第4話:至高の糸と、魔物の棲む森
「至高の針」には「至高の糸」を。
バーナビーの要求に応えるため、スカーレットは街の者が「魔物の棲む森」と恐れる場所へ足を踏み入れます。 安価な化学繊維に取って代わられ、世間から忘れ去られた伝説の素材。
それを見つけ出せるのは、やはり彼女の「目」だけでした。 令嬢一人で向かう森の奥、そこで彼女を待ち受けていたものとは――。
バーナビーが求めた「至高の糸」。
それはかつて、この街の特産品だった『銀糸蜘蛛』の糸のことだった。
しかし今、その糸を扱う者は誰もいない。
なぜなら、安価な化学繊維の糸が王都から大量に流れ込み、手間のかかる天然の銀糸は「時代遅れの、高すぎるゴミ」として捨て去られたからだ。
「……シルバー・スパイダーの生息地は、今や凶悪な魔物の巣窟だ。あそこへ行くのは自殺志願者だけだよ、お嬢さん」
バーナビーは警告したが、私の決意は揺るがなかった。
私は街の自警団に掛け合い、無理を言って森の入り口まで案内させた。
薄暗い森の奥。
そこには、かつて銀糸を採取するために管理されていた廃屋があった。
今では巨大な魔虫たちの住処となり、不気味な粘着質の網が張り巡らされている。
「ひいいっ、出たぞ!『毒斑蜘蛛』だ!」
自警団の男たちが悲鳴を上げる。 目の前に現れたのは、どす黒い斑点を持つ巨大な蜘蛛だった。 彼らは腰を抜かし、逃げ出そうとする。
「待ちまわって。……あれは毒蜘蛛ではありませんわ」
私は逃げる彼らを制し、悠然と蜘蛛の前に歩み出た。
「お嬢様、危ない! そんな安物の剣じゃ、あいつの外殻は……!」
「剣など使いませんわ。……よく見てごらんなさい。その斑点は、毒ではなく『変異した銀糸』が体内に溜まりすぎて溢れ出したもの。……この子は、あまりに純度の高い魔力を摂取しすぎて、自分では糸を吐き出せなくなっているだけですわ」
私は持っていた水筒の水を、蜘蛛の足元にそっと撒いた。
そして、バーナビーから借りた小さな彫刻刀で、蜘蛛の腹部に触れる。
「安物の知識しか持たない者には、この子の苦しみは分からないでしょうね。……さあ、楽にしてあげますわ」
私が特定の術理に基づいて、その斑点の一部を軽く突く。
すると、蜘蛛の体から詰まっていた魔力が一気に解放された。
――次の瞬間。
どす黒かった蜘蛛の体が、目も眩むような白銀色に輝き始めた。
蜘蛛の口から吐き出されたのは、粘り気のある汚れた糸ではない。
月光をそのまま紡いだような、細く、強く、しなやかな……伝説の『極純銀糸』だった。
「これですわ。……手間を惜しみ、安易な駆除を選んだ人々には一生手に入らない、本物の素材」
私は驚愕して固まっている自警団たちを振り返り、優雅に微笑んだ。
「これを持って帰りましょう。バーナビーが待っていますわ」
銀の輝きに照らされた私の影が、深く暗い森の地面に伸びる。
王子たちが「安くて便利」と持て囃しているあの魔道具。
その裏で、彼らがどれほどの「本物の価値」をゴミとして捨ててきたか。
それを思い知らせるための準備が、着々と整いつつあった。
第4話をお読みいただき、ありがとうございました。
周囲が「恐ろしい毒蜘蛛」と怯えて排除しようとしたものを、スカーレットだけが「魔力が溢れて苦しんでいる宝物」として救い出す。 彼女の審美眼は、道具だけでなく生き物の本質さえも見抜いてしまいます。
次回、ついに最高級の針と糸が合わさり、ブランド第一号となる『本物』が誕生します。 悪徳商人ギルバートとの最初の対決も……?
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