第五話:深紅の瞳の来訪者
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前回、王都の権威を象徴するエドワード副団長を「審美眼」だけで一蹴したスカーレット。彼女の容赦ない指摘は、王都の魔道具ギルドや騎士団の腐敗を浮き彫りにしました。
第5話では、嵐の前の静けさを破るように、一人の少女が工房を訪れます。彼女がもたらすのは、敵意か、それとも新たな可能性か。物語の転換点となるエピソード、どうぞお楽しみください。
エドワードが去って数日。バレー・ド・ラヴァの街は、かつてない活況に沸いていた。 「ヴァランティーヌの製品を身につければ、魔物の爪も通さない」という噂が、行商人たちの口伝てで隣国にまで広まりつつあったからだ。
スカーレットは工房で、バーナビーと共に新しい染料の調合に耽っていた。 「お嬢様、この薬草の根を使えば、銀糸にさらなる耐火性能を付与できそうですな」 「ええ、でも欲張りすぎてはいけないわ。素材の『呼吸』を妨げれば、それはもう最高級とは呼べないもの」
二人がそんな会話を交わしていると、工房のドアベルが控えめに鳴った。 現れたのは、質素な旅装束に身を包んだ、フードを目深に被った小柄な少女だった。
「……ここが、スカーレット・ヴァランティーヌの工房?」
鈴を転がすような、だが芯の通った声。スカーレットは作業の手を止め、少女をじっと見つめた。 その「眼」が、少女が纏う服の「本質」を瞬時に見抜く。
(表地は市井の麻布……。けれど、その下に着ている肌着は、王室御用達の最高級絹ね。それも、現王妃様が好まれる特別な織り方……)
スカーレットは優雅に会釈し、椅子を勧めた。
「ようこそ。お忍びの旅は退屈だったかしら、セシリア王女殿下」
少女が弾かれたようにフードを取った。そこには、第一王子カイルによく似た面影を持ちながらも、より理知的で強い光を宿した深紅の瞳があった。カイルの妹であり、王国一の才女と謳われるセシリア王女その人である。
「……驚いたわ。完璧に変装してきたつもりだったのに。兄上があなたのことを『目利きしか能のない女』と罵っていたけれど、それは最高の賛辞だったのね」
セシリアは皮肉げに微笑むと、自分の腕をスカーレットに差し出した。 そこには、赤く腫れ上がった痛々しい湿疹があった。
「王都のギルドが作った『最高級』の魔導肌着よ。これを着始めてから、夜も眠れないほどの痒みに襲われているの。王宮の医師たちは『季節の変わり目だ』としか言わないけれど……スカーレット、あなたの『目』にはどう映る?」
スカーレットは王女の肌に触れることなく、その肌着の繊維を凝視した。
「……酷いものね。魔力を安定させるための触媒に、安価な水銀系の薬液を混ぜて煮出しているわ。短期的には魔力効率が上がりますが、使い続ければ肌を侵し、最悪の場合は魔力回路そのものを損なわせる。……これが今の王都の『最高級』の正体ですわ」
セシリアの顔が怒りで震えた。 「やはり……。兄上とギルドは、コスト削減のために王族の健康まで売り渡しているのね」
「殿下。もし私を信じていただけるなら、その肌着は今すぐお捨てなさい。代わりに……」
スカーレットは、棚から一枚の簡素な、しかし驚くほど柔らかい布を取り出した。
「試作で作った、極純銀糸を混ぜ込んだガーゼです。これを纏えば、三日でその腫れは引き、あなたの魔力も正常に戻るでしょう」
セシリアはその布を手に取り、その「優しさ」に目を見開いた。 「……信じるわ。エドワードが顔を真っ青にして帰ってきた理由が分かったもの。スカーレット、私はあなたに協力したい。この腐った王都の市場を、あなたのブランドで塗り替えるために」
辺境の工房で、かつての婚約者の妹と、追放された公爵令嬢が手を組んだ。 それは、カイル王子にとって、エドワードの敗北など比較にならないほどの痛恨の一撃となるはずだった。
第5話をお読みいただき、ありがとうございました。
王女セシリアの登場により、スカーレットの戦いは単なる「商売」から、王国の腐敗を正す「政治的なうねり」へと進化しました。カイル王子が勧める安物が、ついに身内の健康まで害していたという事実は、彼にとって致命的なスキャンダルになりかねません。
セシリアという強力なバックアップを得たスカーレットは、次なる一手として「王都での展示会」を画策し始めます。辺境のブランドが、ついに敵陣のど真ん中へと乗り込む準備を始めるのです。
次回、第6話では、セシリア王女の快復と、彼女が王都へ持ち帰る「ヴァランティーヌの衝撃」を描きます。どうぞお楽しみに!




