早起きは三文の徳
目を覚ますと、まだ目覚ましが鳴る前だった。
早起きできるなんて珍しいなぁって自分で思いながら起き上がって、制服に着替える。下におりると、お母さんはもう起きてて、お弁当も出来上がってた。改めて、毎朝ありがとうって思った。
「あら、おはよう雪乃。早いじゃない。」
「うん、おはよう。なんか、目が覚めちゃって。」
「もう受験生になるんだもの。いいんじゃない? 早起き。早めに学校に行って勉強しても良いのよ?」
「もー、修学旅行だってまだなのに、そんなこと言わないでよ!」
「ふふ、はいはい。」
中3になった、4月半ば。やっとクラスにも馴染んできたところで、まだまだ受験生だなんて自覚はない。
「でも、誰もいない学校ってどんなのか気になるかも。……お母さん、ご飯できてる?」
「出来てるわよ。」
「じゃあ食べる!」
せっかくだから、早く学校に行ってみよう。
朝の学校は、とても静かだった。運動部や吹奏楽部の朝練もまだ。先生以外、ホントに誰もいないのかも。なんだか嬉しくなって、教室に向かう足取りも軽くなる。
教室について、ガラガラッと勢いよくドアを開けた。……誰もいないと、思ってたのに。
教室には、男の子がいた。
目が合うと、ぺこっと頭を下げてきたあと、自然に目を反らされた。そのまま、彼――高見くんは勉強を再開した。
……ど、どうしよう。びっくりして、お辞儀し返せなかった。高見くんとはまだ喋ったことがない。ここで話し掛けるのも変な気がしてきて、どうしていいかわからなくてあたしは固まってしまった。
高見くんは成績が学年トップで、気安く話し掛けちゃいけない印象がある。静かだし、大人な感じだし、誰とも仲良くなろうとしてない感じだし。…………あれ。よく見ると、綺麗な顔立ちしてるのかも。眼鏡かけてるのを見るのは初めてだけど、なんかいい! ……あ、もしかして高見くん、睫毛長い?
あたしの思考が変な方向へいき始めた時だった。
「教室、入らないの?」
「……っ、え?」
わ、高見くんに話し掛けられた…!
「……え、じゃなくて。早く入りなよ。」
「う、うん。」
じっと見詰められてるのが恥ずかしくなって、あたしは慌てて教室に入った。
しばらく、沈黙が続く。……き、気まずい。
「あ、あのっ」
沈黙に堪えられなくて話し掛けると、高見くんは手をとめて振り返ってくれた。
「ん?」
「……あ、えっと。」
やっぱり高見くん、綺麗な顔してる…!
「……どうしたの、小林?」
「え……」
高見くんの口から出たあたしの名前に、驚いてしまう。
「名前……」
知ってくれてたんだ。
「名前? そりゃあ知ってるよ。クラスメートなのに。」
高見くんは、くすって笑った。
「あ……そっ、そうだよね!」
高見くんの笑顔が予想以上に可愛くて、びっくりしてしまった。
「あ、あの、高見くん、毎朝学校で勉強してるの?」
それを隠すように別の話題をふると。
「うん。集中出来るから。」
ちょっとだけ、意外だった。高見くんって頭いいけど、"がり勉"ってイメージはなかったから。周りの皆もよく、勉強してないのに成績よくて羨ましい、なんて言ってたけど……ちゃんと、見えないところで努力してたんだ。
「……あ、小林も勉強しにきたの?」
「え…? あ、いやあの……た、多分。」
「ふはっ、なにそれ。」
わ……高見くん、ちゃんと笑えるんだ。
「いや、なんて言うかその……」
「一緒に勉強する?」
「え……いいの? 邪魔じゃない?」
「うん、全然。朝って気持ちいいでしょ? 一人占めも、なんだか勿体ない気がしてたから。ここ、おいでよ。」
高見くんが隣の席をさす。
「あ……じゃあ、お言葉に甘えて……」
あたしは数学のワークを持って、高見くんの隣の席に座った。
「え。高見くん、もうワークそんなに進んでるの?!」
「ん? うん。早く終わらせて、復習したいから。」
……わー、次元が違う。
「小林は……、うん、頑張れ。」
「あ! 今あたしのこと馬鹿だって思ったでしょ!」
「いやいや。」
「そりゃ全然勉強できないけどっ」
「やれば出来るようになるよ。」
「……え?」
高見くんは、目を細めた。
「ちゃんと、出来るようになるから。……あ。俺教えてあげようか?」
「いいの?! 是非!」
「ふはっ、元気だけはいいね。」
「え、何それ。」
「何でもない。……さ、やるなら早くやっちゃおう。30分くらいしたらみんな来ちゃうから。」
「う、うん。」
高見くんの教え方は丁寧で、すごく分かりやすかった。あたしが分からないって言っても馬鹿にしたりなんてしないで、優しく教えてくれて。教え方もうまいし。それに、高見くんの声をきいてるのはすごく心地よかった。……あ、ちゃんと勉強したからね! 1人でやってたら、きっとこんなに進まなかったと思うし。
ちら、と高見くんを盗み見る。……実際喋ってみると、こんなにも印象が変わるものなんだなって思った。近寄りがたいイメージとか、なくなっちゃったから。
「そろそろ時間だね。」
時計を見て、高見くんが言った。
「もうすぐ皆が来始めるから、そろそろ終わろっか。」
気付いたら、外からはいろんな部活の朝練の音や声が聞こえてきてた。
「あ、うん、そうだね。……あの、教えてくれてありがとう、高見くん。」
「ふふ。どういたしまして。」
ちょっと名残惜しい気がするけど、仕方ない。……もっと、一緒に居たかったな。高見くんとなら勉強もはかどったし、高見くんの意外な一面とか、見られたし。
「今日と同じ時間に来たら、俺いるから。また気が向いた時にでも来てよ。」
「え……いいの?」
「うん。」
「じゃ、じゃあ、明日からも一緒に勉強させてもらっても?」
あたしが聞くと、高見くんはふわって笑った。
「うん、いいよ。」
「――っ、あ、りがと。」
どうしようどうしようどうしよう。……ドキドキがとまらない。
高見くん、素敵すぎる。
あたしが自分の気持ちに気付くのは、もう少し先だけど。
とりあえずこの日、また朝高見くんに会うために、明日も早起きしようって決めた。
「小林、席戻らないの?」
「も、ももも戻ります!」
「もももって、ふは、可愛い。」
「!?」
……笑い転げてる高見くんのほうが可愛いと思うのはあたしだけでしょうか。
小林雪乃
美術部。
毎朝高見くんと勉強するようになって、成績がぐんと伸びる。
志望校を決める時に高見くんと一緒がいいと思ったことがきっかけで、恋心に気付く。
高見新
帰宅部。ピアノを習っている。
始めは親切心しかなかったけど、毎朝一緒に勉強していくうちに雪乃に惹かれていく。