[#19-攻勢タイプ]
[#19-攻勢タイプ]
「お、女の子⋯?」
抱擁、継続中。
「あ、女の子⋯じゃないね。⋯⋯⋯カノジョ」
「⋯!?」
來智花の耳元で囁く熾泉花。硬直状態の來智花。
「彼女、いるの?」
「いや⋯⋯いない⋯です⋯はい」
思っていたビジョンとはぜんぜん違う世界線に、思わず敬語を使ってしまう來智花。ドキドキマギマギが止まらない。この先の展開がまったく読めない。
「そう⋯⋯⋯じゃあ、その時間、わたしにくれてもいいんだよね?」
「そ、その時間⋯っていうのは⋯⋯」
「遊ぶ時間」
「⋯う、うん⋯!そりゃあもちろん!姉さんとはこれからもいっぱい遊びたいし⋯ほら!今ね!今⋯ね!約束したじゃん?『どっか行こお〜』って。うん、だから⋯」
「それも“遊ぶ時間”には入るんだけど⋯わたしが言ってるのは⋯ちょっと違うの」
「え⋯⋯あ、ちがう⋯っていうのは⋯⋯」
「ごめん、わたし⋯⋯來智花の事凄く気になっちゃってさ」
「え、」
「どうにも戻れない域まで来ちゃってるのよ」
「え、、、ね、姉さん⋯⋯?」
腰掛けていたベッド。來智花はそのベッドに、身を倒される。仰向け状態の來智花に、熾泉花がその身を上積みにする。これまで以上に、熾泉花の肌を感じてならない。胸は当然ながら、熾泉花の頭。髪の毛から漂うシャンプーの香りだったり、身体からの匂いという匂いが⋯とにかく、“姉さん!!”ってなった。
「わたし、來智花のこと気になっちゃってるみたい」
「姉さん⋯⋯」
「こんなのいけないことだっていうのは分かってるけど、でも⋯わたしを救ってくれたのは來智花なの。他の誰でもないあなたなの。來智花が、、わたしの世界を照らしてくれた。しあわせになる番、次は來智花だよ」
「おれは⋯もう十分幸せだよ?」
「え?そう、、なの?」
「うん、だって⋯こんな可愛い人と“上下”になってるんだから」
「ビックリした?」
「うん、姉さんがこんな積極的な女の子だとは思ってなかった」
「わたし⋯この1年で色々価値観というか、自分が見てる世界を改めたの。その副産物がこれだよ⋯⋯」
「⋯⋯⋯姉さん⋯⋯」
「唇にするのは⋯⋯まだお預け」
「頬ってだけで最高なのに、次の展開を考えてくれてるの?」
「⋯⋯⋯うるさい。あんま調子乗らないの。わたしの気分がそういう感じじゃ無くなったら、もうしてあげないんだからね!」
「あ!!?それは⋯⋯!」
「なに?⋯⋯?キスしてほしいの?」
「あ、、、そ、、それは⋯⋯⋯」
「⋯ん」
熾泉花の人差し指が來智花の唇へ。
──────
「今はしない」
──────
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯はい⋯⋯⋯」
來智花の身体に股がっていた熾泉花は、ベッドから退く。
「また明日ね」
「え、、、あ、あーうん⋯⋯また⋯あした⋯」
放心状態。事の進みが早くて一つ一つ処理していくにも時間が掛かった。
「ばいばい」
來智花が部屋から出ようとすると、後ろから⋯
「次、どこ行くか決めておいてね」
姉の妖艶な囁きに思わず、力強く後方を振り返る。だがその時にはもう熾泉花は、扉の奥に立ち、來智花が離れる姿を見ていた。
◈
それからというもの、おれは姉さんと幸せな夏休みを過ごした。もちろん、前もって計画を立てていた友達との時間はそのままに。空いた時間というのは全て、姉さんとの時間に当てた。
「來智花⋯⋯明日って空いてる?」
この一言が、嬉しい時と悔しい時に分かれる。嬉しい時というのは、明日の予定が無い時。悔しい時というのは、明日の予定がある時⋯⋯。
友達には申し訳ない事を言うが、本当はその予定を蹴ってでも姉さんとどっかに行きたい。
あの夜。姉さんが『來智花とどっかに行きたい』と言って、おれは少し迷った。それは姉さんとの外出を画策しているのでは無く⋯どう行ったところに行けば姉さんは喜んでくれるのか⋯という悩みから連なった感情。結果的におれは、優衣芽の提案を思い出し、横浜ランドマークタワーのスカイガーデンが思い浮かんだ。
姉さんは快諾してくれた。優しかったなぁ⋯それに、スカイガーデンからパノラマビューを眺望する彼女の姿が最高だった。ただただ、絵になった。
だから、何回も写真を撮影。
「來智花、ちょと⋯やめてよ⋯⋯⋯」
「姉さん大丈夫。とんでもなく可愛いから」
「うーー⋯バカぁ⋯⋯⋯」
恥ずかしさもあどけなさも、その全てが姉さんの美麗さを支える武器。本当に、姉さんの心情が悪化していたら、おれは気付く。だけど姉さんにその様子は無かった。
他にも色んなとこに行ったけど、もれなく楽しかった。感想を問われると、ほんと⋯“楽しかった”しか無いんだけど、もっと詳細を伝えるとなると⋯姉さんの成長が感じられた夏休みだった⋯と言えるかもしれない。
知っている通り、おれの姉さんは引きこもり。今年の夏休みまで、合計して1年間。家から一歩も出ない生活を送っていた。それによる影響はなかなかのもので⋯先ず、おれ以外の人間とは絶対に喋ろうとしない。どっかご飯食べに行こっか⋯となると、背筋がピンっと一瞬だけ伸びるのだ。
「うん!行こいこ!」
とは行ってくれるけど、本当は心にズドンと来るイベントだったのかもしれない⋯いや、絶対そうだ。
おれはその姉さんの追い込まれていく姿を全力で応援・フォローした。姉さんに接触してくる店員がいたら、直ぐにおれが対応するなど、姉さんが快適に時間を謳歌出来るよう尽くしていく。
姉さんは毎回、おれがフォローに回ると、「ありがとう」と言ってくれる。それだけで十分だ。逆にその声が聞きたくてフォローに回ってる感もあった。⋯⋯ちょっとだけな。
だけど夏休みが終わりかけた時、姉さんに心境の変化が現れる。その日は、姉さんと一緒に昼ご飯を食べにイタリアンレストランを訪問。姉さんが前々から「行きたい!」と言っていたので予約を取って完全なる準備をして望んだ。
何がトリガーになったのか、まだ確定的な証拠があるわけじゃ無いんだけど、どうやら姉さんの中でも、複雑な思いがあったらしい⋯。
「毎回毎回、來智花に店員さんとのやり取り任せてばっかりだから⋯ちょっとは⋯⋯やらせて?」
「うん⋯!もちろんだよ」
「ありがと。⋯⋯⋯あ、⋯⋯あ、、あ⋯⋯」
「頑張れ!」
「うん⋯⋯。あ、あノーお!!」
裏返りながらも必死に店員を呼ぶ姉さん。⋯可愛すぎる。
「はい。ご注文お決まりですか?───」




