[#15~16-夕飯を一緒に]
[#15~16-夕飯を一緒に]
「大丈夫⋯かな⋯⋯⋯」
「うん、大丈夫だよ。さっきやり取りしてたんだけど、まだ2人とも仕事中だって。だから居ないよ」
「そう⋯なら、良いんだけど⋯」
帰り道。随分と中野ブロードウェイには入り浸った。気付いたら、3時間が経過。
家の最寄りの駅には、17時に着いた。
普通だったら、母さんぐらいは帰宅している時間でけっこう危ない所だった。でも、母さんには別に、姉さんが外出してる姿を見せてもいいのでは無いだろうか。父さんもそうなんだけど。だが何故か、姉さんは頑なに、両親との接触を拒絶。おれは納得出来なかったが、せっかく楽しい雰囲気と気分になっている姉さんのテンションを下げたくない⋯と、姉さんを責めなかった。
「ただいまー」
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
「うん、誰も居ない!」
「あんた⋯もし居たらどうなってたと思ってんのよ⋯」
「あ、、、、 」
「もお⋯來智花ってホント馬鹿な男ね」
「ごめんさい⋯」
「はぁ⋯⋯⋯久しぶりに⋯この光景見たなぁ⋯」
「ん?この光景って⋯?」
「玄関から上がる⋯っていう事よ」
「あー⋯確かに。そうかもだね」
「⋯まぁ、またわたしは部屋に籠るから」
「え、姉さん⋯これを機にさ⋯」
「悪いけど、今日は今日。明日からはまたわたしの時間が始まる。來智花も今日のことは忘れて」
「え⋯⋯⋯⋯」
「別に今日の記憶を捨てたい⋯とか、そんなネガティブには思ってないから。それだけは安心してね」
「あ、ちょちょっと⋯姉さん」
「なに?」
階段を上がる熾泉花と言葉を制した來智花。手を洗い、そのまま2階の自室へと直行する姉さんが、なんだか來智花としては“遠くなる存在”のように捉えてならなかった。
「夕飯⋯一緒に作らない?」
「夕飯⋯??」
「うん、それでさ、一緒に食べようよ!」
「來智花と?一緒に?」
「うん!⋯⋯2人もまだ仕事で帰って来ないって言ってるし⋯8時までかな。そのぐらいまでは!⋯⋯ねぇ⋯⋯どうかな⋯⋯」
「ウーーーーーーーーーン⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
階段から下にいる來智花を見下ろす熾泉花。悩みに悩んで、熾泉花が答えを出す。
「⋯⋯わかった。もういいよ。しょうがない」
「ホントに!?やった!ありがとう!!」
「でも⋯⋯食材とかはどうすんの?」
階段から下り、來智花と同じ立ち位置にまで戻る。
「姉さんが部屋に籠ってる間に、色々と家の仕様も変わったんだよ?」
「いや、わたし、來智花達がいない間キッチン物色してるから変わったのとか知ってるよ?」
「あ、、、そ、、そうか⋯⋯そうみたいだね。母さんが良くその話してくれるよ」
「ママが?」
「うん!『今日は熾泉花、チョコいっぱい食べてくれてる!』とか、『せんべえが好きなのかなぁ⋯一瞬で無くなってるんだけど』とか、母さんはとにかく、姉さんの食べたものが気になってるみたいだよ」
「ママ⋯」
「んでぇ、減少傾向の高いお菓子を中心に次からは購入している。姉さんも気付いてるんじゃない?最近、チョコレートばっかりがキッチンに置いてある事を」
「確かに⋯⋯それに、めっちゃ高級な板チョコもあった。ドバイチョコ」
「あ!ドバイチョコ!あれめっちゃ美味しかったよね!」
「うん!あれ最高。やばい。ちょーやばい。言葉に出来ない!」
姉さんはチョコが好き。そこからどうやって繋げたいのかは分からない⋯いや分かるが、ここで何故かおれの思考はバレンタインデーに行き着く。
どうして急に⋯。まぁチョコレートの話になったから⋯というのが最適解なのだが、姉さんからバレンタインデーを貰いたいなぁ⋯とも思ってしまった。貰う側の人間なのに、これって理不尽というか、相手の女の子側の気持ち何も考えてないよな。でも、姉さんが引きこもる前は、母さんと一緒にバレンタインデーのチョコレート作ってたし⋯。去年は無かった。
そんなの初めてだった。だから⋯今年は⋯⋯⋯。
「生姜焼きとかどう?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「ねぇ?何ボーッとしてんのさ」
「あ、、うううん!だいじょぶだいじょぶ!うん!生姜焼きね」
「ほら!見てよ!こんな立派な豚ロースがあるじゃない!」
「これは⋯⋯⋯使っていいのかな⋯⋯」
「來智花、どうせこんなのまたすぐに買ってきてくれるわよ。それにわたし達分しか使わなければいいんじゃない?」
「まぁ⋯それもそうだね。よっし!作ってみよ!生姜焼き!⋯姉さんは生姜焼き作ったことあるの?」
「無いよ」
「え、、、、無いのに⋯⋯作るって言ったの?」
「だって豚ロースがあって、ニンニクもあって、しょうがも⋯この2つ、チューブじゃなくて食材時のままあったんだから!そりゃあ生姜焼きを作りしか無くない?それに、わたし、お肉食べたいんですけど〜」
うどん、蕎麦、パスタ。取り敢えず、麺系はお昼に食べたから無し。それは姉さんも同意見だろう。確かに、おれもあの時から『肉食べたい⋯』と思っていた。それに⋯生姜焼き。おれら素人でも簡単に調理可能な上に、バカほど美味くなるの確定な料理だ。
なんといっても⋯あの姉さんがリビングに、“普通にいる”。おれにはこの現実が嬉しい。よし、作ろう!
「姉さん、一緒に作ろ!」
「あったりまえだろ!ばーか☆」
[#16-いつでも降りてきてね]
「できたね」
「わたし⋯もうやりたくない」
「え、、、姉さん⋯あんまり嫌だった?」
「あーいや、誤解を招く言い方で申し訳無き。來智花と一緒に作ってたからある程度は許容出来たけど、一人では作らんわ。カップラーメン、かけるだけパスタソース、インスタントでわたしはもう全然いい」
どうやら姉さんに料理制作は似合わなかったようだ。でもそこまでガサツな印象というか、『ムァァァ!!』って投げやりになるシーンとか無かったように思える。たぶん、おれがいるからだろうな。おれの気分を害することの無いよう、我慢しながら制作してたんだ。おれが気付けば良かったんだ⋯と後悔する。
一言『姉さんはテーブルで座って待ってて』。
これが言えたら⋯はぁ⋯⋯⋯完成した生姜焼きを前に反省タイムに突入するとは⋯トホホ⋯相当美味くあってくれよ⋯⋯。
「來智花!食べよ!」
「うん」
來智花の心情なんてそっちのけに、熾泉花は目の前に置かれた生姜焼きと白米と味噌汁と千切りキャベツに酔いしれる。
「じゃあー、いただきマース!」
「いただきます」
「ン!?ウンマ!!やば!めっちゃ美味い!」
「うん⋯これは⋯美味すぎるな⋯」
熾泉花、來智花のそれぞれのリアクション。2人の現在の心が色濃く反映されている。熾泉花は、試練の連続に飽き飽きし、もう二度と料理なんてしない!⋯と言い放った。來智花は、そんな嫌々な感じで料理に挑んでいた熾泉花の心に寄り添えなかった事への後悔。だがそんな、ネガティブ思考全開の來智花の感情をぶち壊すレベルで、劇的な美味さをこの生姜焼きは展開してくれた。
箸が止まらない。本来だったらゆっくり夕飯を楽しんで、今日中野ブロードウェイに行った感想だとかの事後トークを姉さんとしたかったが⋯姉さんが生姜焼きにがっついているので話を仕掛ける隙すら与えられなかった。全部食べ終わってから、姉さんとの会話を始める事にするか。
─────────
「今日はありがとう」
─────────
「⋯⋯⋯⋯え」
千切りキャベツを口に放り込もうとした瞬間のこと。熾泉花から、來智花に向けて感謝の言葉が告げられた。
「ありがとう。今日は。わたし、こんなに人と一緒に居て楽しかったの久々。わたし、笑顔って苦手だと思ってたんだけど、案外作れるんだね。写真はまだ苦手だけど」
「姉さん⋯⋯嬉しいよ。そんなこと言ってくれるなんて⋯」
「來智花が弟で良かった」
「ありがとう⋯⋯」
「ん?來智花くん??どちたの?」
「⋯⋯⋯⋯」
涙が溢れてきた來智花。そんな弟の姿に微笑しながらも、姉独自のユーモアを発揮させる。
「お姉ちゃんのこと好きなんだ?」
「⋯⋯⋯⋯うん」
「え、、そ、、そなの⋯?」
え、違うよね⋯今のって⋯⋯じょうだん⋯ってやつでしょ?そうだよね⋯?気が滅入ってるんだよ、來智花は。なんか分かんないけど泣いちゃってるし。
「姉さんと普通の生活がしたい」
「來智花⋯⋯」
「姉さん、おれはいつでもいいからね」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
來智花は真正面にいる熾泉花に向けて、鋭い眼差しを突き刺す。覚悟の現れ。熾泉花に対する大量のメッセージが、視線に乗せられた。
「今度また、こうして⋯食事したり、出掛けたり、遊んだりしようよ!」
「⋯⋯うん、そうね。そういうのもいいかも」
「うん!」
「⋯泣き過ぎじゃない?來智花」
「いや⋯まさか、姉さんから『ありがとう』なんて言葉貰えるとは思わなかったからさ」
「本当に思ってるよ、わたし」
「じゃあこっちもありがとう」
「わたしは、來智花からありがとうって言われる筋合いは無いよ」
「ううん、そんな事ないって。姉さんは、おれにかけがえのないものをくれた」
「んー?わたし、そんなの上げた覚え全く無いんだけどー」
「姉さんには分からないよ」
「あそう?じゃあ、あえてきーかない!」
──────
「ただいま〜」
「たたいま」
──────
「え」「⋯⋯⋯⋯え」
「來智花ぁー、ごめんね。お腹ペコペコでしょー?今すぐ作るからね〜」
「ちょちょっと!!」
玄関から父さんと母さんが⋯。なんと2人が帰宅してしまったのだ。おれは急いで2人がリビングに来るのを止めようと、2人の接近を阻止する。その時、姉さんはと言うと⋯⋯
「姉さん⋯⋯⋯?」
──────
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
──────
姉さんは一切動じず。席に座り続け、一点を見つめる。その視線の先というのは廊下。つまりは、廊下からリビングに現れる2人を待っているのだ。姉さんのその姿を見て、おれも決心した。
姉さんは、覚悟を決めたんだ。
こうなったらおれも一緒に⋯。
「んーん?來智花ー?無音だけど、どうしたのー?⋯⋯⋯⋯あ⋯⋯⋯え、、ちょ⋯⋯」
「どうした?⋯⋯⋯來智花⋯⋯熾泉花⋯?」
「熾泉花!どうしたのよ⋯降りてきてくれたの?」
母さんが姉さんに近づく。近づく母さんに姉さんは動じない。だけど、目線は親2人に当てられている。
「熾泉花」
「うん?」
父の言葉に反応を示す熾泉花。
「待っていたよ」
「⋯⋯⋯パパ⋯⋯⋯⋯」
熾泉花が父に勢いよく抱きつく。熾泉花はそれだけでは飽き足らず、父の横に居た母にも同様の行為を起こす。3人はそれぞれの感情を爆発させ、涙を浮かべた。
そんな3人の光景を見て、來智花にも再び涙が零れる。
◈
4人。1年ぶりに、家族が揃った夜。
テーブルにて⋯
────────
父 母
來智花 熾泉花
────────
上記のように、テーブルを4人で囲むのも1年ぶりだ。
「そうなのか、2人は今日中野へ⋯」
「ねぇ!大丈夫だった?熾泉花」
「え?な、なにが?」
「いや、変な人いなかった?中野っておじいおばあの巣窟だから⋯!」
「母さん、別にそんなことは⋯⋯」
「んフフ、確かに変な人は多かったかも。駅前とか、急に歌ったりするオジサンがいたり⋯ね?」
横の席に座る來智花へ、熾泉花が問い掛ける。
「そうだね、変な人はいっぱい居たけど⋯母さん、何も無かったから安心して」
「そう⋯ならいいんだけど⋯でも、熾泉花、急にどうして外に出たりなんかしたの?」
「うーん⋯なんでだろう⋯あんまり良く分かんないんだよね」
「え、、、、」「え、、、、」
両親は困惑する。
「あー⋯まぁ、來智花のおかげかな」
「來智花?何を言ったんだ?來智花」
「実は、後日夏休み中に友達と一緒に中野ブロードウェイに行こうっていう話になってて、でもおれ、全然アニメとか特撮への関心が無いの」
「そうね、來智花からアニメの話とか聞いた事無いわ」
「そでしょ?母さん。それでね、姉さんってアニメ好きだったなぁ⋯て、ふと思い出して聞いてみたの。それでなんやかんやあって、姉さんと中野ブロードウェイに行く事になったの」
両親は固まる。確かに腑に落ちない部分もあるかもしれない。今まで一向にリビングにすらも姿を現さなかった娘が何の兆候も起こさずに、急に両親の前に現れたのだ。
「楽しかった?熾泉花」
「うん、楽しかったよママ」
「なら良かった」
「何かあったら弟が守ってくれるから」
「うん!そりゃあもちろん!」
「アハハハ、どうやら私達の知らないところで色んなことが進んでいるみたいね」
「そうだな。⋯んで、熾泉花」
「ん?」
「高校は⋯どうするんだ?」
「行かない」
「そうか⋯まだ無理か?」
「うん⋯⋯行く自信が無い⋯」
「熾泉花、私達はそれでも全然いいよ。熾泉花が行きたくなったから行けばいいしね。でも、ちょっとはこれからの事も考えてみて」
「これからのこと⋯?」
「そうよ。多分このままの生活が続くようじゃ、熾泉花は卒業出来ない。確実に留年よ。そうなると、噂も出回ると思うし、転校するしか無くなると思う。今の熾泉花の精神的にも辛い事実が次々と突きつけられると思う」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「熾泉花の未来は熾泉花が決めるべきよ。だけど⋯それでも、母親として⋯もちろんパパもだけど、熾泉花の将来が凄く心配なの」
「分かってる。分かってるから⋯わたしにまかせて」
「ほんとか?それだったら学校に行って欲しいんだが⋯」
「父さん、姉さんを信じようよ」
「來智花⋯でもなぁ⋯⋯」
「姉さんがそう言ってるんだから大丈夫なんだよ。それに姉さんに万が一の事があったら助けよ?」
「それはもちろんよ!」
母の反応に、父も頷きながら反応した。
「じゃあ⋯おれら2階戻るよ」
「うん、分かった。2人とも、今日はお疲れ様」
「ママ⋯ごめんなさい」
「!?」
熾泉花が母に抱き着く。ギューッと母の服を掴む熾泉花と、その密着に答える母。
「いいのよ、良く部屋から出てくれたね。⋯⋯明日、また降りてきてくれる?」
「⋯いいの?」
「当たり前じゃん!」
「ありがとう⋯」
「もう⋯こんな可愛い女の子がずっと部屋に籠ってたなんてね⋯⋯学校に行かなくてもいいから、取り敢えず、ママとデートしよね!」
「ママと一緒だったら⋯大丈夫かも⋯⋯」
「うん!じゃあ行こう!」
母から離れる熾泉花。
「あのさ⋯」
「うん?」「ん?」
「お風呂とか、歯磨きとか⋯この時間にもやってもいい?」
「何言ってんだよ、ここは熾泉花の住む家だぞ?」
「パパ⋯」
「今日から、いつでも1階に降りてきてね。私とパパは大歓迎よ」
「うん⋯ありがとう!」




