相合い傘
「梨歩ー。今日雨降るわよー?」
「折りたたみ持ってるから大丈夫! 行ってきますっ」
ホントに持ってるのー? って言ってるお母さんに、あたしは大丈夫って答えて家を出た。
高校になると、たいていの人は自転車通学に。だけど、あたしは学校まで歩いて10分だから、歩くことにしてる。
ホントは、あたしが歩いてると、真辺くんが自転車で追い越しながら、おはようって言ってくれるのが嬉しくて、それだけのために、徒歩で通学してるんだけど。
今日も、なんとかいつもと同じ時間に家を出れたから、きっと真辺くんにおはようって言って貰えるはず。……慌てて出て来たけど、大丈夫かな。髪型、おかしくなったりしてないかな。あぁ、鏡ちゃんと見てくるんだった…!
あたしがそんなことを思ってると、額に冷たいものが当たった。
「――雨…?」
え、もう降ってきたの?!
あたしはかばんを開けて、折りたたみを探した。たしか、このへんに…このへん、に、……ん?
「な、ない?!」
何で? 折りたたみ傘、入れたと思ってたのに!
すると、急に雨が当たらなくなったと同時に、すぐそばで声がした。
「傘?」
「ひゃっ?!!」
びっくりして、変な声が出てた。
「はは、変な声っ」
そう言って折りたたみ傘をさして笑うのは、
「おはよ、春井。傘、入ってく?」
大好きな、真辺くん。
「お、おはよう、真辺くん…っ」
な、何で、傘…? 自転車通学の人は、危ないから雨の日は合羽じゃないとダメだった……よね?
あたしの思考を読み取ったみたいに、真辺くんは肩を竦めて、笑ってみせた。
「実は、朝寝坊して慌てて来たから、合羽持ってくるの忘れて、さ。かばんに入れっぱなしの折りたたみしかないんだ。」
「そ、そうなんだ……」
「うん。さ、そういうわけで俺、自転車押してくから、傘入って。あ、かばん、かごに入れるよ。貸して。」
「っ、え、いやでも…っ」
真辺くんが濡れちゃうし、何より、恥ずかしい…!
「……春井? どした?」
「えっと……」
真辺くんは何とも思わないの、かな。……その、あたしと、相合い傘、なんて。
「い、いいの?」
「いいのって、そんなの遠慮することないだろ? このまま濡れてたら風邪ひくかもしれねーし。」
「……で、でも、相合い傘、だよ…?」
あたしが言うと、真辺くんは固まってしまった。
ど、どどどどうしよう…!! 相合い傘だとか、そういうこと、真辺くんきっと気にしてなかったんだ…!あたしなんて、友達くらいにしか見てなくて、って言うか事実ただのクラスメートでしかないし、あ、でもそもそもちゃんと友達って思って貰えてるかすら怪しいけど……。
「あ、あの、ごめんね、変なこと言って。……でも、あの、真辺くん、困るでしょう?」
あたしが言っても、真辺くんはしばらく固まったままだった。
「……えっと、なにに?」
「な、なにに、って……その、あたしと相合い傘なんてしたら、誤解されちゃうよ?」
まさか、あたしホントに何とも思われてない…?!
「あぁ、そんなこと気にしてんの?」
そ、そんなこと?!
「気にしなくていいのに。誤解されても全然大丈夫だから。って言うか、寧ろそのほうが俺的には助かるかも。」
「……え?」
「周りにそう思わせといたら、春井に男が寄ってこなくなるだろうし。」
えっと、それってどういう……
「あ、春井が嫌なら、無理して相合い傘なんてしない。この傘、貸してあげるよ?」
「そっ、それは真辺くんが濡れちゃうよ! いや、相合い傘してもきっと濡れちゃうんだけど……」
「いいよ、別に。」
「……いいの…?」
「うん。春井と相合い傘できるなら、ちょっとぐらい濡れたって平気。」
そう言って、真辺くんは笑った。
……それは、期待しても、いいんでしょうか。
「俺は春井と相合い傘できたらすげー嬉しいんだけど、春井は、俺と相合い傘、嫌?」
ああもう、真辺くん! そんなこと言われたら期待しちゃうよ! 自意識過剰にもなっちゃうよ!!
「……春井?」
嫌なわけ、ないじゃん。
「えっと、じゃあ……、お願いします…」
「ん。お願いされました。」
そう言って笑う真辺くんに、胸が、きゅんってなる。好きって気持ちが、どんどん大きくなる。
雨の日だって、大好きな真辺くんと相合い傘ができるなら、嫌じゃないかも。そんな風に思った。
「ほら、入って。」
「う、うん、ありがとう。」
真辺くんの傘に、恐る恐る入れてもらった。いつもより距離が近くて、ドキドキする。
「……そんな緊張しなくていいのに。」
「む、無茶言わないでよ、好きな人と相合い傘だよ? 好きな人と! ……っ、あ。」
思わず、漏れてしまった本音。……あー、えっと、この後どうなったかは、皆さんのご想像にお任せします。
春井梨歩
美術部。163cm。
同じクラスの真辺くんに片思い。
おはようを言うのが毎朝の楽しみ。
真辺祐輔
サッカー部。176cm。
同じクラスの春井さんに片思い。
毎朝おはようを言いながら、ドキドキしてるのを悟られないようにするのに必死。