[#8-69階スカイガーデン]
[#8-69階スカイガーデン]
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ワーポー、コスモワールド、大さん橋ホール、山下公園、パシフィコ。
スタンプラリー設置エリア数的には5個だけど、ワーポーは広大な複合施設なので、多数のスタンプ置き場が設置されていたりと、面倒な仕様が仕掛けられていた。それに、大さん橋と山下公園。この2つって隣接しているんだけど、みなとみらいからはまぁまぁ離れてるんだよな。でもまぁ、その散歩道でもおれら4人の軽快なトークは交わされ、全く苦だとは思わない時間が続いた。そのおかげもあって、大さん橋までの時間は思っていたよりも早く着いた。時間的には、携帯マップナビゲーション通りなのに。やっぱ好きな人達と一緒に喋りながら話すって、時間を忘却するのに最適解だな。ホント、ずっとこの時間が続けばいいのにって思う。
⋯ごめんだけど、各チェックポイントを回った際の出来事は端折る事にするわ。
だって⋯ちょっとあまりにも膨大な事が起こりすぎて、キャパオーバーしちゃったんだよ。
“だったら話せよってか?”
いやいやいや⋯⋯まぁ確かにそうか。
いやでも、そんな公開的に話すような事は無い。
だいたい下ネタだったし⋯⋯⋯⋯ね?
こう言えばいいでしょ?そうなんだよ。
下ネタしか話さなかったから。
下ネタのヘビーローテーションよ。
高校生ってそういうもんじゃん?女子チームもそれに乗ってくるのがおかしいんだよ。てか、女子チームの方から下ネタを振るフェーズもあったぐらいなんだから。
、、、、ま、とにかく楽しかったってわけ!
なんか人格変わったみたいな語りになっちゃってるけど、おれだからね!おれ!善知鳥來智花!引きこもり生活を送っている姉さんの弟。
みなとみらい地区に散らばっていたスタンプラリーチェックポイントを全て回収し、おれたちは、横浜のシンボル“横浜ランドマークタワー”のほぼ最上階と言ってもいい69階のスカイガーデンに昇った。
なんとここ、スタンプラリーイベントが行われている期間限定で、全チェックポイントを回収した人間しか昇れないようになっている。スカイガーデン行きエレベーターに行くには、ゲートでチェックポイント回収サインを提示する必要があり、それが認められた人のみが最後のチェックポイント“スカイガーデン”へ行けるのだ。
昼から始めたこのスタンプラリー散歩も気づけば、18時。約5時間はノンストップで歩き続けた。途中途中で、休憩がてらコーヒーをシバいたり、余裕ぶっこいてスタンプラリーに挑む。これが出来るのも、亜澄歌と結波が下見をしてくれたおかげ。チェックポイントそれぞれの空いてる時間帯を把握しきっているのだ。
大さん橋も案外、みなとみらいから歩いても然程遠くない事が明らかとなったし、色々と知識も増えた。
「チェックポイントマーカーマップのご提示をお願いします」
スカイガーデン・ゲートナビゲーターのスタッフがおれらにそう伝える。辺りを見渡すと、そこそこの人数が直通エレベーターから降りてくるのが判明。
「けっこう降りてきてるね人」
「愛美、もしかして私らめっちゃ良い時間帯に来たんじゃない??」
「ね!いい感じに夕焼けだし」
「夏の6時だからな。おい來智花ーだいじょうぶか?」
「今見てもらってるから、ちょいまち」
おれ以外の3人はチェックポイント回収が確認され、もう既にゲートの向こう側、つまりスカイガーデン直通エレベーター前にいる。
もう⋯⋯ちょっと⋯この人大丈夫かよ⋯⋯早くしてくれよ⋯⋯。
「お時間取らせてしまい申し訳ございませんでした」
は⋯⋯⋯⋯⋯?なにその始まり。死亡フラグ確定じゃん⋯なにおれ、どっかでミスった?
みんなアッチにいんのに⋯どうしておれだけ⋯⋯
「只今、全チェックポイント回収の確認が取れましたので、こちらから直通エレベーターへお乗り下さい」
なんじゃこいつ!!!
◈
横浜ランドマークタワー 展望エリア直通エレベーター内──。
「お前、焦ってたな」
「そりゃあ焦んだろうが⋯おれだけ入れないかと思ったんだし⋯」
「來智花、危なかったね」
「あんた、ゲート前で私らの事突っ立って待ってりゃあ良かったのに」
「結波しかフォローしてくれる奴はいねぇのかよ⋯」
「ンフフフどっちかって言うと、ユイも遠目で羨望の眼差しを向ける來智花が見たかった感はあるかなー」
キューティクルな顔して物凄く狂気的な理想の展開を提示していた結波。この女が一番におれらのグループでイカれてる人間だよ。
「結波まで勘弁してくれよ」
「冗談じょーだん、泣かないの」
「泣いてねぇよ」
「ほら、“チェックポイント取り忘れ容疑マン”、見てみなよ」
「亜澄歌お前ェ⋯⋯⋯⋯⋯!」
直通エレベーターがドンドン上へ昇る。その速さも中々のもので、どうやら日本に現像する昇降機の中で最高速を誇るエレベーターらしい。
⋯⋯⋯なんか、今、エレベーター室内のアナウンスがそう言ってた⋯⋯⋯。
それに何だこのパノラマビューは⋯⋯すぅぅげぇ⋯パねぇ⋯これはパない。
「俺⋯こんなん大好きなんだよ〜」
「優衣芽そうなの?」
「優衣芽、これで感動してたら死ぬかもしれないよ?」
結波と亜澄歌がそれぞれの反応を提示。結波の言葉に反応しかけた瞬間、亜澄歌がそれをかき消すかのように言葉を並べる。
「え、マジ?てことはすんげぇ景色見えんだろうな!?」
「アハハハハ!まぁ楽しみにしとけって!」
ほんと亜澄歌って男みたいな台詞を平気で吐くよな。見た目が完全に女の子のファッション“白のキャミワンピ”。ちなみに結波はスリット入りのスカートが際立つ。⋯⋯⋯2人ともめちゃ太ももが強調されてて、けっこーエロい。
横浜ランドマークタワー 69階スカイガーデン──。
「すっっっっっっっげぇぇえええ!!!!」
「あーあーちょっと優衣芽!」
結波があまりの優衣芽のリアクションに注意を促す。
「あーもう違う意味で言わんこっちゃない!」
感動し過ぎて意気消沈⋯の流れかと思いきや、優衣芽のテンションはスカイガーデンに着くなり、とんでもない急上昇を見せる。顔面がワインレッドの如く純黒な紅に染め上がり⋯もはや病気を疑ってしまうレベル。まぁスカイガーデンをあっという間に一周してしまう辺り⋯
『『『!『一周してしまう辺り⋯!!??!!』!』』』
異常過ぎないか??おれら、今だよ?今スカイガーデン着いたばっかなのに、もう一周周りやがったよ。
「⋯⋯見てきた!」
一周し、360度の全景パノラマビューを観測した事をおれら3人に報告する優衣芽。その身体はまったく呼吸は乱れてないが、ただただ服の乱れが気になった。
「他のお客さんに迷惑かけないでよ?」
「大丈夫愛美!一切触れずに一周したから」
「え、、マジ??この人の数を??」
確かに、もう夕方だからなのか、スカイガーデンを行き交う人は少ない。ネットで調べると夜帯は、横浜の夜景を楽しもうと、けっこうな人数が予想されるらしい。この夕刻というのは、もしかしたら“狭間”なのかもしれないな。
景色が冴え渡る光の明るさが見るものの感情を湧き立たせる昼間。
それに対して、暗黒な世界に点在する色彩溢れる建造物群のライトが摩天楼と化した横浜全景を艶やかに見せる夜。そんな2つの景観の狭間には、どうやら人々はそれほど興味が無いのだろう。おれはこの夕刻の時間も好きだけどな。
一周して来た優衣芽だが、感動は一切薄れていない。『も一回走ろう!』と言わんばかりの勢いで、おれは優衣芽に手を差し出され、それに乗ってしまった。はぁ⋯なるべくゆっくりじっくりと眺めたいんだけどなぁ。
それにこのままだと男子チームと女子チームで別れて行動する事になる。とその時、結波が一つの提案を優衣芽からの引っ張られ際に伝えられた。
「優衣芽の事、よろしくね〜來智花」
「私ら、ゆっくり歩くからー」
「後で合流しよー!」
「ちょちょっと⋯!!」
「さぁ行くぞ!こっからは男だけの時間だ!」
「ええー、せっかくみんなで来てんのにー⋯⋯」
と、まぁこんな事があって、『優衣芽×來智花』『結波×亜澄歌』、男子女子に別れての行動が始まった。まぁとは言っても、同じ場所、近くにいるわけで⋯考えてみれば今の興奮状態の優衣芽に、結波はミスマッチかもしれない。引いてる様子は無かったけど⋯⋯うーん⋯⋯という感じも否めなかった。
これはこれでアリの展開かもな。半周ぐらいして女子チームと合流する事にしよう。
「うん?」
携帯の通知バイブがポケットから伝わる。
亜澄歌からだ。
『來智花、優衣芽の興奮状態が収まったら教えてくれ』
あ、、、、
亜澄歌と結波は、人集りの場所におれらが来てしまったので、もう肉眼では確認できない。きっとこの人集りの向こう⋯というか、まだ直通エレベーター付近にいると思う。やっぱ亜澄歌もおれと同じこと思ってたんだな。
『ごめんな、みんなで来てんのに。優衣芽の興奮が収まったら合流しよう』
『そうね。そうしよ。“ゆっくり回ってね”って、愛美も言ってる』
『ありがと2人とも』
『じゃ、面倒な男のお相手よろPく』
携帯をポケットにしまう。
さて⋯⋯⋯この猛獣をどう扱おうか⋯⋯⋯
思っていた矢先、意外にも優衣芽の感情はトーンダウン。ゆっくりとその眼差しを横浜パノラマビューに向けていた。彼の顔を覗くと、そのキラキラ光る眼球が宝石のようでもあり、感情を殺しているだけな事に気付く。おれは“あえて”このような文言を言い付けてみた。
「もう飽きたのか?」
「いいや、飽きてないよ。ただ流石にもう一回見てみると違う発見とかは無いんだよなぁ」
「まー、こんな遠くから眺望してるからな。人の動きとかも⋯⋯あ、見てみなよ、あそこ」
「どこ?」
おれは一時停止したかのように同じ景色を見続ける優衣芽に違う景色の眺望を提案してみた。
「あそこ、京浜工業地帯だよ」
「ああ、けっこう広いんだね」
「今見えてる景色が全部じゃ無いからね。羽田空港のギリギリまで工業地帯は伸びてるから」
「へぇー、羽田空港ってこっから見えんのかな」
「うーん⋯見えるんじゃないかなー昼間は。今は夜に向けて、だんだん明かりが失われる時間だからちょっと難しいかもね」
「來智花ってそういう景色好きだよな」
「うん?そういう景色って??」
「なんつーか、プラント系?」
「ああ⋯そうだね。工場とか見るの好きだなぁ。鉄道とか、空港も好きだから⋯ほら、あそこ横浜駅だよ」
「でっけぇよな⋯横浜駅」
「ターミナル駅だからね。全国的にも上位に君臨する乗降者数を誇ってる駅だから」
「⋯あのさ、周り見てみろよ」
「⋯⋯⋯ああ⋯⋯⋯⋯」
おれたちの周囲を見渡すとそこには⋯カップルカップルカップルカップル、時たま家族連れ家族連れ。ちっちゃい子がわ〜い、きゃ〜と感傷に浸る姿。んで、カップルカップルカップルカップルカップルカップルカップルカップルカップルカップルカップルカップルカップルカップルカップルカップルカップル⋯
「やっぱし、こーいうとこは男だけで来るもんじゃねぇな」
「だからあの2人とも一緒に行動したかったのに!優衣芽がおれを引っ張るからだろ?」
「アハハハハ!」
「笑って誤魔化すなよ⋯」
「なぁ、來智花」
「なんだよ」
「おれら⋯何しに来たんだっけ?」
「はぁ⋯⋯スタンプラリーのチェックポイント!それの最後がココなんだよ」
「あーそうだったそうだった!じゃあここにいるみんなも⋯」
「恐らく、もうチェックポイントに回収して景色を堪能しているか、おれらみたいに景色を堪能した後にチェックポイントを回収してスタンプラリーを終わらせるか⋯このどっちかだろうな」
「じゃあスタンプラリー終わらせるか」
「そうだな優衣芽」
と、思ったのだが、スタンプラリーの混雑状況が酷く、もう少し景色をじっくりと眺めながら、ちょいちょい混雑状況を遠目で確認する事にした。
「なぁ、來智花」
「うん?」
元町・中華街方面の景色を眺めるおれの元に、優衣芽が問い掛ける。
「ここさ、大切な人と一緒に来たら、今の気持ち、何倍にも膨れ上がるんだろうな」
「そうだな。何倍とかじゃ済まないかもな」
「⋯⋯⋯來智花は、好きな人いるのか?」
「うーーん⋯」
良くこれは優衣芽と話してるトークテーマだ。年頃の男ともなれば、このぐらいの恋愛話は当然と言えば当然。だけど毎回、おれから告げる回答は決まっている。
「いないんだよねー」
「そうか、まだいないんだな」
「優衣芽はどうなの?」
「俺はな⋯⋯⋯⋯いる」
「え?!マジ?」
これは新展開。自分から、優衣芽の方から恋愛トークをふっかける事は良くあったが、毎回結実するのは、『誰かいないかなぁ』との着地。だがこれは⋯特異点的な回答とも言えるものだ。
「うん⋯」
「誰よ!だれだれ?」
「えぇ?言うのか⋯??」
「いやここまで来たら言うしか無いでしょ」
「まぁ⋯そうよな⋯」
ノリの悪い男が一番嫌いな男、それが優衣芽だ。そんな優衣芽がダサい男で終わっていいはずが無い。きっとポロッと、好きな人の名前を言ってくれる。そう思っていたが、案外口を開くスピードは遅い。⋯⋯何を低空飛行になってんだよ。大翼を広げろよ。何そんなモジモジした感じになってんだ。優衣芽らしくないぞ?
「⋯⋯愛美が、、好きなんだよ⋯」
「「「「「マ!?!?」」」」」
「うん」
「そいつは驚いたな⋯⋯今までそんな素振り一回も見せたこと無くない?」
「うん⋯そうだな⋯見せたことないな⋯何せ、我慢してるからな」
「いや、いいよ!」
「え?」
「すっごいいいと思う!」
「ほんと??」
「うん!マジで応援するよ」
「ありがとう⋯」
おれの肩にもたれ掛かる優衣芽。相当勇気のいった一言だったんだな。⋯重い。すっげぇ、重い。全体重乗っけてねぇか?こいつ⋯⋯⋯。
「んで?告白いつすんの?」
「告白⋯なぁ⋯⋯⋯」
「した方がいいって!絶対!」
「いや⋯もし振られたらどうよ⋯こんなに今、仲良いのにさ⋯親友みたいに仲良いんだぜ?おれら6人」
「そうだね、まるで幼なじみみたいだもんね」
「そんな相手に“振られた”っていう未来を想像するだけでもう⋯ちょっと勇気がな⋯⋯」
「おれに今言ったのって、結構は勇気使ったろ?」
「めっちゃ使った」
「じゃあその勇気を何倍にもすりゃあ良いだけだろ?」
「あー⋯⋯まぁ⋯確かに」
「な?そう考えたら気が楽になるっしょ?」
「うん、なる。あの時の感情を大きくすれば良いんだな」
「そうよ、優衣芽にはそんなん簡単だろ?」
「ああ!」
「でもまぁタイミングとかは気をつけろよな」
「うん、なんか言うだけで楽になったわ」
「ほんと?そりゃ良かった」
「來智花は?」
「お、おれ???」
急におれにシフトしてきたな。
「さっきも言ったけど、おれ⋯あんまし⋯無いのよねぇ、そういう、恋愛的な側面?」
「誰も興味無いのかよ、女」
「うーーーーーん⋯うーーーーーん⋯」
一人、心当たりがあった。
「⋯⋯⋯⋯お姉さんだろ?」
「⋯!?」
「ンハハハハ!やっぱり」
「⋯⋯⋯同期とか、興味無いんだよね、友達としてしか見れない⋯ってゆーか⋯」
「熾泉花さんが好きなんだな??」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯うん」
「良いじゃんかぁ、いいじゃんいいじゃん」
「おれは⋯⋯姉さんが好きだから⋯」
「まさか引いてると思ってる??」
「⋯⋯⋯引いてない?」
「引いてない引いてない!ぜんっぜん引いてないよ」
優衣芽がおれの背中をポンポンと叩く。優しい眼差しで訴えかけるその姿は、おれの視界を明るく照らしてくれた。
「唯一、俺しか知ってないんだろ?熾泉花さんの事情。それを話してくれた來智花を裏切るような事はしないさ」
「ありがとう⋯」
そう、姉さんの現状を知っているのは家族以外だと優衣芽のみ。これは父さん母さんにも伝えている事だ。無論、姉さんには伝えていない。というか、伝えられていない。メッセージアプリで伝える事でも無いと思うし⋯しっかりと目線を合わせて伝えたい⋯と思っているからだ。
優衣芽はおれの大親友。優衣芽なら信用に値する。結波も、亜澄歌も、楓生も、紫苑も、十分信用に値する人間なのだが、優衣芽だけ⋯なんかは波長が違うんだよね。不思議な事に、これを形容するには大変困難。自分の知識と智慧がもっと深ければそれに相当する表現があったと思う。
とにかく優衣芽は、姉さんが籠城生活を送っている事を明かしている唯一の存在。優衣芽は有難い事にまったく知らない人間の引きこもりを心配している。おれ単体ではどうにも難しい理解と正解の導きに、優衣芽は一役も二役も力を貸してくれている事⋯。おれは、大きな感謝を彼に与えなければならない。
その“お返し”と言わんばかりに、優衣芽は⋯
「早く会わせてくれよ?熾泉花さんに!」
「うん、優衣芽には絶対会わせるよ」
「めっちゃ可愛いんでしょ?」
「めっっっちゃ可愛い。この世の女の子の中で一番に可愛い」
「弟がそう言うんだから、本当なんだろうな!⋯んでぇ、どうなんだ?熾泉花さんは」
「それがね、最近⋯」




