第5話:初めての『本物』、その衝撃
ついに、新ブランド『ヴァランティーヌ』の第一号となる作品が完成します。
伝説の職人バーナビーの腕と、スカーレットが命懸けで持ち帰った極純銀糸。 この二つが合わさった時、単なる「服」を超えた、奇跡のような逸品が産声を上げました。
しかし、そんな感動の瞬間に水を差すように現れたのは、街を安物で汚してきた悪徳商人ギルバート。 「本物」の価値を知らない彼が、身を以て知ることになる「安物の代償」とは――。
バーナビーの工房に、かつての活気が戻っていた。
卓上に置かれたのは、私が命懸けで持ち帰った『極純銀糸』。
そして、私の手にある『ミスリルの極細針』。
バーナビーは、まるで聖遺物に触れるような手つきで糸を手に取り、言葉を失っていた。
「……信じられん。これほど純度の高い魔力が宿った糸は、王都の最高級宝飾店ですらお目にかかれねえ。お嬢さん、あんたは本当に……」
「驚くのは、これが形になってからになさって。バーナビー、あなたの持てるすべてを、この『一着』に注いでくださいませ」
制作が始まった。
バーナビーの動きには、もはや迷いはなかった。
かつて彼を絶望させた「効率」や「コスト」といった言葉を、彼は今、完全に捨て去っていた。
ただひたすらに、最高の一針を。極限の精度を。
私はその傍らで、魔法陣の調整を行った。
「安物の魔道具は、魔力を無理やり循環させるからすぐに焼き切れますわ。……けれど、この銀糸の導線を『自然な魔力の川』として繋げば、着用者の体温すらも動力に変えられるはず」
三日三晩。
私たちは一睡もせず、その作品に向き合った。
そして完成したのは、一見するとシンプルな、けれど見る者の目を奪わずにはいられない『白銀のストール』だった。
「……できた。俺の職人人生で、間違いなく最高の傑作だ」
バーナビーが震える声で呟く。
その時だった。
「おい、バーナビー! まだこんな汚ねえ店を続けてたのか? さっさと立ち退きの書類にサインしろと言っただろう!」
乱暴に扉が蹴り開けられた。
現れたのは、この街を裏で牛耳る悪徳商人、ギルバートだった。
彼は王都から流れてくる「安価な粗悪品」を独占販売し、この街の伝統的な職人たちを廃業に追い込んできた張本人だ。
「おや、見慣れない女がいるな。……はっ、その汚い布切れは何だ? そんな手作りの古臭いもの、今時誰も買いやしねえよ。今は王都の『マジック・ナイロン』が主流なんだよ!」
ギルバートは、自分が身につけている派手な色合いのコートを自慢げに叩いた。
それは、王都でリリアンが推奨していた、例の「安価な魔道具」の技術を応用した繊維製品だった。
私は冷ややかな視線を彼に向けた。
「ギルバート様とおっしゃいましたか。その『マジック・ナイロン』……表面のコーティングが剥がれ、中の魔力回路が露出し始めていますわよ。……今、その横にあるランプの火が爆ぜたら、どうなるかご存知かしら?」
「あ? 何をデタラメを……」
その瞬間、工房の隅で燃えていたランプがパチリと音を立てた。
小さな火花が、ギルバートのコートに触れる。
本来なら燃え広がるはずのない魔法繊維。しかし、安物ゆえの「欠陥」が牙を剥いた。
――ボッ!
「うわあああああ!? 熱い、熱い! 燃えてる! 魔法衣が燃えるなんてあり得ねえだろ!」
パニックに陥り、火だるまになりかけるギルバート。
私は迷うことなく、完成したばかりの『白銀のストール』を彼に投げつけた。
ストールが彼を包み込んだ瞬間、驚くべきことが起きた。
激しく燃え上がっていた火が、まるで氷水をかけられたかのように一瞬で鎮火したのだ。
それどころか、焼け爛れかけていた彼の皮膚が、ストールから放たれる柔らかな光によって癒やされていく。
「……え? 助かっ……たのか?」
ギルバートは床にへたり込み、自分を包むストールを呆然と見つめた。
汚れ一つなく、焦げ跡さえついていない、神々しいまでの白銀。
「火を消す魔法ではないわ。このストールが、周囲の熱エネルギーを瞬時に『自己修復の魔力』へと変換しただけです。……これが、本物の仕事。あなたの信じる『安物』には、一生かかっても到達できない領域ですわ」
私はギルバートを見下ろし、確信を持って言い放った。
「この街の再興は、ここから始まります。……さあ、そのストールを返していただけるかしら?
それはあなたのような『価値の分からない方』に差し上げるには、あまりに高価すぎますから」
第5話をお読みいただき、ありがとうございました。
「安物には裏がある」
今回ほど、スカーレットのこの言葉が残酷に、そして鮮やかに証明された回はありません。 最新技術を謳った安物の欠陥で自滅する者と、本物の質で命を救う者。 この圧倒的な格の差こそが、彼女が辺境で示す「正義」です。
次回、いよいよ第1章の完結回となります。 辺境の街に、本当の意味でスカーレットのブランドが夜明けを告げます。
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