入学式
当日のおねえさん。
人は誰にでも、恋のスイッチがある ――
乙女向恋愛シュミレーションゲーム、【初恋スイッチ】
舞台は私立明星学院。
主人公である、百瀬 小春が新入生として入学した日からの一年間を通して、5人の青年達を相手に繰り広げられる、甘く酸っぱい、初めての恋愛模様を描いた作品である。
攻略対象と呼ばれる恋愛相手はそれぞれ、王子様な御曹司、オネエな保険医、マッドな香りの化学部部長、チャラ男な同級生、一ヶ月遅れで主人公のクラスへとやって来る転校生……。
初恋の【スイッチ】が入るとき、彼らは果たしてどんな姿をヒロインに見せてくれるのか。
◇
みたいな、こっ恥ずかしいあらすじだった覚えがある。
あの子も今頃ゲームのように攻略対象の人物に次々遭遇してしまっているのだろうか。
私は、今ここにはいない妹へと思いを馳せた。
今日は晴れて小春の入学式の日だ。
明星学院と姉妹校であるわが校、日月学院も本日新入生を迎える式典の真っ最中だ。これからの高校生活への期待や希望で胸を膨らませ、初々しい顔つきで講堂の入り口をくぐり抜けていく後輩達の表情を目にして微笑ましい気持ちになった。
今、壇上では校長の式辞が終わり、理事長の式辞に入ったところだ。途端に至るところから歓声のようなものが聞こえてきて、つい顔を顰めた。
ここ近年で変わったばかりの年若い理事長は、高貴そうなオーラが漂っているのもさることながら、非常に美男子だった。その為、この学院では女子生徒を中心に非常に人気が高い。三十路越えてる人間には見えない若々しい風貌。三つ揃えを上品に着こなし、サイドに流したゆるくウェーブのかかった麦わら色の髪は地毛だそうで、クォーターだか何だかの為か彫りの深い顔立ちをしている。少し垂れた目じりがにっこりと微笑むと、周囲に春風のような柔らかい空気が生まれる、のだそうだ。クラスメイトの女子の一人の言では。
私には全然、まったく、そのようには感じないけれど。
と、理事長の視線がこちらに向けられた気がした。目が合った気がした一瞬、目だけで微笑みの形を作ったのを確認してしまった。
「チッ」
突然舌打ちの音がして隣に座っていた男子クラスメイトがぎょっとした顔でこちらに視線を向けるが、知らない顔をしておいた。危ない危ない、つい苛立ちを表に出してしまった。
理事長は、私がまったく知らない人ではない。正直、出来れば会ったりもしたくないのだが、無碍に出来ない理由もあって今のところ月に数回、校内で個人的に会う関係を続けている。ちなみに誤解があってはいけないが、いかがわしい、不適切な男女関係ではない。直に会うと取り合えず、言える事がある。
こいつ、うざい。
その一言に尽きる。
他の協力してくれる人間がいれば、そちらに是非とも縋りたいのだがそうも言えない現在の状況である。実は理事長は母さんの従弟なのだ。その理事長に頼み込んで、姉妹校という伝手で、小春の通う高校の月々の予定表や教師陣の情報などをこっそり流して貰っているのだ。しかも、場合によっては色々と小春の行事関係で協力をしてくれると匂わされた。おそらくは、姉妹校と言う事で3年に一度のペースで行っていた合同体育祭や文化祭、他の行事なども今年は一緒に行えるようなるべく便宜を図ってくれるという事だろう。
入学式はこちらと被っていて足を運べないにしろ、平日の他の行事がどうにかして見に行けるとなれば、やはり嬉しい。その魅力的な申し出に私は奴の交換条件のお願い、とやらに首を縦に振らざるを得なかった。母さん達に言ってしまえば、こういう事も無くなるだろうが私自身、理事長に頼んでいる事が両親には知られると気まずいのでそれは出来ない。それを見越して、奴はにやにやと笑いながらこちらにあの条件を飲ませたのだろう。まったく忌々しい。
(あの顔がグーで思いっきり殴れたら、気持ちいいだろうなあ……)
頭の中で不穏な事をめいっぱい考えながら、体を立ち上がらせ、皆と同じように礼の形を取った。帰ったら、小春と電話で話して癒されようと私は心に決めた。小春と運良く同じクラスになれた悟君にも、今日はどういう状態だったかを報告して貰わねば。
そう考えるだけで、心が少し軽くなった。
新キャラ理事長登場。