第一話
月が輝く夜。カラカラに身体が乾いた女性の死体の前で、兵士たちが集まっている。
しゃがみ込んで調べている兵士が、ため息交じりに尋ねてくる。
「ヒデェな。今日で何件目だ?」
リエル・シュナイツは、その質問に腕を組みながら答えた。
「4件目」
立ち上がった兵士は、肩を回しながら首をほぐす。
「これじゃあ俺たち兵士の面目丸潰れだな」
「……仕方ないよ。“奴ら”は神出鬼没だから」
奴ら──吸血鬼が現れたのは、いつ頃からだろうか。少なくともリエルが物心ついたころには、存在していた。
吸血鬼は人間の血を吸い尽くす。殺し、奪い、または増える。さらにたちの悪いことに、そういった吸血鬼は人間に紛れて生活しているのだ。
対策はいくらでもある。だが、追いつかない。追いつけるのはいつだって、“起きたあと”だけだ。
ギルドの吸血鬼ハンターでさえ、事件が起きてから動き出す始末だ。
「被害者の特徴は一致してる?」
同僚の質問に、リエルは手帳を開いた。
「二十代の若い女性。この街出身。ここら一帯に住んでる人たちだね」
「……そうか、吸血鬼は近くに潜んでる可能性が高いな」
「どうします? 勧告出しますか?」
同僚の兵士は考え込むように顎に指を当てる。
その時、リエルの背中に何か粘つく視線が張り付いた。思わず振り返るが、夜の通りには誰もいない。
気のせいかと首を傾げる。その後も首筋に粘つく気配を感じる。
「……どうした?」
「いや、見られてる気がして」
「まぁ、無理もない。いつどこで襲われるかわかったもんじゃないからな」
そう言うと同僚は立ち上がって伸びをする。
「報告と勧告は俺がしておく。お前は一回上がれ」
「……でも」
「大丈夫、被害者は女なんだろ? 俺が女に見えるか?」
屈強の肉体はいつもの訓練で鍛え上げられている。見える腕は太く、筋肉質だ。
「どこからどう見てもムサイ男だね」
「ムサイは余計だ」
「じゃあお言葉に甘えて、僕は先に上がらせてもらうよ」
そう言うと、リエルは彼に手を振った。返事をすると同時に、彼はリエルのことを見送る。
心配になり、途中で振り返る。同僚兵士は呆れたように手を振っていた。
※※※※※※※※※※
リエルはこの街で育った。中性的な見た目で少し女に間違われたりするが、男である。
彼はいつも兵士の仕事を終えると、馴染みの店にやってくる。カウンター席に座って、お馴染みの酒を頼む。
看板娘が運んできてくれる。深い赤色のカクテルは、とても綺麗な色をしていた。
「リエルさんお疲れですね」
配膳してくれた彼女が、微笑みを向けてくる。
「吸血鬼被害が拡大してね……」
「怖いですね」
「被害者はどれも若い女性だから気をつけてね」
リエルの言葉に、彼女は震え上がる。トレイを胸に抱き、怯えた瞳をこちらに向ける。彼女の指先が震えていた。
「ははは、何かあったら僕が守ってあげるよ」
「頼もしいです」
朗らかな笑顔に、リエルの肩の力が抜けた。
そんなとき、店のドアが開いた。視線を向けると、背丈の小さな女の子だった。とても酒場に来るような年齢ではない。
彼女はフードを目深に被り、顔は口元しか見えない。色白の肌は、とても不気味だ。目をそらしたいのにそらせなかった。
「あ、あのすみません。未成年の方はお断りしてまして」
看板娘が彼女に慌てて近づく。少女はフードを取ると、にこやかに笑みを見せた。
黒色の艶のあるボブカット。赤色の瞳が、印象的だ。
「大丈夫、お酒は飲まないから」
少女はそれだけ言うと、戸惑う看板娘の脇を通りリエルの隣に座る。
赤い瞳に見られ、視線をそらした。リエルの喉の奥が渇くように鳴った。
「こんばんは、薄寒い夜だね」
少女に話しかけられて戸惑う。リエルは「そうだね」と答えながら、カクテルのグラスに手を伸ばした。
震える手でグラスを持ち、口をつける。
「ブラッディ・フルーツ」
短くかわされた言葉に、リエルは少女の方を見やる。彼女は気にすることもなく続けた。
「この近く原産の不思議な果実。血のように赤く、血のように味わい深いカクテル──だよね?」
「な、何が言いたいんだい?」
輝く赤い瞳に見つめられて、口の中が乾いていく。
「“四人すべての被害者の血はおいしかった”?」
尋ねられた瞬間、リエルは少女に向かって腰に提げていた剣を振っていた。その場所にはすでに彼女の姿はない。
少し遠く離れたところで、見つめてくる。窓の奥の赤い月を背にして、彼女はゆっくりと頭を下げた。
「私の名前は、メアリー・ブラド。別に覚えてもらわなくていい」
その名前に覚えがある。“リエルを吸血鬼にしたあの人が気をつけるように言っていた”。
「吸血鬼殺しの吸血鬼……っ!」
その答え合わせをするように、少女は微笑む。




