、としてしまうが、その照れたような、どこか恥ずかしげに言う台詞に、僕はプッ、と吹き出してしまう。

 どこに照れる要素があるんだか。


「何だよ、なんかおかしいのかよ。……ほら、行くぞ! グズグズすんな!」


「はいはい」


 さっきまで距離を感じていたこのリュウという少年だったが、今はほんの少しだけ、近づけたような気がしたのだった。




 道場を出て、しばらく歩きながら、今度はリュウが僕に尋ねる番だった。


「お前は、ここに来てからどこを回ったんだ? まあ、《境界ボーダー》が学校で綺麗に区切られてるっぽいから、大体絞られてくるんだけどな」


 何かまたよく分からない単語が出てきたが、聞いてもまた堂々巡りだと思い、一旦は胸の中にしまっておく。


「えーと、グラウンド、他の教室、体育館……、目ぼしい所は結構回ったかな……」


「そうか…………」


 それ以外に回っていないところといえば……、


「あっ」


 リュウが振り向く。そして僕の顔を覗き込むようにして問うた。


「何か思い出したのか?」


「ち、近いって……。いや、実は職員室にはまだ行ってなかったな、って思って」


「そいつを早く言え!」


 そう言うと、リュウは体の向きを変える。だが、少し止まった後、程なくしてあちらこちらを向いて、キョロキョロとし始める。


「……職員室ってどこだ?」


 僕はハハハ、と力なく笑いながらリュウを職員室へと連れて行く。この格技室からは少々離れていた。

 僕が職員室を見に行かなかったのは、ごくごく単純だ。習慣的に、僕たちは職員室に行くことはないので、ここに誰もいないということが分かっていても、自然と避けてしまいがちになってしまうのだ。だから、職員室へと向かう前に、体が自然と道場の方へと向かってしまった。


「ここだよ」


 歩いて行くと、道場とは別の棟の一階にある職員室へとたどり着いた。扉は閉まっている。


「……サンキュ。お前はここで待ってろ」


「で、でも……」


「さっきも戦って分かっただろ。お前には、《幻影ファントム》は倒せない。ましてや、この世界の統治者である《ロード》はな。別にお前が悪いわけじゃねえ。俺はそいつを倒すためにここに来たんだから、それなりの準備をしてるんだ。いきなり放り込まれたお前が何もできないのは、仕方のないことなんだ」


 それは分かっている。でも、それでも……。

 必死に訴えるような目をしていると、リュウは少しけわしい表情で口を開いた。


「いいか、コウ。俺はお前を守らないといけねえんだ。はっきり言ってお前が戦おうとしても足手まといになるのがオチだ。そんなお前を戦いに巻き込んだって、良いことは一つもねえんだよ。大丈夫だ。お前の方には《幻影ファントム》が行かないようにするからよ」


 そして、リュウは僕の肩をポン、と叩く。

 昔、誰かに同じようなことをされた気がする。いつだったか、全く思い出せないのだが。


 だけど、それは僕の気持ちを落ち着かせた。きっと、リュウなら大丈夫。そう思わせてくれた。


 僕は、黙って頷いた。

 それを見て、リュウは口角を少し上げる。そして、任せとけ、とでも言うように親指を立てる。


「……じゃあ、行くぞ」


 そう言うと、リュウは職員室のドアを開く。入り口から全体が見渡せるこの職員室の中は、相変わらずモノクロ調で、色彩が欠落していたが、何か嫌な感じを与えてくる。


「き、気を付けてね」


 僕は小声でリュウの背中に語りかける。リュウは、黙ってその言葉に頷いた。


「…………《集結コンセントレーション》」


 リュウが、その言葉を言うと、リュウの周りに光が集まる。その名の通り、《集約コンセントレーション》であった。さきほどから、こうやって光の剣を作っていたのか。光を集め、操る。まさに、この世界で生き抜くための能力なのだろう。

 リュウは、ゆっくりと職員室の中を歩んでいく。そして時々立ち止まり、キョロキョロと辺りを見渡す。


 刹那、リュウを挟むような形で《幻影ファントム》が二体生まれ、リュウを襲う。僕が、「あっ」と手を伸ばした時には、もう遅かった。


 一瞬、リュウの目が見開かれた。それが驚きからなのか、気合を入れたからなのかは分からない。結果として、リュウはその攻撃を受けるには至らなかった。

 リュウは、《幻影ファントム》の存在を確認したとほぼ同時に大きく高くジャンプをした。ここでの運動能力は、向こうに比べてかなり高くなっているように感じたが、それは間違いではなかったようだ。リュウのジャンプは高く、滞空時間もしっかりと長い。


 構わずパンチを繰り出していた二体の《幻影ファントム》は、相打ちになるかと思われた。しかし、二つの影は重なり合い、一つの大きな巨大な影となる。

 一つになると、人の形が崩れる。その巨大な一つの塊が、人型へと戻ろうともがく中、ジャンプをしていたリュウが、右手の剣をしっかり振りかぶりながら、降りてくる。


 リュウの剣が、《幻影ファントム》を切り裂くまで、本当に一瞬の出来事だった。さらに、僕が唖然としている最中にも、新たに《幻影ファントム》は生まれてくる。リュウは、息をつくヒマもなく、次の《幻影ファントム》は斬っては、次の《幻影ファントム》へと足を動かす。


 敵の攻撃をサラリとかわし、相手の隙を致命傷へと変える。その一つ一つの動きは、華麗で本当に無駄がない。


 ――こんな剣道選手いたら、全く歯が立たないだろうな。

 そう思ってしまうほどの実力だ。まるでダンスを踊るかのように、敵をぎ払っていく。


 しばらくして、敵の出現がほとんどなくなり、やっと一息つけるようになると、リュウは得意気な表情をこちらに向けた。


「な、言っただろ? 俺に任せとけって」


 その不敵な笑みは、自信過剰のようにも思えて、少し心配になってくるのだが、それでも不思議と安心した。

 どうしてだろう。この笑顔には、やっぱりどこか懐かしさを感じるのだった。

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