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[#9-わたしはわたしが好きじゃない]

長くなりました。すみません。

[#9-わたしはわたしが好きじゃない]


「え!?顔、ようやく見れたん?!」

「うん⋯そうなんだよ」

「なんだその顔、久々に見たんだろ?お姉さん。素直に喜べない理由でもあんのか?」

「姉さんに⋯強引に近づいちゃったんだ。きっと姉さんは怯えていた⋯それなのにおれは、姉さんの気持ちも考えず、自分の感情を先行させてしまってさ⋯。結果的に、姉さんはそのまま部屋も戻った⋯。大事なチャンスだったのに⋯ものに出来なくてよ⋯悔しかったな⋯⋯」

景色が黒く染る。夕刻がそろそろ終焉へと突入し、夕闇へとカラーチェンジが始まる。これは、現実世界で本当に起こってることか?おれの視覚がバグってるんじゃないのか⋯?⋯⋯濡れてる⋯嘘⋯⋯涙⋯?⋯やべ⋯すぐこんなの拭わなきゃ⋯でも、溢れてきたものに反抗するほど、今のおれは出来ていない。あの時の姉さんの顔を思えば思うほど、なんて無神経な行動だったんだ⋯と猛省して止まない。それで時間が一日の大半を占める日だって、夏休みにはあったぐらいだ。

「そうか⋯⋯⋯⋯それは、難しい問題かもな⋯。來智花は熾泉花さんの事、好きなんだろ?」

『好き』。これは家族として?一人の女の子として?

優衣芽の質問の意図は何となく分かっている。何せ、『姉さんの事が好きだ』と伝えてしまっているからな。

「⋯⋯うん、そうだよ」

「男って単純だからさ、女からしてみれば、分かってんじゃねぇの?『來智花が自分の事好きなのかも』って」

「姉さんが⋯分かってる⋯?」

「そう。お前が伝えていないだけで、熾泉花さんには筒抜けなのかもしれないぜ。そんな姉さんラブな弟から言い寄られたら、詰め寄られたら⋯思考なんて停止しちゃうと思うけどなー。女の意見聞きてぇな、こういう時」

「⋯⋯⋯⋯聞いてみる?」

「どやって聞くんだよあの2人に。『姉さんが好きなんだけどさ、姉さんからしてみれば、弟の気持ちってバレバレなのかなぁ』って」

「なかなかどストレートに聞くつもりなんだな」

「うん、優衣芽にも伝えてるんだ。結波と亜澄歌にも、伝えてみようと思う。姉さんのこと」

「いいと思う。俺たちじゃあ、紐解けない女の本音ってあるかもしれないしな。ただ、熾泉花さん的には大丈夫か?自分の知らないところで、多くの人間が“自分の話をしてる”って知った瞬間⋯俺はちょっと嫌な予感がするけど⋯」

確かに優衣芽の言う通りだ。姉さんのような狂気的なまでに籠城を貫き続けている不安定な精神状態を抱えた人間が、仮に外界へ出れた⋯として、その時に多くの人間が、姉さんの所に寄って集って来たら⋯。

再び、姉さんは部屋へリバース。更にその噂が出回り、今度は一生、部屋から出る事が無いかも⋯。出すチャンスが訪れないかも⋯。


「まぁ、大丈夫だろ。あの2人なら。事情を把握さえすれば、もしかしたら⋯『なんでそんなこと早く相談しなかったの!?』ってブチギレるかもしんねぇぞ」

「亜澄歌なら有り得るね」

微笑みながら、來智花が返す。

「いや案外、愛美の方が怒るかもだぞ?」

「そうだなー、正義感すごいあるし、良い子だからなー。そういうとこに惚れたんだあ??」

「ちっ、やっぱ言わんかったらよかったわ」

「ウソウソ!!」

「ウソじゃねぇだろ!」

「まぁそうね」

「なんだお前のその、吐き捨てるような処理の仕方は!」

「アッハハハハ!でもホント、応援してるよ。結波、可愛いから他の男に取られちゃうよ?」

「⋯⋯⋯⋯⋯」

來智花がそう言うと、剣士のように、軍人のように、顔が改まった。今から戦地にでも向かうかの如く、キリッとした表情だ。

「あ、、、どした」

「⋯確かに⋯それもそうだな」

「え、、、、」


なんか雰囲気すっげぇ変わったんだけど。もしかしておれ、なんから変なスイッチ押しちゃった??

まぁでもいいか。親友の恋心たるもの。全力で応援する事にしよう。

⋯⋯⋯⋯⋯にしても、だなぁ⋯⋯。



「はぁ⋯⋯⋯⋯シよ」

わたし最近、うまくイク方法見つけたんだよね。これがさまたクセになる気持ちよさで⋯なんかもう、、その事考えただけで、いつの間にかココいじくってる自分がいるの。

わたし、わたしのことほんと嫌いなんだけど、こういう“開発”できる能力とかは褒めてるかな。

『わたし、すっげぇ』って心の中で留めておく時と⋯実際口に出してしまう時がある。

オンラインゲームで『殺すぞ!』って言ってる時ぐらいの声量では言わないけど⋯。

ボソッとね。ボソッと⋯『わたし天才!』って言っちゃうんだよなぁ。

ベースに“じぶん嫌い”があるから、褒め言葉って、不思議な感触なの。

ほんとは言われたいのに。強がってさ⋯。誰からも褒められる出来事をこっちが生まないからなのにさ⋯。

まぁ⋯⋯⋯無理だよね。わたしなんて所詮はただの引きこもり。何にもできない。

気づいたら、一人エッチしててさ、火照った顔が、パソコンのモニターに映るんだよ。

──────────

なんちゅー本気な顔して、陰裂をイジってんだよコイツ。

──────────

そりゃあ思ってるよ。馬鹿だよ。

でも、ちょっと⋯⋯⋯ちょっとよ?ちょっとだけ⋯可愛い感じに映るんだよね⋯わたし。イッた後の顔、すっごいエッチな顔してるから、ちょっと⋯だけ、好きなの。なんでだろうって思うんだけど、たぶんそれはアダルトビデオの影響もあると思う。

ほんと可愛い。みんな可愛い。全然裸体なんて晒さなくても、十分グラビアとかで稼げるだろうに、わざわざ裸体晒してくれてさ⋯わたしみたいな女の子の身体むしゃぶりつきたい系人間からしてみれば、マジ天使な訳よ。アダルトビデオに出演してる女優さんって。

ソフト路線もハード路線も、イチャイチャから四肢拘束トランスイキ狂いまで。

綺麗で純白な女の子が淫乱に落ちる姿が大好き。

そんな憧れの的でもある女優さん達の真似を、良くしている。特にオナニーでオーガズムの極地に達した時とか。


「案外⋯いい顔して吠えるんだねわたしって⋯」


その言葉を心だけのものとせず、口に出すことで、より一層自分への言葉として言い聞かせる。それが、オナニーの一部でもあった。いや寧ろ最近は、完全な快楽に浸るためには、このプログラムも組み込んですらいる。

わたしはわたしの事が好きじゃない。

だけど、情欲に溺れてる姿は、なんかいい。嫌いじゃない。


今日も気持ちよかった。


【扉にノックが走る】


「今日の夕飯、置いとくよー」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


扉まで足をそろりそろりと近づけ、耳を廊下に傾ける。

いつもママはほぼ決まった時間に扉をノックして、夕食を用意してくれる。朝食は知らない。朝に目覚めるなんてめっきりなくなった。必要性が無い。朝なんて、起きれるはずないもん。でも扉を開けると、トーストやイチゴジャムが置かれている。たぶん朝もノックして知らせてくれてるんだろう。昼はリビングに何か置いといてくれる。通常は。

だが今は夏休みで、在宅ワークが多くなったママがノックして扉の近くに⋯。

うん、恵まれてるよ本当。自分でも分かってる。

それにママも理解を示してる。

わたしのことを考えて、顔を合わせずに食事を提供するする事を心掛けてくれてるのだ。

⋯⋯⋯⋯⋯⋯何も思わないはずが無い。扉から伝わる声はいつも優しい。


『残さず食べてねー』

『今日はトンカツ!ご飯大盛りにしたよー!』

『小鉢、いっぱいつけたよ!納豆ってまだ嫌い??嫌だったら残しといてねー來智花が食べるから』

『新鮮な魚を捌いてもらったよ!刺身定食!』

『今日は板前を家に招待して、手前でやってもらってるよ!動画送ったから、見てみて!』

『うな重!でもホカホカが美味しいから、今度実店舗ママと行こうね』

『顔、見せてね。いつでもママ達は待ってるよ』


なんて、優しいんだ。こんなどうしようもないクズ女に、良くもまぁここまでしてくれる。

メシはいつも綺麗に平らげ、廊下の自室側に寄せておく。

過去、食べ終わったあとの皿を、廊下に置いたことについてママに報告した時があった。


『ご馳走様でした』と一言。

『ありがと!廊下に置いといていいよ』

ママは、わたしが下に降りてこない事を承知の上で、このような文言を打っている。

長い間、皿を廊下に置くことは腐ったりもするし、虫が集る可能性もある。だからわたしは、逐一ママに『ご馳走様でした』の報告をするようにした。

唯一⋯かな。こうして家族の人間とメッセージの交信をするっていうのは。

今日は⋯カレーか。しかもシーフード、魚介たっぷり。それと、ゴマどれサラダ。

「美味しそ⋯⋯⋯⋯」

野良プレイヤーに裁きを下すのは、コイツらを仕留めてからだな。

「⋯めちゃ美味し⋯」

スプーンで無性にカレーをすくい上げる。

至福のとき。こんな時間が永遠に続けばいいのに⋯と思った。そういや、來智花が帰ってくる足音が未だに聞こえて来ない。時計を確認。

「19時⋯まぁ高校生だし、そういう日もあるよね」


『ご馳走様でした』

『ありがと!ママ今、風呂上がって自室にいるから、今風呂入っちゃって大丈夫よ〜』


ママ、今、部屋にいて⋯1階のリビングには誰も居ない。パパと來智花はまだ帰ってきてない。

「⋯⋯入ろ⋯⋯か」




優衣芽の興奮状態は止まった。だが今しがた、新たな異種的な感情が産出される事になったが、直通エレベーターから出た時と比較すれば、まぁ精神的には安定期に突入した⋯と解釈しても問題無いだろう。

亜澄歌にメッセージを送信。


『優衣芽、もう大丈夫だよ。それとごめん、ちょっと連絡遅くなっちゃって。ちょっと先に景観見させてもらってたわ』

『あ、良かったー!こっちもね、先に景色色々見てたんだー!たぶん逆方向に回ったんだね』

どうやら男子チームと女子チームで右回り、左回りと違う方向で景色を楽しんでいたみたいだ。どうりで2人とすれ違わないわけだ。

『じゃあ、スカイカフェで待ち合わせね』

『おっけー』


スカイカフェに到着。最後のチェックポイントのスタンプを回収しこれにて、全制覇!おれたちは喜びを分かちあった。そして、4人で再び⋯優衣芽は3回目だな。もう一周しながら『横浜すごいね』と言い合った。ちょくちょく4人から出されるパノラマビューから観測出来るエリアの小話が面白かった。

とは言ってもトリビア的な要素を含んだ内容の話ではなく、単純に『元町・中華街何回も行ったことあるのよ私』とか『横浜スタジアムって行ったことある?ユイ無いなぁ』とか、それに連なった話として『関内って何があるん?』みたいな話に枝分かれしたり⋯と。

友達とのプライベートの時間は改めて楽しいものだ⋯と思い知らされた。



横浜ランドマークタワーから降りて、電車で横浜駅まで向かった。

時刻は19時を回っている。夕飯も一緒に⋯と言おうと思ったが、どうやら明日の予定が詰まっているらしい。おれ以外のメンバーが。

だから自然な流れで解散する形となった。本来だったら夕飯の時間で、姉さんについて女子チームからの意見を聞こうと思っていたが、まぁ夏休みまだ亜澄歌と結波と予定が合っていない訳じゃないし⋯。


8月のこの日⋯。この日には結波と楓生と紫苑で、中野ブロードウェイに行こう!という運びとなっている。おれらのグループでサブカル文化に精通しているのは、おれ以外のこの3人。楓生と紫苑は、アニメと映画とラノベの話を昼休憩でずっとしていたから、分かるんだけど⋯。

結波がまさか、サブカルチャーに興味があるとは意外だった。しかも何故か俺も誘われたし⋯。まぁこの日は他に予定が無かったし、家でごろついてるよりも友達と一緒にいた方が良いか⋯と思い、誘いを承諾。ただ、ほんとに関心が湧かなかったらどうしよう⋯。

3人に申し訳ないよな⋯。

中野ブロードウェイか⋯中野ブロードウェイ⋯。

ネットで調べても、おれの予想通りの場所。それに⋯⋯うわ、予想を遥かに超えてくるわこりゃあ⋯。

⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯なるほど。

やばいかも。ぜんぜん楽しくないかも。


アニメぜんぜんわかんない。特撮ぜんぜんわかんない。


なんか色々見てみるか。

⋯⋯⋯⋯⋯あんんんま、ようわからん。

電車に揺られながら一人、携帯と格闘するおれ。取り敢えず、『今年のアニメ』とネットで検索してみた。

へぇー⋯“覇権アニメ”っていうのが、一番人気なのか⋯。

ファンタジー系ね、異世界転生か。

よく聞くヤツだ。流石にアニメに疎い人間でもこれぐらいのジャンルは知っている。

そうか⋯⋯最近、そんなのが多いのか。

それでそれで⋯⋯⋯なっげぇなタイトル。

なんなんこれ???


──────────────────────

『万年最下位だった学力のまま異世界転生したら、なんと五角形全てが満点パーフェクトの超一流騎士となったので、元の世界で果たせなかった頭脳派プレイに挑んでみた』


『お花畑で寝ているといつの間にか異世界に連れていかれちゃいました〜!これはこれでいいんですけど、誰も教えてくれないから自分でどうにかしてみます!!』


『毎回不穏な空気を悟っていた車の前を通っていたんだけどある日車のハイビームが点灯し、気づいたら異世界転生していました』


『最悪な人生にさようなら!したはいいんだけど、死後の世界がある事を知らなかったので、人生って終わらないだなぁ⋯と悟った元サラリーマン40歳戦士』


『セクハラパワハラなんてものが消えた世界には、幸せしかありませんでした!』


『何がトリガーなのか分かりませんので、早くそれを教えてください!ええそうです!俺はこの世界から元の世界に戻りたくないのです!』

──────────────────────


ナンジャこれえぇぇぇぇ!!!!

どんなタイトルなんじゃ全部!!

ある意味分かりやすいけどさ、タイトルでイントロダクション的なものほぼ判明してるからね。ある意味分かりやすいけど⋯けどよ!ケドなのよ!

本当に名前はこれでいいのかよ⋯。センスの欠片もねぇんじゃん⋯。もっとスタイルの良いというかさ、なんかあるじゃん?おれだって別に、映画だったら見ないわけじゃないから、ある程度はそこら辺の“センス的”な部分はある方だと思うぞ。


“セクハラパワハラ”とかさ、こんなワード使うなよ。やべぇじゃん⋯ヤバすぎっしょ⋯。でも、、、おかげで忘れられないんだよな⋯。インパクトが今でも残ってるよ。

それが狙いか⋯。


何も無知なままで行ってもな⋯⋯。たぶん、3人に迷惑掛けるだけだしな⋯。3人はスペシャリストで、素人のおれを手厚く歓迎してくれた。当日もきっと、『これはこういう作品なんだよー』『これはアレに出てくるんだよー』とかを紹介してくれるに違いない。

優しいから。でも、せっかく玄人が集まって、思い思いの知識を集約させて“サブカルの聖地”に足を運んでいるのに、なんにも知らない人間が入ったら、完全に異物混入だよ。

基礎知識として、受け止めたいが⋯⋯ネットで見ているだけでも中々頭に入らない⋯⋯⋯⋯。


⋯⋯⋯

⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯姉さん⋯⋯⋯?

姉さんって、確かそういうサブカル系、得意じゃないかな。⋯⋯分かんない⋯今の姉さんがどこまでアニメに精通しているのかが⋯。

検討はつく。

何せ、姉さんは籠城生活を送る前まで、アニメが好きだったから。おれにはたまにそのことを大っぴらに発言していた。でもそれは3年ぐらい前の話。中3、高一⋯と歳を重ねるにつれて、アニメ等についての話は聞かなくなった。今ではそれ以前の問題なのだが⋯。

姉さんに、聞いてみようかな。



家、到着。電車内では考え事ばかりしてた。それのせいもあって、あっという間に時間が過ぎている。

「ただいま」

「お帰りなさい」

「母さん、ごめん夕飯食べて来るって言ってたけど、食べて来なかったんだ」

「あ、そうなの??みんな帰っちゃった?」

「うん、明日も予定があるらしくてさ」

「そうなのね、安心して來智花。今から短時間で作れるものでいいなら作るから」

「ほんと?ありがと!」

「パスタでいい?海鮮パスタ」

「海鮮パスタ!?うん、ぜんぜん⋯てか、そんなの短時間でいける??」

「うん、もうパパァーと作っちゃっから」

「マジか⋯」

母さんはパワフルだ。失望している瞬間を見たことが無い。ただの一度も。

「姉さんは今日なに食べたの?」

「今日は⋯カレーライスね。それとサラダ。熾泉花の好きなゴマどれよん」

「姉さん好きだもんね」

「そうそう。だって、ゴマどれが一滴も皿に落ちてなかったんだから」

「え、それってカレーで使ってスプーンでゴマどれを最後の最後まで食べ尽くしたってこと?」

「そういう事になるよね」

「姉さんめっちゃ好きなんだね、ゴマどれ」

「あの子、食べる事は大好きだからね。身体、痩せ細って無ければいいけど⋯。ほら、怖いじゃん?私達が寝てる合間に、お腹の中の物ぜんぶ吐いてる可能性とか⋯⋯⋯」

「確かに考えられない事は無いね⋯⋯」

怖いな⋯。それを考えてしまうだけで、吐血してしまうぐらいに恐ろしい気持ちになる。姉さんがそこまで精神的に追い込まれている⋯となると今すぐにでも手を差し伸べ無ければならない。だが⋯そんな事が出来たらとっくにやってのけてるよ。

「でも安心して。姉さん、痩せ細って無かったから」

「え、、、熾泉花みれたの?」

母さんは驚いた表情でこちらに迫ってくる。

「うん、深夜に⋯最近だね」

「はぁ⋯⋯良かった。來智花だけでも見れたのならそれで十分よ。てか、直ぐに言いなさいよね!」

「お、、、うん⋯分かった⋯」

「私だってパパだって、熾泉花と会いたいんだから」

『会いたい』。同じ家に住んでいるのに⋯何とも不可思議な台詞だ。でもそれが叶わない事が、善知鳥家の現状にある。

「ささっ、お風呂入って来ちゃいなさい!汗ビショ〜としてる身体で家ウロウロされんのが、一番⋯」

「大嫌いだから!」「大嫌いだから!」

「⋯さすが我が子。來智花は私の分身ね」

「母さんの思ってる事なんて見え見えだよ」

「あら何それ。私が単純な女に見えるってぇーな??」

「うー〜ん⋯そうとも言えるかもね」

「來智花⋯ねぇ⋯知ってるよね??私⋯⋯高校の時バレーで全国大会出たことあるんだよねー」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯やべぇ⋯⋯」

「その時、スパイクの女神って言われてたんだーあ。⋯⋯⋯この手で、お前のこと痛ぶってやろうか!!!」

「母さん!!!??」

母さんが迫って来た。鬼の形相とは言えないが、何とも恐ろしい表情を浮かべて。笑顔で人を殺す猟奇的な犯罪者⋯って多分こんなんなんだろうな⋯⋯。

「母さん!?このままだと“家ウロウロ”に該当するんじゃないかなー!!!?」

「あ、それもそうね」

リビング内。母さんハンターvs逃走者による攻防は、幕を閉じた。母さんハンターの所業は、リモコン操作の一時停止ボタンが押されたかのように、一瞬で動きが止まる。忘れていた事を思い出し、キッチンへと戻って行った。

「はやく入ってらっしゃーいお風呂。⋯⋯夕飯してる時に、今の続きをしましょ?」

「ンギィ!?」

戦慄が走る程、

母さん⋯怖すぎ。こんな人、本格的に怒らせたら一巻の終わりだな⋯。



怯えながら今日の汗をシャワーで流し、慄きながら速攻で制作された海鮮パスタを堪能。母さんのその時の眼光は恐ろしいものだった。

「どう??」

笑顔で問い掛けているが、目の奥は笑ってなかった。まさに“白い悪魔”。

「⋯⋯おい、、しい、です」

「良かった」

素直に言いたかった。ほんとに美味しかったから。ただ、完全に選択肢は一つしかない状況が演出されていたのだ。ここで『普通』とか言ったら、どうなってたんだろうな⋯。⋯⋯⋯⋯⋯死かな。



さて⋯⋯脳裏にチラつくのは、結波×楓生×紫苑との中野ブロードウェイ散策。誘われたはいいものの、やっぱし基礎知識とか一切無いから楽しむ気持ちも作れない。前準備は必要だよな⋯⋯。


「來智花は来てくれるだけでいいから!」


なんて結波は言ってたけど、きっとこれは後悔する。せっかく行ったんだから楽しみたい。

「姉さんに⋯⋯聞いてみるか⋯⋯⋯」

玉砕覚悟で、おれは、姉さんに聞いてみる事にした。


2階 姉さんの部屋の扉──。


⋯⋯⋯ここ、何回も来た。そして、何回もトライした。だけど、ぜんぶ無視をカマされ続けて来た。時には一切、返答が無いことだってある。いや、普通にそっちの方が確率的言えば上位。


──────────

或る日。

『姉さーん』

「⋯⋯⋯⋯」


或る日。

『姉さーん?』

「⋯⋯⋯⋯」


或る日。

『姉さん、あのさ』

【ドスン!!】

『ごめん⋯⋯⋯』

──────────

音で拒絶される事がほとんどだ。


「ふぅ⋯」

緊張する。いつもはただただ姉さんと話したくて、扉の前に立ってコンタクトを図ろうとしていた。けど、今回は明確な目的がある。⋯⋯あ、いや、別に姉さんと話すことも“目的”ではあるんだけど。今回は、“姉さんから力を借りる”っていう理由があるからさ、話をしなきゃいけない理由が。今までちょっとベクトルが違うんだよね、気持ちの方向性というか。


【トントン】

ノック。

「姉さん?今、いる?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

当然、反応は無い。

「いるよね?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯今日、みなとみらい行ってきたんだ。楽しかったよ、すっごく」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

扉に語り掛けるように話を始めた。『友達』というような単語を使ってしまうと、姉さんの心に軋轢を生む可能性があるので、“単体で行った”という事にしておく。そのスタンスでいこう。

「みなとみらい⋯今、どんな感じになってるか知ってる?⋯⋯⋯凄いんだよー、施設も充実しててさ、そりゃあ観光客も増えるよね。⋯⋯⋯無いものが無いもん。ぜんぶある。姉さんもさ、行きたくない??」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「今度さ、一緒に行こうよ。おれと一緒に、2人だけで⋯⋯姉さんがいいなら⋯だけど」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

姉さんがヘッドフォンを装着しているとは思えなかった。何故か⋯それは、扉に語り掛けた瞬間、“ガサゴソ⋯”と扉の奥から物音が聞こえたからだ。こんなタイミング良く物音が発出されるとは思えない。たぶん、おれの接近にビックリしたんだろう。なんか、そう思えてくると、すっごい可愛いな姉さん。だからおれは、話を止めない。きっとこれを、姉さんは聞いてくれてるから。確信をもって言えた。


「姉さん、今でも、アニメ見てる?」

「⋯⋯⋯⋯⋯」

「今期のアニメってさぁー、何が面白いと思うぅー?⋯⋯おれはね、、『世界七不思議大冒険』だと思ってんの。あ、『魔法少女ネルティオスと獣人ラージャ』も外せなくない?それに、『樹精霊様と契約しました!』も面白かったなぁー。あとあと⋯」

「それ、ぜんぶクソアニメじゃん」

「⋯⋯え、そ、そうなの?」

「⋯ぜーんぶ、クソ。『セカナナ』『ネラー』『樹精霊』、ぜーーーんぶ前評判良かったのに放送されてみたら、声優の演技はクソボンクラ。クソ素人の集まりで、よくこんなのにギャランティー発生してるなって、思うし、作画もバラツキがあって、統一性が皆無。一つ一つのシャープのアニメーター違ぇのかよって思って、エンドロールのクレジット見ると、全エピソードほぼほぼ同じスタッフ。そんでそのスタッフの作品経歴を見ると、クソ初心者ばっか。声優だけでなく、裏方も素人とか終わってんな。よくこんなアニメ制作会社にオファーしたわーってなるし、良くもまぁこんなのがのさばってるなぁってなる」

「あ、、、、、」

とんでもない早口で、猛毒をぶちまけた姉さん。うん、でも、これ、事実なんだよね。おれも知ってた。今期のアニメで問題作が誕生した⋯というニュースは、普段アニメを視聴しないおれにも、ネットニュースとして行き届いていた。

「姉さん、やっぱり今でもアニメ好き?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯うん」

姉さん今、絶対、確実に、扉の直ぐ向こうにいる。あまり声を出したくないから、廊下の扉の真ん前まで近づいてくれたんだ。

「姉さん、あのね⋯ちょっと、お願いがあるんだけどさ」


え、、、なに⋯、、、來智花が、わたしに、、“お願い”??


「実はね今度、友達と一緒に中野ブロードウェイ行く事になったんだ。だけどおれ、アニメとか特撮とかさ⋯所謂サブカル系に疎くて⋯でもせっかく誘われたから行きたいなぁーって思ってんの。そこでさ、姉さんに良かったら⋯その、、、レクチャー的な?ご教示をお願いしたいなー⋯と思ってる次第なんですけど⋯⋯どう、、、ですか、、、?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ネットで調べればいいんじゃないの」

カッ!?姉さん⋯⋯その返事はご法度でしょウガ⋯⋯⋯そんなの⋯言われなくても分かってるよ⋯⋯⋯⋯⋯姉さんと話したいから、⋯これが『良い口実だなぁ〜!』と思って話し掛けたのに⋯!

「いや⋯まぁ、、それもそうなんだけどさ⋯その⋯⋯生の声を聞きたいなぁって思ってさーあ。ほら、こんな近くに有識者がいるのなら、ネット使う必要無いなぁー!って⋯⋯⋯ねぇ⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「姉さん、話そ⋯⋯おねがい」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「姉さんと、一緒の空間に居たい」


何それ⋯⋯そんなの言うの⋯⋯言えるようになったの⋯⋯?來智花⋯⋯⋯。


「⋯⋯ごめん姉さん⋯変なこと言っちゃって。体調、、気を付けてね。なんかあったら呼んでね。姉さんのためならいつでも、マッハスピードで駆けつけるから」

おれは姉さんの部屋から立ち退こうとした。

だがその時⋯


「來智花⋯まって」


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