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第3話:埃を被った至高の腕

500万レアルの価値がある「ミスリルの極細針」を手に入れたスカーレット。


次に彼女が向かったのは、街の最も外れにある看板すらない工房でした。 そこで待っていたのは、かつて王都で伝説と呼ばれ、今は絶望の中に沈んだ一人の職人。


最高の道具と最高の腕が、運命的な再会を果たします。

 ミスリルの極細針を手に入れた私は、その足で街の最も外れ、崩れかけた長屋が並ぶ一画へと向かった。


 目的地は、看板すら出ていない一軒の古い工房だ。  

中からは、力無く金属を叩く「コン……コン……」という乾いた音が響いている。


「ごめんくださいませ。どなたかいらっしゃいますか?」


 私が声をかけると、奥からすすで汚れた初老の男が顔を出した。  

深く刻まれた眉間の皺と、鋭いというよりは、世の中に絶望したような濁った瞳。


「……何の用だ、お嬢さん。ここはあんたのような貴族が来る場所じゃねえ。見ての通り、まともな仕事は受けてねえんだ」


「お名前はバーナビーとおっしゃるかしら。かつて王都で『神の指先』と呼ばれた伝説の仕立て屋……いえ、魔法衣の職人さん」


 男の手が、ぴたりと止まった。


「……そんな名前は、もう捨てた。今はただの、その日暮らしのジャンク屋だ」


「もったいないことですわね。あなたが今縫っているその革鎧……表向きは修繕に見えますが、針を通す角度が0.1ミリ単位でズレていますわよ。……指先が、まだ本物を覚えているのではないかしら?」


 バーナビーの顔色が変わった。  

彼は持っていた針を投げ捨て、私を睨みつける。


「何がわかる! 今の時代、誰も『本物』なんて求めちゃいねえ! 

王都から流れてくる安物の魔法衣のせいで、俺たち職人の誇りは踏みにじられた。丁寧にひと針ずつ魔力を込めるより、機械で粗製乱造されたゴミの方がもてはやされる。……この街も、その『安物』に食い潰された成れの果てだ!」


 彼の叫びは、職人としての悲痛な魂の叫びだった。  

私は無言で、先ほど手に入れた泥まみれの針を差し出した。


「な……ッ!? これは……」


 バーナビーが震える手でそれを受け取る。  

彼はプロだ。触れた瞬間に、それがただの針ではないことを悟ったようだった。


「ミスリルの極細針……。しかも、この刻印は初代『ルミエール』のものか!? バカな、現存しているはずが……!」


「ゴミ山の中にありましたわ。誰もその価値に気づかず、100レアルで売られていたのを私が救い出しました」


 私は一歩、彼に歩み寄る。


「バーナビー。私には、あなたの『腕』が必要です。そしてあなたには、この『針』が必要なはず。……私と一緒に、この街を『本物』が溢れる場所に変えてみませんか?」


 バーナビーは針と私を交互に見た後、ふっと自嘲気味に笑った。


「……お嬢さん、あんた。ただのわがままな令嬢じゃないな。その目は、俺が全盛期に相手にしたどの王侯貴族よりも……恐ろしく鋭い」


 彼は深くため息をつき、それから力強く首を振った。


「わかった。その針をもう一度、本物のために振るってやる。……だがな、お嬢さん。これほどの針を使うには、それに見合う『糸』が必要だ。この腐った街に、そんなものがあると思うか?」


「ええ、もちろん。安物には必ず裏がありますが、ゴミの中に本物が隠れているのもまた、この世界のことわりですから」


 私は不敵に微笑んだ。    

最高級の職人を手に入れた。  

次は、世界を驚かせるための「素材」を手に入れなくてはならない。

第3話をお読みいただき、ありがとうございました。


本物の価値を知る者同士だからこそ通じ合う、静かな熱量を感じていただければ幸いです。 職人バーナビーという強力な仲間を得て、スカーレットの計画がいよいよ動き出します。


次回は「至高の糸と、魔物の棲む森」。 針の次は「糸」です。しかし、その糸を手に入れるには、街の人々が恐れる危険な場所へ向かわなければなりませんでした。


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