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[#2-姉の背中すらも可愛い]

[#2-姉の背中すらも可愛い]



「姉さん⋯?」

「⋯⋯!?」

わたしは驚愕した。イヤホンをしながら1階へと出向き、お菓子を物色して、帰ろうとした時だ。玄関の扉がガチャ⋯と鳴り、誰からかの“侵入”を許してしまった。リビングにて物色中だったわたしは直ぐさま、2階へと逃げるように駆け上がろうとしたが、見つかってしまう。イヤホンを付けていようが無かろうが、どっちにしろ弟の視覚野から逃れる事は出来なかった⋯。あー⋯やってしまった⋯⋯⋯見られてしまったよ⋯⋯。情けない姉の姿を。弟の声を聞いたのは⋯⋯1週間ぶりかな。

「姉さんちょっと待って!」

階段へと駆け上がっていたわたしを引き止めようとする弟。わたしの手元には大量のお菓子とコーラ。それに、耳に装着されたイヤホンに繋がれた音楽プレーヤー。無音が嫌いなので、家を徘徊する時は、こうして音楽プレーヤーを掛け流すのがわたしの常。

そんな音楽と共に⋯のわたしが、ここに来て、最悪の事態を生んでしまうとは⋯⋯なんてみすぼらしい姿を弟に露呈させてしまったんだ⋯⋯階段を踏み歩く足に力が入らなくなって、そのまま背後から転落しそうだよ⋯。

わたしは止まった。それが弟からの願いに対する呼応なのか、わたしの単なる思考停止によるものなのか⋯それは、わたしにも判らない。

「姉さん、今日おれ、徒競走で1位になったんだ!」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「でさ、姉さんにその証拠見せたいなーって思って⋯ほら!これ」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

弟は今、背を向けているわたしと話している。『ほら!』と言って、弟は鞄のチャックを開け、紙を出したのだろう。2つの擬音が途切れること無く、聞こえて来た。その音を右から左へ流すようにわたしは無視をかます。そして、紙を差し出そうとする弟への、逸脱を決意。


「ごめん、わたし、忙しいから」

そうだ。他人からはそう見えていなくても、わたしは忙しい。やりたい事が山ほどあるのだ。弟には悪いが、弟と話すよりも片付けなければならない事柄がわたしには豊富に積まれている。その全てを惰性で終わらせたく無いのだ。

「そっか⋯⋯うん、ごめんね」

「⋯⋯⋯⋯いや、だいじょうぶ。じゃ⋯⋯」

階段を上る。その際に足を踏みしめる度に階段から鳴る“軋み音”が、2人の関係性を歪に表してもいた。


歩もうとしても歩み切れない。



久しぶりに姉さんを見た。1週間ぶり。1週間前はトイレから出てきた瞬間を目撃した。恥ずかしがって⋯ちょっと慌てた感じの姉さんが可愛かった。髪の毛が濡れていたので、きっと風呂上がりだったのだろう。姉さんはおれ達が眠った深夜にお風呂へ入ったり、歯を磨いたりしている。そんな生活辛いだろうに⋯。

どうしてそこまでして、家族にその姿を見せたくないのかな。単純に、姉さんはものすごく可愛い。普通に可愛い。外に出ても十分なぐらいにモテる。外出をまったくしていないから、整髪は姉自身でやっているのだろう。めちゃくちゃに整えられている。ロングヘアをポニーテールにした姿は、本当に、本当に可愛い。肉親の立場である自分がここまで思うんだから、きっと同年齢の男が見たら飛びつくと思う。

まぁでも、そんなガツガツ来ようとする男になんか、姉さんは絶対ハマらないと思うけど。姉さんは異常なまでに注意深い人間だから。

だって、家族へすらも、なかなか顔を出してくれないなんて⋯。弟のおれとしては、姉さんを見たい。

『姉さんを見たい』ってさ、こんな願い嫌だよ。普通に生活したい。姉さんを朝から、高校へ行く前、朝食を一緒に囲んで、なんでもない会話をして⋯んでぇ、一緒に高校へ行きたい。

姉さんと一緒の高校を選んだのは、かなり苦労したんだ。姉さん、頭めっちゃ良いから。おれみたいな馬鹿にはかなりの辛い時間が流れていた。

中学3年次。おれは友達との友情を育む時間を捨て去り、勉強へ没頭。全ては姉さんと一緒の高校に行きたいから。何とか⋯なんんんんとか!頑張って、姉さんと一緒の高校に行けた。

あの時、姉さんは“まだ”、このような状況では無かった。

飛び跳ねるように喜んでくれたのを覚えている。


────────────

「姉さん!やったよ!!合格した!」

家族のグループチャットに伝える前に、先ず、姉さんの個人チャットにメッセージを送信。姉さんへ伝える事が、おれにとっては最優先事項なのだ。

「嘘!ほんとに!?やったね!おめでとう來智花!」

「ありがと!これで姉さんと一緒に登校出来るよ!」

「お、、っとぉ⋯それはちょっと話が変わってくるなぁ⋯ま、、、それは後で考えるとして⋯ほんとにおめでとう!」

────────────


嬉しかったなぁ。嬉しかっし⋯可愛かったぁ⋯。あの笑顔、弾けるような笑顔。純白な頬が赤く火照っていて、少しの恥ずかしさを帯びていながらも、しっかりと弟を褒め称えるスタイル。それでは飽き足らず、口角を上げ、女の子の最大の武器でもある“口角上げスマイル”が完成。綺麗な歯並びと黄ばみが一切無い、これまた純白な一つ一つの“歯”。おれはそんなところも見ているのた。姉さんが好きだ。これは疚しい事情を孕んではいない。ただし、姉さんに相手がいるならば、是非ともおれに紹介して欲しい。

姉さんに適合する男かどうかは最終的なジャッジをおれが下す。姉さんは良い人過ぎるから、めっちゃモテてた。小学校中学校の時の噂は絶えない。

姉さんの遺伝子が継承されてるから、何となく、おれも⋯ちょっとモテていた。これに関しては両親にも感謝だな。美形体質で産んでくれた事へ感謝。



⋯⋯⋯勿体無いよ、姉さん。姉さんの背中。そんなに丸まってちゃダメだよ。

にしても、姉さんは⋯ずっと引きこもってるのに、後ろ姿からでも綺麗な女性だ⋯っていうのは、判っちゃうんだよな。しかもちゃんとヘアスタイルも整えられているし。おれは“全盛期”と捉えているんだけど、小中学校の時は、ロングヘアが主流だった。

善知鳥家は代々銀髪。ママが善知鳥家の人間で、結婚形式は婿入りとなった。

女の子が、銀髪で、ロングヘアだよ?そりゃあ激モテよ〜。激モテ。とんでもなく可愛かったんだから。

そんな美麗さは今でも継承されているようだ。これは、おれと両親が知らない間に、色々と努力をしてんのかな⋯。姉さんが部屋で何をやっているかは知らない。知ろうとしたら、たぶん殺される。


『死ね⋯死ね⋯死ね⋯⋯』

って、、、そんな事言う人じゃ無かったよ。両親は、姉さんのあまりの横暴な言葉の数々に飽き飽きして、防音設備を導入。とは言っても、姉さんの居室に入り込まなきゃそのシステムは完全に導入する事は出来ない。遮音効果を搭載した扉に改造した事⋯姉さんは判ってるんだろう。パパは姉さんが風呂に入ったタイミングを図って、何とか扉の改造に成功。

それを後で聞いておれとママは『ええ?!そんな事短時間で出来るの!?』と驚いた。パパは⋯

『⋯⋯⋯⋯⋯⋯熾泉花、大丈夫かな⋯』

そう言い、何が部屋にあったかを聞いた。

だがおれには、それがにわかに信じ難い。

『本当だ』と言われても⋯うーーん、、と返す。

自分の目で見なきゃ、まだ信じない。

姉さんは、どんな部屋で生活しているだ。パパが絶句するほどの部屋とはいったい⋯⋯。



その夜。

家族3人、リビングで夕食を楽しむ時間。テーブルにはママが制作した手料理の数々が並べられている。ポテサラ、肉じゃが、特性お漬物。白米に、味噌汁に⋯今日のメインはハンバーグステーキ。ほんと、裕福な家庭で良かったーと心から思う。

父さんは⋯あ、父さんの事を『パパ』と先述していたけど、本来は『父さん』って呼びたいんだ。

⋯⋯姉さんが、両親の事を『パパ』『ママ』と呼んでいたから。俺も真似しようかな⋯と思って、そう呼んでいた。今では、愛称が混在してどっちで行けばいいのか判らない時がある。

姉さんを意識し過ぎるのは良くない⋯と思い、今では“なるべく”『父さん』『母さん』と呼ぶ事にしているのだ。それに、どうやら高校生で『パパ』『ママ』呼びは、少々育ちを疑われるみたい⋯。おれはそうは思わないんだけど、友達との会話で家庭についての話になった時に『え、、、』となった。そこまで衝撃的な事を言ったとは思えなかったが、周りの男友達4人が一斉に視線を向けたので、恐らく危ないのだろう。

『父さん』『母さん』⋯⋯⋯⋯慣れないんだよなぁ。この呼び方。まぁ家の中から始めていこう。


「美味しいよ、母さん」

「ありがと。來智花は今日、体力測定の短距離走だったんだって?」

「うん、そうだよ」

「お、どうだったんだ??」

「フン!父さん、そんなの決まってんだろ〜?」

「だよな!ウッハハハハッハハ!さすがだな!來智花!!」

「こんな事で褒めてるようじゃダメだよ。おれはもっと高みに行くんだから」

「高みってぇのは、どこまで行く気なんだ?」

「そんなの答える意味あるぅ?」

「來智花、学校で一番⋯いや、全国1位を目指すのね」

「そうさ母さん!おれは横浜、神奈川、関東⋯そんなんじゃ終わらない!おれは全国1位のスーパー高校生になってみせる!」

ハンバーグステーキを切り、そう、両親へ言ってのけた。

「いいなー!心意気!応援するよ來智花」

「私も応援するよ!」

「ありがとう2人とも!でも、本来なら⋯もう一人からの応援も欲しいんだけどな⋯⋯」

家族全員の箸が止まる。2人が神妙な面持ちになり、その視線が親2人のみで繋がる。

「そうね⋯熾泉花も⋯ね」

「熾泉花⋯出てくれないな⋯」

「おれ今日、姉さんと会ったよ」

「え?」「え?」

父さんと母さんが一斉に神妙な面持ちだった顔を上げ、おれに見せてきた。目を光らせる⋯と言えば簡単だが、その変わりようはとても嬉しいものだ。2人はもう、姉さんを部屋から出す事を諦めていたから。実際、親2人だけの会議が深夜になって行われていたところをおれはこっそり聞いていたことがある。おれはその時、階段で聴覚を研ぎ澄まし聞いていた。1階のリビングのライトが点灯していたのと、2人の話し声が聞こえて来たので、もしかして⋯と思ったのだ。案の定、父さん母さんは、姉さんの“現在”について会合。階段を歩く際の“ペタ⋯”という擬音を、殺すためにゆっくりとリビング近くへと向かい、盗み聞きを開始した。

虧沙吏歓楼です。「引きがため」と省略してもらえると有難いです。あまり聞いたことが無い、姉と弟がメインの物語。

単純な流れが私は嫌いなので、とにかく事象を起こします。

熾泉花は動きませんが、來智花が動きます。めちゃくちゃ動きます。是非とも、姉弟のこれからに御期待を。

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