入学式当日夜
入学式の日の夜、慌ただしく一人寮の自室に戻った私は妹に携帯から電話をかけた。私立高校だけあってここの学生寮は特待生への優遇措置が厚く、一人につき一部屋が与えられている。お蔭で相部屋の相手に気を遣うことなく電話をかけられるのは私のように誰とでもは打ち解けられる訳ではない者にとってはとても有難いことだ。いつもの待ち受け音を暫く耳にした後、小春の声に変わった。
「お姉ちゃん?」
「小春、入学おめでとう」
「ありがとう!折角だから一緒にお祝いできたら良かったなあ。お母さんと雲雀ちゃんちと一緒にご飯は食べてきたけどさ」
「そっか」
雲雀ちゃんというのは中学時代から仲良くなった小春の友人だ。彼女もまた妹と同じ高校に進学した一人だ。明星はうちの自宅からは近くにあるが結構な進学校で倍率も高いため、普通の公立中学校である母校からそこへ進む生徒の数は意外な程少ない。今年は5名程が合格したのだと聞いた。
雲雀ちゃん本人とも面識があるが、長い手足と意志の強そうな眉が印象的な女の子で性格もさばさばとしたとてもいい子だ。
今はすっかり親ぐるみでの仲良しさんなので、今日の式と説明会の後は母子で女性ばかりの食事会をして帰ってきたようだ。お母さん達フンパツしてくれた、と食事会自体は楽しかったようで声も弾んでいたが、姉が参加できなかったのが寂しかったのか声の調子が後の方になると急に萎んでしまった。子犬だったら耳も尻尾もうな垂れたような姿が見えてきそうなその声に自分の顔にも苦笑いの表情が浮かんだ。
「本当にごめんね……。こっちの行事にも顔出すように言われてて」
「ううん、お姉ちゃんも学校あるんだからそれは仕方ないし」
休めるものなら休みたかったに決まっている。だが、理事長やら会長やらに悉く阻まれた。全校生徒の手本となるべき特待生の癖に妹の為だけに入学式をサボるつもりかというようなことを言われて泣く泣く諦めざるを得なかった。
反論しようにも、妹の為に母がちゃんと出席しており、そこに葵はいなくても大丈夫なのが本当だった。
……だけど、悔しい。入学式のDVDだけは絶対に送ってくれるようお願いしてあるので、その内届いて日々の癒しとなってくれるだろう。
入学式から一週間ほどすると母、蝶子も父の後を追ってアメリカへと渡ってしまう。可愛い我が子の入学式だけは絶対出てからじゃないとそっちに行かないんだから!と断言した彼女に父は口では寂しいとぼやきながらも”勿論だよ、君ばっかりに負担だけれど宜しくお願いします。僕らの可愛い小春の入学式のDVD忘れないでね!”と結局答えたそうで、子供も母も溺愛している姿がなんだかんだで母の心を捉えて離さないんだろう。仕様のない人とか言いながら口元が緩んでいる蝶子さんに私達姉妹ははいはいと適当に相槌を打ってほおっておくことがしばしばだ。
ちなみに葵のビデオレターも待っているからね!とも言っていたが愛を込めて全力スルーしておいてやった。
電話越しでは小春が入学式とその後のことをこと細かに教えてくれた。
あちらの生徒会長がとても派手な人で驚いたこと(攻略対象である)、教室でクラスメイトと初顔合わせをした後すぐに顔は良いけど遊んでそうな男の子にメルアドを訊かれて困ってしまったこと(攻略対象である)など……おお、ついに遭遇したのかとは思ったが小春からの印象はさほど、といった様子だ。メルアドの件は結局悟君の助けもあって事なきを得たようだし。なかなかにうちの妹は手ごわいぞと顔も見ていないのに高笑いしてやりたくなった。その後も担任の先生の事や、新しく友達になれそうな子の話などが続いて相槌を入れながら話を聞いていたのだが、ふいに小春が思ってもみなかったことを言った。
「そういえば……こっちの理事長がね、璃桜さんだったの」
「えっ?ちょ、それ本当なの!?」
「うん、私達も初めて今日の入学式で知って。お母さんは後で問い詰めてやるーとかって帰ってきてから下で電話してる。教えてくれればよかったのにねー」
「知ってたら……、知ってたら……」
「おねえちゃん?」
うぐぐ、と自然に眉間による皺を指で擦った。
(知ってたらこっちの理事長なんかに頼まなかったのに……!)
うちの理事長である白蓮院 王莉と今度小春の所の理事長になった璃桜さんは双子の兄弟にあたる。しかし、この兄弟タイプが真逆なのだ。悪魔のようなあれに色々頼む位なら璃桜さんに最初からお願いしたかった……!
誰にも言えない悲鳴を私は心の中で思わず叫ぶのだった。